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二宮浩太郎の独断推理ノート 〜高校生探偵の追究〜  作者: スズキ
最終話 「とある屋敷の物語」 VS資産家/後鳥羽院朱音
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解決編・とある屋敷の物語



 自室に戻った朱音はふと、ずっと棚にしまったままになっていた家族写真のアルバムを引っ張り出した。保管庫で見た、あの懐かしい水彩画に触発されたのだ。


 彼女が小学生の頃から使い続けている勉強机に広げたアルバムには、今や遠いものとなってしまった懐かしき日々の思い出が映し出されていた。


 一枚一枚アルバムのページをめくりながら朱音が写真を眺めていると、誰かが部屋の扉をノックしてきた。そしてノックしてきた人物は、部屋の外から朱音に声をかけてきた。


「二宮です。お邪魔してもよろしいでしょうか」


「どうぞ」


 朱音が返事をして机の上にあるアルバムを閉じると、二宮が部屋に入ってきた。


「失礼します。お休みのところ申し訳ありません」


「いいですよ。それより……」


 朱音が二宮の手元を指さした。彼の手にはなぜか、ワインボトルとワイングラスが握られていたのだ。


「それは?」


「さっき、ワインセラーをちょっと探検してきたんです。そこでこんなものを発掘したので、後鳥羽院さんにお見せしようと思いまして」


 そういって二宮は朱音に持ってきたワインのラベルを見せた。そのラベルの中央には”Akane”というアルファベットの文字が大きなフォントで綴られており、そしてそのすぐ下には”Gotobain Winery”と書かれていた。


「これって……」


「あなたのお父様が作ったワインでしょう。彼のワイナリーは無くなってしまいましたが、ワインセラーに何本か残っていました」


 二宮はワイングラスを机の上に置いて、栓抜きを出すとボトルの口に付いているコルクを「ぽんっ」という小気味良い音を鳴らせながら開けた。


 溢れ出した中身の液体を持ってきたタオルで拭くと、二宮は朱音のワインを丁寧にグラスに注いだ。


「どうぞ」


 朱音は二宮が注いだワインを手に取ると、それを恐る恐る口にした。


「お味の方はいかがでしょうか」


 口に入れたワインをゆっくりと味わってから、朱音は二宮の質問に答えた。


「……おいしいなんてものじゃないですよ。こんな素敵な味、生まれて初めて」


「それは良かった」


 二宮が微笑むと、彼は部屋の窓の景色を眺めた。カーテンが開いていた窓からは雨雲が消えた夜空に浮かぶ、数え切れないほどの星々が美しく煌めいているのがみえた。


「綺麗な星空です。町ではなかなかこんなもの見られません」


「……そうね」


 ワインを少しずつ味わいながら、朱音は二宮と一緒に星空を眺めた。


「だけど、どうしてワインセラーを見に行ったりなんかしたんですか。二宮さんには縁のない場所でしょう」


「それはそうなんですが、ちょっと確認したいことがあったんです」


 そういって二宮は持っていたワインのボトルを、机の上に置いた。


「先ほど割ったワインの片付けをしていた大川さんからこんな話を聞いたんです。あの人が割ったロマネ・コンティという高級ワインは、他にも同じものがこの屋敷のワインセラーにたくさん置いてあったのだと。それで実際に本数を数えに行ってみたら、大川さんが割った一本を別にしてもロマネ・コンティが十七本もあったんです」


「……知らなかった」


「ワインを嗜まない後鳥羽院さんが知らなかったのも無理はありません」


「だけどワインの本数がどうして問題になるんですか。まさか、まだ事件のことを考えていたんですか。だけどワインのことが事件に関わるなんて……」


「いいえ、大いに関係があるんです」


「どういうことなんですか? 私、あなたの言ってることがさっぱり判らない……」


「考えてみてください、あのワイナリーにあれだけの本数のロマネ・コンティがあるのを知っていたのは誰なのか」


「私が知らなかったんですから、知っていたのは両親だけでしょう」


「まずはそうでしょう。しかし本題はここからです。あなたのお父様のワイン好きは周知の事実だったはずです。ご自身でワイナリーを経営されていたんですからね。となると当然、自宅にワインセラーを構えていることを周囲の人間が知らなかったはずがない。その中には、あなたの叔父もいたはずです」


