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二宮浩太郎の独断推理ノート 〜高校生探偵の追究〜  作者: スズキ
第四話 「偽りの秀才」 VS秀才/針山智和
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六・秀才の疾走



 どうして次から次へとこんなことばかり起こるんだ!


 二宮から知らされた芹澤が生きているという事実に対して、智和は思わずそう叫びそうになった。


 今までついてきた嘘は芹澤が死んでいるという大前提があったおかげで、何とか成立させることができたのだ。当の本人が生きているのでは意味がない!


 あれだけ殴ったのに、どうして生きているんだよ! そんな言葉が頭の中をぐるぐると巡るなか、智和は深呼吸をしていったん気分を落ち着かせようとした。


「……あいつ、生きていたのか」


「ええ、東武の傷口からかなり出血していたんですが、奇跡的に脈が残っていたんです」


「……凄まじい生命力だな」


「生命力もですけど、救急隊員さんの話では、救急車が来るのがあと五分でも遅かったら間に合っていなかっただろうということで。いやあ、実に危ないところでした」


 そのせいで、こっちはこれ以上ないくらい危ない状況に立たされているんだよ!


 智和は心の中で叫んだ。


 しかし文句を言ったところで仕方ない。智和は一旦冷静になって、芹澤の容態について二宮に尋ねた。


「それで……芹澤は助かるのか?」


「いやあ、どうでしょうねえ。ただ、もうじき手術が終わる頃合いでしょう。成功を祈りましょう」


 二宮がそういうと、部屋の外にいた角刈りの刑事が扉のほうから彼に声をかけてきた。


「二宮さん、ちょっといいですか」


「ああはい。では少し失礼します」


 二宮は持っていた答案用紙を机に置いて席から立ち上がると、部屋の外に出た。


 何かあったのだろうか。外にいる二宮と刑事はなにやら会話をしているようだったが、内容はよく聞こえなかった。


 まさか、手術を終えて目を覚ました芹澤が、すべてを証言してしまったとか──


 もしそうなったら、今度こそおしまいだ。


 二宮が戻ってくるのを待っている間、智和の中では永遠とも言えるほど気の遠くなるような時間が流れた。


「や、や、お待たせしました」


 しばらくしてようやく部屋に戻ってきた二宮は、どこか嬉しそうな表情をしていた。


「どうだったんだ」


「どう、と申しますと」


「今の話、手術の話だろ。上手くいったのか」


「ああ、手術ですか。ええ、まあ、とりあえずは」


 やっぱり! こうなると芹澤が目を覚ますのも時間の問題だろう。


「意識はまだ戻っていないのか」


「そうですねえ。まだ麻酔が効いてますから、最低でもあと三十分かそこらかかりそうですけど」


「……そうか」


 とにかく、タイムリミットは目前に迫っているようだった。


 ここからどうにか起死回生の一手を打つことは出来ないものか。


「……どこの病院だ」


「はい?」


「どこの病院に運ばれたんだ」


「ええっと、林原記念病院ですけど」


「林原記念病院! すぐ近所じゃないか!」


 林原記念病院はこの学校からほんの一キロほどの場所に位置する総合病院である。智和は毎朝の通学時に近くを通っているおかげで、智和はその病院の場所をよく知っていた。


 全速力で走れば、十五分くらいで辿り着ける──


「病室は」


「えっ?」


「病室はどこだっていってるんだ!」


「知りたいんですか」


「俺には知る権利があるだろう! 俺は彼女を愛しているんだっ」


 智和の台詞に、二宮はぽかんと呆気にとられた。


「……馬鹿にしているのか」


「してませんけど」


「いいか二宮。真に馬鹿な男というのは、誰かの愛する心を馬鹿にする男だ。お前もそうは思わないか」


「だから馬鹿にしてません」


「じゃあ教えてくれたっていいじゃないか」


「そんなことをいわれても……まあ、別にいいですけど」


 二宮はしぶしぶ上着のポケットから自分の生徒手帳を取り出すと、ぱらぱらとメモ欄のページをめくった。


「ええっと、どこに書いたんだっけ。あっ、ここだ。病室はですね、7階の709号室です」


 そういって二宮は、手帳の開いたページを人差し指でパチンと叩いた。


「なるほど」


「それがどうかしたんですか」


「どうかしたって、お見舞いに行くに決まっているだろう。何がおかしいんだ」


「いや、僕は構いませんけど、せめて行くなら明日とかにしてくれませんか。あの人、まだ体の調子が整ってませんから」


「……それもそうだな」


 確かに二宮のいうことは一理ある。まだ芹澤の意識は朦朧としているだろうし、それに意識が戻れば警察のほうから色々と彼女に話を訊かれることになるだろう。


