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ノア先生の心遣い

 大好評だった上映会の最後をラグルさん一人で話題を掻っ攫ったところで、じゃあ、行きましょう、とノア先生が声をかけると、ぼくたちはラグルさんを取り囲んだ。

 ジャミーラ領で一泊する気はさらさらない。ので、ラグルさんには日没前に大聖堂島まで飛行してもらうしかないのだ。

「六日間聖水を飲んでいますよね」

 ノア先生の確認にコンペに勝つ気満々だったラグルさんが頷いた。

 ラグルさんの護衛と思しき人物が、三日間だけですよ!とラグルさんに声をかけると従者ワイルドが、お前も来い、と視線を向けた。

 護衛が撒かれるなんて言語道断だと言わんがばかりのボリスがラグルさんの護衛の背後に回り込み、飛行魔法学講座の受講者たちの中心に押し出した。

 そのまま領城の前庭まで移動したぼくたちはラグルさんを飛行のタイルに乗せると、ラグルさんの護衛が、マジかよ!と顔面を蒼白にしたが、ぼくのスライムの分身が飛び乗ると安堵の表情を見せた。

「スライムが同乗するのは万が一の保険です。保険というのは、墜落の危険があるからではなく、日没前に大聖堂島に辿り着けないようなことがあれば、スライムが代わりに魔力供給をするだけです」

 ノア先生が次期領主の魔力量を疑うような発言をしたことに上映会会場からついてきたジャミーラ領の上位貴族たちは顔面を硬直させたが、当のラグルさんは気にすることなく楽しそうに頬を上げてぼくのスライムの分身の触手とハイタッチをした。

「ラグルさんの能力を疑っていません。真面目な話です。余程の妨害がない限りこのタイルは墜落しません。今現在、私とオレール研究員とで最速記録を競っています。ですがそれは、我々は飛行魔法学の専門家だからであって、ラグルさんにその期待をしていないだけです。空の旅を楽しんでください」

 余計なことを考えずにスライムに任せろ、というノア先生の言葉にラグルさんは頷いた。

「では出発してください!」

 ラグルさんがタイルに魔力を注ぐとタイルが浮かび上がった。

 いつもは限られた人しか入れない大岩からタイルが発着していたので、多くの人たちは浮かび上がる瞬間を初めて目にしたから、おおおおお!と歓声を上げた。

 ぼくたちは魔法の絨毯の上に飛び乗るとジャミーラ領を後にした。


 ラグルさんがノリノリで高速飛行を行うのを魔法の絨毯から見守りながら大聖堂島に戻った。

「夕方礼拝までまだ時間がありますから、祠巡りをしますよ!」

 入島審査を受けたラグルさんと護衛にボリスが声をかけた。

 高速飛行を終えたばかりで祠巡りをさせるなんて、と不満げな顔を護衛がしたが、誰もとり合わず祠巡りを決行した。

 夕方礼拝前に沐浴代わりの入浴を済ませ、神学を学ぶ誓約をしていないノア先生と助手とオレールたちがラグルさんと護衛をつれて一般巡礼者の礼拝所に案内し、ぼくたちは大聖堂の礼拝所で夕方礼拝を済ませた。


「この日課を熟しながら、魔法学校の授業を熟し、さらに競技会に出場しているのですか!」

 宿舎の食堂でラグルさんが漏らした感想に、宿舎の従業員たちが頷いた。

「みなさんとても活動的で、大聖堂島にいる間は神学の研究をしたり、湖畔で寛いだりなさっています。飛行魔法学講座の皆さんは魔力も体力も相当なものだ、と治安警察隊員たちが言っていました」

 教会都市内に入ってからグライダーの魔術具に乗った治安警察隊員を目にしていたラグルさんと護衛は、治安警察隊員たちにそこまで言わしめるのか、とぼくたちに尊敬のまなざしを向けた。

「みなさんを見習って私たちも祠巡りと定時礼拝に毎日参加するようになると、魔力量が上がってポイントは貯まるし、生活魔法の魔術具を使用しても疲れなくなったし、いいことだらけです」

「いやはや。オスカー殿下がしきりと祠巡りを流行させろ、と言っていたわけだ。祠巡りを推奨する条例を出したことで、私の務めも楽になり、こうして領を離れることができるようになったのですが、一般の魔力量が増えれば、さらに魔力が集まるようになるのだな」

 ラグルさんの言葉に、そうですね、とイザークがしみじみと頷いた。

「飛行検証に参加させてくださりありがとうございます。空から見るだけでなく地上に降りて市民の声を聞けて良かったです」

 ダグ老師を押し切って一番乗りで飛行検証に参加する権利を勝ち取ったラグルさんは、ノア先生に礼を言った。

「明日は帝都に向けた飛行検証をします。正規のルートではないので明日の飛行検証ではかなりの魔力を消耗します。魔力提供をしてくださるのですから、こちらとしても歓迎です」

 オレールはホクホクの笑顔でラグルさんに言った。

 飛行魔法学講座の受講生たちは祠巡り歴も長くなり飛びぬけて魔力が多くなってしまったので、一般人の飛行に向けて小規模領地の次期領主で飛行検証ができるのはありがたかったのだ。

「まあ、一番手になってしまったことで、競技会の注目試合であるガンガイル王国留学生チームの試合は八日後ですから、観戦できませんね。おそらく、三番手になったドーラさんが会場で見ることができそうです」

