第3章ー9
8月5日、彭徳懐将軍は、自分と部下、及び武漢地区の住民の生命の保障を条件とする降伏を申し出た。
米軍のマッカーサー将軍と日本軍の岡村寧次大将は協議のうえで、8月6日、その降伏を受け入れるという回答を行った。
ここに武漢三鎮は陥落した。
これは、それぞれの思惑が奇妙に合致した故の結末だった。
彭将軍にしてみれば、これ以上の抗戦をしても勝算は絶無であり、かと言って何とか日米連合軍の包囲網の一角を打ち破って、指揮下にある部隊と共に自分が脱出しても、敗北主義者として自分は殺されるだろうし、部下の多くも殺されるという考えから、降伏するしかないという決断を下したのだった。
マッカーサー将軍にしてみれば、指揮下にある部隊に疫病(日本住血吸虫症)が蔓延しつつあり、そのために米本土では自分に対する批判の声がくすぶり出してきたことから、そういった状況を打破するための戦果が必要な状況に陥りつつあった。
武漢三鎮が完全陥落したという戦果は、マッカーサー将軍の求める戦果に相応しいものといえた。
岡村大将にしてみれば、一刻も早く、この中国内戦は終わらせるべき時に来ていた。
何しろ日本の国力は、そろそろこれ以上の継戦を許さなくなりつつあるのだ。
そのことから考えると、彭将軍の申し出は渡りに船と、岡村大将にはいえたのだ。
(それに、マッカーサー将軍も、岡村大将も、指揮下にある将兵の精神的影響も、表立っては言えないものの考慮せねばならない状況に陥っていた。
対共産中国戦線で戦っている日米両軍の将兵の間では、いわゆる女子どもも含まれている民兵隊への攻撃を行うことで精神を病む将兵が増加しつつあるという現実があった。
こうした現実がある以上、彭将軍からの降伏申し入れを拒絶しては、日米両軍の将兵の精神的打撃が大きなものになると、マッカーサー将軍も、岡村大将も考えざるを得なかったのである)
「やれやれか」
8月7日に、彭将軍との降伏文書交換を済ませた後、岡村大将は、参謀長の今村均中将相手に少し愚痴るような会話をしていた。
「第一段階作戦は、これで終わりを告げ、我々としては、江西省、福建省等の制圧作戦を行う第二段階作戦に移る時が来た、というべきなのだろうが、色々と難しそうだな」
岡村大将の言葉に、今村中将も同意するような言葉を返した。
「福建省等は、自給自足がそれなりに可能な土地です。反日宣伝等も、反復して繰り返されていますし、よくて面従腹背、下手をすると武力抵抗という事態が多発しそうですね」
「旧ソ連極東部や外蒙古、更にウイグルやチベットを担当する方が楽かもしれないな」
今村中将の言葉に、岡村大将はしみじみと零すように言ったが、今村中将は首を傾げながら言った。
「あちらはあちらで苦労しているようです。例えば、旧ソ連極東部や外蒙古にしても、我々は制圧はできましたが、その住民を養おう、餓死しないようにしようとすると、それなり以上の食料を提供しないといけないとか。何しろ、これまでのソ連や外蒙古政府の暴政で、色々と国土が荒れていたところに、戦禍に見舞われました。農牧業を復興させ、自給自足が可能なようにしようにも、その元になるものがないと、どうにもなりませんし」
その言葉は、岡村大将を唸らせ、暫く沈黙させるものだった。
「ウイグルやチベットは言うまでもないか」
沈黙の時が流れた後、岡村隊長はようやく口を開いた。
「その通りです。あちらはあちらで、複雑な内戦状態に陥りつつあるようです」
今村中将は、半ば岡村大将の言葉を肯定した。
「我々はなんのために戦っているのか、疑問を覚えてくるな」
「でも、戦うしか」
岡村大将と、今村中将は深刻な会話を交わした。
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