 つまり、そうなる前に芹澤を始末しなければならないということだ。


「……なあ二宮、そろそろ帰させてくれないか。聞きたい話はあらかた聞けただろう。いつまでも俺をここに拘束すること、ないんじゃないか」


「ああ、それもそうですねえ」


 二宮は大袈裟に声をあげた。


「どうもわざわざありがとうございました。芹澤さん、回復するといいですね」


「まったくだな」


「それと、恋が成就するといいですね。陰ながら祈ってます」


「……ありがとう、それじゃあ」


 心にもないことを言うと、智和は鞄を持って部屋から出た。


 廊下に出ると、智和は昇降口にある下駄箱まで早足で向かった。廊下じゅうに彼のスリッパの鳴る音がペタペタと響いた。


 この先どうすればいいのか智和には全く見通しは立てられていなかった。


 だが、とにかく今は大急ぎで芹澤のいる林原記念病院の七〇九号室へ向かわなければならない──芹澤が目を覚まし、警察や二宮から話を聞き出される前に。彼女をどうやって始末するか考えるのはそのあとだ。


 心配することはない、今日一日であれだけ立て続けに襲いかかってきた窮地を、すべて奇跡的に回避することができたのだ。きっと、今度もうまくいくはずだ。


 下駄箱でスリッパから通学用のシューズに履き替えると、智和はその場でダッと駆け出して、学校の正門までの道を全速力で走った。まだ部活動をしていた生徒たち、パトカーの横に立っていた制服警官たちは皆、目の前を無我夢中で走る男子生徒の姿を不思議そうに眺めていた。


 校門から飛び出ると、智和は両腕をぶんぶんと振りながら必死に病院へと走った。


 夕暮れとだけあって、公道の交通量は溢れ返るほどだった。


 もう既にスタミナが切れかけた智和だったが、それでも彼はひいひいと呼吸をしながらひとり無我夢中で走り続けた。


 道で目の前を歩く学校の男子生徒をなぎ倒し、横切った交差点では車に轢かれかけその運転手からは大音量のクラクションとともに罵倒された。


 白目を剥き、汗と共に涎を口から垂れ流して今にも倒れそうになりながら、智和は疾走し続けた。そんな彼の姿に、近くを走っていた自転車の運転手は仰天して気をとられ、そして目の前の電柱の存在に気づかず激突した。


 じめじめとした蒸し暑い空気のなか、通行人たちの注目を集めながら走り続けた智和はようやく目的地の病院まで辿り着いた。


 ここまで来たらあともう少しだ。病棟に入り、部屋の中に流れる冷房からのひんやりと冷たい空気を受けながら、智和は休む暇もなく七階へ行くためのエレベーターを探し始めた。バタバタと院内を走り回る智和の姿は、ここでも周囲からの視線を集めた。


 幸いすぐにエレベーターは見つけることが出来た。しかし目の前にある二機のエレベーターは作動中で、どちらも上の階に向かっていた。これではいつ使えるかも判らない。


 こうなってしまったら仕方がない。智和は近くにあった階段を使って七階へと登り始めた。


 このとき、智和の体力はほとんど底を突いていた。しかし肺が張り裂けそうになりながらも、彼は延々と続く階段を根気よく駆け上がった。


 諦めるな針山智和! ここで諦めたらすべておしまいだ! いつかこのことを笑える日がきっとやって来る、だから今は走り続けるんだっ。


 己を鼓舞しながら、次第にランナーズハイに似たような気分になった智和はようやく七階に辿り着いた。


 階段からフロアに出ると、智和は一目散にナースステーションに走った。そして仕事の合間の談笑を交わしていた看護師たちに、芹澤のいる病室の場所を尋ねた。


「すっ、すいませんっ、七〇九号室はどこにありますかっ」


 全身からおびだたしい量の汗を流ながら急に尋ねてきた青年に、看護師たちは一瞬固まった。


「七〇九号室は、どこにあるんですかっ」


「あっ、はいっ。七〇九号室はそこを曲がった先ですっ」


「どうもっ」


 七〇九号室へ向かうと、その部屋の扉に掲げられていたプレートには”芹澤直美”と名前があった。


 どうやら、ここで間違いないらしい。智和はノックをすると、意を決して病室の扉を開けた。


「針山です」


 そういって部屋の扉を開けた瞬間、最初に智和の目に飛び込んできたのはベッドの前に立つ、スカジャンを着た金髪の柄の悪そうな男だった。


「……えっ?」


「誰だてめぇは」


「えっ、いや、あの……」


「誰かって聞いてんだよてめぇ!」


 目の前の信じられない状況に、智和はまったく理解が追いつかなかった。


 それはこっちの台詞だ! あんた誰なんだ! だが智和には目の前のいかつい男に対して堂々とそう尋ねられる度胸はなかった。


 まさか、あの芹澤にこんな男がいたのか? そう思ってベッドに横たわる病人のほうに目をやると、そこには男と同じ金髪の、芹澤には似ても似つかないけばけばしい雰囲気を纏った女がいた。


