76.お兄さんと一緒
清潔感のあるサラサラの黒髪。長身で理想的な体型。同じ男なのに色気を感じるほどの美貌……。
松雪隼人と名乗った彼は、松雪さんのお兄さんである。
「やあ比呂くん。これからちょっと時間をもらえないかな?」
放課後。校門にて。
一般人とは住む世界が違う。そう気後れしてしまうほどの美形な男性に、フレンドリーな無表情(?)で声をかけられた。
「え、えっと……松雪さんはまだ教室だと思いますよ」
もちろん一般人側である僕が緊張しないはずもなく、見事にどもってしまった。
綺麗すぎる目でじっと見つめられて、変な汗をかいてしまう。
松雪さんと似ている顔なのに、なんでこんなにも緊張するんだろう。
……彼女の場合は表情がコロコロ変わるから。あれはお兄さんのように相手を緊張させないようにと、配慮していた面もあったのかも。
「用があるのは比呂くんだよ。むしろ綾乃にいてもらったら困る」
「そ、そうなんですか?」
松雪さんがいたら困る……? つまり彼女に関する相談事かな?
それを一度しか会ったことのない僕にするものなのだろうか。夜の公園で不審者扱いをしてしまった印象が強すぎて、気まずさばかりが心を責めるんですけど……。
「……」
少し考えて、まあいいかと結論を出す。
正直な話、松雪さんのことは僕の方が相談したい気分だった。
せっかく頼られていたのに、彼女が危険な目に遭った時に助けられなかった。
それがあまりにも不甲斐なくて……、最近はまともに顔を見られなかったのだ。
このままではいけないだろう。また松雪さんを不安がらせてしまう。
この情けない気持ちを整理するためにも、これは良いきっかけに思えた。
「ねえねえ、あの人カッコ良くない?」
「顔綺麗……もしかしてモデルやってる人?」
「やだ……身体火照っちゃう……」
……それに、さっきから下校する女子たちの視線が痛い。
松雪さんのお兄さんをこの場に留まらせるわけにはいかない。じゃないと何か問題が起こりそうな気配がするし。
「それで比呂くん。俺に付き合ってもらえる?」
「わかりました。いいですよ」
僕がそう答えた瞬間だった。
「え……?」
ドサッと鞄が落ちる音。
それに反応して顔を向ければ、信じられないものでも見たかのような表情の泉くんが立っていた。
「泉くん?」
泉くんも丁度帰るところだったのかな。
期末試験があるし、美月とイチャイチャする間も惜しんで勉強に取り組むつもりなのだろう。うんうん、こういう真面目な人だから幼馴染を任せられるんだ。
「矢沢くん……。今の、どういうことなんだい?」
泉くんは僕とお兄さんの顔を交互に見る。
一般人の僕が、こんな美形なお兄さんと知り合いなのが信じられないのかもしれない。僕もなんでわざわざ声をかけられているのかわからないし。
「……君には関係ないよ」
松雪さんのお兄さんがバッサリと言う。
冷たく聞こえるかもしれないけど、ただ単に感情が表に出にくいタイプなのだろう。そこんところは同じ無表情でも、城戸さんとは違う部分だった。
それに、松雪さんに秘密にしたいっぽいし。相談とやらは、あまり不特定多数に知られない方がいいのかもしれない。
「さあ、行こうか比呂くん。あっちに車を停めているんだ」
お兄さんに優しく肩を押される。
「ま、待ってくれ矢沢くんっ」
泉くんが手を伸ばしてくる。
ああ、知らない人の車に乗ろうとしている僕を心配してくれているのだろう。本当に良い友達だ。
でも大丈夫。お兄さんと松雪さんのことで話をするだけだから。
「僕は大丈夫。じゃあね泉くん」
僕は促されるまま車の助手席に座った。
「適当にファミレスにでも行こうか。安心して、帰りは送るから」
「はい。……あれ、もしかしてけっこう長い話になります?」
「ご飯もおごってあげる」
「長い話になるんですね……」
一応試験勉強しなきゃいけない学生なんだけどなぁ。そんな僕に興味ないのか、お兄さんはのんびりした調子で車を発進させた。
……車の外で誰かの叫び声が聞こえた気がした。じ、事件じゃないよね?
◇ ◇ ◇
ファミレスで友達のお兄さんと向かい合っているわけだけど……。
「何あの人超カッコいいんだけど」
「芸能人? でもあんな綺麗な顔した男がいたら、この私が忘れるはずないのだけど……」
「やだ……身体火照っちゃう……」
なんかデジャヴ……。
松雪さんのお兄さんは、場所を変えてもとんでもなく注目されていた。特に女性客と女性スタッフから。
さっき校門にいた時と状況が変わらないのでは? 場所をミスってしまったのではと、居心地悪い思いをする。
「比呂くんは何食べる?」
注目を集めている当の本人は、まったく気にしている様子がなかった。
なんという強メンタル。いや、お兄さんにとってはこれが日常なのだろう。
「僕はドリンクバーでいいんで……」
「遠慮しないで。俺金あるから」
無表情でそう言い切られると、あまり遠慮しすぎるのも礼儀知らずのように思えてくる。
自分で払うつもりだったけど、年上の厚意を受けないのは失礼にあたるのかな? こういう経験ないからわからないよ~……。
「でもお兄さんにおごってもらうのは悪いですし……」
「待った。俺、君のお兄さんになったつもりないんだけど?」
「あ……す、すみません」
そうだよね。心の中での呼び方がそのまま出ちゃったけど、兄弟でもないのに「お兄さん」と呼ばれても困るよね。
だけど、それならなんて呼べばいいのだろう?
「松雪さん」だと被っちゃうし……。だったら「松雪くん」とか……。それは同級生っぽくて変か?
「隼人でいいよ」
「え?」
「俺の呼び方。みんな大体そう呼んでるから」
それって「ただし友達に限る」って罠だったりしません?
とはいえ、他に良い呼び方を思いついているわけもなく。
「じゃあ……隼人さん、と呼びますね」
「うん」
感情が伝わってこない……。それはちゃんと了承したっていう「うん」なんですよね?
「で、何にする?」
隼人さんはすっとメニュー表を差し出してきた。
「……」
なんか、気を遣うのがバカらしくなってきた。
よく知らない人とはいえ、相手は松雪さんのお兄さんだ。あの松雪さんの、お兄さんなのである。
このマイペースさが、ちょっと子供っぽい。そう感じるのは、彼が松雪さんのお兄さんだからだろう。
「じゃあ、カツ丼で」
「おおー、丼物いいね。俺は和定食にしよ」
「……」
隼人さんはマイペースな様子で注文を済ませる。
そして、改めて僕と向き合った。
「綾乃の誕生日が今月の二十四日なんだよ」
……ん? 話の脈絡どこ行った?




