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二宮浩太郎の独断推理ノート 〜高校生探偵の追究〜  作者: スズキ
第一話 「警部の計画」 VSエリート刑事/霧崎洋介
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解決編・警部の計画



 明け方前の早朝、洋介は自分の暮らすマンションの一室でソファーに足を組んで腰掛け、テレビのニュース番組を見てながら煎れたてのブラックコーヒーを飲んでいた。


 大型の美しい液晶画面には田中英治の写真が彼の名前のテロップとともに映っていた。妙齢のニュースキャスターは事件の容疑者だという彼の罪状を滑らかな声で説明していた。


『警察の発表によりますと田中容疑者は昨晩未明に市内在住の公務員の女性、大川千尋さん二十八歳を誘拐し、身代金二千万円を要求したとのことです。既に大川さんは解放されて病院で精密検査を受けているとのことですが、田中容疑者の行方は依然として判っていません。発見されたかたは、ご覧の番号に──』


 電話番号のテロップが表示されたところで洋介はテレビの電源を消した。


 カフェインの効いた熱々の黒い液体を一気に胃に流し込んでソファーから立ち上がると、洋介は身支度をして自室を出た。


 マンションから出て駐車場に向かうと、愛車の前にコートを着た人物が立って車をしげしげと眺めているのが見えた。それは明らかに二宮の後ろ姿だった。


「二宮君、こんな時間に君はここで何をしているんだ。それ以前に、どうしてここを知っている」


 洋介が強い口調で二宮に問いかけると、彼はくるりと洋介のほうを向いた。


「堂本刑事たちに教えてもらいました。しかし本当に格好いい車ですねえ。こんな車でドライブするのは、さぞかし気持ちがいいでしょう」


 二宮は話を逸らすように、視線を再び車のほうに向けた。


「まさか車の話をするためにここへ来たんじゃないだろう。どうしてここに来た」


「ええとですね。霧崎警部にお聞きしたいことがありまして」


 ふてぶてしい態度で尋ねてくる二宮に、洋介は失笑した。


「この期に及んで、君は何をいっているんだ。あとは警察に全て任せればいいといっただろう。まさか二宮君、君は田中英治がどこに居るのか判るとでもいうのか?」


「はい。だから警部に直接お話ししようと思いまして」


「ほう。そこまで言うのなら、聞いてみようじゃないか」


 興味半分、焦燥感半分の気持ちで洋介は目の前の高校生にいった。


「では、田中英治はどこに居るのか。それについてお話しする前に、霧崎警部にひとつお伺いしたいことがあります」


「何だ」


「警部、あなたはなぜ、田中英治は大川さんを誘拐したのだと思いますか?」


「何を訊かれるのかと思ったら、そんなことか」


 洋介は二宮をせせら笑った。


「既に結論は出ている。田中は過去に何度も犯罪を起こして警察に逮捕された経歴のある、前科持ちの人間だ。そのことで田中は警察を逆恨みして今回の事件を起こした。特に疑問はないだろう」


「いいえ、僕はそうではないと思います」


「なぜそう思うんだ」


 二宮の真っ直ぐな眼差しを浴びた洋介は、ゴクリと息を呑んだ。


「もし田中英治が警察に恨みを持って犯行を行ったのだとしたら、彼は必ずやるはずのことをやっていないのです。それもふたつも」


「必ずやるはずのこと?」


「まずひとつは、マスコミに今回の事件のことをリークしていないことです。現役警察官が誘拐され、身代金はまんまと誘拐犯に奪われる。これほどニュースの格好のネタになるものはありません。警察に恨みをもっての犯行だったとしたら、警察に恥をかかせるためにこれくらいのことをするはずです。

 ですが、あの取引が終わってからしばらくの間、この事件はニュースで報道されていませんでした。つい先程警察が田中の顔写真と罪状を公表しましたが、誘拐された大川さんはあくまで”公務員”として説明されましたし、誘拐犯は警察を直接脅迫し、そして身代金は奪われたままという情報は発表していません。そりゃそうです、警察の威信に関わりますから。

 そんな状況ですから、犯人はなおさら嬉々としてマスコミにたれ込むはずなんです。効果てきめんですからね。

 しかし今のところそんな事態には至っていません。本当に警察に恨みを持っているとしたら、それくらいのことはするはずだというのに。これに関して警部、どう思いますか?」


「……なるほど、確かにそれは妙な話だ。これほど警察のイメージと信用を落とすネタはないからな。それで、もうひとつは?」


「もうひとつはですね、なぜ誘拐犯は大川さんを殺害しなかったかということです。もし田中が警察に対しての挑戦として今回の事件を起こしたのならば、警察にとって完全な負けになる身代金の奪略、そして人質の殺害の両方を行おうとするはずです。警察をこてんぱんにしたいのなら、そこまでした上でマスコミに公表するはずです。

 しかし身代金こそ奪われましたが、大川さんは無事な状態で発見されました。それもご丁寧なことにに誘拐犯は監禁場所まで教えてくれました。もし動機が警部の言う通りだったとしたら、じつに不思議だと思いませんか?」


