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救世主

「うん、まあ、創造神に選ばれた世界を変える人間、というのは言い過ぎだな。カイルのような魂の人間は滅多にいないが、いないわけではない。停滞する世界の流れに刺激を加えるかのように、異世界の魂が天界の門に招かれてこの世界の魂の練成に紛れ込む。本人が前世の記憶を思い出さなければこの世界にさほど変化は起こらないし、思い出してもあまり変わらないことが多い」

「一人の人間にできることは少なく、湖に小石を投げて起こる水紋が波紋となって大きく広がったとしてもやがて消えてしまう。特異な魂も天界の門で魂の練成を受けるとこの世界に馴染んでしまう」

 ワイルド上級精霊の説明に、そんなものだ、と月白さんは笑った。

「こんなに世界をひっくり返すようなことをする人間はまずいない」

 月白さんの言葉にキジバトが頷いた。

「カイルに前世の異世界の記憶があるのか!」

 教皇の言葉に、父さんは小さく頷いた。

「前世の記憶が、あると言えばありますが、皇帝陛下のように前世の家族を覚えているかと言えば、物凄く朧げに覚えているだけです。ただ、前世の異世界の常識が染みついているところがあるから、言動や発想が突飛だと言われるのでしょう」

「醤油や味噌や日本酒の作り方を知っていた時点で、マナさんから異世界の記憶がある子だ、と聞いていました。緑の一族にも、かつて異世界転生者がいたようです」

「ガンガイル王国の建国王も異世界の記憶を持ち柔軟な発想で世界平和に導いた、と伝え聞いています」

 父さんとキャロお嬢様の言葉にケインとボリスとミーアとウィルが頷いた。

「カイルが普通の人ではない、と誰だって気付いていたよ」

 ボリスの言葉にぼくが眉を寄せると、ボリスは笑った。

「うん。普通の子どもじゃないと思ったけれど、いつだって俺たちに心を寄せてくれるから、普通の友だちになれた。カイルのようになりたくて、いや、カイルのようになれると信じて努力できる雰囲気だった。そしていつだってカイルは俺たちに手を貸してくれた」

 ボリスの言葉にキャロお嬢様が頷いた。

「カイルに前世の異世界の記憶があったとしても、私たちはずっと友達でした。王家に嫁ぐこと生まれながらに決まっていた私に、普通の女の子として接してくれました」

 いや、キャロお嬢さまには最初から警戒していたが、お嬢様と打ち解けられたきっかけは物怖じしないケインの存在が大きかった。

「そこのところは、うちの家風が影響しているかな」

 言葉を濁したぼくの言葉にケインと父さんが苦笑した。

「カイルが特別な子どもだったことは、王都の初級魔法学校の入学式で出会った時に確信しました。絶対に親友になりたくて追いかけまわしましたね」

 ほぼほぼストーカーだった、いや、今もだけど、付きまとっている自覚がウィルにあったのか!

 ぼくに異世界の記憶があると知っても、奇異な者を見る視線ではなく、みんなは変わらない優しい眼差しでぼくを見た。

 “……異世界から来たカイルの魂が天界の門を経てこの世界に生まれ変わっても、カイルの実父が、美しい妻と聡明な子どものために生まれた村を出よう、と考える程度の変化しか起こらないはずだった。だが、この世界が滅びの方向に向かうきっかけの一つであった山小屋襲撃事件に巻き込まれたことで、上級精霊のお目に留まってから事態が大きく動き出した”

 キジバトの言葉にワイルド上級精霊が頷いた。

「不死鳥様はカイルの誕生から見守っておられたのですか?」

 キャロお嬢様の疑問に、キジバトは首を横に振った。

 “……領主の聡明な孫娘さん。私は世界中を旅するが、ガンガイル王国を棲み処としている。まあ、南洋にクラーケンがいるように北の山奥に不死鳥がいるだけで、国なんて私は気にしてはいない。聖鳥と呼ばれるほど長生きした私が、なぜ、カイルの誕生を知っているかと言えば、世界最北で北の砦を護る国、ガンガイル王国に緑の一族の誰かがいなければならない状態になっていた事を、お嬢さんはもう少し深刻に考えた方がいい”

