32.プレゼントをするという気持ち
十月三十一日は美月の誕生日である。
当日を迎えた彼氏さんは、気合いが入りすぎているのか、ものすごく緊張しまくっていた。
「どどどど、どうしよう矢沢くんっ。き、緊張する……っ」
「そういう時は手のひらに人という字を書いて飲み込めばいいんだよ」
「な、なるほどっ。じゃあ矢沢くん、書いてくれ」
「え、なんで僕が?」
「は、早くっ。早くしてくれないと心臓が持たないんだ。だから早く、してくれ……」
仕方ないなぁ。僕は泉くんの手を取って、手のひらに「人」という字を三回書いた。
「あ、ありがとう」
泉くんはそれを嬉しそうに飲み込む。こういうのって本当に効果あるのかなぁ。
美月と泉くんは誕生日デートをするらしい。放課後にデートの約束をしているのだそうだ。……いつもと変わらん。
それでも泉くんにとっては、初めて美月の誕生日を祝うのだ。
もし僕が同じ立場だったら……泉くんのように緊張していたのかな?
ただの幼馴染でも、毎年ドキドキしながら当日を迎えていた気がする。
プレゼントを用意して、喜んでもらえるだろうかと期待と不安が入り混じったような感情を抱いていた。実際に喜んでいる顔を見ると、嬉しすぎて変なテンションになっていたっけか。
「誕生日プレゼントを用意しているんだから心配いらないよ。美月は絶対に喜んでくれるから。自信持っていこう」
「矢沢くん……」
泉くんが目を潤ませながら見つめてくる。別に感動するようなことを言ったわけじゃないんだから、そういう目はやめてほしい。
……まだ、美月を取られて悔しい気持ちがある。
簡単に消えてくれる嫉妬心じゃない。負の感情が膨らんで、自分が嫌な奴になりそうな時がある。
「気負わずに頑張って。美月は用意した誕生日プレゼントにダメ出しするような奴じゃないから。そこんとこは安心していいと思うよ」
それでも、二人を応援したいという気持ちがあるのも確かだった。
泉くんはいい奴で、僕にはないものを持っている。
彼なら美月を幸せにできるだろう。
少なくとも、心配ばかりかけてきた僕とは大違いなんだから。
同じ人を好きになった男として、寄り添えることもあるだろう。激励代わりに、泉くんの大きな背中をバシンッ! と叩いた。
「痛ってぇっ!」
身体をのけ反らせて痛がる泉くんを眺めながら、ニヤッと笑ってしまう。おっと、悪い心が出てるぞ。自重しろ僕。
放課後デートに向かう泉くんを見送った。今更思うけど、僕ってどういう立場なんだろうね?
「比呂くんはすごいですね」
「うわっ!? いつからいたの松雪さん?」
気づけば隣に松雪さんが立っていた。まったく気配を感じなかったぞ……。
「恋敵を応援できる人は、なかなかいないと思いますよ」
「恋敵にすらなれなかったんだよ。全然すごくないどころか、格好悪いだろ」
僕が美月に一番近かった男子なのに、一番チャンスをもらっている立場だったのに……それをまったく生かせなかった。
時間は有限だ。相手がずっと変わらずにいてくれる保証なんてない。いつまでも同じ関係でいられないし、周りだってそれぞれの考えをもって動いているのだ。
世界は、僕だけの都合で動いてはくれない。
そのことを、痛いほど思い知らされた。
「あっちはあっちで二人で好きにやるだろ。こっちはこっちの用事を済ませないとね」
「こっちの用事とは?」
「メイド服が出来上がったから、城戸さんに渡したいんだ」
「もう完成したのですか!?」
「時間は有限なんだよ松雪さん。早いに越したことはないからね。後は試着してもらって微調整ってとこかな」
そんなわけで、二人並んで城戸さんにメイド服を渡しに行った。
「ありがとう先輩。試着してみせるからうちに来て」
「え?」
城戸さんからナチュラルに家に誘われてしまった。
一瞬フリーズしかけたけど、松雪さんもいるから大丈夫だろう。一回行ったこともあるし。
そんなわけで、松雪さんもとくに口出ししなかったので、三人で城戸さんが住むアパートに行った。
