36.松雪さんの計画通り
体育館のステージではバンド演奏をやったり、漫才をやったりなど、クラスの出し物とはまた違ったものが発表されていた。
軽音部の存在は知っていたけど、漫才部なんて部活があるとは知らなかった。うちの学校って割と部活の数が多いからなぁ。
それに部活動だけではなく、個別に参加している人もいるようだ。目立つのが苦手な僕からすれば、自らステージに立つってだけで賞賛ものである。
「ここにいたのですね比呂くん」
「松雪さん」
体育館の後ろの方からステージを眺めていたら、松雪さんが声をかけてきた。
ステージは明るいけど、観客席側は暗くなっている。そんな中でよく僕を見つけられたものだと感心する。
「見つけられてよかったです。そろそろミスコンの参加者が紹介される時間ですからね。ほら、人が集まってきましたよ」
松雪さんの言った通り、体育館に入ってくる生徒の数が増えてきた。それだけミスコンの注目度が高いのだろう。
「城戸さん大丈夫かな……」
「ふふっ。比呂くん、紬さんのお母さんみたいですよ」
「お母さんって……」
そこは「お父さん」じゃないのかよ。いや、別に親の目で見ているつもりもなかったんだけども。
「紬さんはこの私がプロデュースしたのですよ。大丈夫に決まっているじゃないですか」
「その自信はどこからくるのやら」
松雪さんは人前で緊張するタイプには見えない。
だけど、今回大勢の人の前に出るのは城戸さんだ。彼女がステージという目立つ場所に立って、緊張せずにいられるかどうかは未知数だ。
もし僕が同じ立場だったら、絶対に緊張する。城戸さんも、どちらかと言えば僕と同じ陰キャタイプだ。いざ本番を迎えるとアガってしまうかもしれない。
「初日は自己紹介だけなんだっけ?」
「そうですね。顔と名前を憶えてもらう。そのためにはインパクトが大事ですね」
「インパクトか……」
銀髪長身巨乳美少女ってだけでインパクト充分な気がするんだけど。あれだけのサイズとなると、巨乳というより爆乳だろうし……。
「比呂くん、エッチなことを考えている場合じゃないですよ」
「エッ……!? べ、別にそんな……おっぱいのことなんて考えてないよっ」
「……」
松雪さんの絶対零度の視線が突き刺さる。な、なんで考えていることがバレたんだ!?
「比呂くんはもう少し表情を引き締めた方がいいですよ。考えていることが顔に出ていますから」
「だとしても、松雪さんじゃなかったらわからないと思うんだけど」
「表情を読むなんて普通ですよ。それが異性ならなおさらです」
「普通というか、それはもう特殊能力みたいなものだと思うんだけど」
そういえば、この間城戸さん含めて三人で大貧民で遊んだ時。松雪さんが滅茶苦茶強かったんだよなぁ。
松雪さんには隠し事ができない。そう心に刻み込んでいると、司会者がミスコンの開始を告げた。
『さあさあさあ! 皆様お待ちかねのミスコンの始まりです! 今年の女王は誰なのか? ぜひとも皆様の投票で推しをてっぺんまで導いてあげてください!』
「あの司会者、ものすごく緊張しているようですね」
「そういうこと言わずに、素直に楽しんであげようよ」
司会者とはいえ、高校生なんだから。自分が主役じゃないとわかっていても、あんな場所でしゃべるなんて勇気のいることだろう。
『今回の参加者は二十四名! 皆様の推しは必ずこの中にいるでしょう! 楽しみですねー!』
「二十四名? 例年よりも多いですね」
「どこぞの前年チャンプが不参加だと聞いて、立候補者が増えたらしいよ」
城戸さんと文化祭を回っていた時に耳に入ってきた情報だ。
いつもなら十五名前後の人数が集まるのがやっとらしいんだけど、今回は松雪さんが不参加というのと、城戸さんが噂のこともあってミスコンに出ないだろうと思われていたので、「ワンチャンあるんじゃね?」と考えた立候補者が多かったようだ。
それに体育館のステージを利用する人が例年よりも少なかったこともあり、ミスコン参加者が増えてもいいだろうと判断されたらしい。
「あらまあ」
自分のことだとわかっているくせに、松雪さんの反応は他人事だった。
「そんな気持ちでは、紬さんの敵ではないでしょうね」
いや、城戸さんを信頼しているから、参加者が増えたところで問題にならないと思っているのか。
司会者に促されて、ミスコン参加者がステージに並んでいく。
城戸さんはそのままメイド服で出場すると言っていたので、変に悪目立ちするかと心配していたんだけど。他の参加者もコスプレみたいな衣装を着ていたから、僕の心配は杞憂だったようだ。むしろ制服の人の方が少ないくらいだ。
