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魔法の杖

 ……そうか…アリサは大きくなったらお嫁に行っちゃうんだ。

 ぼくの内心の動揺をよそに、お茶会は和やかに進んだ。

 手土産のカスタードプリンとみぃちゃんとシロを描いたアイシングクッキーは大好評だった。

 みんなみぃちゃんとシロに助けられた面々なので、通常は学校に連れて行っていない二匹にしきりと会いたがった。

 ウィルは毎日寮まで迎えに来るときに二匹と会っているじゃないか。

 公爵夫人が留守番をしているみぃちゃんと今は消えているシロにも一度お礼がしたいと言い出した。

「へんきょうはくりょうでは、まじゅうのペットがはやっているとききました」

 小さな声でエリザベス嬢が言った。

「ボリスも自宅に猫がいると言っていたね」

「うちの猫はカイルの猫と兄弟ですが、普通の猫です。みぃちゃんのように魔力が豊富で賢くないですよ」

「同い年なのかい?」

「カイルの父とぼくの父が素材採取に行った時に、親に死なれた子猫を引き取ったのです」

「シロも保護した犬なのですか?」

「シロは市場で子犬の時に買ってきました」

「市場で子犬を売っているのですか?」

 みんなが驚いているが、別に辺境伯領民が犬を食用に売買しているわけではない。

「うちの領では景気も良くなっているので、庶民でも愛玩動物を飼育できる余裕があります。毛並みのいい子は高値で取引されています」

「へんきょうはくりょうでは、シュ…スライムがはやっているとききました。みなしゃまもかっているのですか?」

「「もちろんです」」

 スライムを飼っていることは秘密ではない。

 能力を開示するのが来年度以降になっているだけだ。

「ぼくの家でも、カイルの家でも家族全員が自分のスライムを飼っています」

「しちゅれいかもしれませんが……」

「遠慮をしないで、今日は聞きたいことを今日は聞いてもいいのよ」

 お茶会で聞いていいことなのか判断ができなかったエリザベスに、公爵夫人が今日の参加者ほとんどの人がお茶会の経験不足だから失敗しても構わないと促した。

「シュ…スライムは、きもちわるい、まじゅうではないのですか?」

「飼育しているスライムは飼育者の魔力に染まっているのでとても綺麗ですよ。ぼくとボリスのスライムでは魔力の色が違うのでスライムも色が違いますよ」

「使役魔獣は使役者の魔力に染まっているのかい。ボリスもカイルもいつもスライムを連れて歩いているだろう。今日も連れてきているのかい?」

 ウィルは毎日スライムを見ていたのにそんなことも知らなかったのか。

「「はい、連れてきています」」

「見せていただいてもよろしいかしら」

 公爵夫人の許可が出たのでぼくたちはポケットのスライムをテーブルの上に出した。

 “控えめにしていてくれよ”

 “……わかっているわ。ボリスのスライムにもおとなしくさせるわよ”

 ボリスのスライムは鮮やかなオレンジ色で、ぼくのスライムは最近蛍光緑が薄まって真珠のように輝く黄緑色になった。

 二匹のスライムの美しさにみんな、ほう、と息をのんだ。

「ご飯も美味しいものを好みます」

 みぃちゃんのクッキーを半分に割ってボリスのスライムにも分けてあげた。

 “……なにか芸でもする?”

