光り輝く大広間
祝800話のおまけがありますが、辛気臭い男の話なので読まなくても次話に影響ありません。
「上級魔法学校最終学年の前にガンガイル王国に帰ってきますよ。その後は卒業後の進路次第だけど、やっぱりこの町が一番好きだから戻ります」
確定的なことではないから曖昧な言い方をすると、魔法学校を卒業したら戻ってくるのか、と教会の建物が嬉しそうに言った。
“……子供の成長はいいものだ。ああ、大広間では魔法陣の検分をしているが、子どもたちに奉納の舞をしてもらおう。カイルたちは、その姿が見えなくなる兜をかぶって、小さい子らの踊りを見てから戻るとよい”
兜だけ外したぼくたちは首から上だけ見えるようになっていた状態だったことに、今さらながらおかしく思ったぼくたちが顔を見合わせて笑うと、ワイルド上級精霊も教会の建物も笑った。
まさしく勝って兜の緒を締め直したぼくたちはコッソリと大広間に向かった。
関係者以外立ち入り禁止の大広間の扉にぼくたちが近づくだけで扉が開錠され静かに開いた。
大広間ではそれぞれの神の役の衣装を身に纏った子どもたちが隅っこで楽しそうにお喋りをしており、子どもたちは和やかな雰囲気だったが、大勢の教会関係者たちが大広間の床に這いつくばって魔力を流して魔法陣の確認をしていた。
入場を許可された保護者たちが窓際で立ち見をしている場所までぼくたちが移動すると、見えていないのに父さんと母さんの表情がほころんだ。
ぼくたちが合流したことを察したエドモンドが小さく手招きをして領主一族のためにゆったりとスペースが開けられている場所にぼくたちを招いた。
母さんの肩の上で小さくなっていたアナベルはぼくの鎧の中に飛び込んできた。
“……光影の盾で大広間を覆ったら魔法陣が反応しちゃったんだよねぇ。黒い蔦が消滅したことで光影の魔法が消えたら、床の魔法陣も消えちゃったから大騒ぎになっちゃった”
やらかしちゃった、とアナベルが精霊言語で報告すると、ぼくは大広間にいる事情を知る面々に圧縮した精霊言語で事の顛末を知らせた。
邪神の欠片の後始末が完全に終わったことにみんなの頬の筋肉が緩んだ。
“……いつまで、もたもた床に這いつくばっているのだ!それは子どもたちが踊れば浮かび上がる魔法陣だぞ”
大広間にいるすべての人たちの脳内に響く教会の建物の精霊言語を聞いた人々は、神の声か!と大騒ぎになった。
“……静まれ!皆の者!私は教会の建物そのものだ!神々にたとえられて、分不相応だと神々に判断されたら私が天罰を受けかねない!”
いや、先に自己紹介をしない教会の建物の声の掛け方が悪い。
ぼくだって最初に聞いた時は神様かと勘違いしたよ。
「ああ、帝都の中央教会の建物のように、この教会も建物も魔術具で、伝説の人格を持つ魔術具か何かのようなものなのでしょうか?」
教皇の問いかけに、そうだ、と教会の建物が答えた。
“……先ほどから子どもたちの踊りを楽しみにしているのだ。洗礼式の予行演習を終えてから魔法陣の研究をすればよかろう”
教会の建物にせかされると、教会関係者たちは踊りの準備を始めた。
子どもたちが足早に自分たちの役の立ち位置にと移動する中に、みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちが交ざっていた。
