29.幼馴染バカ
文化祭で城戸さんが大活躍をして、悪い噂をかき消してやろう大作戦!(仮)
この作戦を成功させるために、城戸さんに頑張ってもらわないといけないことがある。
その辺のことは松雪さんが女子同士、上手くやってくれる予定になっていた。下手に男子が口出ししない方がいい時がある。というのが松雪さんの言。
それはそれとして、文化祭以外でも、噂を緩和できるように動いていくつもりだ。
「私の友達に、紬さんの噂の件は悪意を持って広められたものだと説明してみます。友達の数はあまり多くはありませんが、少しでも学校の空気を変えていけると思いますよ」
松雪さんはそう言って、城戸さんのためにと行動してくれている。
だったら僕も、ただ黙っているわけにはいかないだろう。
友達が少ないという松雪さんよりも、僕は友達が少ない。
なんせ松雪さんと城戸さんを除外してしまえば、残った友達はたったの二人だ。この時点で半減してしまっているのが悲しい。
それでも、一人でも多くの味方を作らなければならないのなら、一人でも多くの人に伝えていくべきだ。
「どうしたのよ比呂? 改まって呼び出したりしてさ」
「頼みごとがあるってメッセージにあったけど……。矢沢くんのためなら俺、どんなことでも協力するぞ」
残った二人の友達。美月と泉くんを喫茶店に呼び出した。
自分でもこのカップルをわざわざ呼び出すなんて、心が持たないんじゃないかって思っていた。
けれど城戸さんのためだと考えているからか、胸が少しチクチクするだけで、気持ちを抑えられている。
それぞれ注文した飲み物が届いたところで、僕は切り出した。
「あのさ……、一年に城戸紬さんって女子がいるのは知ってる?」
泉くんは直接相対したこともあって、すぐに頷いてくれた。
「一年の城戸さん? それって女子で合ってる? 確かお父さんを半殺しにしたってバド部の後輩が言ってたけど……その城戸さんなのかな?」
さすが交友範囲の広い美月だ。城戸さんの噂のことも耳に入っていたらしい。
「その城戸さんで合ってるよ」
本当の理由を知っていると、咄嗟に「違うよ!」と言ってしまいたかったけど我慢だ。
噂のことを知っても、城戸さん本人は気にしないようにしているのだ。外野の僕が感情的になるわけにはいかない。
喫茶店のおしゃれで落ち着いた雰囲気に意識を向ける。うん、僕は大人だ。冷静に話ができる男だ。
注文していたコーヒーに口をつけてから、僕は口を開こうとした。
「まさか比呂……その城戸さんとやらに近づこうとしているわけじゃないんだよね?」
僕が言葉を発するよりも先に、美月の目が剣呑なものに変わる。
幼馴染の雰囲気にゾクッと背筋が凍る。彼女の隣にいる泉くんも怯えていた。
「別にただの噂だし、話を聞いた時は何も思わなかったけどさ。でも比呂が危ない人に関わろうとするのなら、私は放っておけないよ」
美月は、僕のことを弟のように思っている。
それは庇護の対象という意味であって、僕を一人の男として見ていなかったのだ。そのことは以前に思い知らされた。
だけど、それは僕がずっと情けない姿を見せてきたからだ。
今までずっと心配をかけさせておいて、いきなり対等な男として扱え、なんて……。本当に、都合がいいにもほどがある。
「美月。城戸さんは僕の友達なんだ」
「え?」
自分でも不思議なくらい、穏やかな声が出た。
ずっと情けない姿しか見せてこなかったくせに、僕は夢を見ていた。
いつかいい男になって、美月と付き合う。そう考えているだけで、何もしてこなかった。
いつかと願っているだけでは、そのいつかは訪れない。
何もせず、何も成せなければ、いい男になんかなれるはずがないのだ。
そんな夢ばかり見ていた僕は、きっと失恋した時に砕け散ってしまったのだろう。
今度こそ、目の前の現実を守るために、ちゃんと口に出すのだ。
「城戸さんは優しくて、大人しくて、ちょっとおかしくて……。誰かのピンチに身体を張れる、すごい人なんだよ」