 キジバトの言葉にキャロお嬢様は息をのんだ。

「……辺境伯領領都拡張の(ひずみ)を観察されていたのですね」

 辺境伯領が厳しい状態になった根本的な原因を口にした父さんの言葉にキジバトは頷いた。

 “……人間の感覚ではずっと先の事でも、私は、辺境伯領都拡張の失敗はこの世界が再び大混乱に陥る(きざはし)の一つになる、と考えてガンガイル王国を注視していた。緑の一族であるカイルの母ユナが北を守る植物に着目したから私はユナを観察していた。カイルの誕生を知った時はまた絶妙な土地に異世界の魂が転生したものだ、と感心したが、この赤子が救世主になるとは考えていなかった”

 キジバト、いや、不死鳥は、北の森の聖なる植物の繁殖に成功したユナ母さんに注目していたのか!

 ああ、そうか、北の砦を護る一族の辺境伯領主エドモンドの領都の再開発が失敗したら北の砦の守りが弱くなる。

 北の砦が崩壊するバッドエンドの可能性があったのか!

 ワイルド上級精霊がフフっと笑った。

「私がカイルを初めて亜空間に招待した時に皇帝暗殺を唆したのに、カイルはあっさり拒否した。私は依頼なく人の営みに干渉しない。邪神の欠片に手出しできない精霊は、現世でも邪神の欠片を利用した皇帝をサッサと始末してしまいたかったが、依頼がなかったから手出しができなかった」

 うわぁー!

 精霊は嘘はつかないけれど、自分の都合のいい方向に人間を誘導しようとするのに、ワイルド上級精霊はぼくの気持ちを優先させてくれたのか!

「カイルの人生は山小屋襲撃事件以降、前途多難で選択を誤れば、世界は悪い方向にゆっくりと進んでいく状態だった。発酵の神が誕生してからのドタバタは、私が予想した未来をどんどん覆してしまった。カイルが活躍した影響の波紋は人の心に影響を与えた。その結果、邪神の欠片を利用しようとして逆に操られていた人間たちまで改心させてしまった。皇帝を暗殺しなかった方が世界の安定が早まったように、太陽柱の未来の映像が途中からどんどん変わってしまったのだ」

 ワイルド上級精霊の言葉に、秘密組織をのさばらせてしまった教会関係者たちは申し訳なさそうにぼくに頭を下げた。

「よくやったよ。カイル。世界中の土地に魔力がもっと満たされたら、大聖堂島は本来の高さまで上昇するだろう。現状としては浮遊する岩は小さな物しか浮かび上がっていないし、古の発着所まで飛行する岩はない。人と物の移動手段を考えたら、このくらいの高度の方が都合がいいだろう」

 月白さんの言葉にノア先生とオレールと父さんが頷いた。

 “……いつの日か、大聖堂島が完璧な高さまで浮上するだろう。その時、私は再び大聖堂島を訪問しよう”

 “……お前はそうやって、美味しいところにだけ登場する”

 不死鳥の精霊言語での呟きに怪鳥チーンが突っ込んだ。

 “……チーンのように羽を抜かれて悪用されても気分が悪い。私の魔力は生き物を活性化させる効能があるが、よくない病気も活性化させてしまう。よくないものが蔓延る時には魔力を抑えなくてはならないから、仕方ないのだ”

 不死鳥が近づくだけで細胞が活性化するのはいいことだけど、ガン細胞や植物の病気が活性化したら堪ったものじゃないので、ぼくたちは頷いた。

 怪鳥チーンは不死鳥の思慮深さを見習った方がいい。

 “……救世主の少年、カイル。ありがとう。私がありのままの姿で大空を羽ばたき精霊たちと戯れるひと時をくれたことに、心から礼を言う”

 キジバト姿の不死鳥はぼくに頭を下げると、大きさはそのままで全身を黄金色に輝かせた。

 “……竜族は器用だな。姿を変えずに大きさだけ変え、体から溢れる魔力量を抑えるなんて、なかなか難しかった”

 大きさはそのままでキジバトから不死鳥に姿を戻した不死鳥が、ぼくの頭の上にいるキュアと水竜のお爺ちゃんを見て感心した。

 “……体を小さくさせるのはみぃちゃんが最初にやったんだよ。スライムたちは形状を自由自在にできるし、分裂するから、大活躍したよ”