「ちょっと待ってください。じゃあ何ですか、叔父はワインセラーに大量のロマネ・コンティがあったことを知っていたっていうんですか」


「そういうことです。というより、彼はこの家の家族以外でそれを知る唯一の人物だったはずです。あなたの話によると兄夫妻の亡き後、資産の管理を任されていたのは彼だったそうですからね。この家にあるものはしらみつぶしに調べたはずです」


「だけどあの人からそんな話、一度も聞いたことなかった……」


 まさか、わざと隠していたのだろうか。そんな想像をした朱音は唇を噛んだ。


「と、ここまで話したところでひとつの疑問が生まれます」


 そういって二宮は人差し指をぴんと立てた。


「あなたの叔父は離婚する妻への慰謝料を手に入れるのが目的でこの屋敷に忍び込んで、二階の保管庫にある美術品を盗み出そうとした。しかしここまでの話で、この話自体が疑わしくなってしまったんです」


「……二宮さんは、叔父なら美術品じゃなくてワインを盗むはずだったっていうんですか」


「その通りです」


「まさか。いくら高級だからって、ワインがそんなにするはずないでしょう」


「いいえ。大川さんの話では、ロマネ・コンティは一本で百五十万円もするそうです」


「百五十万円……」


 いくら恵まれた環境で育ってきた朱音にも、すんなりと呑み込める金額ではなかった。


「さすがにそれを弁償しろなんて、言い過ぎちゃいましたかね」


「まあ、その話は一旦あとにしましょう。とにかくこれが十七本、大川さんが割ったのを含めれば十八本もあったわけですから……ええっと、ちょっと電卓使いますね」


 二宮がポケットから携帯電話を取り出すと、携帯の電卓機能を立ち上げた。


「計算しましょう。百五十万かける十八で……出ました、二千七百万です。実際に彼が奥さんにどれほどの慰謝料を要求されたかは知りませんけども、大きくてなおかつ嵩張る美術品に比べれば、よっぽど効率的にお金が手に入ったはずです」


「あの芸術品に価値はなかったとでもいうんですか」


 朱音が思わず、語気を強めていった。


「確かに保管庫にあった作品はみんな素晴らしいものでした、それは僕も認めます。しかしパトロンのいなくなってしまった作者の現在は消息不明か、引退してしまったかのどちらかです。

 ここから推測すると残念ながら彼らはお世辞にも著名な人物だとは言えなかったのでしょう。したがって、彼らの作品の金銭的価値もあまり高くはなかったはずです。

 そして叔父にとって大事なのは、売った時にお金になるかどうかのはずです。家に飾るわけじゃないんですから、わざわざあの保管庫にある美術品を狙う意味なんてなかったはずなんです。それに加えて美術品よりワインの方が、売った時に足がつきにくいですからね」


「だけど実際に叔父は保管庫の前まで来て、そこで私に殴り殺されたんです。結局叔父が美術品を盗み出そうとしていた事実に変わりはないでしょう?」


「……そこなんです」


 二宮は朱音に向かって人差し指を向けた。

「まず彼は自分の意志であの場所まで行ったのは間違いないでしょう。あなたが別の場所で彼を殺害して、あそこまで死体を運んだとは考えられません。女性であるあなたに大の男を運べるほどの力があるとは思えませんし、第一そんなことをする意味もない」


「でしょうね」


「ではなぜ彼はあの場所まで向かったのか。考えられる理由は二つあります。ひとつは本当に美術品を盗みに行ったから。ひとまずこれは保留しておきましょう」


「じゃあもうひとつは?」


「もうひとつは二階の他の部屋に用事があったから、です。

 二階には保管庫以外に、まずあなたの亡きご両親の書斎がありました。理由は仕事に必要な資料を探すため、といったところでしょうが、もしそんな用事があったとしたら事前に彼の秘書だとかお付きの人が一緒にここまで来たでしょうし、そうでなくてもその予定があることを彼からその人たちにいわれたはずです。

 しかし物を盗んだ盗んでいないの騒ぎになった以上、そんな話は無かったと考えるのが妥当でしょう。もしそんな情報があったとしたら、警察が摑んでいないはずがありません。警察からはそんな話はされませんでしたか」