「城戸さんは……いた。二十四番目」
「やはり大トリが一番印象に残るでしょうからね。生徒会と交渉した甲斐がありましたよ」
松雪さんは「いい仕事した」と言わんばかりに額の汗を拭う仕草をする。たぶん汗かいてないんだろうけど。
「生徒会とそんな交渉していたの?」
「ふふっ、驚いたでしょう。比呂くんへのサプライズですよ」
僕にサプライズしても仕方がないのでは? そう言いたかったけど、松雪さんがあまりにも得意げな顔をしているものだから、そっと言葉を飲み込んだ。
「参加者は増えましたけど、ほとんどはこのステージに立てただけで満足している様子ですね。紬さんのライバルになりそうな人は三、四名ほどといったところでしょうか」
「あのステージに立つだけで、学校中から美少女だと認知されるからね。優勝までしなくても、彼女たちはこの時点で充分勝者だよ」
ハクがつくってやつだろう。この場に出たというだけで、男子連中が秘密裏に行っている「美少女ランキング」なるものに載りやすくなるらしいし。
交友関係が狭い僕には、あの場で知っている顔は城戸さんのものだけだった。
確かにみんな可愛いとは思うけど、失礼ながら城戸さんには及ばないように思える。一人だけモデルさんが混じっているみたい。そんな別の意味での場違い感があった。
一人ずつ自己紹介していく。そして、城戸さんの番が来た。
銀髪長身美少女が、ゆっくりとした足取りでステージの前に出る。
なんだか歩き方がいつもと違う? 気品すら感じさせる動作に、観衆の目が釘付けになっているのが伝わってきた。
城戸さんはステージ中央に設置されているマイクの前に立つと、メイドみたいに深く礼をする。
「エントリーナンバー二十四番、城戸紬です」
マイク越しの落ち着いた声が、体育館を揺らした。
「ふぁっ!?」
思わず変な声が漏れた。
だって、あの城戸さんが笑顔を浮かべていたからだ。誰もが見入ってしまうような、愛くるしい笑みだった。
「あたしは一年で、初参加で、こんなところ初めてで……とても緊張していますが」
少し震えた声。小首をかしげながらも、恥じらいを見せている。
照れているのが伝わってくる。メイド服という可愛らしい格好をしているのもあって、庇護欲をかき立てられる。
「それでも、精いっぱい頑張りますので……皆さん応援よろしくお願いしますっ」
最後まで緊張した様子を見せながらも、やり切ったとばかりに晴れやかな笑みで締める。
特別なことを言ったわけではない。
自己紹介の言葉も少ないくらいだ。なのに、城戸さんの声や表情や仕草といった、一つ一つの行動が、男心をくすぐってきて仕方がなかった。
「「「お、おお……」」」
小さく、野太い声が重なる。
次いで大きな拍手が巻き起こった。男子たちを中心とした力強い声と拍手が、城戸さんが大きくリードしたのだと示していた。
「よし、練習通りです紬さん。これはもらいましたね」
「ま、松雪さん? これは一体……」
松雪さんは黒い笑顔で答える。
「テーマは初々しさです。男子は経験のなさそうな清純派が好きというデータがありますからね。慣れていないながらも健気なところを見せれば、ただの自己紹介でも男心を掴めるものですよ」
てことは、さっきの城戸さんの自己紹介は松雪さんの指示通りってこと?
「で、でも……城戸さんにあんな笑顔ができるとは思えないんだけど」
「甘いですよ比呂くん」
松雪さんはドヤ顔でこう言った。
「可愛い仕草は作れるのですよ。女は目的のためなら、なんでもできるのですから」
女子という存在についてまだまだ知らないことばかりだと、僕は思い知らされたのであった。
◇ ◇ ◇
ミスコン参加者の自己紹介が終わった。
明日はアピール合戦。そして結果発表だ。見ているだけの立場なのに、胸のドキドキが止まらない。
松雪さんと一緒に城戸さんを迎えに行こうとすると、人混みの中から美月を見つけてしまった。
「あ……」
「う……」
美月も僕に気づいたらしく、目が合ってしまった。
どうやら泉くんと文化祭を回っていたようだ。彼はこっちに気づいていないようで助かる。
「……」
ふいっと、そっぽを向かれてしまう。
「……」
そういう態度を取られてしまうと、僕は何もできなくなる。
僕たちは目を合わせないまま、すれ違う。
いつまで喧嘩したままなのだろうか。そう思っていても、どうしても自分から美月に声をかける勇気が出なかった。
文化祭初日は、良いことも悪いこともあった一日だった。




