39.秘策でアピール
今日の僕は道化でいい……。
そう腹をくくり、城戸さんの穴を埋めるためにメイド服に袖を通した。
僕が城戸さんに作ったようなロングスカートだったらまだよかったのに、渡されたのは膝も隠せない長さのメイド服だった。
「あれってもしかして男子?」
「女装……だがそれがいい!」
「ハァハァ……恥じらっている仕草がたまりませんなぁ」
何か言われている気がしたけど、必死になって働くことで周囲の声をシャットアウトした。
どうせあまりいいことは言われてないだろう。たぶん「女装しているキモい奴がいる」と笑われているに決まっている。こういう外野の声は聞かないに限る。
僕一人の犠牲で、城戸さんが家族と楽しく文化祭を回れるのなら、それでいいのだ。いいったらいいのだ!
精いっぱい働いて、気がつけば昼を迎えていた。
「いやぁ、私らが言っておいてなんですが……まさかここまできっちり働いてくれるとは思いませんでした」
ようやく仕事が終わると、メイド女子が冗談だったと言わんばかりに「てへっ☆」と可愛い子ぶりながらペロッと舌を出す。
「え、だって城戸さんのシフトの穴を埋めないと困るでしょ?」
「だからって普通はメイド服を着てまで手伝ったりはしませんよ」
あれ、もしかして別に僕が手伝わなくてもよかったの?
「矢沢先輩にとって、それだけ城戸さんが大切な人というのが伝わってきましたよ」
「うん。城戸さんのためじゃなかったらここまでしなかったよ」
「お、おお……この先輩、ストレートに言い切りやがりましたよ……っ」
メイド女子たちから黄色い声が上がった。何か盛り上がるところあったか?
でも一緒に働いてみて、このクラスの人たちはそんなに悪い子じゃないってわかった。
だから僕は、願いを口に出さずにはいられなかったのだ。
「だからさ……みんな、クラスメイトとしてでいいから、城戸さんと仲良くしてくれたら嬉しい……なんて」
「もちろんですよ。城戸さんは怖い人じゃないってわかりましたし、何よりこのメイドカフェを盛り上げた戦友ですからね」
メイド女子たちは力強く頷いてくれた。
「今回の文化祭で城戸さんがどれだけ頑張ったのか、私たちは知っていますから。不器用だけど真面目で、優しい人だって……ちゃんと伝わっていますよ」
「そっか。それならよかった」
城戸さん自身の力で、クラスメイトとの関係は改善されていた。
それがとても嬉しくて、目頭が熱くなって上を向くしかなかった。
「矢沢先輩泣いているんですか?」
「えー、可愛いー♪」
「な、泣いてなんかないやいっ!」
後輩からからかわれるなんて恥ずかしすぎる……。メイドさんになってしまったことも含めて、もう黒歴史確定である。
僕はさっさとメイド服を返却して、城戸さんを探しに向かったのだった。
◇ ◇ ◇
銀髪の親子なら目立つだろうかと思ったけど、この人混みでは見つけるのは困難だった。
「城戸さん、大丈夫かな……」
唯花ちゃんのあの様子を見ている限りでは、タヌキのお面さえしていれば和やかに接していられるはずだ。
けれど、いざ正体が姉だったと知った時にどうなってしまうのか……。僕には想像がつかない。
まあ城戸さんのお母さんも一緒だったから、その辺りは上手くやるのかもしれないけど……。どうしても心配は拭えなかった。
「城戸さんにメッセージを……。いや、タイミングが悪い可能性があるし……う~ん」
廊下で人の流れを眺めながらどうしようかと悩んでいると、背中をつんつんと突っつかれた。
「え?」
振り返るとキツネがいた。
「コンコン、コンコンコーン」
「それ、キツネの鳴き声のつもり?」
この子ったら、また子供っぽいことをして……。
キツネのお面を被った松雪さんである。どうやら変装は続けていたようだ。
「あれ比呂くん、タヌキのお面はどうしたのですか? お面がないとナンパされてしまいますよ」
「だからその心配は松雪さんだけだってば」
お面の下で笑っているんだろうなと思いつつ、僕は城戸さんが妹と会ったことを伝えた。
「妹さんが来たというところまではメッセージで知っていましたが、まさかそこまで進展しているとは……。比呂くんの手腕があってこそですね」
「僕は大したことしていないよ」
それに、あれでよかったのかわからないんだし。
「とにかく、松雪さんも城戸さんを探すのを手伝ってくれ」
「探す必要はないと思いますよ」
松雪さんは慌てる様子もなく歩き出した。
「どこか、あてでもあるの?」
「比呂くん、体育館ですよ。紬さんは必ずそこに現れます」
「体育館って……ミスコン? でも、まだ時間には早いんじゃ──」
松雪さんは「ちっちっちっ」と口にしながら指を振る。何者かになりきっているらしい。
「甘いですよ比呂くん。昨日の自己紹介だけが私の策ではないのです。むしろ、ここからが本番ですよ」
何やら自信満々な様子の松雪さん。
彼女が城戸さんに授けた秘策は、まだ終わりではなかったようだ。