「……いいえ」


「判りました。では書斎説は却下。次はご両親の寝室ですが、まさかわざわざここまで来て寝室で休むなんてのもおかしな話です。ということで却下。残るは……この部屋です」


 二宮が部屋の床に向かって指をさした。


「後鳥羽院さん、危うく僕はあなたの話に乗せられるところでした。これまでの話であなたは僕に、自分はひっそりと家に忍び込んできた叔父を殺したのだと思わせられました。だから殴った瞬間にあなたが叔父に対して殺意があったのかどうかで頭を悩ませることになったんです。

 しかし本当は全然違ったんです。この事件は最初から全て、あなたが明確な殺意を抱いて企てた犯罪計画だったんです」


 どうやらここに来て、二宮は話の核心を突いてきたようだった。それでも朱音は顔色一つ変えることなく、二宮の推論を聴き続けた。


「……続けて」


「あなたは自分から叔父をこの屋敷に誘ったんです。叔父の秘書たちにその話が伝わっていない以上、その会合は秘密のものだったはずです。たとえ叔父と姪とはいえ、血縁関係はなかったわけですから……誘い文句は大体想像できます。

 だから彼は尚更この話は外に漏らすわけにはいかなかった。当然でしょう、その頃彼は妻との離婚問題で揉めていたんですから。あなたはそれすらも計画に組み込んだんです」


「じゃあ、私が風邪をひいて合宿を休んだって話は嘘だっていうんですか?」


「たぶん合宿があったのは本当なんでしょう。しかしあなたはその日風邪なんかひいていなかった。最初からあなたは合宿を欠席するつもりでいたんです。家でひとり休んでいたところを、そうとも知らずに忍び込んできた叔父を撃退したというシナリオを作り出すために」


「私が叔父を一発しか殴らなかった件は? いくら綿密に計画を立てたところで、仕留められなかったら意味がないでしょう」


「これも計画の内だったんです。たとえ一発でも、あなたは彼が死んでしまうことが判っていたんです。すぐさま救急隊を呼んで病院へ送ろうにも、この屋敷からはかなりの距離があります。あなたはかつて父親が腰を痛めた時にそのことで苦しんだことを覚えていた。あなたはこれを利用したんです」


 長い推論を述べ終えると、二宮は朱音に「どうでしょうか」と同意を求めてきた。


「……さすが、何度も難事件を解決したってだけはありますね」


 そういって朱音は二宮に向かって微笑を浮かべた。


「だけど二宮さん、そこまでは当時の警察もたどり着けたの。だけどそれが事実だと立証する証拠を見つけることが出来ないまま、全部ただの憶測で終わってしまったんです。結局事件は空き巣に入った叔父が正当防衛を行使した私に殺されたのだと、裁判で判決が出たんです」


「そしてあなたは無罪になったと」


「二宮さんはそうじゃないっていっていますけど、あなたにそれを証明することができるんですか」


 朱音のその問いに対して、二宮が答えるまでに少しの間があった。


 すると二宮は、部屋の窓に向かって指をさした。


「……窓です」


 カーテンの開いているその窓からは夜空を一望することができ、そして山道がよく見えた。


「今夜、車の中から最初にこの屋敷をみたとき不思議だったんです。どうしてこの家の窓は、夜中なのにカーテンが開きっぱなしになっているんだろうって。

 少し考えてみればすぐ判りました。ここは山の中で、近くに他の家や建物がない。だからカーテンを開けたままでも中の様子を見られる心配はないから、そのままにしているんだと。

 しかしカーテンを開けているということは、部屋の電気が点いていたら誰かが中にいるのだと外からすぐに判ってしまいます。夜中なら尚更です。

 そして事件のあったその時間、あなたはこの部屋で本を読んでいた。だとしたら夜中に訪ねてきた叔父は、すぐにあなたがここにいることに気が付いたはずです。もし彼が空き巣だったとしたら、その場ですぐ逃げ帰っていたでしょう。

