第6章ー6
中央軍集団の攻勢に対するソ連軍の行動について罠ではないか、と懸念して対処方法を検討するポーランド軍のレヴィンスキー将軍とソサボフスキー将軍の考えは、先が見えすぎた考えのように思われそうだが、一部の連合国軍の将帥は、この頃の中央軍集団へのソ連軍の行動について同様に危険の香りを感じていた。
「幾ら何でも、スモレンスクでの抵抗が弱すぎる。ソ連軍の罠ではないか」
この当時、アイゼンハワー将軍でさえも、そのように連合国軍最高司令部において懸念を示していた、という記録が、実際に遺されている。
だが、中央軍集団を事実上握っているのは英軍であり、英軍上層部がその危険を察知していない以上、ソ連軍への具体的な対処が遅れるのはやむを得ない話だった。
それにアイゼンハワー将軍は、基本的に各国軍の主張を調整して行動する、いわゆる調整型の将帥であり、積極的に各国軍を主導して行動する、いわゆる行動型の将帥ではなかった。
そのためにアイゼンハワー将軍は、中央軍集団、英軍の行動を基本的に掣肘しなかった。
そういったことも相まって、中央軍集団は破滅の危険にさらされてしまった。
1942年9月末、とうとうスモレンスク東方でも雨が降るようになり、いわゆる泥将軍の兆しが見えるようになりつつあった。
この時、スモレンスクを完全に手中に収め、更にヴィヤズマが後一歩で手に入るのだ、と中央軍集団というより、英軍は逸っていたが、この泥将軍が引き起こす泥の海は、少しずつ中央軍集団の先鋒部隊の補給物資に対して打撃を与え始めた。
「後方から補給物資は届かないのか」
「ええ。雨によって発生した泥の海のために、トラックがまともに動かないとのことで、予定では届く筈の物資が未だに届きません」
「弱ったな」
そんなやり取りが、徐々に中央軍集団の先鋒部隊の中で広まっていった。
そんなふうに中央軍集団の先鋒部隊が、補給物資の欠乏に苦しむのであれば、中央軍集団の攻勢に対処するソ連軍も補給物資の欠乏に苦しむのではないか、という疑念が巻き起こりそうだが。
ソ連軍の方は、自らの補給拠点と言えるモスクワ方面に撤退しつつあるのであり、また、予めの作戦計画に従い、物資の集積を行っていたので、補給物資の欠乏という事態は起きていなかった。
そして、ヴィヤズマ攻略にいよいよ英軍の先鋒部隊が掛かろうとした10月初め、とうとう補給の破断界が、中央軍集団の間で発生してしまった。
「ほぼ全ての車両の燃料が欠乏しています。速やかに燃料を送ってください」
英軍の先鋒部隊の多くが悲鳴を上げ、後方に窮状を訴えるようになった。
ソ連軍の大反攻が発動されたのは、その時だった。
「ウラー、ウラー」
ソ連兵の叫び声が聞こえ、カチューシャ、スターリンのオルガンが、大量のロケット弾の雨を、英軍の先鋒部隊に降らせる。
言うまでもないが、それに加えて、Il-2襲撃機の編隊が銃爆撃の雨を英軍に降らせ、大口径の榴弾砲等による砲撃が、英軍に追い打ちを掛ける。
それに力を得て、ソ連兵は英軍の先鋒に対して猛攻を加える。
この攻撃に対して、英軍の先鋒部隊は、懸命の対処を試みるが、如何せん燃料不足のために、部隊を自在に機動させて、防御に適した地形に部隊を集めることさえもままならない、という悪夢が起きた。
こうなると、防御に当たる兵士も心理的に浮足立つ事態が生じてしまう。
更に言うなら。
「畜生、あいつらの装甲は何であんなに堅いんだ」
この英軍の先鋒部隊の主力戦車は、クルセーダー巡航戦車だった。
それに対し、ソ連軍の主力戦車は、言うまでもないT-34中戦車である。
実際には、そうでもなかったという説もあるが、この差は英軍を苦戦させた。
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