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二宮浩太郎の独断推理ノート 〜高校生探偵の追究〜  作者: スズキ
第二話 「マネージャーの仕事」 VS強豪校水泳部マネージャー/片野瞳
28/55

大川千尋の独断総括ノート・千尋の青春時代の巻



 ……えーっと、ルーティーンというものをご存知でしょうか。


 スポーツ選手が試合中にここぞという場面で緊張してあがってしまうのを抑えるために、練習中に作っておいた動作をして気持ちを落ち着かせるものです。


 たとえば体操の内村(うちむら)航平こうへい選手。跳馬をするとき内村選手は必ず最初に手を前に伸ばして上下に振っています。


 フィギュアスケートの羽生(はにゅう)結弦(ゆずる)選手は演技開始前にしゃがんでリンクの壁を叩いたり、プーさんの人形を撫でたりしているそうです。


 そしてルーティーンで特に有名なのがラグビーの五郎丸ごろうまるあゆむ選手。


 蹴る位置にしゃがんで、身体の前で手を組む五郎丸ポーズをして、あとは八歩助走して蹴りあげ──


 うわっ、足が滑った!


 ぐえっ!




 繁華街のこじんまりとしたバーに、ふたりのスーツ姿の女性がカウンター席で横並びになって座っていた。県警捜査一課の刑事、大川千尋と藤野ふじの愛美あいみである。


「ふわぁ、すっごい眠くなってきた」


 そういって千尋は大きく口を開けて欠伸した。そんな千尋を見ながら、愛美は自分のグラスに軽く口をつけた。


「かなりお疲れの様子みたいだね。そんなに今日の事件大変だったの?」


「いやね、ニノが事件のトリックに早く気付いたもんだから、今日じゅうにあれやこれやを全部片付けなきゃいけなかったんだよ。せめて気づくのが明日だったら、こんな疲れることはなかったのに」


「それでいいんじゃないの? 早期解決できたんだから」


「だからってね、ちょっとはこっちの仕事のツラさも判ってほしいってもんだよ。ニノは判っていないかもしれないけどさ、あたしだってね、なんもしてない役立たずじゃないんだよ」


 はいはい、と愛美は千尋の愚痴を聞き流した。


「むしろ推理したらすぐ帰っちゃうニノより、事件のめんどくさい後処理をしているあたしのほうが、よっぽど頑張ってると思うんだ」


「それは警察の仕事なんだから当たり前でしょ」


「……そりゃそうだけど」


 千尋は愛美に反論できずに縮こまった。


「ただまあ瞳ちゃんが素直に供述してくれたし、今日じゅうに仕事をだいたい終わらせたおかげで明日は早く帰れそうだから、明日は久々に市民プールにでも行って泳いでこようかなあ」