亜空間での作戦会議の時にハロハロの息子とキール王子の魔力量が心もとなく、学習館の子どもを補助につけても足りないが、これ以上七大神の役を増やすと眷属神の役の魔力が足りなくなる、と月白さんに指摘されたので、魔獣たちを交ぜることでバランスをとり直したのだ。
どんな無茶振りでも教皇と辺境伯領主エドモンドがいれば押し切れるようで、みぃちゃんは火の神役のハロハロの息子の補助に回り、みゃぁちゃんが空の神役のキール王子の補助に入る。
二柱の神の魔力が増えすぎるので、子どもたちが自分たちのスライムを参加させると全体のバランスが整ったらしい。
準備が整い、音楽が流れ出すと子どもたちが踊りだした。
光と闇の神役の四人の子どもたちと二匹のスライムが優雅に踊り始めると、それぞれの立ち位置の魔法陣が光った。
おおおおお!と歓声が上がる中、七大神役の全ての子どもたちが踊り始めると初級魔法学校で最初に学ぶ七大神の魔法陣が広がった。
子どもたちの洗礼式を祝うにふさわしい魔法陣を目にした保護者たちは目に涙を薄っすら浮かべで嬉しそうに頷いた。
眷属神役の子どもたちがグルグルと回りながら踊り始めると、床全体に複雑な魔法陣が浮かび上がった。
柔らかな黄金色の光を放つ魔法陣が子どもたちを照らし、魔法陣が完全に光り輝いたことで子どもたちの表情が誇らしげになった。
気分が高まったクロイとアオイとアリサの口が小さく動き、ぼくが時折口ずさんでいた緑の一族の鼻歌を歌い出した。
光の神と風の神と土の神の記号が他の神々の記号より強く光ったような気がしたが、黄金色の光は眷属神役の子どもたちは回る速度で揺らめいたので、特段目立たなかった。
踊りが進むにつれて、光の揺らぎが大きくなり光の方向は次第に円柱型に立ち上がった。
ほう、と見守る人たちから息が漏れた。
そんな人々の足元が僅かに光った。
あれ?これは……。
“……やっちゃえカイル!”
教会の建物がいたずらっ子のようにぼくを唆した。
三つ子たちの洗礼式の踊りにちょっかいを出したくないけれど、これは予行演習だ。
教皇の隣の月白さんがみんなには見えないぼくを見て頷いている。
ちょっとだけ、試してみてもいいのだろうか?
ぼくはその場にしゃがみ込むと床に両手をつけてマナさんと研究した洗礼式の歌を小さい声で口ずさんだ。
大広間全体の壁や床や天井に真っ白な光の線が走った。
おおおおおおお!と大声が上がると、ぼくが何かをやらかしたことを察したエドモンドが屈んで両手を床につけた。
気が利くエドモンドの脳内に精霊言語で歌詞を送りつけると、エドモンドが歌い始めた。
大広間の異変がエドモンドによって引き起こされたと勘違いした人々がエドモンドを真似して跪き、主旋律を鼻歌で歌い出した。
光り輝く大広間では踊りを踊る子どもたちと演奏の指揮を執る指揮者以外の全ての人々が膝をつき祈りを捧げる形になった。
キラキラと輝く大広間で子どもたちが踊りを終え音楽が止まると、光はゆっくりと小さくなっていった。
感動で静まり返っていた人々は子どもたちが一礼すると大きな拍手を送った。
「失礼いたします!教皇猊下!教会の建物全体が燦然と光り輝いた、と外にいた庭師たちが大騒ぎしています!」
“……アッハハ!教会の建物どころか、塀や門まで光り輝いたぞ!子どもたちだけでなく魔獣たちや参列者たちの魔力も神々に奉納されたから、子どもたちばかりでなく私まで神々のご加護を授かった!”
