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二宮浩太郎の独断推理ノート 〜高校生探偵の追究〜  作者: スズキ
最終話 「とある屋敷の物語」 VS資産家/後鳥羽院朱音
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六・埃のなかの思い出



 食卓で千尋がロマネ・コンティの残骸をしくしくと泣きながら処理している最中、朱音は屋敷の階段を上がって二階にある美術品の保管庫に二宮を案内した。


「ここを曲がった先です」


「二階には他にどんな部屋があるんでしょうか」


「両親の書斎と寝室、あとはそこにある私の部屋です」


 そういって朱音は、目の前にある部屋の扉を指した。扉には”Akane”と彫られている古びたプレートが取り付けられていた。


「あの夜あなたはこの部屋にいたときに、外から物音が聞こえたんですね」


「ええ、誰かの足音が。ちょうど部屋のドアの前を通るような感じで」


「それで怖くなってバットを持って部屋から出て、そのバットで侵入者を殴ったと」


「また何か気になることでも?」


「気になることというか、何というか」


 そういって二宮は頭を掻いた。


「事件のあった日、あなたは風邪をひいていたんですよね」


「だから合宿を休んで、この家にいたんです。さっきもお話ししませんでした?」


「不思議なのはですね、風邪をひいてダウンしていたあなたが空き巣を撃退できたことなんです。もし誰かが勝手に屋敷に入ってきたことに気付いて、部屋から飛び出すことまで出来たとしても、風邪をひいていたあなたに空き巣を退治できるほどの気力があったとは思えないんです。どう考えても返り討ちに遭うはずです。そのあたりがちょっと引っかかりまして」


 そう攻めてきたか、と二宮の意見を受けて朱音は内心舌を巻いた。すると彼女はすぐさま二宮に反論した。


「ああ……その時にはもう風邪は治っていたんです」


「治っていた?」


「ほら、よくあるじゃないですか。熱を出して欠席の連絡を入れた途端に、妙に体調が良くなり始めるなんて。だからあの晩は普通にベッドで横になって、本を読んでいたんです」


「なるほど」


「もういいかしら。よければ部屋に案内しますけど」


「ああ、そうでした。お願いします」


 保管庫の前まで来ると、朱音は部屋の扉を開けて中の照明を点けた。


 天井の明かりで室内がパッと明るくなると、そこには絵画、彫刻、焼物といった数多の芸術品が鎮座しているのがみえた。


 そのうちのいくつかは、長年この部屋から出されることなく放置されていたおかげで埃を被っているようだったが、それでも作品本来の美しさは失われていなかった。


「まるで美術館みたいですね」


 部屋の光景を見た二宮がいった。


「あまりこう、僕は芸術だとかそういったものには疎いんですけど、どれも趣があって素敵です。著名な方の作品なんですか」


「ここにあるのはみんな、父が支援した芸術家の人達の作品なんです」


「パトロンというやつですか」


「昔はよく、父が彼らをよく家に招待していたこともあったんです。両親から彼らにディナーを振る舞ったり、逆に……あっ、これ」


 朱音がそこまで話したところで、彼女は壁に掛けられている一枚の水彩画を見つけた。


 木製の額縁に入れられているその水彩画には、この屋敷を背景にして佇む夫婦と、その間に立つひとりの少女の姿が描かれていた。少女の両肩には、夫婦の手が置かれている。


「この方々は」


「私の両親です。間にいるのは私……小学校二年生か三年生の頃だったかな。家の庭で描いてもらったんです」


 二宮はじっくりと絵を眺めて「素敵な絵です、本当に」と言葉を漏らした。


「この絵にはこんな裏話があるんです。絵を庭で描いてもらっている間、モデルになった私たちはずっと立ったままじっとしていなきゃいけなかったんです。両親はともかく、子どもだった私にはすごく辛かったな」


「考えるだけに嫌になっちゃいますねえ、それは。僕だったら途中で逃げ出しちゃうかもしれません」


 二宮が苦笑いを浮かべた。


「なんでこんなことしなきゃいけないんだろうって、私、待たされている間ずっと思ってたんです。だけど完成した絵を見た途端、そういうのが全部吹き飛んで……たぶん、父も母も同じ気持ちだったと思います」


「この絵を描いた方たちとは、今でもお会いになられるんですか」


 二宮がそう訊くと、それまで楽しそうに話をしていた朱音の顔が曇った。


「……もう十年以上会ってません。今はもう、どこでどうしているやら」


「連絡も取ってないんですか」


「両親が死んで叔父が資産を管理することになった時に、叔父はそれまで彼らにしていた支援を全て打ち切ってしまったんです。金の無駄だって」


 朱音は眺めていた絵から目を逸らすと、そのままそれらに背を向けた。


「それからしばらくして私が両親の遺産を正式に相続することになった時に、一年くらいかけて彼らを探したんです。だけど殆どの人は消息が摑めなくて、何とか辛うじて見つけることが出来た人はみんな、もう芸術の道から足を洗っていたんです」


「……パトロンがいなくなったら、芸術家はやっていけませんからね」


「……みんな、せめて元気でいてくれたらいいんですけど」


 ふたりが保管庫から出ると、部屋の扉を閉めた朱音に二宮が訊いた。


「もうひとつだけ伺ってもよろしいでしょうか」


「どうぞ」


「あなたが叔父をバットで殴って殺害した時、あなたは本当に屋敷に侵入してきた人物が自分の叔父だと気付かなかったのでしょうか。それとも……」


「叔父だと気付いた上で、殺意を持って殴ったかということ?」


 朱音の言葉に、二宮は黙ったまま何も返さなかった。


「実を言うと私、叔父のことずっと殺してやりたいと思ってたんです」


「言いますねえ」


「今まで大切にしていたあらゆるものを、叔父は平気で全部お金にしてぶち壊そうとしたんですから。だけどね、二宮さん」


 そういって朱音は二宮に振り向いた。


「警察はこの事件を捜査して、最終的に私が叔父にやった行為は正当防衛だと認めたんです」


「どうしてでしょう」


「私がこの場所で叔父をバットで殴った時、私はあの男を一発しか殴らなかった。本当に殺意を持って事に及んでいたとしたら、死ぬまで何度も殴り続けていただろうからって」


「未必の故意は無かったんですか」


「日頃から死ねばいいのにって恨んでいるのと、土壇場で本当に死んでしまえって思って殺すのは、また別の問題でしょう」


「微妙に答えになってない気がするんですが。結局のところあなたに殺意はあったのでしょうか」


「さあ、どうでしょうね」


 朱音は問いに対して明言するのを避けると、静かな笑みを浮かべた。


「さて、この話はここでお終い。明日は早いでしょう? 今夜は早くお休みになった方がいいんじゃないですか」


「……それもそうですね」


 そう返した二宮は、どこか釈然としない表情を浮かべているようだった。


「また何かあったらいってください。私、部屋にいますから」


「判りました。では、また何かあったら伺います」


 二宮は朱音が自分の部屋の中へ入っていくのを、何も言わずに眺めていた。



次回投稿は9月5日の予定です。

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