65.もしかしたら本当に……?
ぼんやりしながら松雪さんを見送り、ぼんやりしているうちに家の近くまで帰っていた。
「比呂? なーにニヤニヤしてんのよ?」
「あれ、美月? なんでこんなところに……?」
「何言ってんの。ここ、私の家の前だよ」
よく見てみれば見慣れた美月の家。いくら暗くなった時間帯とはいえ、その認識すら上手くできないなんて僕はどうかしている。
「こ、こんな時間に帰り? 遅かったんだね」
「んー、まあ部活やってるしね。こんなもんじゃない?」
確かに。わかり切っていることを聞いてしまったな。
「それに泉くんが近くまで送ってくれたから、安心安全だったよー」
美月は嬉しそうに笑う。
泉くんとの関係は良好のようだ。そのことをちゃんとよかったと思える自分がいる。
「ていうか比呂はどこに行ってたのよー。ニコニコしちゃってさ。よっぽどいいとこにでも行ってたんでしょ?」
「いいとこって……城戸さんの家に遊びに行ってただけだよ」
「城戸さんの家!?」
美月は目を見開くほど驚いていた。……そんなに驚くこと?
「城戸さんってあ、あの一年の城戸さんだよね?」
「その城戸さんで合ってると思うよ」
「へぇー……もうそこまで進んでたんだぁ……」
「進んでるって、何が?」
美月は目をパチクリさせる。「何鈍感なこと言ってんだ?」って顔だ。
「え、だって……城戸さんって比呂のこと好きなんでしょ?」
「は……?」
なんか……とんでもない爆弾を投下された気がするんですけど?
城戸さんが僕のことを好き? 本当に? 友達として……じゃなくて?
『比呂さん、アタシと付き合ってください♪』
つい思い出してしまったのは、唯花ちゃんの真っ直ぐな告白。
ぼっと顔が熱くなる。あんな風に真っ直ぐな気持ちが、城戸さんにもあるっていうのか?
「そ、そんなわけないだろっ。あんまりそういう話題でからかわないでよ……」
「だって城戸さんの態度は誰が見たってバレバレじゃない。私もチラッと見ただけだけどさ、わかりやすいくらい比呂への好きって気持ちが伝わってきたんだよ」
美月が言うには女子の間で噂になっているのだとか。
城戸紬が、二年の男子に恋しているのではないかと。
た、確かに学校で城戸さんと話す割合は増えたけども……。だからって極端なほどべったりくっついてくるわけでもない。
そう考えると、ただの邪推ではなかろうか?
「家に招待するくらいだから告白でもされたのかと……あれ、違った?」
美月はようやく「しまった」と口を押さえる。
「告白は……されたよ」
「えっ!? ほ、本当にっ!? つ、付き合うの……?」
ゴクリと。美月が生唾を飲み込む音が聞こえてきた。少しくらい好奇心を隠しなさいっての。
「……告白してきたのは妹の方だけどね」
「へ? い、妹?」
美月は目を白黒させる。
城戸さんに唯花ちゃんという妹がいること。彼女が僕に会いたがっているからと家に呼ばれたこと。
そして、唯花ちゃんに真っ直ぐな好意をぶつけられて戸惑ってしまったことを話した。
ほっぺにキスされたことは……そこまで話す必要はないと思って省かせてもらった。
「ふーん……その唯花ちゃんに告白されちゃってドキドキしちゃったと。相手は小学三年生なのに?」
「わ、わかってるよっ。僕だってやんわり断ろうとしたんじゃないかっ」
「でも、ドキドキしたんでしょ?」
「うぅ……は、はい」
相手はまだ子供だ。
きっとちゃんとした「好き」ではないのだろう。父親や男の先生に向けるような「好き」に違いない。
だからこそ応えることができない。彼女の育ち切っていない気持ちに、いい加減な答えは出せないから。
でも、それでも。
初めて女子から告白されて、嬉しいという気持ちが溢れるのを止められはしなかった。
「……唯花ちゃんは、僕が文化祭でしでかしたことをカッコいいって言ってくれたんだ」
「文化祭って、あのミスコンでのこと?」
僕は頷く。
「今でも頭がおかしくて、情けない姿をさらしてしまったと思ってる。でも、そんな僕を頑張って勇気を出したんだって、唯花ちゃんは言ってくれたんだ」
正直、思わず泣きそうになってしまいそうなほど嬉しかった。
あの行動で、確かに城戸さんを助けられたとは思う。
だけど声も身体も震えていて……。不安や恐怖を抱いたままでいるのはカッコ悪いことだと思ってもいた。
だけど唯花ちゃんは、僕が勇気を出したことをわかってくれた。僕の勇気で、彼女も勇気を出せたのだと言ってくれた。
そう言って笑ってくれた唯花ちゃんを見て、僕がしたことは報われたのだと。本当の意味で感じられたんだ。
「そっか。その唯花ちゃんって子は比呂の良いところをちゃんと見てくれたんだね」
「……」
返事するのも照れ臭くて、僕は無言になってしまった。
「でもさ、それなら助けられた本人は、比呂のことをもっと好きになってもおかしくないんじゃないの?」
「え?」
なぜか美月は照れ臭そうに自分の髪を撫でつける。
「ずっと私の背中に隠れていた比呂が、あんな風に大勢の前で女の子を守るなんて思ってもみなかったよ……。ギャップっていうの? 比呂だけど比呂じゃない気がしてさ、なんか……すごくカッコ良かった」
「あ、ありがとう?」
なんだかいつもの美月の様子じゃないように思えて。戸惑い気味にお礼を口にしてしまう。
「えっと、だからね……私は城戸さんが比呂のことを好きだとしても不思議に思わないってこと。だってあれを一番近くで見てたんだよ? 比呂のギャップにやられてもおかしくないって!」
「そ、そうかな?」
美月は手で自分の顔を扇ぐ。力を込めていた様子だったから熱くなったのだろう。
「あー、私何言ってんだろ。そろそろ家に入るね」
「うん。引き留めたみたいになっちゃってごめんね。それと、褒めてくれてありがとう。おかげで自信になったよ」
「比呂ってば本当に……。じゃあね、おやすみ!」
「お、おやす……」
僕が言い切るよりも早く、美月は家に入ってしまった。
息をついて、夜空を見上げる。
「……」
こんな僕がカッコいいはずがなくて。
こんな僕が誰かに好かれるわけがない。
美月に彼氏ができてから、恋愛なんて縁遠いものだと諦めていた。
だから、気づかなかったのだろうか?
「城戸さんが、僕のことを好きかもしれない……」
唯花ちゃんに告白された時以上のドキドキが、僕に襲いかかってきたのであった。




