46.文化祭が過ぎてからの話題
文化祭が過ぎても、僕の日常が様変わりしたなんてことはなかった。
相も変わらず、教室では一人でいることが多い。
「矢沢くんおはよー」
「おはー矢沢っち」
「お、おはようっ」
クラスメイトからあいさつしてもらえるようになったのが、ちょっとした変化ではあるか。
ちゃんとあいさつを返せているか不安である。急に声をかけられると声が裏返りそうになってしまうのが、僕がぼっちだった理由の一つかもしれない。
「……」
教室で読書をするフリをしながら、耳をそばだてる。
「ミスコンの時のたぬきラッパーって、結局誰だったんだろうな?」
「あの空気をぶち壊しにできるとか、並大抵の度胸がなけりゃできねえよ」
「それよりも美少女ランキング三位の娘が気になるぜ」
「一年の女子じゃないんだっけ? こんなに可愛いのに今まで無名なんてことあるのかよ」
クラスの男子たちの会話を聞いていると顔を上げられなくなる。
最近の話題は、文化祭に現れたたぬき面ラッパーと、美少女ランキング三位にノミネートされた謎のメイドのことばかりだ。
松雪さんの口ぶりからして学校の有名人になってしまったかとビクビクしていたものだけど、どうやら正体が僕だとはバレていないようだ。
ミスコンの時にたぬきのお面を被って乱入した。
クラスでは影の薄い存在でしかない僕が、そんな目立つことをするなんて誰も考えないのだろう。
しかもラップっぽい口調でいろいろ言ってしまった気がする。半分パニックになっていながらも大きな声を出していた。キャラが違いすぎて僕と結びつかないのかもしれない。
城戸さんのクラスの出し物を手伝った時も、メイド服を着せられただけじゃなく、メイクもされていたから僕とは断定できないのだろう。
あの時はメイクまでしなくてもいいのにと思っていたものだけど、こうなってみると城戸さんのクラスの女子に感謝だ。クラスメイトですら僕とわからないのだからメイクってすごいな。その分メイク落としが大変だったけど。
「でも、この写真……」
「なーんか見覚えがあるような……」
「うーん……。もしかしてこの娘、俺たちと同じ二年の女子なんじゃないか?」
ギクリ。心臓が痛いくらい大きく跳ねた。
お前ら勘が良すぎだぞ! 別に女子ではないんだけども……。
とにかく今の問題は、僕のメイド服姿の写真が男子生徒の間で広まってしまったことだ。
不幸中の幸いは女子には流通していないということくらいか。松雪さんは入手していたから、全然安心はできないんだけども。
「突然ランキング第三位に輝いた謎の美少女。絶対に俺たちで特定してやろうぜ」
「「「おおーーっ!!」」」
僕は完全に顔を伏せた。
しばらく嫌な方の胸のドキドキが続きそうだ。ああ……、以前の穏やかなぼっち生活が恋しい。
◇ ◇ ◇
男子連中の熱が引くまで大人しくしておこう。そう決めて日々を過ごしていた時である。
「ね、ねえ……これって矢沢くんだよね?」
「ぶふっ!?」
僕は思いっきりむせた。
休み時間に泉くんに呼び出されたかと思えば、廊下の端に連れて来られて、僕のメイド服姿を写したスマホの画面を見せられたのだ。
「え、えーっと……」
「メイクはしているけど、絶対に矢沢くんだと思うんだ。俺にはわかるんだよ」
どうにか誤魔化そうと言葉を選んでいると、それを遮るように泉くんは断言した。
この態度……、嘘をついてもすぐに見破られる雰囲気がある。
どっちにしろ、泉くんが美月にその写真を見せるだけでアウトだ。他の人なら誤魔化せても、幼馴染の彼女には簡単に見破られるだろうから。
「は、はい……その通りです……」
「やっぱり! 俺の目に狂いはなかった!」
観念して項垂れる僕とは対照的に、泉くんはクイズに正解した子供みたいに喜んでいた。
「あ、あのー……できればその……このことは誰にも言わないでほしいんだけど……」
「それは二人だけの秘密ってことかい?」
別に二人だけってこともないんだけど。松雪さんと城戸さんも知っているし、城戸さんのクラスはみんな知った上で黙ってくれている。
だけど、こういうのは自分だけが正解したと思わせる方が都合がいいのかもしれない。
みんなが悩んでいる中、自分だけ正解をわかっている状況は気分がいいものだからね。きっと調子に乗って、こっちの要望を通しやすくしてくれるはずだ。
「う、うん。僕と泉くんだけの秘密だよ」
「そ、そか……なんだか照れるね」
ん? 今照れるところあったか?
よくわからず首をかしげていると、泉くんが顔を寄せてきた。
「それにしても……矢沢くんってこういう可愛い格好が似合うよね」
顔が近くなったせいで息が当たるんですけど……。なぜか背筋にゾクッとした悪寒も走ったんですけど?
泉くんにじろじろと見られているのを感じる。
こ、これは何の合図だ?
あっ、もしかしてあれか。秘密を黙っておく代わりに、何か対価を要求されているのか?
「あの、泉くん?」
「なんだい?」
じろじろとした視線が止まらない。つまり僕から言わなければいけないことなのだろう。
「僕がその写真のメイドだと黙ってもらう代わりに、なんでもするから……。泉くんのしてほしいことを言ってほしい……」
「な、なんでもっ!?」
泉くんが素っ頓狂な声を上げた。
「しっ。静かに」
「ご、ごめん……」
言わせたくせになぜ驚くのか。これでバレたらどうしてくれるんだ。
いや、さすがに「なんでも」は言い過ぎたのか。「百万円よこせ」なんて言われても無理だ。泉くんがそんなことを要求する人だとは思っていないけど。
「そ、そっかー……なんでも……」
泉くんが悩む仕草を見せる。
彼のことだ。上手い落としどころを考えてくれているのだろう。
こっちとしても秘密にしてくれるのなら、購買のパンくらいならおごってもいいと考えている。僕は信頼して泉くんの言葉を待った。
「そそそ、それじゃあ──」
「ダメですよ」
突然、後ろから誰かに抱きしめられた。それから少しだけ右肩に重みがかかる。
にょきっと顔を出したのは、学校で一番可愛いと評判の女子。
僕を後ろから抱きしめて、肩に顎までのせたのは松雪さんだった。