「ミスコン最後のアピール……それは、始まる前から終わっているのです!」
◇ ◇ ◇
体育館に到着すると、「比呂くんはここでしっかり見届けていてくださいね」と言って松雪さんはどこかへと行ってしまった。まさかの一人ぼっちである。
体育館のステージでは演劇が行われていた。この次にあるのはバンド演奏のようだ。
「その次にミスコンで最後のアピールがあって、閉会式で投票結果が発表されるんだよな」
昨日の自己紹介の感じからして、城戸さんが大幅にリードしたのは確実だろう。
あとはそのリードを保つだけなんだろうけど、アピール合戦になればどうなるかはわからない。
「矢沢先輩」
「あれ、城戸さん?」
いつの間にか隣にすっと城戸さんが現れてびっくり。観客側は暗いってのに、よく僕がいるってわかったね。
「妹さんと話はできた?」
「うん。先輩のおかげで楽しい時間を過ごせた。あ、ありがとう……」
「それならよかった」
タヌキのお面をしたままだから、姉として話すことができたわけではないのだろうけど。それでも、まずは一歩前進だ。
「これ、返すね」
城戸さんはタヌキのお面を外して、僕に手渡してくる。
「もういいの?」
「うん。ここからはあたしが頑張らないとだから」
だからね、と。城戸さんは続けた。
「あたしが頑張るところ、ちゃんと見ていてね」
「うん。ここでしっかりと見ているよ」
城戸さんはくるりと背を向けて、小走りで駆けていった。
「気合い入ってるなぁ」
それだけミスコンのアピールタイムに自信があるのだろう。
松雪さんも秘策があるみたいだったし、楽しみに待とうじゃないか。
そうやって期待を高めている間に、上演されていた劇が終わった。
次のバンド演奏はどんなものだろうか? 僕は前座を楽しむ気分で、ステージを眺めていた。
次がミスコンの最後のアピールタイムだからか、観客がどんどん増えてきた。
そして、ふっと体育館の照明が消える。
「みんなー! 文化してますかー? フェスティバってますかー?」
唐突な松雪さんの声。ステージがライトで照らされて、僕はその光景に驚く。
なぜなら、僕の知っているメンバーがステージに立っていたからだ。
松雪さんがキツネのお面を頭につけたまま、表情豊かにマイクパフォーマンスで場を盛り上げていく。
佐野くんがドラムを叩き、杉藤さんがキーボードで音を奏でる。金髪の女子は知らない人だけど、ギター? ベース? の担当みたいだった。
そして、そのメンバーの中心にはメイド服に身を包んだ城戸さんがいた。
「今日の主役は城戸紬さんです! 彼女の歌声を聴けることが、この文化祭で最高の思い出になりますよー!」
松雪さんがこれでもかと観客の期待を高める。
そんなこと言って大丈夫なのか? あまり期待を高めすぎると、大したことがないと思われたらガッカリされるんじゃ……。
──そんな僕の心配は杞憂だった。
いざ演奏が始まって、城戸さんの歌声に観客は魅了された。
僕もその一人だったかもしれない。歌っている城戸さんから目が離せなかったから。
「すごい……」
陳腐な感想かもしれない。でも、本当にすごいと思ったのだ。
松雪さんはどこで知ったのか、城戸さんの歌声に気づいてこのバンド演奏を企画したのだろう。
ミスコンの最後のアピールは時間が限られている。
一人一分程度の時間しか与えられていない。歌を披露するにしても、こんな大掛かりなバンド演奏はできなかっただろう。
だからこそ、ここに城戸さんをアピールする時間をねじ込んだのだろう。ミスコンの直前。ここでインパクトを残し、城戸さんの存在を知らしめるために。
「これは、勝ったな……」
観客の盛り上がりを見ていればわかる。みんなが城戸さんに魅了されているってことを。
松雪さんのプロデュースは、大成功だったってことだ。
◇ ◇ ◇
バンド演奏の興奮が冷めやらぬまま、ミスコン最後のアピールタイムが行われていた。
限られた時間の中、みんな頑張ってアピールしているけど、城戸さんのインパクトには及ばない。
ちょっとずるい気もするけれど、これも作戦勝ちというやつだ。城戸さんの魅力で勝負したのは間違いないのだし。
『では二十四番、城戸紬さんのアピールタイムです!』
これまでさざ波程度だった観客の声が、城戸さんが前に出ただけで、わっと大きくなる。
先ほどのバンド演奏が充分アピールになっていた。
城戸さんはもう特別なことをしなくていい。自分を売り込むだけで、観客の大半は彼女に票を入れるだろう。
そう、勝ちはもう決まったも同然……。
でも、だからこそ今この時が、悪意の入り込む余地が一番大きい。そのことを、僕は警戒しておかなければならなかった。
「城戸紬って、父親を半殺しにしたっていう女子だろ。そんな奴がミスコンに出場してもいいのかよ?」
盛り上がった熱を一気に冷ますような、そんな悪意のこもった声が体育館に響いてしまったのだった。