大喜びする教会の建物の精霊言語を脳内で聞きながら、大広間にいる人々はほんのりと熱を帯びる自分たちの両手を見て、これは神々のご加護なのか!?と口々に言った。
そんな騒ぎの中、父さんと母さんが教会関係者と子どもたちを着替えの部屋に誘導しようとしていると、窓の外からガラスを叩く音がして振り返った。
窓の外ではキーホルダーサイズの水竜のお爺ちゃんが鬼のような形相で窓ガラスに体当たりしていた。
“……本物のカイルはここだったか!助けてくれ!回復薬をありったけ儂に売ってく……”
水竜のお爺ちゃんの話が終わらないうちにワイルド上級精霊の亜空間に転移していた。
真っ白な亜空間に転移するまでの間に、お互いの状況を精霊言語で叩きつけられたぼくたちは、邪神の欠片を完全に消滅させ、洗礼式の予行演習を成功させた興奮が吹き飛ぶほどの衝撃を受けた。
邪神の欠片消滅作戦に関わった面々と水竜のお爺ちゃんだけでなく、大きいオスカー寮長まで亜空間に招待されていた。
真っ白な亜空間にお茶の用意ができているのにもかかわらず、ぼくたちは床に寝転んでとこまでも続くかのような高い天井を見上げて頭を抱えた。
いきなり招待された大きいオスカー寮長に至っては、アナベルが何度も消滅するところから精霊言語の情報をもらったのかアナベルを見ながら、よくやった、無事でよかった、と涙を流している。
“……ああ、この亜空間にいる時は、現実世界の時間が止まっているんだったな。助かった”
水竜のお爺ちゃんはホッとしたように溜息をつくと、床にゴロンと寝そべった。
「大聖堂島の北側が少しだけ浮き上がって傾いた状態になっているのは、現実に起こった事なのでしょうか?」
精霊言語で受け取った情報を信じられない教皇がワイルド上級精霊に尋ねると、ワイルド上級精霊と月白さんが頷いた。
「それは現実に起こっていることだ。地上にある邪神の欠片が全て消滅すると、大聖堂島が再び空に浮かぶ未来があったのだが、邪神の欠片がかかわり出来事と関連する事だったので、どういった経緯でそうなるのか、私たちもわからなかった」
ワイルド上級精霊の言葉に月白さんが頷き、兄貴とシロは首を傾げた。
「遠い未来の映像にはありましたが、ご主人様が生きている間に大聖堂島が浮く映像を私は見つけられませんでした」
シロの言葉に兄貴も頷いた。
「本当に極小の、実現することなどほぼあり得ない映像に大聖堂島が再び空に浮かび上がるものがあった。それは、カイルがジュエルの養子になった時に現れた映像だ」
ワイルド上級精霊の説明に、そうなの?と月白さんまで驚いた。
月白さんは太陽柱の映像を確認する性格ではなかったのに、ワイルド上級精霊の言葉に話を合わせて頷いていたのだろうか?
「世界の終焉の方が、大きな映像で種類も多かったから、私はこのまま世界が滅びてしまうのを待てばいい、と考えていた時期もあったくらいだ」
月白さんの言葉に世界を滅ぼす原因になっただろう秘密組織があった教会の頂点に立つ教皇と、現世で世界中の魔力を消費させ、前世で邪神の欠片を加工していた皇帝が青ざめた。
「まあ、こうして地上に浮き出た邪神の欠片が全て消滅し、世界中の土地の魔力が回復傾向にあるから、世界の終焉はまだまだ先の話になるだろう」
地上に暮らす人間の行い次第で再び地下から邪神の欠片が浮かび上がってくることもある、とワイルド上級精霊は暗に釘を刺す言い方をした。
“……大聖堂島が浮くなら浮くで、しっかり空に上がればいいのに、中途半端に持ち上がったから、下敷きになっていた私の妻が、まだ挟まれたまま目を覚まして痛がっているんだ!カイルの回復薬を飲ませてやりたいが、あいつは体が大きいからありったけの回復薬が欲しいんだ”
ぼくたちが収納ポーチからありったけの回復薬を取り出そうとすると、待って!とお婆が大きな声を上げた。
「キュアのお母さんに使用できないかと研究している飛竜用の回復薬が実家の研究室にあります!」
しっかり寝れば治るから、と以前キュアが断った回復薬をお婆は研究を続けていたらしい。
