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第3章ー10

 岡村寧次大将と今村均中将の会話は、ほぼ現実を見据えたつらい会話というしかなかった。

 舞台は変わるが、外蒙古にいる簗瀬真琴少将も、1日に1度は、

「自分は、ここに何のために来たのだろうか」

 と1942年8月頃、自問自答する有様だった。


「ウイグルやチベット方面では、それなりに反共産中国政府を呼号する民族、宗教主義者による武装抵抗運動が主に水面下ではありますが、具体的に組織化されつつあるようです」

「うむ」

 今日も今日とて、部下の報告に対し、表向きは生真面目な難しい顔をして、簗瀬少将は返答していた。


「共産中国政府の対応はどうか」

「武力鎮圧が第一、という対応です。当然のことながら、冤罪も多発しているようで、ますます武装抵抗運動を誘発するという悪循環が発生しつつあるようです」

 簗瀬少将の問いに、部下は即答した。


「我々からの武器を始めとする各種の援助活動は、効果を上げているか」

「充分に効果を上げていると言いたいところですが」

 更なる簗瀬少将の問いかけに、部下は言いよどみ、簗瀬少将の眼光は鋭くなって言った。

「はっきりと正直に言え」


「我々が提供した武器が、インドでの騒乱に流れている疑いが拭いきれません」

 渋々といった感じで部下が発言し、(内心でだが)簗瀬少将は頭を抱え込んで想った。

 まるで、自分は、自らの祖父の主君、京都守護職の松平容保公になったようだ。

 懸命に善意をもって、自分達は事に当たっているのに、状況は全く好転するどころか悪化していく。


 足元といえる外蒙古情勢も似たり寄ったりだ。

 自分の指揮下にある第56師団の将兵は懸命に努力してくれている。

 さっきの例えで言えば、京都の治安維持に当たる会津藩兵や新選組もかくや、という奮闘ぶりだ。

 食料等が実際に住民の手元に届くように物資の輸送網を構築、維持し、また、地域住民の治安維持にも懸命に当たってはいるが。


 その地域住民の多くの願いは、蒋介石率いるいわゆる満州国政府(満州国と実際に統治している範囲等から、外国の国民の多く、いや、日米韓等の各国政府からも、事実上は呼ばれているが、中国全土が正当な領土だ、と満州国政府自身は主張しており、実態とは解離が生じていた)からの完全な分離独立であり、現在のところ、外蒙古のほとんど、内蒙古のかなりの部分を実効支配下に置いているといってよい徳王政権としても、内々には同様の意向を、日米両国政府に対して示している。


 だが、今は第二次世界大戦の真っ最中であり、そういった状況から、同盟国である満州国政府と完全に敵対する訳には行かない日米両国政府としては、外蒙古地域住民の願いや徳王政権の意向に対しては、表面上は冷たく拒否する態度を示さねばならず、自分達も同様の態度を執らざるを得ない。


 ところが、そうなると、今度は自分達の味方を完全にはしてくれない以上、面従腹背の態度を外蒙古の住民が、自分達、日本軍に対して示すという事態が生じるのだ。

 食料の提供等を懸命に自分達はやっており、徳王を表面に出しての間接統治体制までも構築しているのだから、そこまでの態度を示さなくてもよいではないか、と自分は想うのだが、外蒙古の住民には住民なりの理屈があるのだろう。


「賽の河原の石積みだな」

 余りにも気鬱になったことから、部下を追い出し、一人きりになった執務室で、簗瀬少将は一人ごちた。

 中国本土に駐屯していた時と同じような想いを、自分はしている。

 懸命に自分達は善意を尽くして努力をしてはいるものの、その善意、努力が住民に完全には通じない。

 賽の河原の石積みのように積み上げた石は崩されてしまう。


「何とかならないものなのだろうか」

 簗瀬少将は天井を見上げて呟いた。

 第3章の終わりになります。

 次から、第4章となり、「四姉弟」が久々に登場することになります。


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