 ノア先生の言葉に、トーナメント表を見たラグルさんは、早まったか!とガッカリし、ぼくたちは笑った。

 東方連合国合同チームの二回戦は九日後なので、そっちもドーラさんが観戦することになりそうだ。

「ああ、もう!……だが、日頃の行いのせいかな。ドーラはずっと、お会いしたことのなかったオスカー殿下を気にかけていた。ドーラはジャミーラ領の誰よりもオスカー殿下の試合を観戦すべき人物だろう」

 小さいオスカー殿下に対してろくな後ろ盾じゃなかった自覚のあるラグルさんの言葉に護衛も頷いた。


 翌日の飛行検証で飛行魔法学講座の滑空場まで試験飛行したラグルさんは、アリスの馬車で帝都入りすると、走る要塞のようだ、と馬車の守りの固さに驚き、帝都入りすると七大神の祠の広場にそれぞれ市が立ち発展している様子に目を丸くした。

「私が帝都の上級魔法学校に通った時とは別の街のように穏やかな街になっている!これも祠巡りの成果なのか!」

 ぼくたちが留学したばかりの時も帝都の下町は荒んでいたので、きれいになりましたね、とぼくたちは頷いた。

「人口が多いですから集まる魔力量も多いですよ。祠巡りのローブを貸し出したことで、貧富の差を気にすることなく誰もが市中を回れるようになりました。祠に人が集まることで市が立ち、祠巡りでポイントを獲得した市民たちは市で小銭を落としていくので、経済が回るとそこを利用する人たちが自然と掃除をするようになりますよ」

 商業ギルドと治安警察の人が掃除もしたのだが子どもらしい表現にとどめたウィルの説明にオーレンハイム卿夫人が笑った。

「ジャミーラ領では女性の外出が極端に少ないようなので、祠巡りのローブを採用すると、女性も祠巡りがしやすいかもしれませんね」

 オーレンハイム卿夫人の助言にラグルさんは頷いた。


 帝都に滞在中のラグルさんはオーレンハイム卿夫人に社交の場に引っ張りまわされ、積極的にロビー活動を行う傍ら、競技会の観戦を楽しんだ。

 ノア先生はラグルさんを帝都に放置して大聖堂島にオレールと共にとんぼ返りしたが、ぼくとウィルはイザークを帝都観光に連れまわし、劇団さそり座を観劇したり、試験農場まで足を運んだりして寛いで過ごした。

 ラグルさんと入れ替わりで帝都入りしたダグ老師は、ラグルさんより高速で飛行できた、と喜び、競技会で注目チームの観戦ができないことを嘆いたが、帝都の観光を楽しんだ。

「私は息子を帝都に送る選択もできたのに、どうしてかたくなに拒んで、息子が学ぶ機会を奪ってしまったのだろうか」

 競技会の観戦を終えたダグ老師は、青春を謳歌する魔法学校生たちを眩しそうに見ながら後悔の言葉を口にした。

「いえ、その頃の競技会会場にはポップコーンもホットドッグも売っていませんでしたし、当の競技会の勝敗は派閥がらみの出来レースばかりでしたよ。試合開始当初はまともな試合をしていても、負けなければいけないチームは、喰らってもいない魔法攻撃があたって競技台から落ちる選手がいるような試合ばかりでした」

 オーレンハイム卿の身も蓋もない言い方にダグ老師は苦笑した。

「ええ、そうでしょうね。もしも、私が帝都の魔法学校に通い、運よく合同チームに入れてもらえたとしても、そんな試合をするだろう自覚があります。……いい時代になった物です」

 しみじみと言ったダグ老師に、これからですよ、とオーレンハイム卿が声をかけた。

「ああ、そうですね。これから、ジャミーラの子どもたちをこうして瞳を輝かせて活躍できるようにしていかなければなりませんね」

 ダグ老師の言葉に、入手困難な観覧チケットを手配してよかった、とオーレンハイム卿は満足げに頷いた。

 ダグ老師と入れ替わりで帝都入りしたドーラさんは飛行速度でダグ老師に負けたことを悔しがった。

「うーん。これで当面ダグ老師は引退なんて口にできないでしょうから、帝都滞在を延長なさればいいじゃないですか」

 ガンガイル王国留学生チームの試合観戦のために帝都に戻ったノア先生が誘惑の言葉を口にすると、ドーラさんは頭を抱えた。

「いえいえ、ドーラさんにお願いしたいことがあるので、帝都滞在の延長を願い出る手紙をジャミーラ領主様に差し上げています。飛行魔法学学会を立ち上げる準備をお手伝い願いたいのです。ラインハルト殿下も帝都に長期滞在されることになっていますし、ドグール王国からの使者もそろそろいらっしゃるはずです」

 ノア先生は飛行魔法を一般魔法として普及する前に帝国軍の介入を排除した状態で飛行ルールを決めるための新たな学会を創ろうとしていたが、ノア先生に取り入ろうとする人々が煩わしかったので大聖堂島に籠っていたらしい。

「ラインハルト殿下もお忙しい方ですが、絶妙な根回しができる方なのでいらっしゃるのを楽しみにしていました」

 面倒事を他人に押し付ける気満々なノア先生が笑顔で言うと、ぼくたちは小首を傾げた。

 競技会のガンガイル王国留学生チームの本戦を見るために寮に滞在中のハルトおじさんは、鎧装備のキャロお嬢様と記念写真を撮ってはしゃいでいたから、飛行魔法学学会設立の仕事はおまけのはずだ。

「そういうことでしたら遠慮なく滞在期間を延長します」

 満面の笑みを見せたドーラさんをノア先生が目を細めて見た。

 小さいオスカー殿下を気遣う忠臣ドーラさんや、マリアの活躍を期待するキリシア公国の人たちをドグール王国経由で招待していたのはノア先生の心遣いだった。

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