43.いつしか変わっていた関係
文化祭が終わって数日が経った。
城戸さんはクラスでのぼっち生活を脱却して人気者になった。メイドカフェでの頑張りや、ミスコンでの出来事のインパクトが、悪い噂を吹き飛ばして彼女の立場を作ったのだ。
今では城戸さんに対して悪いことを口にする人はいない。ちょっと不思議なところはあるけど、性格がいい子なのだ。すぐにたくさんの友達ができるだろう。
「ねえ城戸さん、昼休みはクラスメイトからお昼ご飯一緒に食べようって誘われたんじゃないの?」
「誘われたよ。でも比呂先輩と一緒がよかったから断った」
これからリア充生活を送れるはずだろうに、城戸さんは今日も今日とて変わらず屋上に来ていた。
文化祭が終わって学校生活が様変わりするかと思いきや、以前と変わらない昼休みの風景がそこにあった。
今日は松雪さんが来ていないので、久しぶりに城戸さんと二人きりではあるんだけども。
「付き合いって大事にした方がいいと思うよ。あんまり断ってたら誘われなくなっちゃうから」
「付き合い……。じゃあ、大事にするね」
「うん、そうした方がいいよ」
……あれ? 城戸さんが「大事にする」って言ったの、クラスメイトとの付き合いのことだよね?
城戸さんは言葉が足りないからなぁ。たまに変な勘違いをしそうで怖い。
「その後、妹さんとはどう?」
「久しぶりにいっぱい遊んだよ。たくさん話もできた」
城戸さんは妹の唯花ちゃんと仲直りができた。
唯花ちゃんも仲直りがしたかったらしい。最初は姉に対して怒っていたものの、離れている期間が長くなるにつれて自分の間違いに気づいたようだ。
冷静になった、というよりも寂しくなってしまったのだろう。高ぶった気持ちが収まれば、姉が自分を守ってくれたのだと気づくのは、姉妹の仲なら当然だったかもしれない。
だから、文化祭という口実で会いに来たのだそうだ。
自分が姉を傷つけた。その自覚があったからこそ、唯花ちゃんは許してもらえるのかと怖がっていたようだ。僕がシリアスモードだと感じたのは、緊張しすぎて表情が強張っていただけだったみたい。
前に唯花ちゃんが熱を出して、それを心配した城戸さんがお見舞いに行こうとした時に、電話越しに「絶対に来ないで」と言ったのも風邪をうつしたくなかっただけだった。姉妹とはいえ、思いやりが上手く伝わらないものだ。
それは幼馴染でも変わらないものだと知っている。思いを伝えるということは、本当に難しいのだ。
「聞いてるの比呂先輩?」
そういえば文化祭が終わってから、城戸さんが僕のことを「比呂先輩」と呼ぶようになった。
これも仲良くなった証なのかな? 僕も城戸さんのことを名前で呼んだ方がいいのだろうか。でもセクハラって言われたら嫌だし……。うーん、距離感って難しいな。
「聞いてるよ。で、なんだっけ?」
「それ、聞いてないやつ……」
城戸さんがぷくぅと頬を膨らませる。指で突っついてみれば、プニッとした感触とともに元に戻った。
突っついた手を、城戸さんに握られる。
「比呂先輩にはたくさんお世話になった。ミスコンで優勝したこととか、妹と仲直りできたこととか……ひ、比呂先輩がいなかったらできなかったと思うっ」
「そうでもないよ。全部城戸さんの実力があったからじゃないか。それにバンド演奏は関わってもいないし、唯花ちゃんが来てくれたのは彼女自身の勇気がすごかったからだ」
「でもっ、比呂先輩じゃなかったらあの時助けてくれなかった!」
あの時……正義マンが城戸さんを責めた時のことだろうか。
「あれは……僕もパニックだったというか……。自分のキャラを変えないと声も出せなかったというか……」
振り返ってみても恥ずかしい……。
なんだよ「Yo!」って。ラッパー気取りかよ。自分でも何を目指していたのかわからない。完全に方向性を見失っていた。
あれはただ、とにかく城戸さんの悪い噂を吹き飛ばすだけのインパクトを求めた結果だった。
だからって、ああなってしまうのが僕の無能さの表れか……。もっと賢い人なら笑われないで済んだだろうに。
「嬉しかった……。自分を捨ててまであたしを庇ってくれる人なんて、誰もいないと思っていたから……」