“……ありがとう。ジュンナさん”
水竜のお爺ちゃんはお婆の豊かな胸に飛び込んで、おいおいと泣いた。
「イシマールさんの飛竜夫妻が治験に協力してくれているから、痛み止めになることは確証済みですよ」
お婆の言葉に水竜のお爺ちゃんだけでなくぼくたちも安堵すると、教皇が呟いた。
「少し傾いただけ、と言っても、人間には大変なことだ。大聖堂島内の建物が全て傾き、固定されていない物が全て低い方の壁際に流されている!」
そうなのだ。安堵するにはまだ早い。
斜めに傾いた建物の中にいる大勢の人たちが、気分が悪くなってふらついているのだった。
おまけ ~とある地方領主一族に生まれた名前を呼ばれない男~
私の生まれた家系は、かつて、帝国内で時を煌めく大領地の領主一族のだったらしい。
女児は政略結婚の駒として他家に嫁がせるが、男児には平等に領地分割をして相続させる慣習だったせいで、父が領地を相続した時には猫の額のような小さな領地になってしまい、私は貧乏貴族の子どもでしかなかった。
それでも長男の兄は何とか工面をして帝都の魔法学校に通ったのに、私が洗礼式を迎えた時には私に帝都の魔法学校に通わせる資金を工面することができないことは、両親から告げられる前に数少ない使用人たちの噂を耳にしていたから気づいていた。
だけど、私は特別なのだ。
洗礼式前の年齢では、兄より私の方が格段に優秀だった。
目に見える読み書き計算の能力だけでなく、領城の中庭の大地の神への魔力奉納も日々欠かさず行ない、洗礼式で響いた鐘の音は兄の時より大きく、領民たちの笑顔は兄の時より素晴らしい、と言外に言っていた。
努力の結果が実る御子様です。
水晶の輝きを検分した司祭がそう告げた。
これだけの成果を出したのだから、兄より優秀な私は帝都の魔法学校に進学できるはずだ。
私は帝都の魔法学校に進学できたが、教会預かりの神学生候補生として中央教会の寄宿舎に入った。
どれだけ私が優秀でも、帝都の魔法学校に進学する支度金を用意できない両親は私を教会に身売りしたのだ!
小さい領地を兄と分割して統治をするより、教会で出世をする方が将来は安泰だ、と気持ちを切り替えることは簡単だ。
だがしかし、ここでの私の暮らしは悲惨すぎた。
神々に祈りを捧げる聖なる場所であるはずの教会内の暮らしは、結局、実家のコネが待遇を左右する世界だった。
世界最北で熊の皮を被って権力を誇るような王族の末端の少年が、日当たりのいい角部屋の個室を独占しているのに、帝国貴族の子弟である私は実家の寄付が少ないから六人部屋に押し込まれてたのだ。
このままでは私がどれほど努力しても広い帝国内の地方に派遣される一司祭として一生を終えることになる。
こんなに優秀な私がそんな憂き目にあうのに、ガンガイル王国の王族というだけで特権階級の待遇で教会の寄宿舎で生活している少年もいるのだ。
北の貧民国の出身の癖に、国力をかけて見栄を張れる立場の奴はいいよなぁ!
優秀な私が何でこんな目に遭わなければならないかといったら、家訓を無視した両親が長男にばかり金をつぎ込んで、次男の私を蔑ろにしたからに他ならない!
腹立たしいことばかりの毎日だが、希望の種はあったのだ。
「君はとても優秀だ。大聖堂島の神学校に進学したら司祭コースではなく、上級魔導士のコースを目指し、古代魔術具研究所に入りなさい」
その勧誘は私にはとても魅力的だった。
なぜなら、借金がかさんだ父は領地を返納して貴族位を捨ててしまったのだ!
貴族でなければ、ごみのような労働者たちと実家の地位が変わらないことになる。
どんな小さな領地でも、私は領主になる資格があったのに両親に金がないばかりに平民になってしまった私が司祭になっても貴族からの儀式の依頼は少なく、懐が潤うことがなくなってしまうのだ!
古代魔術具研究所は最高だ!
力とは金ではなく、魔力なのだ!
ここでは、神々、一柱の魔力をはるかに凌ぐ究極の魔力を研究していた。
わたしは特別な存在だ!
