69.夢の中で
城戸さんが、僕のことを好きかもしれない……。
そんな言葉が頭の中で何度も繰り返される。ええいっ、落ち着けよこの恋愛脳が!
そんなのは確定していない事実だ。つまり真実とは限らない。オーケー? ……大丈夫、僕は不確かなことでうろたえたりはしない。
「お、おはよう城戸さん」
「う、うん。おはよう比呂先輩……」
まずはあいさつ。いつも通りのあいさつだ。
「……」
あいさつして……それから、いつもはどんな風にしゃべっていたんだっけ?
話題を探そうと城戸さんを見上げる。
銀色の髪が朝の陽光に照らされてキラキラしている。青の瞳は吸い込まれそうなほど綺麗で、長いまつ毛がそれを引き立てていた。
すっと通った鼻筋。唇はピンク色で……唇に艶があることを今初めて気づいた。
「比呂先輩?」
「あっ、ご、ごめんっ」
人の顔をまじまじ見つめてるなんて失礼だ。自分の失敗を指摘された気分になって慌てて頭を下げる。
その際に彼女の長い足が視界に入って、またもやドキドキしてしまった。
太ももなんか肉感的で、でもふくらはぎは芸術的で。城戸さんの足を眺めているだけで変な気持ちを抱いてしまう。
そういえば城戸さんの腰はすごい細いんだよな……。胸が大きいからそれが際立っていて……。
って、僕はさっきから何を考えているんだ! 可愛い後輩を性的な目で見るなんてあってはならないことだぞ!
「ごめんっ。僕はあれ……そう! 今日日直だから早く行かなきゃならないんだ! 用事があれで、大変な用事があって、急がなきゃいけないんだよ!」
適当な理由をつけて、僕は走り出そうとする。
「あのっ」
しかし城戸さんに背中を掴まれて足が止まった。
早く城戸さんから離れないと、性的な考えで頭の中がいっぱいになってしまいそうだってのに……。城戸さんは口をもごもごとさせて用件をなかなか言ってくれない。
「今日……ジムに行くよね?」
「う、うん。そうだね……」
口にしてから思い出す。今日はボクシングジムに行く日だった。
どうしよう。咄嗟に頷いてしまったけど、寝不足の時に激しい運動をしたら倒れてしまうかもしれない。僕は自分の体力を過信していないのだ。
それに……城戸さんがトレーニングしている姿を目にするだけで、今の僕はよからぬことを考えずにはいられないかもしれない。
「じゃあ、放課後……ね」
「う、うん。また放課後……」
城戸さんのはにかむ顔を見てしまうと、断るための言葉が全部吹き飛んでしまった。
ああああああああーーっ! 僕ってやつは……僕ってやつはあああああああああああああーーっ!!
僕は駆け出した。城戸さんから逃げてしまったのだ。
今の僕は、彼女の前で正常でいられる状態ではなかった。
◇ ◇ ◇
「自惚れキモい自惚れキモい自惚れキモいぃ……っ」
あれから、調子に乗りそうな自分を戒めるのでいっぱいいっぱいだった。
城戸さんのことを考えそうになる度に、小声で自分をなじる。睡眠不足の脳によく染み渡る気がする……。ああ……段々と罵倒が気持ち良くなってきたような……。
「比呂くん大丈夫ですか? 今日はどこかおかしいですよ。目が充血していますし、何かありましたか?」
「あー……松雪さんだぁ……」
先生がいないから休み時間なのだろう。もう授業の記憶が全然残ってないけど。
記憶がなくても身体が覚えているのか、ちゃんと教科書を広げてノートを取っていた痕跡がある。よかったよかった。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
松雪さんに顔を覗き込まれる。
僕が目立つのを嫌っていることを知ってか、彼女は教室で積極的に僕に話しかけてこようとしない。
それでも僕の様子を心配して話しかけてくれている。本当に優しい人だ。
「松雪さんは優しいなぁ」
「ひ、比呂くん? 何を……」
「可愛くて優しくて、困っていそうな人を放っておけないところ……とても素敵だと思うよ」
「~~っ!?」
あれ、僕は何を言ってるんだっけ?
でも松雪さんに話しかけられてほっとしたのだ。安らいでしまうというか……なんだか安心した。
松雪さんは僕を男として好きになったりしない。そんな確信があるからこそ、緊張せずにいられるのかも……。
あ、ヤバイ……。本格的に意識が飛んでいきそう……。
僕はすっと席から立ち上がった。眠気が限界に達しそうになった時こそ、冷静に動けるものらしい。
「体調悪いみたいだから保健室に行くね。悪いけど先生に言っておいてもらえる?」
「は、はい……お大事に……」
ぽやぽやした表情の松雪さんに見送られて教室を出る。
しっかりとした足取りで保健室に辿り着くことができた。
「すみません。寝不足なのでベッド借りていいですか?」
「おー、堂々とサボリ発言? 別にいいけどねー」
保健室の先生の了承を得て、僕はベッドに潜り込んだ。
するとスイッチが切れたみたいに、すぐに睡魔に襲われて、僕はいろんなことを忘れて眠りにつくのだった。
◆ ◆ ◆
「比呂くん? 眠っているようですね……保健室の先生も用事に出ているのか、姿が見当たりませんし……」
誰かの声が聞こえる気がする。
「もうお昼ですよ? ……この様子だと、ちょっとやそっとじゃ目を覚まさないですよね」
頬に何か当たった気がする。これは夢かな?
「可愛い寝顔……。こんな無防備な顔をして、悪戯されても知りませんよ?」
安心する声だ。リラックスしてよく眠れそう……。
「……本当に、悪戯しちゃいますからね」
何かが近づいてくる気配がする。でも、僕は安心したままで受け入れられた。
「私……やっぱり比呂くんのことが……」
夢が途切れる。僕は深い眠りに落ちていくのであった。




