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二宮浩太郎の独断推理ノート 〜高校生探偵の追究〜  作者: スズキ
第一話 「警部の計画」 VSエリート刑事/霧崎洋介
11/55

十一・犯人は誰だ



 警察署の地下にある駐車場では、配備先を命じられた刑事たちが各々車に乗り込んでいた。その中で現金二千万円の入った鞄を持つ渡、愛美、そして二宮の三人は、渡の車のある区画に歩いて向かっていた。


「いやあ、ドキドキしますねえ。皆さんの緊張が痛いほど伝わってきます」


 二宮が学生服の上に黒のトレンチコートを羽織った姿で、渡と愛美の後ろについて歩いてくる。


「そりゃあもちろん、誘拐事件で犯人を捕らえる最大のチャンスが取引の瞬間ですからね。ここが勝負どころですよ」


「なんとしてもここで犯人を捕まえて、千尋を助け出さなきゃ」


「同感です」


 そう話しているうちに車のあるところまで来ると、渡は車の鍵を開けて運転席に座った。愛美が助手席で、二宮が後部座席といった配置である。二宮の隣の席には、身代金の入った鞄が置かれている。


 渡がエンジンをかけて車を発進させようとしたとき、目の前を一台のスポーツカーが通った。白く流体的なボディをしていたその車は、いかにも高級車といった雰囲気を漂わせていた。


「洒落た車ですねえ。誰の車でしょうか」


 駐車場の外へ出て行く車を眺めながら、後ろにいる二宮がいった。


「あの車、霧崎さんの車だよ」


 助手席に座る愛美が二宮にいった。


「霧崎警部の車でしたか。さすがエリート刑事とだけあって、エリートな感じの車に乗っていらっしゃる」


「はは、本当ですよ。本当だったら、明日は有給を使ってあの車でドライブする予定だったみたいです」


「なるほど、素敵な休日の予定だ」


「だけど急にこんな事件が起こっちゃったからねえ。どうなることやら」


 車が駐車場から屋外に出ると、取引場所の公園のある町へと走った。郊外にあるその公園には警察署から車で二十分ほどかかる距離にある。取引場所の近くで車を停めて、渡と愛美が二人で金を持っていくことになっている。当然、二宮は車の中でひとり残って留守番だ。


「いま、話しかけてもよろしいでしょうか」


 後部座席にいる二宮が、前でハンドルを握っている渡と愛美に訊いてきた。


「ええ、構いませんけど。どうしたんですか、二宮くん」


「おふたりは今回の事件の誘拐犯、どんな人物だと思いますか?」


 二宮にそう訊かれて、渡はハンドルを回しながら「ううん」と唸った。


「どうなんでしょうね、皆目見当もつかないな。たぶん、霧崎警部のいうように警察に対して恨みを持っている人物なのだろうけれど……藤野先輩はどう思います?」


「わたし? ううん、そうだね。わたしも堂本くんと同じ意見だな。警察に対して真正面から脅迫するなんて危険なこと、そんな理由がなきゃやるはずがないし。ただ、さっき二宮くんがいってた身代金の数字が中途半端って話は気になるけどね……」


 そう話していると、車を運転していた渡が突然「あっ」と声をあげた。


「どうしたの、堂本くん」


「もしかしたら俺、犯人がどんな人物か判ったかもしれません」


「話してみてください」


 後ろの席から二宮がいった。


「誘拐犯の正体はずばり、過去に警察の冤罪被害に遭った人物です」


「どうして判ったの」


「いいですか、まず誘拐犯は警察に恨みがあります。そして警察に恨みを持つような人間は次の二通りいます。一つは何者かに家族を殺されるも警察な不十分な捜査で事件が迷宮入りになり、犯人を捕まえられなかった警察を恨む被害者の遺族。もう一つは身に覚えのない罪で警察に捕らえられ、そのまま冤罪で投獄されてしまった人間。ここまではいいですね」


「続けて」


「このうち、前者が警察を脅迫して金を要求するのは変な話です。文句があったらマスコミにでも垂れ流せばいい。その方がいくらでも金になります。

 しかし後者はどうでしょう。無実の罪で投獄されて人生の貴重な時間を奪われ、ようやくの思いで出所しても世間からは前科持ちとして冷たい目で見られることになります。そんな状況では新しい職を見つけることもできず、食べるための金にも困る日々。自分がこんな目に遭ったのは誰のせいだ? そうだ、悪いのは警察だ。人生をめちゃくちゃにしてくれたあの連中に恥をかかせてやる──と、こんな感じです」


