十四・真意
須田橋での騒動から数十分が経ち、捜査員は総動員でオートバイに乗った人物の行方を追っていたが、いまだ発見の目処は立っていなかった。夜中ということもあって、目撃者も少ないことが捜索をさらに難航させる要因になった。
また、公園で鞄を持ち去り、追っ手から逃れた末に手に持っていたそれを橋から投げ落とした人物については、その場で警察署に連行され、現在事情聴取を行っているとのことだった。
渡は逐次入ってくる無線の通信を耳に入れながら、車のハンドルを回してオートバイとそれに乗る男を探していた。
「二宮くん、さっきのことはなんだったんですか」
「さっきのことって、何ですか」
「とぼけないでください! 鞄を持っていった人物を確保するなって、どういうことだったんですかっ」
「堂本くん、落ち着いてっ。色んなことがあってイライラしているのは判るけど、二宮くんに八つ当たりすることないじゃない」
愛美に諭された渡は、何度か深呼吸をした。すると、幾分か落ち着きを取り戻したようだった。
「……すいません、熱くなりすぎました。だけど二宮くん、どうして君はあんな突拍子もないことをいい出したんです? 教えてくれたっていいんじゃないですか」
渡が二宮に問い詰めると、二宮は「ううん」と唸って頭を掻いた。
「先日の女の子が誘拐された事件、覚えていますか」
「そりゃあ覚えていますけど……まさか、それが今回の事件に何か関係があるとでも?」
「いえ、別に先日の事件と今夜の大川さんが誘拐された事件に直接関係があるわけではありません。問題なのは、先日の事件で霧崎警部がとった行動です」
「霧崎さんがとった行動?」
愛美が二宮に鸚鵡返しをした。
「あの事件の犯人は二人組でした。身代金の受け渡しの際、犯人のうちひとりは誘拐した女の子の父親から金を受け取りに、もうひとりの犯人は周囲の様子を監視していました。そのとき、誘拐犯は金を受け取った人物、そのひとりだけではないと真っ先に気がついた捜査員がいました」
「霧崎警部ですね」
あの日、ちょうどその場にいた渡がいった。
「金を受け取りにきた人物の人相と、事件に関わったホームレスが証言した人相が違っていたことに警部が気がついて、という経緯でした。それが今夜の事件とどう繋がるんですか」
「考えてみてください。ほんの数日前にそんな事件に関わって、実際に解決した刑事が、今回の事件で身代金を持ち去った人物が現れたのを目撃しただけですぐに確保するべきだと発言したんです。これ、なんだか不自然じゃないですか」
「あっ……」
二宮のいう不自然の理由に気がついた渡は絶句した。
「そういわれてみればそうだ。あの時近くで俺たち捜査員の様子を監視している誘拐事件の別の犯人──共犯者がいた可能性は充分あったし、警部ならそれに気づけたはずだったのに」
「そして実際、共犯者はいました。というより鞄を持っていった人物はただのおとりで、オートバイに乗った人物こそがこの事件の首謀者だったのでしょう。どちらにせよ、霧崎警部のような方ならこのくらい、本来未然に防げたはずのことです。これは単純なミスなのか、それとも……」
「霧崎さんは最初からこうなることを、すべて知っていたということ?」
愛美が二宮の言葉に付け足すようにいった。
「そういうことになります。だとすると警部は無意識にあんなことをいってしまったのか、もしくは捜査員の注意を引きつけるために、わざとあんなことをいったのかもしれません」
「なんてこった」
渡が頭に左手をあてて呟いた。
「本当に、霧崎警部がこの事件の犯人だってことなのか?」
渡は頭を掻き毟って途方に暮れた。そんなとき、無線機から本部にいる郷家警視の声が砂嵐のようなノイズに乗って聞こえてきた。
『こちら本部。たったいま、誘拐犯からこちらにある藤野刑事の携帯に電話が入った』
警視の声を聞いて、渡たちは一斉に耳を傾けた。
『いまからその電話の音声を流す。しっかりと聞くように』
そして数秒間の沈黙があったのち、例の加工された音声が聞こえてきた。
『警察の諸君、今夜はご苦労だった。諸君は私を捕らえることが出来ず不満なのだろうが、こちらは無事に金を受け取ることができて非常に満足している。
さて、私もきちんと約束を守ることにしよう。大川千尋警部補は野良牧町にある寂れたテナントにいる。建物の外観には昔レンタルビデオ店だったときの面影が残っているから、それを目印に探してみてくれ。
諸君、今夜は楽しい夜だった。これから諸君は私を探すことに躍起になるだろうが、私を逃した諸君にこの私を捕まえることなど、到底不可能だろう。まあ、せいぜい頑張って悪あがきでもしたまえ。
それでは、ごきげんよう』
ごきげんよう、のひとことで誘拐犯からのメッセージが終わると、再び郷家警視の苛立った声が聞こえてきた。
『……とにかく、これで大川の居場所は判った。第一班から第五班まではいま電話で説明された場所まですぐ向かうこと。それ以外の第六班から第二十班は引き続きオートバイの男の捜索を続けろ。いいか、我々はこのような犯罪者に言われっ放しで終わるような集団ではない! 何としてでも、この憎むべき誘拐犯を捕らえるんだっ。そのためには全力を挙げろ、いいな!』
本部からの通信が終わると、愛美は車窓に寄りかかって、はあ、と溜息を吐いた。
「もし霧崎さんが誘拐犯かもしれないってことをこの人が知ったら、どんな顔するんだろうね」
もうどうにでもなれ、という気分になりながら愛美は皮肉っぽくいった。それを横で聞いていた渡もまったく同じ心境だった。
「そういえば聞いていなかったのですが、僕たちは何班なんですか?」
渡たちの複雑な心境をよそに、二宮が訊いた。
「第二十班です。つまり、このままオートバイに乗った男の捜索を続けなきゃいけません」
「なるほど、そうですか。それと、霧崎警部は第何班なのかご存知でしょうか」
「確か、第一班だったはずです」
「第一班ですか。つまり、今誘拐犯に告げられた場所へ向かっているということですね」
そういって考え事を始めた二宮の姿を、渡はバックミラー越しにみた。すると、二宮は再び口を開いた。
「あの、お願いしたいことがあるのですが」
「判っています。例のテナントへ行って、そこで警部に直接会いたいということでしょう」
「はい。お願いできますか?」
「本当は命令違反で、やっちゃいけないことですけど……」
渡は隣に座る愛美と視線を合わせた。彼女は渡に向かって微笑を浮かべた。
「わたしはいいよ。一緒に怒られてあげるから」
「だそうです。それじゃ、行きますよ」
「ご迷惑をおかけします」
二宮は申し訳なさそうにいった。
渡が車のハンドルを切って巡回ルートから外れると、目的の場所に向かって車を発進させた。
「ん? あれは……」
しばらく車を走らせていると、前方に白いスポーツカーが走っているのがみえた。
「あれって、霧崎さんの車だよね」
愛美が気付いて声に出すと、二宮がすかさず「その車を追ってください」といった。
「もしかして、警部がオートバイに乗った人物をあの車に乗せて、逃すかもしれないってことですか」
「それもありますが、もうひとつ理由があるんです」




