82.パチパチ、ドキドキ
……冷静に考えると、やらかしてしまったかもしれない。
「……」
手を繋いでからというもの、松雪さんの口数が少ない。
視線が地面を向いていて、耳が明らかに寒さだけじゃない赤みを帯びている。
いきなり僕と手を繋ぐ事態になって、恥ずかしがっているのだろう。僕なんかとこうしているところを誰かに見られたら、きっと恥ずかしいに違いない。
だからって急に手を離すのも変だろう。「はぐれたら面倒だから、手を繋ごうよ」なんて言った手前、僕からは切り出しづらい。
「寒くない?」
「え? そ、そんなに寒くないですよ」
松雪さんは慌てたように首を横に振る。顔が動く度に、彼女の黒髪がサラリサラリと揺れた。
またもや視線が地面に向いたかと思えば、松雪さんはぽつりと言った。
「比呂くんの手が……温かいですから」
彼女の握る力が、ほんの少し強くなった。
「そっか」
僕も、ほんの少しだけ強く握り返す。
この場面だけ切り取れば、まるで恋人みたいで……。どうしようもなく胸がドキドキしてしまう。
ショッピングモールに辿り着くと、装飾でクリスマスムードを盛り上げてくれていた。
……松雪さんに誕生日を楽しんでもらう。
そのために隼人さんと相談を重ねてきた。
予定通りにいけば、ちゃんと楽しんでもらえる。隼人さんのお墨付きを得られているのだから間違いはないはずだ。
「じゃあ、まずは映画を観ようか」
「あっ。これ観たいと思っていたんですよ」
松雪さんの表情が緩む。
隼人さんの情報通りだ。「これ綾乃が観たがってた映画だから。絶対に喜ぶよ」との言葉は本当だった。
さすがはお兄さん! 妹のことをよくわかっていらっしゃる!
おかげでさっきまで羞恥心でいっぱいいっぱいになっていたはずなのが嘘みたいに、映画の前情報を教えてくれる松雪さん。饒舌になった彼女の話に、僕は笑顔で相槌を打つ。
映画は恋愛もので、一応あらすじまではチェックしていたけど、松雪さんの話を聞いているうちに僕も楽しみになっていた。
「え、ポップコーンってこんなにも種類が多いの?」
映画といえばコーラとポップコーンらしいので、注文しようとメニューを見たまではいいんだけど……あまりにも種類が多くて驚いてしまった。ハバネロ味って需要あるの?
最後に映画館に行ったのは小さい頃のことだ。家族に連れて行ってもらってポップコーンを食べた思い出まではあるけれど、こんなにも種類があったなんて知らなかった。
「比呂くん、ポップコーンはシェアしましょうよ」
そう言って、松雪さんは手早く注文を済ませる。なんだかすごく慣れた感じだ。
「松雪さんって映画館によく来るの?」
「それなりには。映画館なら合法的にポップコーンとジュースを口にできるんですよ」
その言い方だと目的がどっちかわかんなくなるね。映画を観るのが好きってことでいいの?
「あ……」
ポップコーンと飲み物を受け取ろうとして、まだ手を繋いでいたことを思い出した。
それは松雪さんも同じだったらしく、また顔を赤くして固まってしまう。
「さすがにここならはぐれないし。それに手が塞がったままだとポップコーン持てないよ」
「そう、ですよね……」
丁度いい理由ができたので手を離す。今になって手汗とか大丈夫だったかなと心配になってしまった。
「って、ポップコーンでかっ!?」
顔くらいの大きさの容器に、ポップコーンが山盛りに入っていた。良い匂いが食欲をそそるけど……これ、全部食べられるの?
「だ、だからシェアするからこれくらいで丁度いいんですってばっ。それにポップコーンだけでお腹いっぱいにはならないですよ」
松雪さんにとってお菓子は別腹だからなぁ。ポップコーンも似たようなものなのだろう。
「な、なんですかその目は……」
「ううん、松雪さんらしいなって思っただけ」
「どういう意味ですかっ」
松雪さんは「もーっ」と言いながら、肘でちょんちょんと僕の脇腹を小突いてくる。
くすぐったい刺激に、僕は笑ってしまった。それにつられてか、彼女も笑顔になる。
……最近ちょっと気まずかったけど、元通りの雰囲気になれて良かった。
僕の目的の一つは早くも達成できたかな。
館内に入場して、席に座る。
「それにしてもチケットをあらかじめ取っていたなんて、やりますね比呂くん」
「あ、いや……これは貰い物だから」
「そうなのですか?」
やばっ。思わず正直に答えてしまった。
本当は「予約しておいたんだ」とか言って、スマートな僕を見せつけようという予定だったのに。チケットをくれた隼人さんに申し訳ない。
「比呂くんにチケットをくれる人……。私の知っている人ですか?」
「ううん! 松雪さんの知らない人! 僕の親戚の人だから!」
「そ、そうなのですか?」
大声を出して松雪さんを引かせてしまった。しかも隼人さんを親戚の人扱いしてしまった。二重の意味で心苦しい……。
タイミングが良いのか悪いのか。スクリーンに「館内ではお静かに」とテロップが流れる。……ごめんなさい。
そうしているうちに、照明が落とされた。
映画の予告が流れているのを眺めていると、ふと視線を感じた。
顔を向ければ、松雪さんと目が合った。何か言いたいことがあったわけではないらしく、すぐにスクリーンの方を向いた。
「……」
……こんなことくらいで、ドキドキする。
緊張を誤魔化すみたいに、僕はコーラで喉の渇きを潤したのだった。