 渡が自分の推理を披露すると、愛美が「おーっ」といってぱちぱちと拍手をした。


「すごいよ、いい線行ってると思う。二宮くんもそう思うよね」


 そういって愛美は二宮の方に振り返った。


「確かに興味深い発想です。ただ、僕はもっと違う人物を思い浮かべていたのですが」


「へえ、一体どんな人物です」


「ふふふ……誰にもいっちゃいけませんよ」


「いいから教えてよ、気になるなあ」


 愛美がじれったそうにすると、二宮は奇妙な含み笑いを浮かべた。


「僕はですね、誘拐犯は警察内部にいると睨んでいるんです」


「えっ……」


 前の座席の二人が二宮の言葉を聞いて唖然としたとき、渡がハンドル操作を一瞬誤ったお陰で車が大きく揺れた。すると窓の外から「ブーッ」という大きなクラクションの音が響いてきた。


「うわあっ、すいませんっ」


 渡が隣の車線を走る車に向かって叫んだ。


「二宮くん。誘拐犯が警察の中にいるって、どういうことですか」


「そうだよ、どうしてそういうことになっちゃうのっ? もしかして、わたし達の身内に警察という組織に不満を持っている人がいて、それが引き金になって今回の事件を起こしたとか……」


 大きく動揺したふたりは二宮に迫った。


「ちょっと待ってください。誘拐犯の正体を推測するにあたって、僕は犯人が警察に脅迫してきた理由というのはこの際あまり考えないほうがいいと思うんです」


「それって、どういうこと?」


「誘拐犯は警察に挑戦するために脅迫してきた。いまはこの先入観を捨ててみるべきなんです。ややこしいことを前提にして話を進めるから、話が更にややこしくなるんです。もっと単純に、大川さんを誘拐できたのはどんな人物かをまず考えなくちゃ」


「な、なるほど。誘拐犯の動機についてはいまはいったん置いておいておくとして、結局のところどうして誘拐犯が警察の中の人間ということになるんですか?」


「それについて説明する前に一つ質問したいことがあるのですが、大川さんが今夜ケーキバイキングに行く予定があったことを、おふたりはご存知だったでしょうか」


「もしかして、俺たちを疑っているんですか」


「いえ、そういうつもりで訊いたわけじゃないです。単なる確認です」


「それは知ってたよ。千尋、ずっと前から嬉しそうにわたし達に話してたし」


「正直、少し鬱陶しかったですけどね」


「いいますねえ」


「だって一日に一回は自慢してくるんですよ。あれで鬱陶しいと思うなというのが無理な話です」


「千尋、事件現場で二宮くんに振り回されてることをよく愚痴ってくるけど、千尋だって大概だと思うんだよねえ」


「まっ、とりあえず大川さんの悪口大会はここまでにしておいて。他にそのことを知っている方がどの位いたのかはご存知でしょうか」


「少なくとも、捜査一課の人達は全員知っていたと思いますけど……もしかして、誘拐犯は大川先輩が今夜駅ビルに行くことを知っていた警察の人間の誰かだっていいたいんですか」


「その通りです」


「ちょ、ちょっと待って」


 愛美が若干混乱しながら二宮にいった。


「千尋が今夜ケーキバイキングに行くのを知ってたのは、わたし達だけじゃないかもしれないよ。千尋のプライベートでの友達があの子から聞いて知っていた可能性もあるわけじゃない。だから犯人が警察の中にいるとは限らないんじゃ……」


「それではもう一つ。今晩、大川さんをあの駅ビルの路地裏まで送っていった人は一体誰でしょうか」


 それを聞いたとき、渡と愛美の顔がサッと青くなった。


「ま、まさか、そんなこと」


「そのまさかです」


「だけど、そんな……」


 尊敬する上司が、同僚の誘拐という凶悪な犯罪に手を染めている。それは二人にとって簡単に受け入れられることではなかった。


「そんな、霧崎警部が大川先輩を誘拐するなんて不可能ですよ! 現に俺たちはずっとあの人と行動を共にしてたじゃないですかっ」


「共犯者がいるんでしょう。例を挙げれば、先日起こったという誘拐事件も二人組の誘拐犯によって行われたそうじゃないですか」


「だとしたらどうして? どうして霧崎さんが千尋を誘拐なんてことを……」


「警部の言葉を借りれば、誘拐犯には誘拐犯なりの事情があるんでしょう。いま僕たちが考えても仕方のないことですし、誘拐犯を逮捕できれば自ずと判ることです」


 二宮の淡々としたことばを聞いて、渡と愛美は肚の中からどろどろとした気持ち悪いものが吐き出してしまいそうな気分になった。


「……二宮くん。その推理が間違っている可能性は、あるんでしょうか」


「無いとはいいきれません。いまのところ、決定的な証拠は何ひとつないんですから。とりあえず、いまは僕が警部を疑っていることと、僕からこの話を聞いたことを誰にもいわないようにしてください。ここで現場が大混乱して取り引きがめちゃくちゃになって、取り返しのつかないことになったら大変ですから」


 最後に二宮は「いちおう、警部の動向には注意しておいてください」と付け足した。



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