 どうしようかな。

 スライムのイメージアップくらいしておいてもいいだろう。

 ぼくはテーブルの上で親指と人差し指で輪を作り、ここを潜れるかい?とスライムに語り掛けた。

 ぼくのスライムは触覚を出してガッツポーズのように曲げると、細長くなってぼくの指で作った輪っかを潜り抜けた。

 ボリスのスライムもそれに続いて、みんなをあっと言わせた。

 拍手をもらったスライムは得意げに自分たちの主のところに戻った。

 指先から魔力をもらうと嬉しそうに体を震わせた。

 やっぱりスライムは可愛い。

 ぼくの顔もほころんでしまう。

「……そのご褒美は羨ましい…」

 ウィルがなにやら言っているけど無視しよう。

「この程度のご褒美魔力で飼育できるので、大人から子供にまで大人気です」

「寮でも人気ですが、スライムの飼育は最初に自分の魔力に染める作業が大変で、初期の飼育用に魔術具があるのですが、貸し出しの順番待ちなのです」

「もしかしてその魔術具を開発したのはジュエルさんなのですね」

 公爵夫人が確認した。

「はい父です。個人の魔力に染まった魔獣は悪用される恐れがあるので貸し出しの際に制約が必要になります。この魔術具を量産する予定もありません」

「そうですか。こんなに素敵なスライムを見せていただいだら、自分のスライムを飼ってみたくなりますね」

「ええ。寮ではスライムは大変人気があり、みんなに大切にされています」

「私も使役魔獣師の免許が欲しくなりました」

「スライムの順番待ちをしているから、小型魔獣を飼育するのが流行っているところがあります」

「辺境伯領では高位貴族の御令嬢はどのような魔獣を飼われているのですか?」

 これはキャロラインお嬢様の情報を求めているのかな?

「栗鼠や角を落とした一角兎、躾のしやすい犬も人気です」

「わたくし、シュ…スライムをしゃわってみたいです」

 顔の半分は目なのかというくらい大きな瞳で上目遣いで見上げられると、いいよ、と言ってしまいたくなるが、本人に聞いてみよう。

 “触らせてもいいかい?”

 “……接待するから任せておいて”

 小さい子どもは力加減がわからないから、乱暴に扱わないといいな。

「エリザベス。兄さんが見本を見せてあげるから、丁寧に扱うんだよ。スライムは生き物だから優しく扱うんだ」

 “……お前が言うと、正論なのに下心が透けて見える”

 ぼくのスライムは魔力ボディースーツを装着して完全に魔力を閉じ込めて、絶対に魔力を漏らさないようにしてからウィルに近づいた。

 ボリスのスライムがエリザベスの方に行った。

「ひんやりしていて、プルプルで、(カイルの魔力を纏った)美しい魔獣だね」

「おにいしゃま。かわいいです」

 二人の掌におさまったスライムは、相手にあわせて対応が全く違った。

 ボリスのスライムは愛嬌を振りまくように体を震わせたが、ぼくのスライムは丸くなったまま微動だにせず、塩対応だ。

 ぼくたちがスライムに和んでいたら、侍女たちが上座に椅子を用意していた。

 ハルトおじさんといい、偉い人は仕事をさぼるのが当たり前なのかな?

「私も混ぜてもらっていいかな」

 公爵御本人の登場に、教員たちや付添の大人たちが青くなった。

「おとうしゃま。ボリスしゃまのスライムをしゃわらせていただきました」

 可愛らしいエリザベスの舌っ足らずの声と笑顔に緊張が溶けた。

 公爵は無理難題をいう事もなく、学校生活の細かいエピソードを知りたがり、自分たちの頃と比べて和やかに語りながら、教員たちからさらに情報を引き出す巧みな話術を見せた。

「初級学校の全ての課程を終えてしまったら後は卒業制作だけになってしまったようだね。学校側はどう対応するんだろう」

「卒業年齢は変わりませんが、卒業制作と論文が認められたら卒業相当生として中級学校に所属できます。光と闇の神の魔法陣の特別授業が決まった会議で検討されていました」

 あれ?

 ぼくはもしかしたら今年度で卒業相当生になれるのかな?

