52.僕の決意
同級生の泉くんや佐野くん。彼らはイケメンの部類に入るだろう。
「……っ」
けれど、目の前の男の人はレベルが違っていた。
男の僕ですら美しいと感じるほど整った顔立ち。
泉くんよりも高身長で、佐野くんよりもおしゃれな印象を抱かせる。
彼の黒髪は男の人とは思えないほどサラサラしているように見える。髪に色気を感じる日が来るとは思わなかった。
……いや、髪だけじゃない。彼自身の色気が、僕を圧倒しているのだ。
「あ、あなたは……誰、ですか?」
存在感が違う。本能的に負けを認めてしまった。
そんな相手を前にして、声が震えるのを止められなかった。
それでも、この人が松雪さんに危害を加えようというのなら……全力で盾になってやる!
「君こそ、誰?」
抑揚のない声で、男の人に無表情で見下ろされる。
冷たい目だ。美しいからこそ、より際立って感じられてしまう。
だからなのか。まったく感情が読み取れない。
同じ無表情でも、城戸さんの感情はわかりやすいほどなのに……。わからないことを、初めて恐ろしいと感じる。
「僕は矢沢比呂です。松雪さんの……友達です!」
怖くたって関係ない。
僕は無関係ではないのだと言い切ってやる。
これなら「関係ねえ奴はすっこんでろ!」と追い払われることにはならないだろう。
「比呂って……君があの比呂くん? おー、初めましてだね。よろしく」
「へ? は、はい……よろしくお願いします?」
どの比呂くん?
美形男子は僕に握手を求めてきた。
大きい手だ。そういえば年上なのかな? 大学生くらいに見えるけど……。
握手を返してはみたけど、この人は何を考えているんだ? ずっと無表情のままだから感情が読めなくて困る。
「な、な、な……なんでお兄ちゃんがここにいるのですか!?」
松雪さんが慌てた様子で声を上げる。
鬼井ちゃん!? 男子に対しては「くん」付けがデフォルトの松雪さんが……親しげに「ちゃん」付けだと!?
や、やっぱりこの男の人は元カレなのか……っ。なんてレベルが高いんだ。男の人を見て、そういえば松雪さんも外見レベルが高かったのだと思い出す。
握手する力を強められて、僕は彼を見上げた。
「初めまして比呂くん。俺は綾乃の兄です」
「え、あ、兄?」
あに? アニ……お兄さん!?
言われてみれば似ている気がする。表情豊かな松雪さんと無表情のお兄さんでは、全然印象が違うんだけど。
「それにしても、君……いいね」
「な、何がですか?」
「咄嗟に綾乃を庇って『に、逃げて松雪さんっ!』ってさ。正直どんな奴かと思ってたけど、俺はとっても気に入ったよ」
言われて自分を振り返ると、恥ずかしさで死にそうになった……。
相手は松雪さんのお兄さんだったのに、僕はなんてことをしてしまったんだ。元カレだと思い込んで失礼なことをしてしまった。呆れられてもおかしくない。
「あ、あの……ごめんなさい! 松雪さんのお兄さんだったのに、まるで不審者みたいに扱ってしまいました!」
「君、面白いね」
とても面白いとは思っていなさそうな無表情。恥ずかしすぎて手汗をかきそう。
「いつまで手を握っているのですか!」
僕の手汗を気遣ったわけじゃないんだろうけど、松雪さんが僕とお兄さんを引きはがしてくれた。
「だってこの子が綾乃の言ってた比呂くんなんでしょ? 俺もっとお話ししたい」
「不要です。やめてください。比呂くんが怖がっているじゃないですか」
松雪さんはビシビシとお兄さんに対してきつい物言いをする。
学校での彼女とはまた違った印象だ。兄妹だからこその距離感なのだろう。一人っ子にはわからない感覚だ。
ひとしきり言い切って満足したのか、松雪さんが僕に顔を向ける。
「あ、あの比呂くん……。今日は話を聞いてくれて、本当にありがとうございました」
「えー? 何の話? 俺にも聞かせてよ」
「お兄ちゃんは黙っていてください」
「ぶー」
本当に仲良しなんだなぁ。
松雪さんとのやり取りを眺めていると、お兄さんに抱いていた怖さが段々と薄れてくる。
「それでは比呂くん、また学校で……」
「うん。また学校で。気をつけて帰ってね」
「俺が責任を持って送るから大丈夫だよ」
「変な言い方しないでください。一緒に帰りますよ」
お兄さんを引きずりながら帰る松雪さんを見送って、僕も帰路に就いた。
◇ ◇ ◇
しかし、松雪さんのお兄さんが現れた時に、僕は危機感を覚えたのだ。
あれがもし本当に逆上した彼女の元カレだったら……。貧弱な僕では、きっと守り切れなかっただろう。
そんな想像をすると、ゾッとするほど怖かった。
僕は、二度と後悔をしたくない。
それは恋愛ごとに限らないのだ。
「母さん、お願いがあるんだけど」
「どしたん?」
僕は母親の前で、綺麗な土下座をした。
「僕を……男にしてください!」
「……は?」
行動しなければ後悔すると、美月に失恋した時に思い知った。
だからこそ、恥をかこうが何だろうが、僕は自分がやりたいと思ったことを実行する。
それが、僕の決意だった。