城戸さんに引っ張られる。
前のめりになった僕は、彼女の大きな身体に抱きしめられた。
顔が柔らかい二つの球体に埋もれてしまう。ぎゅっとされたせいで、その下にあるものの感触が、顔全体で感じられた。
「……」
以前の僕なら慌てふためいていたところだけど、城戸さんが頑張って感謝を伝えてくれているのだ。この空気を壊してはならないと沈黙を守った。
「比呂先輩……」
しばらくして、少しだけ身体を離したかと思えば、城戸さんに上を向かされる。
僕の目の前には城戸さんの真剣な顔があった。いつもの無表情ではなく、何かを覚悟したという表情に見える。
「あ、あたし……あたし、ね……」
城戸さんがつっかえながらも、僕に何かを伝えようとする。
緊張しすぎているのか顔が赤くなっている。
青い瞳は逸らそうとするのに耐えながら、僕を見つめようと頑張っていた。
薄く色づいた唇が震えて、なかなか言葉が出ない様子。
「……」
何か言いたいことがあるのなら、城戸さんのペースでいい。
僕は急かすことなく、城戸さんの言葉を待ち続けていた。
「ひ、比呂先輩が……す──」
「お待たせしました! お二人に大ニュースを持ってきましたよ!」
僕はいつまでも待ち続けられるんだけど、他の要因でタイムアップすることもある。
松雪さんが元気よく屋上のドアを開け放ったのだ。その音にびっくりした城戸さんは、大きく飛びのいて僕から離れてしまった。今のものすごいジャンプ力では?
「あれ? 紬さんは運動でもされていたのですか?」
「う、うううん……運動中だった!」
「適度な運動は大切ですからねー」
松雪さんは城戸さんの様子に構うことなく、上機嫌でこちらに近づいてきた。
「お二人とも知っていますか? 我が校の男子が行っているという、美少女ランキングというものを」
僕はギクッとした。
クラスの男子が話していたのを知っている。これはあれか? 「そんなランキングをつけている男子はけしからん!」みたいな話か?
別に僕が参加しているわけではないんだけど、こういうのは男子というだけで罪に問われそうな気がしてしまう。
「つい先ほど、その最新の順位を知りまして、私が一位で紬さんが二位だったのですよ。紬さんはミスコンを優勝したことで順位を一気に上げたそうです。票数はさほど差がないようでしたので、次回は紬さんがトップかもしれませんね」
「おおー」
嬉しそうに教えてくれる松雪さん。城戸さんも思うところは何もないのか、素直に驚きの声を漏らす。
「あ、あの……二人ともいいの? 男子が女子を順位付けしているなんて、怒ってもいいと思うんだけど」
「別に私は構いませんよ。どうせ遊びでしょうし。これを表に出して女子を揶揄するというのなら、その男子には相応の罰を受けてもらいますが」
松雪さんはニッコリと笑いながらも、背中に冷や汗をかいてしまうほどの迫力があった。
男子たちよ……。君らの遊びとやらは、女子の寛大さの上に成り立っているのだということを忘れるな!
「あたしは興味ない。迷惑をかけないのなら好きにすればいいよ」
「おっと紬さん。この結果を聞いても興味ないと言えますかね?」
松雪さんがニタァと、さっきとは違った笑みを見せる。僕には、悪戯をしようとする悪ガキの顔に見えた。
「私と紬さんに続く第三位は……」
なぜかタメる松雪さん。
僕が知っている人なのか? とはいえ僕が知っている女子で、順位を上げてきそうなのって杉藤さんくらいしかいないんだけど。
「それは比呂くんです! イエーイ!」
「ん?」
「比呂先輩……?」
あれ、気のせいかな。今僕の名前が呼ばれた気がしたんだけど?
「松雪さん? 間違えたんじゃないかな? 今僕の名前が聞こえたんだけど?」
「合っていますよ。文化祭を経て、比呂くんは人気者になりましたからね。全校生徒に周知されて当然でしょう」
「はい?」
いやいやいや、僕が人気者になるっておかしいでしょ。
仮にそうだとしても、美少女ランキングに入っているってのはどういうことだ? 男子が入ってる美少女ランキングって、どう考えてもおかしいだろ!