「田中は取引に応じたら、きちんと筋を通すような紳士的な人物だという可能性もあるんじゃないか?」


「確かにそれも一理あります。僕もそう思ったので先程、藤野さんに田中の前歴について警察のデータベースで調べてもらいました。ここにそれを印刷したものがあります」


 二宮はコートのポケットに手を突っ込むと、そこから折りたたんだ一枚の紙を出して広げた。


「では読み上げます。今年三十三歳の田中英治は十七歳のときにコンビニで万引きをして補導され、十九歳の時には交際相手の女性に暴行を働き逮捕、懲役一年六ヶ月の刑を宣告されました。その後懲役を満了して出所しましたが、二十四歳の時に特殊詐欺グループに所属していることを警察にすっぱ抜かれてまたもや逮捕。この時は懲役八年を宣告されました。出所したのはほんの三ヶ月前のことだそうです。

 さて、あんまり他人ひと様の人間性を決めつけるのもアレですが、こんな経歴を持つ人物が紳士的な人物だと思うのにはちょっと無理があるでしょう」


「それは同感だな」


 田中英治が紳士的な人物でないことをいちばん承知しているのは、洋介だった。


「だが二宮君。たとえ田中の動機が警察への私怨でなかったとしても、それが奴の居場所を特定する手がかりにはならないんじゃないのか」


「もう少し待ってください、本題はここからです。田中英治の犯行動機はいったい何だったのか。さて警部、そもそも誘拐犯はなぜ誘拐という罪を犯すのでしょうか?」


「急に哲学的な話になったな。単に金が必要だから、じゃないのか」


「おっしゃる通りです。ですがこれに関して先程病院で大川さんから興味深い話を聞きました」


「大川から?」


「はい。大川さんは監禁されていたとき、誘拐犯にこんなことを尋ねました。二千万円という大金をどう使うのかと。これに対して誘拐犯はこう答えました。そんなの後で考える、と。

 使い道は後で考える。つまり誘拐犯は使い道がない状況で身代金誘拐という大犯罪を起こしたんです。もし使い道があったのだとしたら、こういうことに使うんだ、だとか、お前が知る必要なんか無いとでも答えたはずです。

 ではなぜ誘拐犯は特に金の使い道が無いのに、このような誘拐事件を起こしたと思いますか?」


「……さあ」


 二宮の問いかけに、洋介ははっきりとした返事を返すことが出来なかった。


「考えられる可能性はひとつです。この誘拐犯のほかに、大川千尋誘拐計画を持ちかけた人物がいたんです。こんな金稼ぎの計画があるから、協力してほしいと持ちかけた人物が。こうして金の使い道はないけれど、大金が手に入るという計画に参加する動機が出来たわけです。

 そして田中英治にその計画を持ちかけたのは、霧崎警部、あなたです」


 二宮は人差し指を洋介に向けた。


「……動機は何だというんだ。私と、薄汚い前科持ちの人間が結託して身代金誘拐を起こすことになる動機は」


「犯人が捕まれば動機は自ずと判る。それをいったのは霧崎警部でしょう。

 ただまあ、大体想像は出来ますがね。堂本刑事はあなたが警察組織に思うところがあったのかもしれないといっていましたが、僕はあなたが田中に何かしらの弱みを握られていたんだと思っています。

 もしそうだったとしたら、あの身代金二千万円という額にも納得がいきます。恐らく田中はあなたに、一千万円渡さなきゃ弱みを世間にバラすぞとでも脅していたのでしょう。しかし一千万円というのは大人しくポンと簡単に払える金額ではありません。それであなたはその額を二倍、つまり二千万円にしてこの計画を持ち込んだ。こんなところでしょうか」


 まるでその目ですべてを見てきていたかのように二宮は語った。


「さて。もしこれがすべて正しかったとしたら、計画を持ち込んだ側の人間には恐れるものがあります。

 共犯者の存在です。誘拐計画の首謀者であることを知っていて、なおかつ誘拐計画の動機となった自分自身の弱みを握っているわけですから、これほど邪魔な存在はありません。では計画が終わったいま、首謀者が次にすることはなにか」


 二宮にじっと見つめられながら、洋介はゆっくりと口を開いた。


「……共犯者の殺害」


「その通りです」


 二宮はもう一度人差し指をぴんと立てた。


「つまり二宮君はこう言いたいのか? 私が田中英治を殺したのだと」


「そうです。そもそもこの誘拐事件自体が、田中英治を始末するための殺人計画だったのです。あの建物に落ちていた毛根も、警察の目を田中に注目させるために、あなたが用意して落としたものなのでしょう。

