81.デートの始まり
十二月二十四日、クリスマスイブ。
今日は松雪さんの誕生日だ。
僕なりに全力でお祝いしようと考えている。そのために松雪さんと二人でお出かけ……つまり、デートである。
「でも相手は松雪さん、僕みたいに緊張してはいないんだろうなぁ」
なんだかんだで友達が多い彼女のことだ。
こうして遊びに行く経験は、僕とは比べ物にならないくらいあるのだろう。
それに松雪さんだって、相手が僕だけなら気楽に悪ガキの面を出してくるかもしれない。
「そう考えると……あんまり気合い入れていくのも良くないか?」
「比呂? 何一人でぶつぶつ言ってんの」
「うわぁっ!?」
自室で何を着て行こうかと悩んでいると、いきなり母さんに声をかけられて飛び上がるほどびっくりした。
「うわっ、びっくりしたぁ……」
「そ、それはこっちのセリフだよ! ノックくらいしてよねっ」
「ちゃんとしたよ。比呂が気づかなかっただけじゃない」
そ、そうなの? 全然気づかなかった……。
それだけ考えに没頭していたってことか。どうせ松雪さんは緊張なんかしないだろうからと楽な気持ちでいようと思っていたけれど、やっぱりそう上手く精神をコントロールできていなかったみたい。
「それにしても、ふむ……」
母さんがベッドの上に広げられた服をじろじろ見る。悩みすぎて散らかしてしまっていたんだった。
そして、何を思ったのかニヤリと笑った。
「今日はお楽しみのようだね」
と、意味ありげに頷く母さん。
「お楽しみって……まあ、そうだけど」
美月以外の人の誕生日を祝うのは初めてだ。
緊張はしているけど、楽しみにしているのも本当だった。
「そうかいそうかい。夜は食べてくるんだよね?」
「うん。だから夕食はいらないよ」
「ふふっ、帰りが遅くなってもいいからね」
「う、うん?」
なぜか母さんは鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。なぜに上機嫌になったの?
まあいい。僕は数少ない衣服の中から、比較的マシなものを選ぶ。
そうして準備を整え、松雪さんとの誕生日デートに挑んだのだった。
◇ ◇ ◇
駅前の、よく待ち合わせに使われるらしい銅像の傍。
そこが松雪さんとの待ち合わせ場所だった。
「人が多い……。よく考えなくてもクリスマスイブだもんね」
わかりやすい場所を指定したつもりだったけど、この人混みだとかえって見つけづらいかもしれない。
自分の浅はかさに落ち込む暇もなく、彼女は案外簡単に見つかった。
「あの娘、めっちゃ可愛くね?」
「髪の毛サラサラ……顔小さーい……」
「もしかして芸能人? あんな娘いたかな」
松雪さんがこれでもかと、道行く人たちの目を惹いていたからだ。
この人混みの中でも存在感を放っている。親しみやすくて忘れそうになるけど、松雪さんってとんでもない美少女なのだ。
伊達に学校一の美少女と呼ばれてはいない。思えば僕も初めて彼女を目にした時は、モデルの人かと疑ったものだ。
最近会った隼人さんにも似たような感想を抱いたし、松雪さんって兄妹揃って美人すぎる。
「もしかして一人なのか? なあ、お前ちょっと声かけてこいって」
僕がぼーっとしている間に、男の人たちが松雪さんに近づいていく。
ま、まずいっ。僕は慌てて彼女のもとに駆けて行った。
「ごめん松雪さん。ま、待った?」
スマホを眺めていた松雪さんが顔を上げる。
普段の制服姿や、夜にお菓子を食べる時の例の黒い服とも違う。
服のことに詳しくはないけれど、ものすごくおしゃれだ。
モデルさんが着ていそうなコート。ウエストの辺りで絞られていて、女性らしいラインを強調しているようだった。
その下はワンピースのようだ。これまたおしゃれで、繊細なレースが見え隠れしていて可愛らしさを感じさせる。
タイツは上品な色合いで、おしゃれという言葉しか思いつかない。この時期にピッタリなブーツは、大人びた印象を抱かせる。
……ダメだ。おしゃれとしか言えそうにない。自分のボキャブラリーの貧困さに早くも落ち込みそうだ。
「い、いいえっ。私も……い、今来たところです」
そう気遣ってはくれるけど、ちょっと口ごもっている。もしかしたら寒さに震えていたのかもしれない。
少し早めに来たつもりだったけど……五分前集合は遅かったのだろう。友達と遊ぶ経験があまりないからって言い訳にはならない。反省しなければ。
「じゃあ、早速行こうか。……松雪さん?」
松雪さんはぼんやりしていて、僕の声が聞こえていないようだった。
「はっ! す、すみませんっ。こほんっ……行きましょうか」
松雪さんはぽやーっとしていた恥ずかしさを誤魔化すみたいに、咳ばらいを一つする。
そうして柔らかく微笑んで、いつも通りの彼女に戻った。
……これは早く来なかった僕の落ち度だな。
ここで謝っても、余計に気を遣わせるだけだろう。埋め合わせはこのデート中にさせてもらおう。
「ちっ、男連れかよ」
さっき松雪さんに話しかけようとしていた男の人たち。
僕の存在を見て、諦めてくれたようだった。
ほっと息をつく間もなく、別の男の人が松雪さんを目にして近寄ってこようとしているのが見えた。
「松雪さん」
「え?」
僕は松雪さんの手を取る。
「はぐれたら面倒だから、手を繋ごうよ」
そう言いながら、松雪さんに近づこうとしていた男の人に目を向ける。
さすがに手を繋いだ男女に声をかけることはないようだ。なんだか生暖かく見守るような顔をして、静かに去っていった。
こんな僕でも、男避けになるくらいには役立てるみたいだ。
危機が去って、ほっと胸を撫で下ろす。
「わ……っ!? え、そ、その……ひ、比呂くん……っ」
いきなりの失敗があったものの、とりあえず無事に松雪さんとのデートが始まったのだった。