「ふっふっふっ、わかっていないようですね。でも大丈夫。この写真を見れば、比呂くんも納得するでしょう」
松雪さんはスマホの画面をこちらに向けた。
「「んなぁっ!?」」
僕と城戸さんの声が重なる。
松雪さんのスマホの画面に写っていたもの。
それは、メイド服を着た僕の姿だった。
「な、なんっ!? なんで……この写真を?」
「おや? 私は比呂くんがメイド姿になったことを知らないなんて、一言も口にしていませんよ」
見られていたのか!? いつ? ていうか写真って!?
「もちろん撮ったのは私ではありません。私は比呂くんの勇姿を心の中にそっと仕舞っておくつもりでしたのに……。どうやら溢れるリビドーに任せて盗撮をしてしまった男子がいるようでして。あっという間に広がった結果、比呂くんに投票する男子が続出したらしいですよ」
「な、な、な、な、な、な……っ」
言葉が出ない。そんな僕を無視して、松雪さんは「この写真を手に入れるのに苦労しました」と言いながら、出ていない額の汗を拭う仕草をしていた。
城戸さんが素早い動きで松雪さんに掴みかかる。
先輩がこんな扱いをされて、後輩として怒ってくれるのだろう。なんて優しい子なんだ!
「ま、松雪先輩っ。あ、あたしにもこの写真をもらえますか?」
「城戸さん!?」
「もちろんいいですよ」
「松雪さん!?」
僕は自分自身の尊厳を守るため、僕の恥ずかしい写真が写っているスマホに手を伸ばした。しかし、松雪さんと城戸さんは黄色い声を上げながら逃げ回る。
僕たちは屋上で、誰の目も気にせずぎゃあぎゃあと騒ぐ。
素の自分をさらすことができる関係になったからこそ、わだかまっていたものも吐き出せる。
でも……メイド姿は僕が好きでやったわけじゃないんだからね!
「わかりました。比呂くんがそこまで言うのなら、今度みんなでメイドさんになりましょう♪」
「はい?」
「みんな同じ格好なら怖くないよ」
「いや、怖いとかじゃないから……」
「まあまあ。メイドパーティーはきっと楽しいですよ?」
「メイドパーティーって……」
松雪さんと城戸さんのメイド姿か……。
城戸さんは見たけど。いや、メイド服にも種類があるし、大胆なものを着てもらうというのも……。
松雪さんも見た目だけならメイド姿がよく似合いそうだ。本当にメイドをやらせたら、悪戯をしそうで怖いけど……。
「どうですか? 比呂くんが一緒にメイドさんをしてくれるのなら、私たちが比呂くんのメイドになって……ご奉仕するかもしれませんよ♡」
「ご奉仕……」
「比呂先輩のためなら、あたしなんでもするよ……」
「なんでも……」
妄想が、頭の中をかき回す。
これは本当に現実か?
二人と関わるようになって数か月しか経っていないはずなのに、ここが別世界に思えるほどの変わりっぷりだった。
「く……」
「「く?」」
僕は思いっきり息を吸った。
「クソがあああああぁぁあああぁぁあぁぁあぁぁぁーーっ!!」
現実と妄想のギャップで脳を破壊されないために、青空に向かって叫んだのであった。
うん。やっぱり僕の頭はおかしいらしい。
「はいはい。比呂くんは嬉しかったんですねー」
「比呂先輩が落ち着くまで、あたしがぎゅってしていてあげる♡」
だって、こんなおかしい僕から、離れないでいてくれる美少女が二人もいるのだから。
ここまでお読みくださりありがとうございました! これにて城戸さん編終了です(第一部完! 的な)
次回から松雪さん編になります。ヒロイン視点があったり、イチャイチャ要素が増えるかもしれませんよ(願望)
あと、今作のヒロインのAIイラストをいただいているのですが、ここに載せてもいいですか?
「イラスト見たい!」や「イメージの妨げになるのでいらないです」などありましたら、感想で意見をもらえますと参考になります(多い方を採用)
それと区切りがいいですので、よければブクマや★評価、レビューなどをいただけるとものすごく嬉しいです(強欲)