 こうして田中英治に誘拐事件を実行させ、犯人だという容疑をすべて被せて消してしまえば、あとはもう警部が追及されることはありません。じつに見事な犯罪計画です。

 さて警部、なにか反論はありますか?」


 二宮が問い詰めると、洋介はフッと笑った。


「面白い推理だ。だが私を殺人犯扱いするからには、きちんとした証拠があるのか? 私が田中英治を殺したのだという、決定的な証拠が」


 洋介がそう言うと、二宮は自分の長い髪を掻いた。


「決定的な証拠……それがここにあることをいちばんよく知っているのは、霧崎警部ではないでしょうか」


 二宮は洋介の愛車に目をやり、その後ろにある荷台を指差した。


「警部。この車の荷台の鍵を開けてくれないでしょうか」


「……荷台の鍵を、か」


「ええ、お願いします」


 はあ、と息を吐くと洋介は上着のポケットから車の鍵を出し、それで荷台の鍵を開けた。


「では、失礼します」


 二宮が荷台の扉を開けた。そのなかには例の身代金を入れていた鞄、そして青ざめた顔をしたまま、二度と目を覚ますことのない金髪の男、田中英治の死体が積められていた。


「ビンゴです」


 二宮はどこからともなく英治の写真を出して、遺体の顔と見比べた。


 洋介が警察署を出たあとのことだった。車でマンションに帰る道すがら、洋介は人の少ない場所で車を停めた。


 車から降りると、洋介は近くにあった大きいブリキのゴミ箱の蓋を三度叩いた。するとその中で縮こまっていた英治が、身代金入りの鞄を持って出てきた。


「遅かったじゃねえか」


「すまない。いろいろと後処理が大変だったんだ」


 英治と金を急いで車に乗せると、洋介は英治に缶ビールを渡した。


「疲れただろう。飲みたまえ」


「くれるのか? 悪いな」


 英治は缶の栓を開けて、ビールをゴクリと呑んだ。


「まったく、あの女刑事には手を焼いたよ。あんたも、あんな奴クビにしたほうがいいぜ」


「ありがたい意見として受け取っておくよ。それより、君はこれからも私をゆすり続けるつもりなのか?」


「当然だろ、俺にこんなことさせたんだ。絞り取れるだけ絞り取ってやるからな」


「そうか。それを聞いて安心したよ。心置きなく殺せるからな」


「えっ……」


 その言葉を発した直後、英治は首に両手をあててももがき苦しみ始めた。さっき英治に渡したビール缶の飲み口に、科研からこっそりと盗み取った即効性の毒をあらかじめ塗っておいたのだ。


 英治は数秒間洋介の顔を睨んだが、結局何も為す術はなく、そのまま事切れてしまった。


 洋介は路地裏でもう一度車を停めると、身代金と英治の遺体をさっさと荷台に詰め込み、帰路についた。


「どうして田中がここにいることが判った?」


 洋介は写真に写っている顔と遺体を見比べている二宮に訊いた。


「警部が今日、有給を取っていることを堂本刑事から聞きましてね。死体を隠すのなら、今日のうちに車で遠くまで出かけて隠しに行くと思ったんです。警部なら警察の人間ということで検問も潜り抜けられたでしょうからね。それに田中を殺すのなら、まだ警察がマスコミに田中の写真を公開していなくて、なおかつ人目の少ない昨晩のうちに既にやっていたのだろうと思いまして。そうそう、遺体はどう隠すつもりだったんですか」


「湖に行って、沈めようと思っていたんだ」


「そうですか。環境汚染とは感心しませんねえ」


 二宮は軽口を叩きながら、鞄のなかに身代金が入ったままであることを確認した。


「お金は使わないんですね」


「さすがにそれを使うのは気が引けるからな。道中で落として、誰かに発見してもらおうと思っていた」


 そうですか、と二宮はさほど関心がないような反応を返した。


「いつから私のことを疑っていたんだ。ずいぶん最初の頃からしつこく付き纏ってきたが」


「そうですね。最初に警部と電話でお話ししたときです」


「電話? 大川がなかなか来ないって君が言ってきたあれか」


「ええ。待ちぼうけを喰らっている僕に、あなたはこう言いました。いったん帰ったほうがいい、と。

 これを聞いたとき妙だと思いました。大川さんをあの駅ビルの近くまで送った警部なら、大川さんはすぐにそっちに着くだろうということを知っていたはずですからね。もう少し待ってみたらいいんじゃないか、とでも言うはずです。

 ですが、あなたは帰ったほうがいいといった。まるで大川さんが現れることはないということを、最初から知っていたかのように。だから警察まで押しかけたわけです。他に気になることはありますか」


「いや、結構だ」


 洋介は東のほうから日が昇ってきたのを眺めながら、ようやくこの長い夜が終わったことのを感じた。


「二宮君。私はいま、ちょっと悔しいんだ。これは別に罪を暴かれたからという訳じゃないんだ。なぜだと思う?」


「……なぜでしょう」


「それは私の犯行を暴いたのが警察ではなく、ただの素人である君だからだよ」


 そういって洋介は静かに笑った。すると、二宮も洋介に向かって微笑んだ。


 近くでパトカーのサイレンが鳴っているのが聞こえた。



 第一話 「警部の計画」 完



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