42.幼馴染のことはもういいです
「えっと……」
「……」
「あの、美月?」
「……」
美月の様子がおかしい。
いつもコロコロと表情を変える僕の幼馴染が、顔を真っ赤にして石のように固まっていた。
「大丈夫か美月?」
「ひゃあっ!?」
あまりにも様子がおかしいので、近づいて美月の顔を覗き込んだ。
すると慌てて飛びのかれてしまった。その態度はさすがに僕もへこむ。
「えっと、本当に大丈夫なの?」
「だだだ、大丈夫っ! 本っ当に、大丈夫だから!」
美月は焦ったようにパタパタと手を振り、ブンブンと首を横に振りまくる。
ああ、と。僕は察する。
やはり、美月は先ほどのやり取りを耳にしてしまったのだろう。
可愛がっていた部活の後輩が、自分に罪をなすりつけようとしたのだ。そのショックがどれほどのものなのか計り知れない。
これ以上ショックを与えないように、僕は優しく微笑んだ。
「元気出してよ美月。帰りにアイスおごってあげるからさ」
「よくわかんないけど、比呂が何か勘違いしているのはよーく伝わってきたよ」
美月は何が気に食わなかったのか、うーっと唸って怒りを表していた。「アイスはおごってもらうけどねっ」と言ってしまうのが美月らしい。
そして本来、彼女は怒りを長引かせるタイプじゃない。
急にしおらしい態度になって、ぽつりと呟くように尋ねてきた。
「……なんで、あんなこと言ったの?」
「あんなこと?」
美月が何に引っかかりを覚えているのかがわからず首をかしげる。
「ほら、私が優しくて可愛くて最高の女子だって」
「言ってない。それは美月の妄想だよ」
「私のこと……庇ってくれたよね」
「庇うとかじゃなくて、僕は事実しか言ってないよ。僕は美月の幼馴染だから、美月がそんなことをする奴じゃないって知ってただけ」
特別なことなんて、一つも口にしていない。
ただ、あの場に割って入ったのは、考えて行動したわけじゃなかった。身体が勝手に反応したというか……まあ、幼馴染のことを言われたら放っておけないというやつである。
僕が松雪さんといるところを、初めて見た時の美月と同じ感情なのかもしれない。
そう考えると、全然違うタイプだと思っていた僕たちは、案外似た者幼馴染なのかもしれなかった。
「比呂……あのね……この間は勝手に怒り出しちゃって、ごめんね」
「ううん。僕の方こそ、面倒臭いって態度を出しちゃってごめん」
「この間」がいつのことかなんて、それを聞き返すような野暮なことはしない。
僕たちはずっとあの時のことでわだかまりを抱えていたから。
ずっとモヤモヤしていたのは、早く仲直りがしたいと考えていたからだ。
「面倒臭いって……そんな風に思ってたの!?」
「だってあの時の美月は相当面倒臭かったよ。そりゃあ初めての彼氏から、初めて誕生日プレゼントをもらったのが嬉しいのはわかるけどさ。それを差し引いても、ものすっっっっっごく面倒臭い絡み方してきてたもん」
「うっ……ご、ごめん……」
「わかればよろしい」
初めて上から目線で美月に接してしまった。
でも幼馴染って、こんなものなのかもしれない。
幼い頃から一緒にいて、仲良くしていられる関係なんて他にはいない。
他人が見れば奇妙な間柄に思えることもあるかもしれないけど、それを許し合えてしまうから、幼馴染という関係が続いているのだ。
……まあ、こういう考えこそが、僕の甘えなのかもしれないけど。
「でも……僕もごめん」
「え? 比呂が謝ることなんてあったっけ?」
恥ずかしい感情だけど、この際全部吐き出してしまえと、僕は口を開いた。
「美月が泉くんからもらったプレゼントを喜んでいるのを見ていたら、なんか寂しくなったというか……僕はもう特別にはなれないんだなぁって思って……。それでちょっと不機嫌になってた……」
「え?」
いつまでも失恋の感情を引きずってはいられない。
「僕はもう、美月にとっては特別な幼馴染じゃないんだなと思ったら、嫉妬したんだ……」
モヤモヤした感情は、失恋ばかりが理由ではない。
当たり前だったはずの美月の隣というポジションを取られて、僕は寂しかったのだ。そういう子供じみた嫉妬心があったのだと、そろそろ認めなければならない。
「……」
「あの時言いそびれていたけど、誕生日おめでとう。今度お祝いにケーキでも焼くよ」
「え、本当? やったぁーーっ!!」
両手を上げて喜ぶ美月。素直な奴である。
そうやって大げさに思えるほど喜んでくれるからこそ、仲直りできたのだろうけど。
胸の奥にあったモヤモヤは、気づけば消えていた。
ようやく失恋を消化できたらしい。思っていたよりもスッキリしていて、なんだか晴れやかな気分だ。
「あっ、そうそう。比呂のクラスの出し物よかったよー。リアル脱出ゲームやってみたかったんだよね」
「知ってる。前にイベントでやってるのを見てからずっとやりたいって言ってたもんね」
「覚えていてくれたんだ。比呂のおかげで夢が叶ったよ」
「大げさだなぁ」
僕が脱出ゲームの提案をしたのは、なんだかんだと理由をつけつつも、結局は美月に体験してほしかったからだ。
そういう意味では、僕も夢が叶ったと言えるのかもしれないな。って、やっぱり大げさだな。
「謎解きが面白かったのもよかったけど、何よりストーリーがけっこう──」
「見つけましたよ比呂くん!」
松雪さんの声がしたかと思って顔を向ければ、てててててと黒髪をなびかせながら走ってくる彼女の姿があった。
「わっ!?」
腕を取られて僕も走り出す。
「な、何事?」
「スマホを見ていないのですか? 紬さんが比呂くんに話がある、と言って二年生の教室を探し回っているのですよ。みんなが告白かと大騒ぎしてしまって……とにかく来てください!」
「は、はい!」
松雪さんが振り返って、「あっ」と声を上げる。
「美月さんと一緒だったのですか? すみません。慌てていたもので比呂くんしか見えていませんでした……」
「ううん。話は終わっていたから、もういいよ」
美月と話したかったことは、ちゃんと伝えられたと思う。
僕の心も、ちゃんと決着がつけられた。
だから、美月のことはもういいのだ。
適切な幼馴染という関係を続けられる。それがわかっただけで、もう充分だった。
「それよりも早く城戸さんのところに行かないとだね」
「ミスコンを優勝したことで今や学校の人気者ですからね。そんな紬さんが特定の男子を探しているというだけで大ニュースですよ」
大変だなぁと、松雪さんを眺めながら思う。
仲良くなった少女たちのために、僕は走り続けるのであった。




