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僕が先に好きだったけど、脳破壊されて訳あり美少女たちと仲良くなったので幼馴染のことはもういいです  作者: みずがめ


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85.気持ちが高まり、溢れていく

 ふかふかの絨毯、柔らかな灯り、窓の外にはきらめく夜景。

 そして雰囲気のあるテーブルには、二人分のコース料理が丁寧に並べられている。


「なんだか、夢のような光景ですね……」

「うん。こういうのドラマでしか見たことがないよ……」


 誕生日テンションで盛り上がろうとテーブルに近づいてみたはいいものの、良すぎる雰囲気に僕たちは圧倒されていた。

 席に着いてみたら、落ち着かない感触が返ってくる。この椅子、僕の全財産よりも高価じゃなかろうか?

 そう思うと勿体なさすぎて、思わず腰を浮かせて固まってしまいそうになる。


「これ、間違って皿やグラスを割ったら……どうなるのかな?」

「ふふっ、比呂くんったら緊張しすぎですよ」


 高級すぎるものに囲まれている実感が湧いてきて、今更になって緊張してしまう。

 そんな僕がおかしかったのか、松雪さんはコロコロと笑った。


「そんなこと言われても……ていうか松雪さんはどうなの。緊張していたでしょ?」

「私ですか? 緊張している比呂くんを見ていたら楽しくて。心に余裕ができたかもしれないですね」


 くそ~。なんだかさっきと立場が逆転したようで悔しい。

 席に着いた僕たちのタイミングを見計らったかのように、控えめなノックがして、ディナーの一皿目が運ばれてきた。


「どうぞ、アミューズです」


 ホテルのスタッフが、慣れた手つきで前菜……? みたいなものを置いてくれた。

 まるで宝石みたいだ。これが「食を目で楽しむ」というやつなのだろう。と、頭の中だけで知ったかぶってみる。


「これ、なんでしょうね?」


 松雪さんが苦笑いしながら首をかしげる。


「さあ? なんか芸術作品みたいで、食べるのが勿体ないね」


 こんな高級そうな料理をどう食べていいものかわからなかっただけに、彼女も似たようなもののようで、失礼ながら安心した。

 他のお客さんがいる前だったら、もっと焦っていたかもしれない。

 でも、ここにいるのは僕と松雪さんだけだ。テーブルマナーを知らなくても、許されるのだ。


「じゃあ、食べようか」

「ふふっ、そんなに身構えなくても。では、いただきましょう」


 小さなフォークで慎重に一口食べてみると、びっくりするくらい味に深みがあって、思わず目を見開いた。


「うまっ」


 軽い感じの感想になってしまったけど、本当に美味しい。初めての味と食感に、行儀悪く足踏みしたい衝動に襲われた。


「はぁ……美味しいですね」


 よほど美味しかったのか。松雪さんは吐息を零しながら恍惚とした表情を浮かべる。

 ……その色っぽい様子に、食事とは別の意味で足をバタバタさせたくなった。

 そしてコースが進む度に、出てくる料理に感動して、感想を共有し合って。

 いつの間にか背筋を伸ばしていた姿勢が崩れていって、リラックスしながら松雪さんとの食事を楽しめていた。


「私なんかが、こんなロマンチックな場所で男の子と食事する日が来るとは、考えてもみませんでした」


 松雪さんが夜景を眺めながら、そうぽつりと呟いた。


「それは僕も同じだよ。大人になったとしても、女の子とこんな場所で食事しているなんて想像できない」


 でもさ、と。僕は続ける。


「今日は特別。だって松雪さんの誕生日なんだもん。今までの分も含めて、いっぱい贅沢しようよ」

「……お兄ちゃんは、比呂くんに全部話したのでしょうね」


 あ……。過去を掘り下げるようなことをするつもりなかったのに、簡単に気づかれてしまう。

 だけど、松雪さんは僕に過去を知られたことを怒るでも悲しむでもなく、微笑んでいた。


「でも、比呂くんならいいです」


 その目は熱っぽくて。食事に満足しているのか、頬が紅潮していた。


「比呂くんは私の過去を知ってもがっかりしない……。きっと全部を受け止めてくれるのだと、信じられますから」


 くすぐったいくらいの大きな信頼を向けられて、松雪さんの顔を見られなくなる。


「こんな気持ちになったの、私……初めて、です……」


 彼女は今どんな顔をしているのだろうか。

 スイートルームに圧倒された時や、慣れないコース料理にドキドキしていたものとは違う胸の高鳴りを、確かに感じていた。

 コースもメインディッシュが終わり、デザートが運ばれてくる。

 名前も知らない料理ばかりだったけど、最後のデザートだけはわかっていた。


「あ……」


 素晴らしい料理の後だと気後れするけど、甘い物は別カテゴリーらしいので許してくれるだろう。

 最後に出されたデザートは、僕が松雪さんのために作ったショートケーキだった。

