19.僕は城戸紬という少女のことをほんの少ししか知らない
城戸紬。僕たちの一つ下の後輩の女子である。
ショートヘアの銀髪と澄んだ青い瞳は異国の血を感じる。たぶんハーフなのだろう。長身とグラマーな体型は、モデルやグラビアアイドルだって驚きそうなほど立派だった。
昼休みは大体屋上にいるっぽい。主食は購買のパン。いつも僕よりも早いから、授業が終わったら最速で購買に向かっているのだろう。
おそらく僕と同じ陰キャ属性。先輩に対して敬語を使わないところから、上下関係というものに疎いのだと思われる。決して僕が先輩に見えないとかでは断じてない。
一部男子が作った美少女ランキングでは二位。近寄りがたい雰囲気をかもし出してはいるけれど、その容姿は男子の目を釘付けにしているようだ。
そして、城戸さんの悪い噂……。
「それが比呂くんが知っている紬さんのすべてですか?」
「うん。最近知り合ったばかりだし、親しいと呼べるか微妙かもしれないけど」
僕の話を聞いて、松雪さんはふむと頷く。
こうして整理してみると、僕は本当に城戸さんのことを大して知らないなと思う。
あと思いつくのは、僕のことを助けてくれるくらい先輩思いで優しい性格だということくらいか。漠然としてるなぁ。
「城戸さんの悪い噂、できればなんとかしたいな……」
父親を半殺しにした、なんて……とんでもなくショッキングでインパクトのある噂だ。
それが面白半分で流されたものだとするのなら、なんとかしてあげたい。悪評を立てられて、いいことなんて一つもないのだ。
城戸さんは僕の後輩で、友達なんだから。できることなら楽しく学校生活を送ってほしいと願わずにはいられない。
……って、陰キャの僕がそんなことを思っていると知られたら「お前が言うな」とツッコまれそうだけども。
「紬さんのこと、心配しているのですね」
「まあ、友達だからね」
「ふふっ、そうですね」
松雪さんは優しげに微笑んだ。僕の気持ちを知ってか知らずか、何やら嬉しそうに見えた。
「ですが、下手にやめさせようとするとかえって噂が広まって、変に盛り上がってしまうかもしれません。噂の真偽はわかりませんが、人の噂も四十九日と言いますし。紬さん本人としてもあまり騒がれたくないかもしれませんよ」
「む……一理ある」
僕が動くことで、噂を止めるどころか余計に広めてしまう結果になるのが最悪の事態だろう。
一番大切なのは城戸さんを傷つけないこと。彼女の噂を沈静化させるのに、何もしないのが最善なのだとすれば、僕は見守るのみである。
「でもね、松雪さんに一つ言いたいことがある」
「なんでしょうか?」
わかっていない様子の彼女に、僕はハッキリと言った。
「人の噂も四十九日じゃなくて、正しくは七十五日だからね」
四十九日だと、人の死後から来世で行き先を決めるまでの期間になっちゃうから。
松雪さんは沈黙の後、固まった笑顔で返した。
「あえて、です。あえて、言ってみただけです。比呂くんを安心させるために、わざと短い期間にしてみました!」
「普通に間違えたよね?」
「本当にわざとですよ! わざとなんですからね! 聞いてますか比呂くん? ちゃんと聞いてくださいよ比呂くんってばっ!」
そんなわけで、僕たちは城戸さんの噂に対して、あえて何もしないことにしたのであった。
◇ ◇ ◇
十月になって、無事に中間考査も終えた頃のこと。
「今月の美少女ランキング、城戸が五位に落ちたぞ。やっぱり父親を半殺しにしたってのが響いたな」
城戸さんの悪い噂は未だに消えていなかった。
ていうか、この間までテスト期間だったのになんで美少女ランキングなんか作ってんだよ! 学生なんだからちゃんと試験勉強に集中しろよ!
僕の心の中での真っ当なツッコミは無視されて、男子グループは教室で堂々と美少女ランキングの話で盛り上がる。
「むしろ暴力女が五位ってすげえな」
「外見はいいもんなぁ。身体がエロすぎるって。絶対中身もドスケベだよ」
「聞くところによると男の股を踏み抜くことに快感を覚えるらしいじゃん。そこまでのドSじゃなければワンチャンあったんだけどな」
なんか噂に尾ひれがついてる!? 男の股を踏み抜くのが快感って……んなわけないだろうがっ!
とはいえ、悪ノリしてるだけの連中に何を言っても無駄だろう。僕自身も影響力のない一人の男子でしかない。
「本当に、このまま放っておいていいのか?」
そうは思うものの、元はと言えばこの噂を広める原因になったのは僕だ。僕が不甲斐ないばかりに、城戸さんに心配をかけて、周りに誤解を与えてしまった。
余計なことをして、城戸さんを傷つけることだけはしたくない。
だけど、悪い噂が消えないのだとすれば……。やはり何かしらの対策が必要になってくるんじゃないのか?
