48.僕を利用してよ
城戸紬。彼女が先日の文化祭のミスコンで優勝したのは記憶に新しいだろう。
銀髪のショートヘアに青い瞳というだけでも目立っているのに、モデル並みの高身長ときたものだ。
それでいて可愛らしい顔立ちをしている。悪い噂さえなければ、何もしなくても大勢の男子から好意を向けられてもおかしくない。
「ひ、比呂先輩……っ」
放課後。昇降口に向かっている途中で、そんな彼女に声をかけられた。
「相談があるんだけど……いい?」
声を潜める城戸さんは、心底困っている様子だった。
後輩が困っているのなら力になりたい。
それが先輩というものだろう。頼られるのって割と嬉しいものなのだなと最近知った。
「松雪先輩もいい?」
「ええ。もちろんですよ」
城戸さんがふいと僕の横に顔を向ける。
そこには当たり前のように松雪さんがいた。
「松雪さん!? い、いつの間に僕の隣にいたの?」
「教室を出てからずっとに決まってるじゃないですか。私に気づかないなんて、ぼんやりしすぎですよ比呂くん」
だとしても気配を消すのが上手すぎでしょ……。実はくノ一の末裔なんかじゃないよね?
◇ ◇ ◇
城戸さんが静かに話がしたいと言うので、いつぞやに松雪さんと行ったことのある喫茶店に入った。
僕と松雪さんは城戸さんの対面に座り、彼女が相談を切り出すのをコーヒーを注文しながら待つ。
「実は最近……男子から告白されるようになったの」
「へぇ……」
「……」
あれ、相談ってそれだけ?
それ以上の言葉を重ねることもなく、城戸さんは顔を俯かせてしまった。
恥ずかしがっているというよりも、ただただ戸惑っているように見える。彼女にとっては本当に困りごとなのだろう。
聞いてみれば納得してしまう話だ。
元々悪い噂のせいで敬遠されていただけであって、それさえなければ美少女の彼女にお近づきになりたい男子がいても不思議じゃない。
だけどそれが、城戸さんにとっては急な変化に感じてしまったのだろう。
「城戸さんは告白されて、なんて答えたの?」
「好きな人がいるから、ごめんなさい……って」
断っているんだ……。知らず力が入っていたのか、ゆっくり息を吐いて握りこぶしを解く。
「紬さんの好きな人とは誰ですか?」
「ぶっ!?」
松雪さん!? そこ聞いちゃうの!?
城戸さんもこの質問には困ってしまったのだろう。頬を赤くして、助け船を求めているのか意味ありげに僕に目を向ける。
「いえ、深い意味はないですよ。中には『好きな人って誰なんだ』と追及する男子もいるでしょう? 紬さんはどう答えているのかなと思いまして」
松雪さんも告白されることが多いだろうから、そういう男子がいると予想できるのだろう。
恋バナが始まってしまうのかと思ってびっくりしたよ。好きな人の話で盛り上がっている自分が想像できない。
「……たぬきのお面の人」
「ぶっ!?」
城戸さんが恥ずかしそうに口にした言葉を聞いて、僕は噴き出してしまった。
たぬきのお面の人って僕のことだよね!?
「なるほど上手いですね。ミスコンであれだけのインパクトがあれば、断られても男子は納得するでしょう」
松雪さんは真面目な顔で頷く。
あー……なるほどね。告白を断る口実ってやつか。
確かにミスコンで起こった事件は有名になっているらしいし、たぬきのお面の人の正体は不明ってことになっている。
つまり状況的に城戸さんが好きになってもおかしくないと思われていて、相手の名前を明かさなくても追及を受けることもない。「たぬきのお面の人」という記号が、丁度いい断り文句になっているのだろう。
もしその正体が僕だと知られれば、「やっぱり俺にもチャンスがあるんじゃね?」と思われてしまうかもしれない。正体を隠す理由がまた一つ増えたな。
「それなら問題ないんじゃないの? 相手が告白を断られたことを納得してくれているのなら、別にそれ以上のことは考えなくてもいいと思うんだけど」
「そうとは限りませんよ」
いつになく真剣な様子の松雪さん。
「男子にもプライドというものがありますからね。あの時の比呂くんよりも上と思い上がっている人が、紬さんに振られて逆恨みすることがないとは言い切れませんよ」
逆恨みって……。急に穏やかじゃなくなったな。
しかし松雪さんは真剣な表情を崩そうとはしない。「なーんて、冗談ですよ」と言ってくれそうな気配がなかった。
「それで聞いた話なんだけど、たぬきのお面の人を探そうって男子が増えているみたいで……。もし比呂先輩ってバレたらどうなるかわからなくて……あたし、怖くなって……」
「それで相談してくれたんだ」
「うん……」
城戸さんは自分のせいでもないのにしょぼんと肩を落とす。
結局、相談って城戸さん自身のことじゃなくて、僕の心配だったってことか。
本当に、彼女は優しすぎる。
それにしても謎のメイドの次は、謎のたぬきお面の人の捜索が始まっているってか……。
我ながら文化祭にいらないものを残しすぎたな。
「城戸さんが気にすることじゃないよ」
俯いている後輩の頭を、手を伸ばして撫でる。
「あれは僕が好きでやったことだ。城戸さんが気に病む必要は一つもないよ」
ミスコンでのことは僕の恥ずかしい過去ではあるけれど、まったく後悔はしていない。
むしろ二人の前でなら胸を張っていられる。
「だから告白を断りたかったらどんどん利用してもらって構わない。城戸さんが本当に好きな人が現れるまで、どんどん僕を利用してよ」
「~~っ」
城戸さんが涙目で僕を見つめる。
女子の頭を断りもなく撫でるのは失礼すぎたかもしれない。慌てて手を引っ込めたけど、彼女の突き刺さるような視線は引っ込めてくれなかった。
先輩の特権ってことで許してもらえないかな? そういうこと言い出すと先輩ハラスメントになりそうなので黙っておく。
「あのー……」
おずおずと小さく手を挙げたのは松雪さんだった。
「それなら私も……比呂くんを利用させてもらってもいいですか?」
「はい?」
なぜだろう……。城戸さんに利用されるのは構わないけど、それが松雪さんだと言われると抵抗感があるんですけど。




