78.僕と彼女は約束をした
あれから、カツ丼をご馳走になって、松雪さんの話をいろいろ聞かせてもらった。
そして、隼人さんに車で家に送ってもらった。
ここまでしてもらってばかりで、さすがに恐縮してしまう。
「綾乃のことで知りたいことがあれば、いつでも連絡して」
まるで他愛のないことのように、連絡先を交換された。
友達のお兄さん……それもトップモデルをやっていても不思議じゃないくらい綺麗な男の人相手だ。
「あ、ありがとうございます……」
なんだかとんでもないことをしてしまった気分。
ここ数か月の間で、一気に交流が広がったものだ。少し前までは、話す相手といえば両親と美月くらいだったのに……もう懐かしく思える。
助手席のドアを閉める時に「ありがとうございます」ともう一度伝えたけれど、隼人さんは短く「うん」と頷き、車を走らせていった。
やっぱり、ちょっと変……いや、不思議な人だ。
でも悪い人じゃない。むしろ優しい。
松雪さんのためとはいえ、妹の友達にわざわざ頼み事なんて、普通はしないだろう。
「誕生日か……。てことはプレゼントが必要だよね」
家に帰ってからも、頭の中はそのことでいっぱいだった。
女子が喜ぶプレゼントなんて、正直よくわからない。
参考にできるのが美月くらいしかいないからなぁ。僕の経験では絶対数が少なすぎる。
「とにかくケーキは絶対に用意しなきゃだ」
きっと、松雪さんにとってケーキは大事なポイントなのだ。
けれど、ネットで調べてみたら、時期的にクリスマスケーキの予約しか受け付けていなかった。
そりゃあクリスマスなんてケーキ屋にとって一番繁盛する時期だろう。
誕生日ケーキにまで手が回らないのも、無理はない。
「だったら、自分で作るしかないよね」
とはいえ、ケーキ作りなんて初めてだ。
ちょっとしたお菓子なら作ったことがあるけど、同じように上手くいくとは限らない。
「でも、絶対に松雪さんに喜んでもらえるケーキを作ってみせる」
隼人さんに頼まれたからじゃない。
僕自身が、松雪さんの笑顔を見たいと思ったから──
それだけで、充分な理由だ。
◇ ◇ ◇
とはいえ、もうすぐ期末試験が始まるわけで。これからの数日は勉強に集中しなければならなかった。
「うおおおおおおおおーーっ!!」
「りゃあああああああーーっ!!」
僕と大迫くんは最後の追い込みに入っていた。
頭も手もフル回転。
まるでボクシングのスパーリングみたいな集中力だった。……僕はまだスパーリングしたことないんだけども。
「ボクシングのスパーリングって……。いやいや、んなわけねえだろ……」
「えっと……これって試験勉強をしているだけなのよね? なんで矢沢くんと健太郎は大声を上げているの?」
佐野くんと杉藤さんが野暮なことを言っているような気がしたけど、勉強に集中している僕と大迫くんにはよく聞こえなかった。
そうして、やれることは全部やり切って迎えた期末試験当日。
「燃え尽きたぜ……真っ白にな……」
すべてをぶつけた三日間を終えて、僕は力尽きていた。
最後の答案用紙を提出した瞬間、僕は椅子の背もたれに体重を預ける。
力も、気力も、何もかもを使い果たした。
けれど、その甲斐あって今までで一番の手応えがあった。
「あ、あの……大丈夫ですか比呂くん?」
「ああ……大丈夫だよ、松雪さん」
ぼやけた視界の中に、松雪さんの姿が滲んで見える。
あれ……松雪さんと話したの、久しぶりな気がする……。
「今日で、期末試験が終わったんだよね……」
「そ、そうですよ。最近はずっと頑張って勉強していたんですよね。お疲れ様でした。今日はゆっくり休んでください」
労ってくれる彼女は、なんて優しいのだろうか。
その手を思わず取った。
そうしないと、僕をゆっくり休ませるために離れて行ってしまいそうだったから。
「え……ひ、比呂くん? どうしたのですか……」
珍しく戸惑っている様子の松雪さん。掴んだ手からも、緊張が伝わってくる。
試験疲れでぼんやりする頭でも、これだけは伝えておかなければと口が動いた。
「松雪さん……クリスマスイブに、僕と一緒に過ごしてください」
勇気を込めて言った。
だけど、松雪さんの表情が固まる。
あれ……もしかして、すでに予定が入っていたのか?
隼人さんの話では、空いているって聞いていたんだけど……。
それとも誘い方がまずかったのか?
こういう経験がないから、普通の誘い方というものがわからない。
「あ、あの……えっと、その……それは一体どういう意味ですか?」
「僕は松雪さんと、特別な日を、一緒に過ごしたいんだ」
誤解があってはならないと、真剣な目で松雪さんを見つめる。
だけど誕生日のお祝いをするとは、まだ言えなかった。
隼人さんが「綾乃はサプライズされると喜ぶ」と言っていたから。
だけど普通に遊ぶと思われても困る。特別感くらいは覚悟していてもらった方が、彼女だっていいはずだ。
以前、美月にサプライズを仕掛けた時に「女の子には準備ってものがあるんだからね!」と怒られた経験があるし……。数少ない経験は生かす僕なのである。
「……」
松雪さんはなかなか返事をしてくれなかった。
言葉を詰まらせているというか、なんだかうろたえているような?
最初は困ったように視線を泳がせていたけど、やがて顔を赤らめて、唇を震わせながらも──
「は、はい……」
ようやく、そう答えてくれた。
期末試験を終えたとともに、松雪さんの誕生日の予定を押さえることができたのであった。




