25.親みたい
外観は古びたアパートという印象だったけど、中はリフォームでもしているのか綺麗なものだった。
まあ、壁やかろうじてチラリと見えるフローリングの床を見ての感想だけども。
「紬さん? なぜこんな惨状の部屋に比呂くんを誘ったのですか? 女子としての自覚がないのですか?」
松雪さんの笑顔に圧を感じる。
六畳一間の部屋は物でごった返していた。ベッドの上に服が散乱していて、これでどうやって寝ているのかと不思議に思ってしまう。
「矢沢先輩なら……大丈夫かと思って」
「比呂くんに変な甘え方しないでくださいっ」
城戸さんは帰宅早々、松雪さんにこんこんと説教されてしまうのであった。
「まあ、物が多いだけで、ゴミで埋め尽くされているわけじゃなくて安心したよ。これならちょっと片付けるだけで座れるスペースくらい作れるでしょ」
服なんてちゃんとハンガーにかけないとしわになっちゃうでしょうに。クローゼットとタンスがあるのに、どうして脱ぎ散らかしている服ばかりなのだろうか。
このブラウスなんてちょっとしわになってるし。軽く伸ばしてあげよう。
ベッドの上にあるブラウスをひょいと持ち上げると、何かがぽとりと落ちた。
「ぶっ!?」
危うく卒倒してしまうところだった。
落ちたのはレースがあしらわれた黒いブラジャーだった。母さんのものとはセクシーさが雲泥の差だけど、確かにブラジャーだった。
てか大きいな……。ブラってこんな大きいサイズがあるんだな……。メロンとか普通に入りそう……。
「比呂くん?」
「はわっ!? 見てないっ。僕は何も見てないよ!」
松雪さんの声に圧を感じる。
振り向けば笑顔の彼女がそこにいた。学校一可愛いと評判のにこやかな笑顔だ。
なのに、背筋が凍るのはなぜだろう?
「私が片付けます。比呂くんは部屋の外に出ていてください」
「は、はい」
松雪さんの言う通りに廊下に出た。ドアを閉められると、掃除のドンガラガッシャーン! という音が響いた。……これ掃除の音で合ってる?
◇ ◇ ◇
「なんということでしょう」
ビフォーアフターのあまりの変化に、城戸さんが目を輝かせていた。
彼女の青い瞳に映るのは整頓された部屋。
ベッドでちゃんと眠れる状態になっているし、足の踏み場がないという状況は改善されていた。
「そもそも物が多すぎです。これでは部屋が狭くなるばかりじゃないですか。使わない物は捨てた方がいいですよ」
確かに。散らかっているのは改善されたけど、物が多くて部屋が狭く感じる。
物は収納されて片付けられたけど、そもそも収納する物自体が多かった。タンスや本棚や収納ボックスが、六畳一間を圧迫していたのだ。
「捨てるのは可哀想だから……」
「そんな悲しそうにしないでくださいよ。別に生き物ではないのですからね」
城戸さんがしゅんと眉尻を下げる。そんな顔をされてしまうと捨てるのが可哀想に思えてきた。
「まあまあ、別に今すぐ物を減らさないといけないわけでもないだろ」
「甘いですよ比呂くん。まだ大丈夫だろうと言っているうちに取り返しのつかないことになるんですからね」
「でも、そんなにきつく言わなくても」
「でも、じゃありません。そうやって後回しにするから、いつまで経っても片付けられないのですよ」
僕が宥めてみても、松雪さんの意見は変わらないようだった。
そんな僕たちを交互に見比べる城戸さん。そして、こんなことをぽつりと言ったのだ。
「なんだか、お父さんとお母さんみたい……」
「「んなっ!?」」
予想もしていなかった言葉に、僕と松雪さんは絶句した。
まさかの父親扱いに、僕はどう返事していいものかわからなくなった。
僕ってそんなにもオヤジっぽいのかな? 後輩にそんな風に思われるなんて、ちょっとショックかも……。
「な、な、ななな、何を言い出すんですか!!」
松雪さんは顔を真っ赤にして大声を上げた。