 誇らしげに胸を張るみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちを見た不死鳥は、そうだったな、と笑った。

 “……救世主カイルの影響は魔獣たちにも波及していたな。魔猿の村の猿たちはすっかり魔術具を使いこなすようになり露天風呂に入ったあとに毛繕いをするのではなく、毛を乾かす魔術具に入っているなんてびっくりしたよ”

 怪鳥チーンの精霊言語に、猿の楽園の話をするな!と不死鳥が対象者を限定した精霊言語で注意した。

 魔猿の村の方にも魔獣混浴露天風呂があるよ、とアナベルが突っ込んだ。

 “……そうだったな。私も行ってみよう。悪しきものを活性化させる心配もなく夜空を飛べるなんて久しぶりだ。東西南北の教会の噴水広場も見に行きたい。今日ばかりはこの姿で飛び回ることに文句を言わないでくれ”

 “……そうですわ!あなたはグチグチと言い過ぎです!私たちも一緒に飛べば不死鳥の功績にあやかれるし、東西南北の教会から精霊たちが飛び出すところも見れるし、いいことだらけですわ!”

 一石二鳥だと怪鳥チーンの嫁が言うと、水竜のお爺ちゃんは上昇して体を大きくすると、儂らも行こう!と水竜のお爺ちゃんの嫁を誘った。

 “……救世主カイル。私が礼をすると言っても君は断ってしまうだろうが、私としてはきちんと礼がしたい”

 あらたまってぼくに向かい合った不死鳥にぼくは首を傾げた。

「うーん。それでしたら、その、救世主カイル、と言うのを止めてもらえませんか?」

 ぼくの言葉に、そうきたか、と二人の上級精霊が笑った。

 “……うーん。君は偉大なことを成し遂げた少年なのに、カイル様、と呼ばれるのも嫌なんだろう?”

 不死鳥はぼくの気持ちを考慮して、控えめな表現として救世主カイル、と呼んでいたようだ。

「ただのカイルでいいですよ。神々からの依頼を熟せたのは、みんながいたからできたのです。救世主集団、なんて言い方をしたらおかしいでしょう?」

 カルト集団のような呼び方になったことにぼくたちが笑うと、つられて笑った不死鳥は納得したように、カイル、カイル、と何度もぼくを呼んだ。

 “……そうだ、カイル。私の背中に乗って、世界中を見に行こう!今日は長い一日だっただろうけど、私の背中に乗っていればすっかり疲労は回復するだろう”

 不死鳥の背中に乗れるなんてあり得ない機会に恵まれたことに、ぼくの頬が緩んだ。

「乗せてください!あっ!実物大で飛行するなら、せっかくだからみんなも一緒に乗せてくれますか!」

 ぼくの厚かましい提案に不死鳥は頷いた。

「ああ、かまわない、が、教会関係者たちは残って大聖堂島を片付けてくれ。此度の功績のほとんどが、カイルとカイルの家族とカイルの友人たちによってもたらされたのだ。彼らだけを特別扱いをしてもいいだろう」

 不死鳥の言葉に、その通りです、と教皇が即答した。

「皆の者!不死鳥殿のご利益で体の疲労が抜けているだろう?手分けして大聖堂島内を片付けよう!」

 はい!と教会関係者たちは声を揃えた。

 水竜の夫婦や怪鳥チーンの夫婦や集まっていた飛竜たちが広がって不死鳥が大きくなって飛び立てるスペースを空けると、ぼくの家族と踊り手として大聖堂島に来たキャロお嬢様たちが満面の笑みになった。

 ノア先生とオレールと助手とシモンとイシマールさんが羨ましそうにぼくたちを見ると、君たちも乗りなよ、と不死鳥が声をかけた。

 やったー!と子どものように叫ぶノア先生を、助手が、大丈夫ですか?と覗き込んだ。

「大聖堂島が急上昇した興奮でも倒れなかったし、今は聖鳥のご利益なのか体が軽いから大興奮しても爽快な気分がするだけだ!」

 ノア先生の叫びにぼくたちは心から頷いた。

 いつ終わるとも知れない長い一日だったのに、ぼくたちの体は軽く、気分はとても爽快だった。

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