 しかしそうはならなかった。彼は最初から、あなたがあの夜ここにいることを知っていたんです。だから彼はこの屋敷に足を踏み入れて、あなたに殺された」


 そこまで話したところで、二宮は「以上です」と話を締めくくった。


 朱音はもう一度、カーテンが開いたままになっている窓をみた。


 今まで一度も意識したことなどなかった。山奥とはいえ、これまでずいぶんと無防備なことをしていたのだなと彼女は思わず笑ってしまいそうになった。


「……事件のあった夜も、カーテンが開いてたって証拠は? もしかしたら、あの夜は閉まっていたかもしれないでしょう?」


 朱音がそう反論すると二宮は両手をあげて、「お手上げです」とでも言いたげなジェスチャーをして苦笑した。


「まさしく、見事な完全犯罪です。ここまでうまくやってのけた人を、僕は他に知りません」


「……褒め言葉と受け取っていいのかしら?」


「そう思っていただいて構いません。ですが……」


「いくらなんでも、殺すことはなかったとでも?」


 朱音が言葉を詰まらせた二宮より先にいった。彼はその言葉に対して静かに頷いた。


「当時叔父が奥さんに払わなきゃいけなかった慰謝料は、実はさっきいったワインを全部売っても足りないくらいの金額だったんです」


「大企業の社長夫人ですからね。相当なものだったのでしょう」


「そこで困った叔父は、私を町のマンションだかに引っ越させて、この家を売却してしまおうとしたんです。その頃私はまだ両親の遺産を正式に相続する前で、叔父のやることを止める方法がなかった」


「それでもあなたはその計画を阻止したかった。だから彼を殺したと」


「……何があっても、この家だけは守らなきゃいけなかったんです。両親との、唯一の思い出の場所なんですから」


 朱音の話に、二宮は「そうでしたか」といった。


「もうひとつ気になることがあるんです。いくら裁判で無罪判決を受けたとしても、あなたに対する疑惑は完全に払拭することはできなかったのではないでしょうか。無罪になったとしても、それは決め手になる証拠が挙げられなかっただけなんですから」


「……二宮さんは一事不再理って言葉を知っているかしら」


「一度判決が決まった事件の被告人は、その後二度と同じ罪で裁くことができないという裁判の大原則……でしたっけ」


「ええ。つまり無罪になった私はもう、犯罪者として追究されることはないんです」


 そう話すと、朱音はふふっと笑った。


「だけど世間はそんな私を簡単には許してくれなかった。特に親族は今も、みんな私に近づいたら今度は自分が殺されるって怖がっているんです。だからそれ以来、この家を売り払おうなんて考える輩はどこにもいなくなってしまったんです」


「……もしかして、最初からそうなることを見越してこの計画を?」


 二宮のその問いに、朱音は何も言わずに儚げな微笑みを浮かべた。


「何はともあれ、私はこうやってこの家を守ることが出来たんです。私はこれでいいんです、両親の意思を継ぐことができたんですから」


「……本当にそれでよかったんでしょうか」


 二宮は、朱音に向かって哀しげな目を浮かべた。


「あなたのご両親は、こんな結果になるのを望んでいたのでしょうか。ご両親は自分の娘にはもっと胸を張って堂々と、自分の人生を歩んで欲しかったはずです。決して、自らの手を汚して欲しくはなかった……僕には、そう思えてなりません」


 そう話す二宮の目が、朱音には痛く刺さった。


 もちろん、彼女自身そんなことはこれまでに何度も思った。本当にこれでよかったのか、もっと他に別に道があったんじゃないのかと。しかし結局はいつも、こういう結論に陥ったのだ。


「……いまさら、どうにもならないもの」


 朱音は父親が作ったワインを一瞥すると、もう一度だけグラスに口をつけた。


「ねえ、二宮さん」


「はい」


「もっと早くあなたと出会えていたら……きっと、違うことになっていたでしょうね」


 朱音のその言葉に、二宮は何も答えなかった。


 翌朝、役所から道路が復旧したという連絡を受けて、二宮と千尋はすぐに屋敷を出発することになった。


 二宮が千尋のミニバンの助手席に乗り込む際、自分の部屋の窓から朱音はその様子を眺めていたのだが、その時ほん一瞬だけ彼と目が合った。


 すると二宮は朱音に向かって小さく頭を下げると車に乗り込んで、そのまま彼を乗せた自動車はどこか遠い場所へと走り去っていったのだった。



 最終話 「とある屋敷の物語」 完


これらの事件は創作であり、二宮浩太郎は架空の高校生です。

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