31.順調に進んでいるはず
学校のあちらこちらで、文化祭の準備が進められている光景が日常化していた。
高校の文化祭だけあって、どこのクラスも工夫を凝らした出し物が多い印象だ。
去年の僕は、一人ぼっちの苦痛の時間が過ぎ去るのを耐え続けていただけだった。周りを見る余裕もなかったのだと、今になって知った。
「脱出ゲームのストーリーが決まったので、小物係は世界観に合ったものの準備をお願いします。ミニゲーム係は子供でもできる難易度のものを考えてください。うちの文化祭は小中学生もけっこう来るので、ある程度は身体を動かせるものなんかいいと思います。謎解きは──」
二年A組の出し物は脱出ゲーム。
その発案者というのもあって、僕はみんなの前に立って指示を出していた。
こんなの僕らしくない、と自分でも思う。
けれど、一番面倒な役を誰もやりたがらないのだろう。とくに文句が出ることもなく、準備は順調に進んでいた。
「脱出ゲームは他のクラスからも注目されていますからね。みんな気合いを入れていきましょう!」
松雪さんが「おー!」と拳を上げると、クラスメイトたちがやる気を込めて「おー!」と声を合わせてくれる。
順調に進んでいるのは、松雪さんの存在が大きいのだろう。
松雪さんは僕の補佐という役割についた。
コミュ障の僕でもやれているのは、松雪さんが調整役になっているからだ。そうじゃなかったら、こんなにもスムーズにやり取りできなかっただろう。
「紬さんのメイド服の仕上がりはどうですか?」
「思ったよりも順調に進んでいるよ。この調子なら予定よりも早く出来上がりそうかな」
うちのクラスのこともそうだけど、城戸さんのことも相談できる。
文化祭が近づくにつれて、松雪さんと教室で話をすることが多くなった。
松雪さんは元々誰とでも仲良くしゃべっている人だ。文化祭での出し物のことがあるので、僕と彼女が二人で話していても不思議に思う人はいなさそうだった。
「紬さんの噂の件ですが……。少しずつ落ち着いてきているようですよ。美月さんと清十郎くんが頑張ってくれているようですね」
「二人とも後輩を中心に声をかけてくれているみたい。にしても、もう効果が出てるなんてすごいね」
「私の友達は二、三年生を中心に働きかけてくれています。この調子なら、文化祭当日までには大分紬さんの悪い噂を鎮火できているはずですよ」
「そこで人気者になれば作戦成功だね。そっちの方はどう?」
「お任せください。紬さんの教育は完璧ですよ」
松雪さんは「くくくっ」と黒い笑みを零す。意味もなく怪しげな笑い方するのやめてくれないかな。
「それにしても文化祭でミスコンなんてあったとは。そういうのって漫画の世界だけかと思っていたよ」
「むしろ比呂くんはなんで知らないのですか。去年もありましたよね?」
去年の僕は空気だったんだよ……。
「去年は私が優勝したのに、それすら知らないとは……」
「それで『学校一可愛い女子』って肩書きがあったんだね。男子連中が勝手に言ってるものだと思っていたよ」
どうやら、我が校の文化祭でミスコンをするのは伝統となっているらしい。
二、三年生は自由参加だけど、一年生で選ばれた人はほぼ強制的に参加させられるのだそうだ。
自薦他薦問わず、ミスコン参加者は生徒会に決定権があるらしい。うちの生徒会って無駄に権力を持っているんだな……。
「いえ、一年生も一応は自由参加なのですけど……。先輩に『絶対に出場すべきだ』と言われて断れる人はあまりいないのではないでしょうか」
経験者は語る。松雪さんが断れなかったということは、それだけ生徒会の圧が強かったのだろう。
実際に城戸さんも声をかけられて、断らなかったらしい。自分のこととなると押しに弱そうだもんね。
「しかし、恩恵もあります。最終選考にまで残れば、学校中に可愛い女子として認知されますからね。男子が秘密裏に行っているという美少女ランキングでは、毎回名前が入るらしいですよ」
あっ、そのランキングってミスコンで最終選考まで残ったメンバーが主なんだ。
そう考えると、ミスコンに参加する前からランキング入りしている城戸さんってすごいのでは? ポテンシャルだけで言えば、松雪さんに匹敵するものがあるのかもしれない。
「目標はミスコン優勝です。紬さんの容姿なら充分チャンスがあるでしょう」
そのために松雪さんは、城戸さんをプロデュース中なのだ。
この辺については、男子の僕に口を出す隙なんてない。
女子の可愛さは、女子にしか高められないのだろう。
「優勝すれば全校生徒から一目置かれますからね。多少悪い噂が残っていたとしても、それを吹き飛ばすだけの力があります」
と、前回ミスコン優勝者は語る。
ただの知り合いでも、もし有名人になれば大抵の人は接し方を変えてくる。
それはそれで大変かもしれないけど、嫌われ者でいる必要はなくなるのだ。
城戸さんなら、悪い噂さえなければ以前の僕のようなぼっちにはなっていなかったはずなのだから。
「それ以外もですね──」
「松雪はいるか?」
教室の外から、一人の男子が松雪さんを呼んだ。
第一印象はチャラい男。そして圧倒的な陽キャオーラを放っていた。
僕のような陰キャが近づけば、あっさり消し炭にされてしまうだろう。そんな雰囲気を持つ男子だった。
「将隆くん?」
松雪さんは僕との会話を打ち切って、チャラ男のもとへと向かった。
「どうしましたか。わざわざこんなところまで千夏さんのノロケ話でもしに来たのですか?」
「んなわけねえだろ。ちょっと確認なんだが……」
何やら楽しそうに話をしている。
「……」
松雪さんが他の人と楽しそうに話をしているところなんて、そう珍しくはない。
だけど、今の彼女は心の底から嬉しそうな笑顔で……。他の人の前で見せる、作った笑顔ではなかったから。
きっと彼は、松雪さんにとって特別な人なのだと思った。
「……あれ?」
なんだか、胸がもやもやする。
変な感じだ。文化祭までにすることが多くて、プレッシャーを感じているのか?
せっかく城戸さんのために動いてくれる人がたくさんいるのだ。僕が緊張している場合ではない。
静まれ緊張! 松雪さんがチャラ男子との話を終えるまで、僕は拳を左胸に押し当てていたのであった。