高魔力を有するが故、誰も直接触れられない神聖なる神の欠片を扱える貴重な人材なのだ。
わたしが属した教会内の秘密組織にも家柄による序列はあった。
だが、私は枢機卿クラスの地位など興味がない。
教会に属していても所詮は定年がある。
信じられるのは個人資産だ。
ポイントでは足がつく。
信用できるのは希少金属や保存のきく調味料だ。
どこの地域でも採取に限度量があるから大量流通することはなく、資産価値が低下することがない。
わたしがいくら優秀だからとはいえ、先人の天才ほどの才能があるわけではない。
定年までに聖なる神の欠片を加工できる数は限られており、教会の報酬だけでは老後の暮らしは心もとない。
聖なる神の魔術具を使用する魔導士たちから少しでも小銭を稼いでやるしか蓄財の方法がない。
天才ではないと弁えていたが、そろそろ先人程度の成果を出さなくては、古代魔術具研究所での私の地位が危うい。
分割された聖なる神の欠片の加工ではなく、大きな塊を加工しなくては……。
わたしが未熟だから暴発事故が起こったのではない。
私は片方ずつの手足を失ったが、私は聖なる力を物見の内に閉じ込めることに成功したのだ!
なぜ私が研究所を去らねばならない!
私に右手と右足がないからなのか!
いや、これでいいのだ。
古代魔術具研究所に属していても秘密組織の中では私はたいした立場にいない。
私の偉大な研究を理解するものもなく、報酬は私の働くにそぐわない額だ。
聖なる力を手に入れた私は、聖なる魔術具を使用する者を、私の思うままの場所に転移させることができる!
私が思うようには世間は動かない。
父は私を新領主に売り飛ばして教会から支給される僅かばかりの私の年金を不正受給することで暮らしていくことにしたようだ。
だが、聖なる神は、領城の礼拝室に軟禁され、ただ魔力を搾り取られるだけの状況になった私に、失った手足を嘆くより聖なる神の魔術具を使役する者から搾取すればよい、と私の脳内に直接囁きかけた。
礼拝室に籠っていても教会の秘密組織のメンバーを操れる私は、最新の情報を手にすることができるので、どこに金の匂いがするかを嗅ぎ分けられる。
山ほどのくず魔石しか入手できないこともあったが、私の内にいる聖なる神の欠片の囁きを聞けば、大金を手にすることは容易だった。
右半身の多くを失ったが、私は教会の組織に属していた時には手にできないほどの個人資産を蓄えることができたのだ!
新領主一族は私が魔力奉納をしなければ領地を維持できないから、私の要求ならほとんどの事を飲み込むしかない。
笑いが止まらない。
失ってから得たものの大きさに私は大いに満足していた。
……これは、何という美味しさだ!
最近、食事の差し入れが美味しくなっていたことには気づいていたが、これは別格だ!
甘じょっぱく香ばしい味の豚肉が口の中でとろけて脂の甘みが口いっぱいに広がると、何とも形容しがたい幸福感に襲われた。
美味しいタレのかかったライスを頬張ると、豚肉の脂とタレのうまさに包まれたライスは今まで食べた細長い品種とは全く違う味わいだが、とても美味しかった。
ああ、脳天に直撃する美味さがあると言うのなら、このチャーシュー丼がまさしくそれだ!
何々、本当に美味い物は出来立ての豚骨ラーメンだというのか!
麺のコシとは何かを説明するために様々な麺料理を提供された。
ああ!どれも美味い。
時々、差し入れされるおやつは、甘い物もしょっぱい物も全て美味い!
何々!
おやつにも出来立てのほんのひと時しか味わえない究極の食感が存題するのか!
ああ、なんてこった!
差し入れされる食べ物は我を忘れるほど美味しいし、失った手足とほぼ変わらぬ動きをする義手と義足が存在し、玩具のような試作品が差し入れされると、夢中になって使用感を試してしまったではないか!
だが、ここを出て私はどうなるのだ?
