見たい物を見ようとする
競技会会場内のガンガイル王国留学生チームの応援団席には、今日の試合がない東方連合国合同チームと、ジャミール領からドーラさんと、ドグール王国を経由してキリシア公国からマリアの両親のマイクとキャシーがドグール王国の使者の護衛として来ていた。
「キャロライン姫とケイン君のデビュー戦を観戦できるなんて感激ですわ」
午前中、お婆とオーレンハイム卿夫人と観劇を楽しんだキャシーはガンガイル王国留学生たちともすっかり打ち解けて、味違いのポップコーンを交換し合っていた。
「対戦相手は大柄の選手が揃っていますから、幻影魔法対策として敵チームは肉弾戦で対抗してくるでしょうね」
今大会のデータを解析しているビンスが敵チームの特徴を説明した。
「一回戦免除のシード枠だったガンガイル王国留学生チームは予選同様の作戦で本戦に臨む、という噂が立っているようですね」
魔法学校内の諜報員のロブの報告に、古代魔術具研究所の研究員の諜報活動に専念しているはずのシモンが訳知り顔で頷いた。
「予選と一回戦のデータを見る分には決勝戦の東方連合国合同チームに対戦するまで、幻影魔法の魔術具は有効でしょうね」
元研究員の諜報活動に行っていたはずのジェイ叔父さんが、まだ戦術を変える必要がない、というと、競技会出場経験のあるマイクが頷いた。
「まだ様子見の方が無難でしょうね。まあ、決勝まで温存すべきでしょう」
昨年度の競技会では決勝戦まで火竜を覚醒させなかったマリアが、今年度は本戦第一回戦から飛竜を出現させ驚異的な結果を出したことで、うちの娘のチーム以外はガンガイル王国留学生チームの敵じゃない、というかのようなマイクの発言に、マリアが恥ずかしそうに俯き、親バカを相手にしてはいけないのでぼくたちは、そうですね、と軽く流した。
競技台に両チームの選手が整列すると、ぼくたちは軽口をたたくのを止め、拍手で両チームの選手を迎えた。
デイジーを擁する東方連合国ほどではないがチームカラー黒のガンガイル王国留学生チームも中級魔法学校生が多く、体格のいいチームカラー青の対戦チームとの体格差は中学生チームと大学生チームくらいの差があった。
だが、第九試合のブックメーカーのオッズは圧倒的にガンガイル王国留学生チームの方が低く、賭けをしている観客たちの声援は圧倒的にガンガイル王国留学生チームの方が多かった。
潰れた六角形の競技台の自陣に両チームが下がると、観客たちから歓声が上がった。
少ない声援ながら、青く染めろー、と声が上がると、黒く染めろ、と会場中からチャントが上がる状態で試合開始の声がした。
試合開始直後、両チームの先鋒が走り出す前にガンガイル王国留学生チームの幻影の魔術具が作動し、青チームの自陣のパネル以外の全てのパネルが黒く染まった。
場内が騒然とする中、スライムたちが一気に競技台に広がり立体映像ではなく本物の競技台のパネルを青チームの自陣以外すべて黒く染め上げた。
瞬きするより早く黒く染まったパネルに観客たちからどよめきが起こると、状況を把握できない青チームの選手たちが、これは幻影だ!と叫んだ。
幻影は消えてスライムたちががっしりとパネルを覆っていることに気付かない青チームの選手たちはスライムたちに魔力を注いで、色が変わらない、と焦っていた。
そんな青チームの選手たちに向かって、先鋒の中央のキャロお嬢さまを筆頭に左右の先陣をケインとボリスで固めたガンガイル王国の選手たちが体術でアメリカンフットボールの選手のような体格の青チームの選手たちを次々と場外に投げ飛ばしてしまった。
「最低限の身体強化を使った体術ですか!」
体格に恵まれないガンガイル王国留学生チームは魔術具を使用した戦術になる、と誰もが予想していたのに全く違う試合展開になったことで、マイクが素っ頓狂な声を上げた。
「辺境伯領の無敗の老師の教えを忠実に守りましたね」
勝てる戦いでも省魔力で挑め、と教えられたぼくの感想に、さすが無敗の老師!とドーラさんとマイクとキャシーが驚愕の声を上げた。
「試合終了!」
競技台上の青チームの選手が全て競技台から落下して審判の声が上がった瞬間、ケインのスライムが唯一残っていた青チームの自陣のパネルを黒く染めたことで、勝敗の行方はガンガイル王国留学生チームの黒が勝利したことが明白だったが、最後の一枚のパネルが試合終了の声の前に染まる、完全試合かどうか、その後、協議入りになるのだったが、観客たちは最速の完全試合だと大いに盛り上がった。
ガンガイル王国の応援団の席も勝利の感慨に浸った。
「ポップコーンを食べ終わる前に終わってしまいましたわ」
キャシーの言葉にぼくたちは心から笑った。
ほぼ完全試合の状態で完敗した青チームの選手たちは試合終了の挨拶で全員不貞腐れることなく整列し、完敗でした、と潔く頭を下げると、会場中から拍手が沸き上がった。
「自分たちの慢心を素直に認められるなんて、気持ちの良い選手たちだね」
ハルトおじさんの感想にぼくたちは頷いた。
「いやはや、小柄な美少女を先頭に少年たちが走り込んできたら、魔法攻撃に備えますが、まさか自分が投げ飛ばされるなんて、微塵も思いませんよ」
マイクの感想にキャシーも頷いた。
「幻影の魔術具は使用されたのですか?」