「カイル君は卒業制作も作ってしまったのかい?」

 顔に出ていたのだろう。

 公爵に指摘されてしまった。

「寮に研究所ができたので制作しています」

「何時間も研究室に籠っているんだよ」

 ボリスがあっさり暴露した。

「「「「「何を作っているんだい?」」」」」

 みんな食いついてきちゃったじゃないか。

 論文はもう提出している。

 公表しても問題ない。

「魔法の杖を作っています」

「「「「「「「「「「?」」」」」」」」」」

 この世界に魔法使いが杖を持つという概念がないのか誰もピンときていない。

 見せた方がはやいかな。

 ぼくは預けていた鞄を持ってきてもらって鞄の中を探るふりをした。

 本当はベルトにつけたポーチに入っているからこっそりと取り出して鞄から取り出したようによそおった。

「まだ完成品ではありませんが、このようなものです」

 一角兎の角に装飾を施してカッコよくしている最中なのだ。

「杖という割に短いものなのだな」

「歩く補助をする杖ではありません。魔法の発動を補助するものです」

「ほほう。何かやってみてくれるかい?」

 無難なものがいいだろうから、飲み終わったティーカップに洗浄魔法をかけることにした。

 ぼくはティーカップに向けて杖を振った。

「「「「「「「「「「おおおぉ」」」」」」」」」」

 見慣れているただの洗浄魔法なのに喚声が上がった。

「む…っ、む、無詠唱魔法⁉」

「杖の中に魔法陣を刻んだ魔石が仕込んであるので、本当に普通の洗浄魔法です。杖に仕込んでいる魔法しか使えませんが、魔法の杖ってちょっとカッコいいですよね」

「カッコいいどころか実用的だ!いったい何種類の魔法陣を仕込んであるんだい?」

「論文は提出してあるのかい?」

「誰にでも使えるものなのかい?」

 質問がどんどん出て来た。

 使用可能な魔法陣の数は論文でも誤魔化している。

「今のところ生活魔法を六種類仕込んであります。論文は提出済みですから詳しくはそちらをご覧ください。この杖を使用できるのは、ぼく一人です」

「とてもきれいで、カッコイイです」

 エリザベスの反応が、ぼくが一番欲しかったものだ。

「ありがとう。みんなが使う普通の魔法をちょっとだけカッコよく見えるようにしたかったのです」

 ぼくは褒められて満面の笑みになった。

 魔法の杖は他人が触っても発動しないので、手に取って触ってもらった。

 杖を握ると振ってみせるのは大人も子どもも変わらなかった。

 エリザベスが杖を振ると魔法少女、いや、魔法幼女そのものですごく可愛らしい。

「うちの娘は可愛いだろう」

 公爵がぼくの後ろでぼそっと言った。

「将来うちの娘はどうだい?」

 どうだいって、どういうことでしょうか?

「まだ先のことだが考えておいてくれないかい」

 そっそっそれは、ぼくの嫁にどうかということでしょうか!

「滅相もございません」

 こういうことは曖昧にしておいてはいけない。

「まあ、今はまだ、ということにしておこう」

 とてもかわいい子だと思うが、みんな気がはやすぎるよ。

おまけ ~公爵夫人の驚愕~

 三男の魔法学校の実習で騎士団が救出に行くほどの事件があって、辺境伯寮の大審判と呼ばれるほどの壮絶な断罪があってから、王都の社交会は大変なことになってしまったわ。

 匂いを発する人たちはお茶会もパーティーも参加できないのよ。

 息子の命の恩人は我が家の救世主よ。


 夫からは他のお茶会参加者と同じように接してくれと言われたので、控えめな感謝しかできなかった。


 辺境伯領は本当に恐ろしいところだわ。

 手土産のお菓子は信じられないほど美味なうえ、お菓子に絵を描くなんて発想はどこから出てくるのでしょう。

 息子がカイルのそばから離れない。

 そうなのね。

 辺境伯領の大躍進にはこの少年が少なからずかかわっているという事なのね。

 でかしたわ。

 さすが我が息子ね。

 時流の機微を読み取れなくては貴族として成功できないもの。

 いえウィリアムは貴族として成功しなくてもいいのよ。

 カイルの妹を嫁に貰えるのならば我が家の安泰は間違いなし。

 ウィリアムだって自由に生きて行けるでしょう。


 スライムって綺麗で可愛らしいわ。

 これもカイルの実家なのですね。

 ……順番待ちをしても欲しいわ…。

 私の色のスライムなんて素敵でしょうね。


 魔法の杖って、童話の魔女じゃあるまいし……。

 あら。素敵な意匠が施されているじゃない。

 これをカイルが作ったなんて、手先が器用でセンスもいいのね。

 …………!

 なんてことでしょう!

 無詠唱魔法なんて…可能なの!!?

 ああ、魔術具でしたね。

 複数の魔法を発動させる魔術具を作る発想力がどうかしているのよ。

 小型化できる技術は素晴らしいわ。

 この子が欲しい……。


 ちょっとあなた!

 カイルが欲しいのはわかるけど、エリザベスのことを決めるのは私と相談してからでしょう!!

 カイルなら魔術具の開発だけで、爵位を授与されることは可能ね……。

 艶やかな黒髪に灰色の瞳。

 これは将来闇の神のような美形になるわね。


 ……エリザベスを磨き上げれば光の神と闇の神のような美しいカップルになるでしょうね。

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― 新着の感想 ―
[一言] 公爵夫人、違うんですよ。お宅の息子さん、カイルのことが好きすぎて離れないだけなんですよ。友達作らせてあげなかった弊害です。 カイルのスライムもウィルの邪念を感じ取っているようで思考を読まな…
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