学校で一番可愛い女子と評されている松雪さんが、まさかの母親扱いである。温厚な彼女も、これには怒ったって仕方がないだろう。
「わ、私と比呂くんが……ふ、夫婦なんて……」
「それはあり得ないよね」
「あ、あり得……ない?」
松雪さんがあまりの怒りで固まってしまったようだ。よほど母親扱いが嫌だったのだろう。女子ってそういうとこ気にするよね。
僕と松雪さんの外見だけを見て、両親みたいとは普通思わないだろう。
だから、城戸さんが似ていると感じたのは、僕と松雪さんのやり取りのことを指しているのではないだろうか。
「さっきの僕と松雪さんの会話が、城戸さんのお父さんとお母さんに似ていたのかな?」
「うん」
城戸さんは小さく頷いて肯定した。
ということは、城戸さんのお父さんは娘に甘くて、お母さんは厳しい人なのだろう。
「でも、あたしのお父さんは、もういない……」
「え?」
沈んだ声音が、城戸さんにとってあまり口にしたくなかったことなのだと察せられる。
お父さんはもういない? 想像していたよりも重たい事実に、僕はぎこちなく尋ねた。
「それは、離婚したってこと?」
「お父さんは……死んじゃった……」
聞くんじゃなかった。そう思ってしまった。
想像した中で最悪の事実だったから。
もしかして、城戸さんが昼休みに泣いていたのはこのことが原因だったのか?
それなら仕方がないだろう。僕だって、突然父親が亡くなったなんて連絡があったら、情緒不安定になってしまう。
むしろ、城戸さんは悠長にここにいる場合じゃないだろっ。何が原因かはわからないけど、亡くなったという連絡があったのなら早くお父さんのいる病院に行くべきだ!
「かれこれ十年近く前の話だけど」
「え、十年……?」
立ち上がって城戸さんを急かせようとしたら、何気なく放たれた言葉に固まってしまう。
あれ……僕、もしかして早とちりしてました?
てっきり城戸さんの涙の理由が、お父さんのことだと思ったのに……。もしあのまま「早くお父さんがいる病院に行けよ!」などと言っていたら……僕は相当痛い奴になってしまっていただろう。
「久しぶりにお父さんのことを思い出せた……。矢沢先輩、松雪先輩、ありがとう」
僕が内心でのたうち回っていると、城戸さんはそう言って微笑んだ。悲しみはまったく感じられなかった。
悲しみがなかったわけがない。それこそ最初の頃は大泣きしていたっておかしくない。
それでもきっと、長い時間が彼女の心を癒やしたのだろう。
時間は大抵のことを解決してくれるだろうから。
僕も、美月に失恋した心が少しずつ癒えてきているのを感じる。まあ、城戸さんの境遇と比べるのは失礼すぎる話だけれど。
「ま、まあ……うん」
この「ありがとう」には、どう答えればいいのだろう?
気の利いた言葉が思い浮かぶはずもなく、頭をかきながら誤魔化した。
「それで、城戸さんがわざわざ家に誘ってくれた理由ってなんだったの?」
誤魔化しついでに、気になっていたことを尋ねてみた。
「それは……」
城戸さんはおもむろにスマホを操作すると、僕に画面を向けてきた。
「女の子?」
見せられたスマホの画面に映っていたのは、小学校低学年くらいの可愛らしい銀髪の女の子だった。
「あたしの妹」
「言われてみれば城戸さんによく似てるね」
画面に映っている妹さんはニッコニコの満面の笑みなものだから、すぐには城戸さんの妹と気づかなかった。
でも、言われてみればけっこうそっくりで。城戸さんもこんな風に表情豊かになれば可愛さが一気に増すのだろうと確信できた。
「っ」
喉が引き攣った。そんな音が聞こえた気がして顔を上げると、城戸さんが何か我慢しているみたいな顔をしていた。
城戸さんは口をもごもごと動かした後、とても言いづらそうに口を開いた。
「あたしが一人暮らしをしている理由……。妹に、嫌われているからなの」