「それって、今日の事件現場が学校のプールだったから?」


「そうそう。あたし、高校のときは水泳やってたんだよね」


「そういや前にそんなこと言ってた気がする」


「愛美ちゃんはどこの部活に入ってたんだっけ」


「中高でバスケやってた。前に話したと思うんだけど」


「ああ、そうだったね。大会には出てた?」


「中学と高校の三年の時にね。ずっとスモールフォワードやってた」


「ふ、ふうん、スモールフォワードね。大変だよね、スモールフォワード」


「千尋、スモールフォワードがどういう意味か全然判ってないでしょ」


「あっ、バレちゃった?」


 言い当てられた千尋は酒で頬を赤くしながら、えへへと笑った。


「そっかあ、愛美ちゃんも大会に出てたんだ。あたしも出てたんだよ、部活の大会」


「……ふうん」


「どうしたの、愛美ちゃん」


 千尋はこてん、と首を傾げた。


「いや、さっきさ、署で二宮くんと会ったときに彼と話をしたんだけど」


「うん」


「千尋、水泳部の大会で犬かきで出てたって本当?」


「そうだけど、それがどうかした?」


「うっそお!?」


 愛美が声をあげて大きく動揺した。


「冗談でいってるんじゃないよね!?」


「やだなあ、愛美ちゃん。人が頑張った経験を作り話だと思うなんて」


 千尋は一切濁りのない目を愛美に向けていた。


「えっ、それ、本当に本当の話なの?」


「しつこいなあ。本当に本当の話だよ」


「犬かきで大会に出ようとするのを止める人、周囲にいなかったの?」


「いやね、うちの学校の水泳部は部員全員が大会に出ることになってたんだよ。予選を通過できない子でも、必ず出るだけ出るって決まりになっててね。だけど部のみんな、なぜか『千尋ちゃんは大会に出なくてもいいんだよ』っていってきたんだよ」


「当たり前だよそんなの!」


「どういうわけか、顧問の竹内先生も出なくていいっていったんだけど、他のみんながきちんと出場しているのにあたしだけ出ないのも恥ずかしいから、どうしてもって大会に出場することにしたんだよ」


「部の他の子も竹内先生も、さぞかし恥ずかしい思いをしただろうね……」


「それであたし、本番で犬かきで二百メートル泳いだんだけどね」


「犬かきって二百メートルも泳げるものなんだ」


「泳ぎ終わったあとに審判長に褒められたんだよ、『長年水泳の世界をみてきたけど、君みたいな子は初めて見た』って」


「それ、絶対褒められてないから」


「まさかあ、『君みたいな選手はもう後にも先にも出ることはないだろう』っていってくれたんだよ」


「そうそう出ていいもんじゃないよ、そんな選手」


「あと『これは歴史に残る』って」


「歴史の汚点だよそんなの!」


「うるさいなあ、さっきからあたしの話に文句ばっかりつけてきて」


「そんなことやっておいて平気でいられる千尋がおかしいんだよ!……ねえ、ちょっと待って」


「どうしたの」


「さっき、明日は市民プールに泳ぎに行くって言ってたよね」


「そうだけど」


「まさか、犬かきで泳ぐつもりじゃないよね」


「犬かきで泳ぐつもりだけど」


「やめときなって! 幼稚園児ならともかく、三十近いのにそんなことしちゃ駄目だって!」


「いいじゃん、愛美ちゃんが泳ぐわけじゃないんだから」


「そういう問題じゃないんだって! ああ、もう! 千尋が市民プールで犬かきで泳いでる姿想像するだけで恥ずかしくなってきた」


「もう、ひどいなあ……あれっ、電話が鳴ってる」


 千尋は着信がきた自分の携帯をバックから取り出した。


「どこからの電話?」


「署から。どうしたんだろう、こんな時間に」


 千尋は画面に出ている応答ボタンを押して、電話に出た。


「こちら大川です……えっ、三楽町の屋敷に泥棒が入った?……それで泥棒は庭に仕掛けられた落とし穴に落ちて意識不明の重体?……これから屋敷の主人を取り調べ……いや、あの、あたし、さきほどプールの事件が片付いたばっかりで……えっ、いますぐ来い?……あっ、はい、判りました、いますぐ行きます……それじゃ、はい、お疲れ様です、はい……」


 千尋は電話を切るとなんだか悲しげな顔をし始め、その表情を愛美が伺っていると、千尋は彼女に泣きついた。


「……急に仕事が来ちゃった。明日はもうプールに行けないかもしれない」


「まあ、それでいいんだと思うよ、たぶん」


 今来た案件が片付くころにはプールのことなんてすっかり忘れているだろうし、と愛美は思った。


「ねえ、愛美ちゃん」


「どうしたの」


「あたし、後悔はしてないよ。大会で泳ぎ終わったあと、周りにいた人みんなあたしを指さしてくすくす笑ってたけど……」


「あっ、いちおう気づいてたんだ、それは」


 わんわんと胸元で泣く千尋の背中を、愛美は撫でた。



 「千尋の青春時代の巻」 完


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