何が起こったのかまだ理解できないドーラさんの質問に、試合開始直後に使用されましたよ、とマイクとキャシーが即答した。
「競技台の高さが変わったように見えませんでしたか?」
マイクの指摘に、わからなかった、とドーラさんは首を横に振った。
「絨毯を一枚敷いたくらいの高さの変化が一瞬で起こり、しかも発光したので、余計わかりにくかったかもしれませんね」
オーレンハイム卿の補足にそうだったのか、とドーラさんは感心した。
「私は幻影の選手たちが増加したり、幻影の魔獣が出現したりすることを期待して見ていましたから、その程度の変化なら指摘されないと気付きませんね」
「おそらく青チームの選手もそう予想していたでしょうから、肩透かしを食らった感じでしょうね」
退場の順番を待ちながら試合の感想を話し合っていると、視線を感じて観客席の反対側を視力強化して見ると、商人の格好をしたハントがぼくの視線を感じたのか手を振った。
「この後、会談か何かの予定がありましたか?」
ぼくの言葉にハルトおじさんは怪訝な表情になったが、ぼくの視線の先で手を振るハントを見て苦笑した。
「予定はないですが、お茶のお誘いをした方がいいかもしれませんね」
ハルトおじさんが、寮に来るかい?と誘うように右手の親指を上げて後ろに引くと、ハントは嬉しそうに頷いた。
「みなさんも寮でお茶でも召し上がりませんか?」
大きいオスカー寮長の誘いに全員が頷いた。
寮の談話室では会場内に入れなかった寮生たちがイシマールさんたちガンガイル王国出身者たちと上映会の後、試合談議に盛り上がっていたが、スライムたちの情報網で急遽、寮で飛行魔法学学会の会談が行われることを知って準備をしていてくれた。
寮でハントと合流すると、挨拶もそこそこに寮生たちと一緒にお茶の準備をしているアドニスに目が行くハントを見て、どうなっているんだ?とドーラさんは目を白黒させた。
「ああ、申し訳ない。あの子はうちの娘だが、訳あって平日はガンガイル王国寮でお世話になっているんです」
第三皇子の洗礼式前の子どもがすり替えられていた話を思い出したのかドーラさんは、そうでしたか、と言って表情を引きしめた。
「ああ、そうだ。飛行魔法学会の設立については早い方がいい、ということで学期末前には認められそうですね」
軍属学校の介入を防ぐ方向で動いていたハントの発言に、ノア先生は安堵の表情を浮かべた。
「論文を発表する前に飛行魔法基本原則を先に発表してしまうのですね」
ドグール王国からの使者が要点を確認するとハントが頷いた。
「現状、軍の介入を防いでいますが、帝国軍が飛行魔法魔術具を開発したら別の飛行魔法学会を立ち上げることがあるかもしれません。ぶっちゃけ、飛行魔法魔術具の開発には難儀しているようなので、まだ先でしょう」
ハントが帝国軍の内情をあっさりと語ったことにマイクとキャシーは目を見開いてハントを凝視した。
「皇帝陛下のご意向を私ごときが察して発言することはありません。ですが、兄上の考えでしたら多少は推測できます。現時点で帝国は飛行魔法を軍事目的で開発する予定はありませんが、大量輸送手段として注目しています。それですと、現在開発中のタイルの魔術具が大型化することを待つ方が早いので、飛行魔法学会と対立することはないでしょうね」
大聖堂島に向かう方向には少量の魔力しか使用せず、消費魔力が増えても飛行経路を変更できるタイルの魔術具を広範囲に普及させる方が帝国の利になる、と皇太子候補の第二皇子は考えているようだ。
「引き続きみなさんにはロビー活動を続けていただき、飛行魔法の基本原則を早めに周知徹底できることを期待しています」
ハントの言葉にノア先生たちが頷いた。
「ところで、後二か所タイルの発着場があるのでは?と噂になっていますが、もう発見されたのですか?」
瞳を輝かせて尋ねたハントは第三皇子の立場で発言しているのか、魔術具オタクの好奇心で発言しているのかわからなくなる。
どうしたものか、と肩を竦めたノア先生に、ハントは苦笑した。
「いやはや、私が切り出すのはマズかったですね。その節はドグール王国に大変ご迷惑をおかけしました」
ハントがドグール王国の使者に頭を下げると、キッチリ保障していただきました、と使者が答えた。
「ククール領のように軍関係者が殺到すること危惧したら、そうやすやすと口にできないでしょうね」
ハントはノア先生の表情から他の二か所の発着場を特定していると踏んだようだが、深入りすることはなかった。
「そうそう、新素材と噂される白砂が冒険者ギルドで高額取引されていますが、あれ、眉唾物ですよね」
唐突に核心をついたハントの言葉にノア先生は思わず頷いてしまった。
ガハハハハ、とハルトおじさんが笑うと、ハントも笑った。
「思わず私も購入してしまったのですが、あの白砂に見覚えがあったので、廃墟の町の周辺で採取した白砂と比較してみたんですよ」
ノア先生が無言で頷くと、ハントはニヤリと笑った。
「白砂は研究対象として十分価値のある物ですよ。高位貴族ならその性質について知っておくべきでしょうな」
ハルトおじさんの言葉に居合わせた全員が頷いた。
土地を白砂にしてはいけない立場の人間は、白砂について研究すべきなのだ。




