引き籠りの対処法
次々と埋まるトーナメント表を見た会場内の観客からから一喜一憂の声が上がった。
「言っては何だが、決勝戦まで楽勝コースだな」
シモンが小声で呟くとぼくたちは頷いた。
「ぼくたちの教会訪問は今日で終わりましたから、ジャミーラ領の飛行検証を終えてから帝都でのんびり観戦します」
お役御免になったことをジェイ叔父さんとシモンに告げると、二人はぼくたちに、寛いだらいい、と労ってくれた。
会場では小さいオスカー殿下が選手宣誓をしていた。
「第一試合の東方連合国合同チームの観戦をジャミーラ領でするのもいいかもしれませんね」
ウィルの提案にジェイ叔父さんが頷いた。
「小さいオスカー殿下が活躍する姿を、いや、東方連合国合同チームの最大の特徴は王族が多く参加していることだけど、王族選手を支えるサポート役の選手が、一般的には貴族位を継げない貴族子弟とか平民でやや魔力量が多いと揶揄されている神学生たちだから、彼らの地味な活躍に着目してほしいのだけど、理解してくれるかなぁ」
ジェイ叔父さんの危惧にシモンは鼻で笑った。
「理解できなければ、この先、人口の大部分が平民なのにその扱いを疎かにしたら優秀な人材が流出してしまうことは間違いないでしょう。大聖堂島への物流の拠点という地の利以上の発展を失ってしまうだけですよ」
小さいオスカー殿下との付き合いもなく、外見が愛くるしいパンダへの情もないシモンのジャミーラ領の評価は辛辣だ。
「ジャミーラ領が気になるでしょうが、ジェイさんにちょっとお力添えをいただきたいのですが、宜しいでしょうか?」
元研究員の諜報活動を行っているシモンからの頼みとあれば、ジャミーラ領のパンダのぬいぐるみのコンペより重要事項なので、ジェイ叔父さんは仮面から見える口元を引き締めて、いいですよ、と言った。
「いやぁ、ジェイさんの引き籠りとはまた状況が違うのですが、長年一室に引き籠っていた経験者に話を伺いたいのですよ」
ぼくとウィルまで表情を引き締めると、シモンは冗談めかした口ぶりになり、深刻なことではないような言い方をした。
教会の雑事からお役御免になったばかりのぼくたちに気を使わせたくなかったようだ。
抽選会が終わり、食堂に居合わせた人たちから、健闘を祈る、と声をかけられたぼくたちは、必ず勝ちますよ、と軽口をたたいて部屋に引き上げた。
飛行魔法学講座とガンガイル王国で宿舎のワンフロアーを抑えているので、一室を談話室にしており、そこでシモンの話を詳しく聞くことにした。
従者ワイルドが亜空間に招待しないということは、そこまで深刻な状況ではないのだろう、と踏んだスライムたちがのんびりと食後のお茶の用意をしてくれた。
お茶を口にして一息ついたシモンは教会側の交渉内容から語りだした。
「元研究員の地元の領主は元研究員が領城にいることを教会関係者に認めました」
シモンの話によると、傷痍年金の金額を見直すため、と称して元研究員の父親に連絡を取り、領城で治療に当たっていることを聞き出し、領主に問い合わせたがはぐらかそうとし、しびれを切らした教皇直々の手紙をもらってようやく認めたとのことだった。
「最新の義手と義足の治験になってほしいことを領主経由で問い合わせているが、この期に及んでも、本人が拒否している、という返答でした。ですが、領城に送り込んだ元騎士団員からの情報だと、領主が本人に伝えた様子はないとのことでした」
シモンの報告に従者ワイルドと犬型のシロが頷いた。
「教皇猊下から皇帝に根回しがあり、傷痍軍人の治療の研究に繋がるから是非とも協力するように、と勅命が下り、領主はようやく本人が引き籠って出てこないことを打ち明けたのです。我々の推測通りの展開でしたね」
「そこで、ジェイ叔父さんに相談があるのですね」
ぼくの突っ込みにシモンは笑いながら頷いた。
「食事の受け渡しのみ扉越しに行っている状況がジェイさんに似ているので、引き籠りの時のお話を聞きたいのと、状況に応じて魔術具の提供をお願いしたいのです」
真顔になったシモンは現地に送り込んだ元騎士たちが展開している作戦について説明した。
皇帝との交渉で揺さぶりをかける切り札の一つとして前々から領内に潜入していた元騎士たちは、領都の中央広場の屋台料理でメシウマの評判をとり、まんまと領城の厨房に潜り込んでいた。
「満を持して屋台のおっちゃんを送り込み、三日間だけ食事を提供して、いったん帝都に下がらせました」
シモンの作戦にジェイ叔父さんは、なるほどね、と頷いた。
「食事が変わると劇的に気になりますよ。私は大きいオスカー寮長や家族からの手紙からガンガイル王国で食文化が劇的に変化していたことを知っていましたが、おっちゃんの技術はもはや芸術の域ですから、あれを三日間も味わってから、作り手が変われば間違いなく気になっているでしょうね」