「わぁっ! とっても可愛いですね。これが手作りだなんて信じられませんよ」
「うん。フリルがいっぱい付いているし、なんだか立体的でいい……」
それは城戸さんが立体的なスタイルをしているからなんだよ……とは、セクハラになるので言えない。
メイド服は黒を基調とした、一般的なイメージ通りのものにした。
そこに可愛らしさを前面に押し出して、フリルやレースをつけてみた。ヘッドドレスもつけてみると、城戸さんの愛くるしさが増していた。
文化祭のメイドカフェというのもあり、スカートはある程度短い方がいいのかとも考えたけど、城戸さんのスタイルの良さならロングスカートが似合うだろうとそっちを採用。
僕の好みが入っているのは恥ずかしいんだけど、実際に着ているところを目にすると、やっぱり似合っていると確信できた。
「おかしなところはないかな? 着心地が悪いとかさ」
城戸さんは軽く動いて着心地を確かめる。彼女が一回転すると、チラリと白いふくらはぎが見えた。
「着心地もいいよ。おかしなところはないと思うけど……あたしにはよくわからないから、矢沢先輩が触って確かめてみて」
「え」
え。僕が触るの? 城戸さんが今着ているのに?
「い、いや……今僕が触るのはどうかと思うんだけど……。松雪さん、代わりにやってくれない?」
「そう言われましても、私も専門外なのでわかりませんよ。比呂くんのことは信頼していますので、どうぞ触ってあげてください」
松雪さんなら「ハレンチです!」って言ってくれるかと思ったのに……。かえって退路を断たれてしまった。
後で問題があった、なんて言われたら困るし……。仕方がないか。
「えっと……それでは失礼して……」
「ん」
メイド服に手を伸ばす。
そう、触るのはあくまでメイド服だ。城戸さんの身体をまさぐるわけではない……。
メイド服に触れる。
「んっ……」
「……」
冷静に……冷静にいこう。
城戸さんの身体のラインがどうなっているのか、すでに把握していると言っていい。だから今更緊張する必要もない。うん、大丈夫。これは健全な行為なんだから。
「んっ……ふっ……」
肩や袖、腰回りや裾など確認していく。
ほつれもなさそうだし、サイズも問題なさそうだ。
「う、うん。大丈夫みたいだね」
「本当に?」
「え?」
城戸さんが僕を見下ろしている。
彼女の青い瞳が、妖しく輝いているように見えた。
「まだここ……触ってもらってないよ」
そう言って城戸さんが持ち上げたのは、特盛の胸だった。
特盛……。そう、数値的にも特大のものだと、僕は知ってしまっている。
「いや、さすがにそこは……だ、大丈夫でしょ」
「わからないよ。もしかしたら何か問題があるかも」
そう言われると城戸さんの胸元に目が行ってしまう。
間違っても胸の谷間なんかが見えてはならないと、きっちり隠れるように作っている。
だがしかし、実際に城戸さんが着てみると、おっぱいの形がくっきりしてしまうほど盛り上がっていた。
レースやフリルでそれなりにわかりづらくしているはずなのに、圧倒的な質量を感じさせていた。
「紬さんストップです。誘惑は禁止ですよ」
「誘惑?」
「天然なのですか……。はぁ~、やっぱり私も確認しますね」
最後の確認作業は松雪さんがしてくれた。
助かったような、残念なような……。いやいや、いたいけな後輩にそういう目を向けるのはよくないぞ。
ともかく、これで城戸さんのメイド服の件は片付いた。これに関して、僕はお役ご免である。
「紬さんは人のこととなると敏感ですのに、なんで自分のこととなると危機感がなくなるのですか」
「あたし、ちゃんと人は選んでるよ」
「え?」
「……」
最終確認も終わって、着替えるとのことなので僕は部屋の外に出ていた。
女子が着替えている時間って、いつもながら落ち着かないなぁ。この時ばかりは心頭滅却しながら、ただ時が過ぎ去るのを待つのみであった。