「まさか、てめぇ直美(なおみ)に手ぇ出したんじゃねえだろうなあ!」


「えっ、ちょっ、何の話ですかっ」


「とぼけんじゃねえ!」


 そういって遠慮なくどすどすと歩み寄ってきた男に、智和は釈明する暇も与えられぬまま左の頬に強烈なパンチを一発喰らわされた。そのあまりの衝撃に彼は危うく失神してしまいそうになった。


「てめえっ、俺の直美に何をしたんだっ」


「な、何もしてません! というか、誰ですかその人!」


「とぼけんじゃねえっ」


 そう怒鳴ると、男は智和の胸ぐらをぐっと摑んだ。


「あっくん、やめてっ!」


 ベッドにいた女が男に向かって叫んだ。


「そんな子供、アタシ知らない!」


「なんだとっ」


 そういって男は摑んでいた智和の体を突き放した。扉に向かって放り投げられた智和は強く頭を打って、「ぐえっ」と声を漏らした。幸い、芹澤のように気絶することはなかった。


「直美てめぇ、俺に隠れて浮気してやがったのかっ」


「違う、信じてっ。あんな子供じゃないの!」


「あんな子供じゃないって、じゃあ別に浮気してる奴がいるってことじゃねえかっ」


 目の前の男女の異様な言い争いがヒートアップするなか、逃げるなら今だと智和はふらふらとよろめきながら病室から抜け出した。


 一体どうなっているんだっ、芹澤がいるのはここじゃなかったのか!


 智和は混乱が収まらぬまま廊下の壁に寄りかかり、殴られてひりひりと痛む頬を撫でた。


「こんな所でどうしたんですか、針山君」


 呆然としていた智和に、突如目の前に現れた二宮が声をかけてきた。それに驚いた智和は「うわっ」と叫んで腰を抜かした。


「二宮、おまえ、どうしてここにいるんだっ」


「どうしてって、お見舞いですけど」


 そういって二宮は病室の横に掲げられているプレートをみた。


「あれえ?」


「どうしたんだ」


「名前が違います。おかしいなあ、ここ合ってるはずなのに」


 二宮は手帳を取り出し、再びページをめくると「ああ!」と声をあげた。


「間違えました、709号室違いました。1階の109号室でした」


「どういうことだっ」


「いやあ、数字の1と7読み間違えたんです。恥ずかしいなあ……あれっ、針山君?」


 二宮の言葉を全部聞く前に智和はその場から駆け出していま来た道を引き返した。エレベーターを使いたかったが、今度は両機ともずっと下の階で降っていてまたもや使えそうになかった。


 仕方なく階段を使ってすさまじい勢いで駆け下りる智和だったが、焦るあまり三階と四階の間の階段で足を踏み外し、そのままバタバタと落下してしまった。


 たまたまその光景を目撃した女性患者が大きな悲鳴をあげるも、智和はすっと立ち直って、右の二の腕に感じる鈍い痛みを堪えながら再び階段を降りた。


 ようやく一階に出ると智和はまたもやナースステーションに走って、そこにいた仕事中の看護師たちに部屋の場所を問い詰めた。


「一〇九号室は、どこにあるんだっ!」


 満身創痍になってそう叫ぶ青年に、看護師たちは「ひいっ」と声を漏らしながら震える手で病室のある方向を指差した。


 礼も言わずにその場から走り去ると、智和は一〇九号室の前まで辿り着いた。


「開けるぞ」


 ノックもせずにいきなり扉を開けると、智和はまず部屋の中にベッドの中で眠る病人以外誰もいなかったことに安心した。


 ベッドに向かってゆっくり歩み寄ると、そこには傍にある点滴に繋がれたひとりの人間が布団にもぞもぞとくるまっていた。どうやら、意識は取り戻したらしい。


「……針山だ」


 智和がそう呼びかけると、布団の中にいた病人が彼の前に姿を現した。彼女の姿をみて、智和は目を剥いた。


 違う! こいつも芹澤じゃない! 誰なんだ!


 動揺する智和を前にして、謎の病人は青ざめた顔で苦しそうな声を漏らしながら彼に返事をした。


「おっ……大川おおかわです」


 智和が寝台にある病人の名札に目をやると、そこには”大川(おおかわ)千尋(ちひろ)”と書いてあった。



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