しみじみとジェイ叔父さんが語るとぼくたちも頷いた。
食にこだわりがない、という人だって美味しいものを食べれば食の進みが早くなったり、選べるなら美味しいものを選んだりするようになるものだ。
「おっちゃんと交代で厨房に入った元騎士からの情報によりますと、男は食事を残すようになりました」
案の定な状況にぼくたちは苦笑した。
「そこで、送り込んだ元騎士が、自分が義手の手入れで不在に入った時の料理人に不手際があったのか?と手紙を添えたところ、チャーシュー丼が食べたい、と返事が来たんだ」
屋台のおっちゃんの絶品チャーシュー丼は満腹な状態でも涎が出る逸品だ。
「まあ、そこで、あえて硬くてペラペラで豚の臭みの残ったもも肉のチャーシュー丼を提供したら、半分以上も残して、前の料理人はどうした?と質問の手紙が添えられていました」
こちらの思う壺の状況にぼくたちは身を乗り出してシモンの話に聞き入った。
「おっちゃんは義足の手入れに帝都に帰ったが、自分の料理だってマズくないはずだ、と書きつけを送ると、逐一ダメなところを箇条書きにした返信が届き、そのうち二人は食事のトレーを介さなくても扉の前に手紙を置けば連絡できるまで親しくなりました。まあ、もちろん手紙を運ぶのは領主一族ですから、内容は食に関することばかりです」
男の注文に、醤油が足りない、味噌がない、といった言い訳を書き連ね、少しずつ味を改善すると、より細かな注文が入るようになった、とシモンは笑った。
「頻繁に手紙のやり取りをしていると、間に入る領主一族の青年が厨房まで来るようになり、元騎士と馴染みになり、愚痴るようになりました」
領主一族しか入れない礼拝室まで三度の食事を運ぶだけでも面倒だろうに、その上、四六時中、手紙を運ぶとなれば、話が分かる相手に愚痴の一つもこぼしたくなったのだろう。
「男は自分の注文が通らないと大切な仕事を放棄して困ったことになるから、なるべく一度で要求が通るように努力してほしい、と領主一族の男性が元騎士に頼んだのですよ」
シモンはここで、はぁ、と大きなため息をついた。
「食材と調理器具が足りないことと、義手を外して、屋台のおっちゃんの義足ほど最新の義手じゃないから無理だ、と見せるまで、皇帝からの勅令が出ているのにもかかわらず、自分の筋肉のように動かせる義手の存在に気付いていなかったのですよ!あえて、スライムなしの義手にして元騎士に不自由をかけていたのに、皇帝からの勅命に応えられない状況に対する危機感が足りなすぎでしてね」
やれやれ、と肩を竦めたシモンに、ジェイ叔父さんが自分に求められている役割に気付いて頷いた。
「なるほど、義足の手入れを終えた設定になっている屋台のおっちゃんと共に領城に入り込み、元騎士の義手の不具合を調節するふりをして、スライムを入れればいいだけですね」
「そうです。潜入している元騎士は料理の話以外を手紙に書くのは不自然なので、ガンガイル王国の義手や義足の技術が凄いことを領主一族に見せつけて、もっと強く閉じ籠っている男に働きかけるように仕向けたいのです」
元研究員の男を大聖堂島で義手や義足の治験を受けさせることが勅命なのにもかかわらず、領主一族の動きが鈍いのは、引き渡してしまうと領地経営に問題が起こるからだろう。
領地の護りの結界に魔力奉納ができる人物が高齢の男の父親しかいないのかもしれない。
「わかりました。引き受けましょう」
ジェイ叔父さんが快諾すると、話が早くて助かる、とシモンは喜んだ。
「この件に関しては先を見ることが全くできないので、カイルのスライムの分身をつれて行った方がいい。カイルのスライムの分身は有事の際は一体で頑張ろうとせず、ジェイやガンガイル王国の元騎士たちだけを守ることだけを優先するようにしなさい」
ワイルド上級精霊に気づかいされたジェイ叔父さんとぼくのスライムは嬉しそうに頷いた。
男の取り込んだ邪神の浄化が済めば、地表に残る邪神の欠片を全て浄化できることになるけれど、四肢欠損をしているとはいえ邪神の欠片そのものを体内に取り込んでいる男は、その気になればどこにでも転移できるので、用心するに越したことはないのだろう。
「男が礼拝室から出る決意をしたら、私も領城に潜り込む。私の気配はおそらく男には苦痛のはずだから、私はぎりぎりまで様子を見るだけに留めておこう」
「わかりました。男はガンガイル王国の魔術具に興味があったようですから、最新の義手の話を小出しにすれば、そちらに気を取られるでしょう。カイルのスライムの分身の気配を察知されないように、ちょっと面白い物を作りましょう」
ジェイ叔父さんの提案にワイルド上級精霊もシモンも頷いた。
こうして元研究員を追い詰める作戦は秘密裏に進行した。