美月の目を真っ直ぐ見つめる。思いよ伝われ、と。そう願いながら強い意志を込めた。
美月ならわかってくれる。
僕たちは、伊達に幼馴染をやってきてはいないのだ。
「だから、もし面白半分で城戸さんの悪い噂が流されているのだとしたら……僕は、それをなんとかしたい」
頭を下げる。
「二人とも、お願いだ。僕に協力してほしい。僕の大切な友達のために、美月と泉くんの力が必要なんだ」
気持ちが伝わるようにと、真剣に言った。
しばらく無言の時間が続いた。店のBGMが間を埋めてくれる。
「そっか」
美月が深く息をついた。
「顔を上げてよ比呂。ごめんね、松雪さんの時に学習したつもりだったんだけど、比呂のこととなるとどうしても頭がカッとなっちゃうみたい」
顔を上げると、幼馴染の見慣れた照れ笑いに安心させられる。
そんな彼女を見て、僕も冗談めかして笑う。
「別にいいよ。美月だし」
「何よその言い方ー。比呂のくせに生意気ー」
美月が笑えば、僕も笑う。
それは当たり前のことだったんだけど、なんだか久しぶりだった。
「頼ってくれて嬉しいよ。俺、矢沢くんに全面的に協力するから、なんでも言ってくれ!」
「お、おう……ありがとう」
泉くんが前のめりになりながら僕の手を取る。ちょっと勢いありすぎてビビったぞ。
「はいはーい。比呂ったら、私の目の前で彼氏とイチャつかないでよ」
「「い、イチャついてなんかないよ!」」
「二人してハモらないでよ……」
僕と泉くんは顔を見合わせて噴き出した。美月は呆れてたけど、口元が緩んでいた。
「それにしても、比呂は変わったよね」
「え?」
気づけば、美月が優しげな目で僕を見ていた。
「だって、今まで比呂が自分から誰かのために行動することなんてなかったでしょ。しかもすごく真剣でさ。なんだか私は嬉しいよ」
「なんだよそれ。美月は僕の母親かよ」
「似たようなもんでしょ」
姉ならともかく、保護者目線はやめて。かなり傷つくからっ。
「それにしても……ねえ? その城戸さんって子、そんなにもいい子なんだー。もしかして比呂、彼女のことが好きなの?」
「うん。もちろん好きだよ」
「うぇっ!? すすすすすすす、好きぃっ!? そ、そんなハッキリ……ええぇっ!?」
美月が奇声を上げる。いきなりどうした?
好きじゃなかったら、美月と泉くんをわざわざ呼び出して、頭を下げることはなかっただろう。
城戸さんは僕の大切な友達だ。そのことに胸を張るためにも、僕も彼女のために行動したかった。
「そ、そっかー……そうなんだー……。比呂も大人になったんだねー……へええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
なぜか複雑そうな表情で、ぶつぶつと呟いている美月。
「お、俺は……矢沢くんを、お、応援……す、するよ……」
なぜか泉くんまでもが複雑そうな表情をしていた。頬がピクピクしてるよ?
仲良しカップルならではのシンクロかな。ちょっとジェラシー。
しかし、これで二人を味方につけられた。目的を達成できてほっとする。
「はいこれ、サービスね」
「杉藤さん?」
喫茶店でバイトをしている松雪さんの友達。杉藤さんがテーブルにケーキを置いてくれた。
「綾乃ちゃんから事情は聞いているから。頑張ったわね矢沢くん。これは私からの激励だから、お代はいらないわよ」
「あ、ありがとうございますっ」
「ふふっ、ごゆっくり」
杉藤さんから、同級生とは思えないほどの色気を感じてしまった。
そのせいで思わず敬語でお礼を言ってしまった。これが、彼氏持ちの女子のオーラか……す、すごいっ。
「わぁっ! このイチゴのショートケーキすごく美味しそうっ。いただきまーす♪」
目の前の彼氏持ちの幼馴染は、色気よりも食い気のようだけど……。
まあ、そういうところがまた可愛いんだけどね。失恋してもそんなことを思ってしまう僕は、けっこう幼馴染バカなのかもしれない。