「だから、ちょっとだけ。ちょっとだけ見るだけだから」
放課後。僕は一年の教室が並ぶ階に向かっていた。
松雪さんが今まで昼休みに城戸さんにいろいろと質問してくれていたおかげで、彼女のクラスを知っている。わざわざ様子を見に行くところがキモいかもしれないけど、バレなければ大丈夫だろう。もうこの考えが我ながらキモい。
城戸さんの悪い噂がどれほど広まっているのか。そのことで彼女がどれだけの迷惑を被っているのか。
どうしても知りたくなってしまった。あまり大したことがなければ、僕も安心して沈黙を保っていられる。
放課後になってすぐというのもあり、廊下は人でごった返していた。
部活に行く生徒、そのまま帰宅する生徒と様々だろう。
その中に城戸さんの姿はなかった。銀髪の長身女子だ。そんな目立つ容姿を見過ごすとは思いにくい。
まだ教室に残っているのか? 僕はしばらく廊下で人の流れを眺めていた。
「……」
ぼんやりと人の流れを眺めていると、胸の奥からざわざわとした焦りのようなものが込み上げてきた。
……いやいやいやっ、やばいって! 僕キモすぎだろ! やばいやばいやばいやばいやばいぃぃぃぃぃーーっ!!
この行動がキモいとわかっていたはずなのに、実際に城戸さんを探していると自分のキモさに押し潰されそうになる。
頭ではわかっているつもりでも、実際に行動に移すまで自分の愚かさに気づかないのが僕の悪いところ……。
不幸中の幸いというべきか、廊下を通り過ぎる一年に、僕の存在を不審に思っていそうな人はいなかった。
他人は想像以上に自分という存在に無関心だ。そう自分に言い聞かせて、演劇の木の役の如く、僕は極力存在感を薄れさせた。
「あれ、比呂? こんなところで何してるの?」
突然声をかけられて、本気で心臓を吐き出すかと思った。
バクバクと激しく胸を叩く心臓に「落ち着け!」と言い聞かせながら、声の方に顔を向ける。
「って、み、美月?」
そこにいたのは見慣れた幼馴染の姿。美月は栗色の髪をいじりながら首をかしげていた。
心臓が驚き以外の感情で僕の胸を叩いてくる。
「み、美月こそなんでこんなところにいるのさ?」
「バド部の後輩にちょっと用事があってね」
美月はバドミントン部に所属している。週に二、三回しか練習しない緩い運動部ではあるけど……って、帰宅部の僕がそんなことを思うのはおこがましいか。
「わざわざ美月がここまで来なくても、後輩だったら呼びつければいいんじゃないのか?」
「うちは先輩の言うことは絶対! だとか、そういう部活じゃないの。いいのいいの、ちょっとした用事なんだから」
「へぇ、そういうものなんだ」
そのまま用事とやらを済ませに行ってほしいなと思っていると、美月が僕をじーっと見つめているのに気づいた。
「で、比呂はなんでこんなところにいるのよ? 一年に知り合いなんていないでしょ」
「ぼ、僕にだって用事があるんだよ。それに……一年に知り合いがいないなんて決めつけるな」
「ほほう? その口ぶり……友達に会いに来たってところね。比呂に友達ができてお姉ちゃん嬉しいっ! ねえねえ、どんな人? 紹介してよー」
オイコラ、勝手にお姉ちゃんぶるな。そういうのが傷つくんだよっ。
美月はよほど嬉しかったのか、僕のわき腹を突っついてくる。やめろっ、変な気持ちになってしまう……っ。
「べ、別にっ。なんでもないから放っておいてよ!」
「あっ、比呂──」
すぐに美月の声が聞こえなくなった。
なぜなら、僕は走ってその場から逃げ出してしまったからだ。
城戸さんの噂の件はいいのかとか、あそこで逃げ出したら変に思われるとか、僕の冷静な心が問いかけてくる。
わかっている。わかってはいるんだけど……あれ以上美月の傍にいるのが耐えられなかった。
僕は、いつだって逃げ出してしまう……。
「いつまでも逃げてちゃダメだろっ」
いつまでも美月から逃げるわけにはいかない。
こんなくだらない気持ちのせいで、大切な友達のことすら後回しにしようとしてしまった。
……戻ろう。戻って、城戸さんの様子を確認するのだ。
「ぶっ!?」
「おっと?」
僕が足を止める前に、曲がり角から出てきた人とぶつかってしまった。
倒れそうになったところを抱きとめられる。
「大丈夫か? って、矢沢くんっ!?」
「え?」
誰かと思って見てみれば、ぶつかった相手は泉くんだった。
「やっと……会えた」
「え?」
泉くんが嬉しそうに目を潤ませる。
僕を抱きとめている手の力が強くなった。美月から逃げ出したせいで、彼女以上に遭遇してはいけない人に捕まってしまったのかもしれない。
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