領主一族にとって価値があるから私は何でも我儘が通るのだ。
ここを出て、新しい手足を手に入れても、秘密組織が解体した今、私に傅くものなど誰もいない……。
……より大きな魔力を手に入れろ、そうすれば世界はお前の思うままになる。
ああ、そうだ。
魔力が欲しい。
七大神全ての神に祝福された魔力がいいな。
そんな人間なんてどこにもいないか……。
何なんだ!この魔力は!
ホシイホシイホシイホシイホシイ………。
ツカマエタ!
ノガシタ!
イヤ、ナニカアル……。
アタタカイマリョク……。
アレガホシイ。
アレノホンタイヲゼッタイニトリコンデヤル。
「カイン。しっかりなさい。あなたはまだ死んでいませんよ」
「光影の魔法が失敗するはずがないんだ!閃光の癒しを受けているのだから、起きれないのだとしたらお前が筋肉を使っていないから弱っているだけだ。こんなベッドみたいな椅子の上で一日中生活していたら……」
淡い金髪の老婦人が私の頬を軽くたたいて声をかけると、白髪の老紳士が割って入って小言を言い出した。
「そうですね。左手左足の筋肉を鍛えてからじゃなければ完璧な義手義足の装着はできないと、ジュンナさんもおっしゃっていたわ。あなたは体を鍛えることが何よりも先です」
はい、と初めて見る老夫婦に返事をしていた。
私は長い間、ひどく悪い夢を見ていて、たった今、目覚めたような爽快感が湧いてきた。
「大聖堂島の古代魔術具研究所で実験の失敗をして手足を失ってから、長らく悪夢の中にいたようで、記憶が朧げなのです。私はここで何をしていたのですか?」
老夫婦は私の言葉に互いの顔を見合わせると、カレーパン、と老婦人が呟いた。
私のお腹がぐぅーっとなると、体は覚えているようだな、と老紳士が言った。
「とても美味しい物の名前だということがわかるようで、頭の中でスパイスの香りを連想して、とてもお腹がすきました」
私の話に、そうだな、と老夫婦は笑みを見せた。
「なにか、強烈な力に支配されて、もっと強くなるために強大な魔力を欲していたような気がします。ですが、いつも美少女たちに邪魔をされ……少女の使役魔獣のスライムの魔力がとても欲しかったような……」
老夫婦は困惑した表情で私を見た。
「だいぶ記憶が錯綜しているようだな」
「美少女たちというのは、あながち間違いではないのではありませんか?」
老夫人の言葉に、ああ、美少女たちだった、と老紳士は認めた。
「いろいろ話を聞くためにもここから出よう」
老紳士の言葉に私は素直に頷いた。
「ここを出て、私はどこに行くのですか?」
「城の転移魔法の部屋から帝都の中央教会を経由して、ガンガイル王国が支援している教会附属病院に行くことになる。健康診断をしてからリハビリをして、お前の頑張り次第で義手や義足の製作に取りかかる、とジェイ君が言っていたな。費用は私が負担する」
ただで最新型の義手や義足を装着できるのか!
「どんな費用も私が負担するが、一つ条件がある」
渋い表情をする老紳士の言葉に私は背筋が凍りついた。
「……いや、なに、行動制限とか、教会の事情聴取とかは、私の管轄ではない。私の条件は、名前を変えてくれないか?ということなんだ。どうも、カインという名は、私の恩人の名前に似すぎていて呼びにくい」
どんな条件かと身構えてしまったが、私は自分の名前にそんなにこだわりはない。
「かまいません。そもそも私は名前を呼ばれることなどほとんどなかったので、問題ありません」
親族と決別しており、友人もいないから私の名を呼ぶものなどいない。
「それでしたら、前前世の末息子の名前でよろしいんじゃありませんか?」
老婦人の言葉に老紳士が笑顔で、いいな、と言った。
ゼンゼンセ?
聞き馴染みのない言葉になのに腹の虫が反応しないということは、どうやら食べ物の名前ではなさそうだ。