 白い生クリームに、赤いイチゴ。形は上手く整えられていて、味も大丈夫なはず……。

 今日の朝に隼人さんに預かってもらってはいたけれど、まさかこんな風に出てくるとは思わなかった。


「……っ!」


 松雪さんが、両手を口に当てて固まった。


「言ったでしょ。ケーキを作ったって」


 ケーキにろうそくを挿して、部屋の明かりを消す。


「松雪さんはこういうの好きかなと思ってさ」


 バースデーソングを口ずさみ、彼女にろうそくの火を吹き消すように促す。

 僕も小学生の頃くらいまではしていた祝い方だ。もう子供じゃないからと、いつしかしなくなったけど……松雪さんは喜びそうな気がしたんだ。

 松雪さんはしばらく固まっていたけれど、思い切り息を吸う音がして、一気に火を吹き消した。


「改めて、誕生日おめでとう!」


 そう言いながら明かりをつけると──


「うっ……ふえぇ……っ」


 ポロポロと涙を零す、松雪さんの姿があった。



  ◇ ◇ ◇



 食事を終えた僕たちは、窓際のソファに座って穏やかな時間を過ごしていた。

 せっかくのスイートルームなのだからと、もう少しだけこの雰囲気を堪能しようと二人で決めたのだ。


 ……松雪さんの涙の理由は聞かなかった。

 今日は特別な日で、楽しい思い出ばかりにしたいと思ったから。彼女が泣き止むまで、背中を摩るだけに努めた。

 たぶん松雪さんもそう望んでいたのだと思う。

 泣き止んだ後の彼女は「ケーキをいっぱい食べられるなんて最高の日です!」と、涙を流していたのが嘘のようにはしゃいでいたから。


「えっと……」

「はい?」


 夜景を眺めながら、タイミングを見計らっていた。

 もう「プレゼントはある」と言ったのだから、ここで時間をかけても仕方がない。

 僕は意を決して、コートのポケットに入れていた小さな紙袋を取り出した。


「これ、プレゼント……」

「え?」


 松雪さんにプレゼントを手渡す。

 まさか本当に用意しているとは思わなかったようで、彼女は手にした紙袋を見つめる。


「ありがとうございます。……開けても、いいんですか?」

「う、うん」


 プレゼント用に包んだ袋の中身は、ネックレスである。

 しかも手作りの……。ショッピングモールのアクセサリーショップを見てしまっただけに、ものすごく失敗したような気持ちに襲われる。

 美月でマヒしてしまっていたけど、女子にアクセサリーを贈るのってキモいのではなかろうか? しかも手作りって……。どうして店で買おうという発想がなかったのか、今となっては後悔しかない。

 なのに、迷った末に……こうして渡している。

「形に残るものを贈りたい」なんて……。僕って、自分が思っている以上に重たい男なのかもしれなかった。


「これ……ネックレス?」


 松雪さんがネックレスを取り出し、まじまじと見つめる。

 それがなんだかとても恥ずかしくて……。顔が熱くなり、変な汗まで出てきた。

 松雪さんは、しばらく無言で銀色に光るネックレスを見つめ続けていた。


「ねえ……これ、つけてくれませんか?」


 そして、唐突にそんなことを言い出したのだ。


「え?」

「はい、お願いしますね」


 松雪さんは戸惑う僕にネックレスを握らせて、背中を向けてふわりと髪をかき上げる。

 長くて綺麗な黒髪から甘い香りがする。露わになった首筋に、心臓が激しく鼓動した。

 細くて、白くて、見惚れてしまうほど綺麗なうなじ……。

 そんなものが、こんなにも近くで無防備にさらされたせいで、理性が壊れてしまいそうになる。

 落ち着け……。ただネックレスをつけてとお願いされただけだ……。ちょっとつけてあげればいいだけなんだ……。

 震える手でチェーンを留める。それだけのことで、気力をごっそりと持って行かれた。


「……つけたよ」

「ありがとうございます」


 松雪さんがそっと振り返って、ニコリと笑った。


「……比呂くんは、どうしてここまでしてくれたんですか?」


 松雪さんが僕を見上げる。

 ネックレスをつけることばかりに集中していたせいで気づかなかったけど、息が触れそうなほどに彼女との距離が近くなっていた。


「お兄ちゃんがいろいろ言ったのでしょうけど、比呂くんがここまでしてくれるなんて……どうしてかな、と思いまして……」


 松雪さんは僕の目をじっと見つめる。


「それは……」


 きっと松雪さんは「友達の誕生日を祝いたかったから」という答えを求めてはいないのだろう。

 問われているのは、僕の気持ちの、もっと深いところにある理由。

 彼女のことをどう思っているのか。そういう答えを求めているのだと思った。

 だから、僕は──


「それは……松雪さんのことが、好きだからだよ」


 素直な言葉を、伝えたのだった。



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