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誰にも同情されない男

「恨みつらみしか書かれていないな」

 元研究員の日記のページに目を通したシモンの言葉に、お婆とジェイ叔父さんが頷いた。

「四肢欠損する以前から出自に対する嘆きや、上司や同僚への不平不満ばかりで、感謝の言葉がどこにもないですね。邪神の欠片が好む感情ばかりで、善意や誠意の記述は欠片も見当たりませんね」

 眉を顰めたお婆の感想にぼくたちは頷いた。

 日記に記載されていた内容は、幼少期は親が借金したことへの文句ばかり、教会の寄宿舎に入ってからは恵まれている貴族出身者たちへの誹謗中傷のような事ばかり、大聖堂島の神学校に進学してからは妬み嫉みばかりで、日々の暮らしに感謝する気持ちなど微塵もなかった。

 恵まれない環境から本人の努力で大聖堂島の古代魔術具研究所の職員になり、四肢欠損の重傷を負ってなお懸命に生きている、といえば報われない可哀想な人生なのに、自己中心的な思想と邪神の力への妄執に辟易したぼくたちは誰も男に同情の念が微塵も湧かなかった。

 “……このどうしようもない後ろ向きな思考はなんだか馴染みがあるんだけど、誰に似ているのだろう?”

 魔本がもどかしそうに精霊言語で呟くと、初対面のジュード、アメリア妃を囲っている時の皇帝の思考かな、とぼくのスライムとみぃちゃんが精霊言語で突っ込んだ。

 前世の皇帝は古代魔術具研究所の研究員だったし、ジュードさんは軽く拗らせただけだったけれど、教会関係者たちの閉塞感が強すぎて邪神の欠片を引き寄せる温床になっているのではないかと疑いたくなる。

「邪神の欠片と親和性が高すぎて引退後も邪神の欠片を引き寄せたのでしょうかね」

 シモンの疑問にワイルド上級精霊は眉を顰めた。

「邪神の欠片を移植する、という手法を誰が思いついたのか調査すべきだろうな」

 ワイルド上級精霊がまるで元研究員の男の体に邪神の欠片が取り込まれていることを心配するかのように言うと、兄貴と犬型のシロが頷いた。

 “……ご主人様。太陽柱の映像に元研究員の引退後の姿が一切ないのです。治療中や引退直後の映像があっていいはずなのですが、それがないということは、爆発事故で砕けた邪神の欠片がこの男の体内に取り込まれてしまっているから太陽柱に映像がないと考えられるのです”

 そうだとすると、瘴気を集める怪我人を古代魔術具研究所から出すとは考えにくいから、男がある程度邪神の欠片を抑え込めるようになっているはずなので、アドニスに邪神の欠片を移植するという発想が生まれたのだろう。

「そうですね。邪神の欠片の魔術具を扱えるのは上級魔導士の中でもほんの一握りなのに、幼児に移植しようとする発想が出る時点で、邪神の欠片が意図せずして体内に入った大人がいると考えられますね」

 ワイルド上級精霊の言葉からシモンも同じように考え出し頷くと、テーブルの上を浮いている水竜のお爺ちゃんが眉を顰めた。

 “……いや、そんなことがあったら、さすがに精霊たちの噂になるだろう”

 邪神の欠片について精霊たちから情報を集めている水竜のお爺ちゃんが、あり得ない、と突っ込むと、イザークが言いにくそうに口を開いた。

「……あり得ないことはないでしょうね。外部と完全に遮断され厳重に封印された個室なら、地元の精霊たちはその部屋に寄りつきさえしなければ、取り敢えず土地の魔力が増えているのだから、となることもあるでしょう。精霊たちがその部屋をあえて気にしないようにしたなら、噂にならないでしょうね」

 外部と遮断された厳重な個室、と口にしたイザークの言葉にシモンが額をペシンと叩いた。

「領城の礼拝室ですね!」

 あそこは領主一族以外立ち入り禁止で厳重な封印が施されている、とシモンが納得すると、ウィルは首を傾げた。

「神々の絵姿や記号が隙間なく施されている礼拝室に邪神の欠片を持ち込むなんて神々がお許しになるのだろうか?」

 ウィルの疑問にワイルド上級精霊と兄貴とシロが頷いた。

「通常ならご加護を授かることなく忌避されるところだが、今の領主一族は金で功績を買い、領主の地位を手に入れた」

 ワイルド上級精霊の言葉に、廃墟の町を思い出したぼくたちは、ああああ!と声を上げた。

「元研究員の父親は金策に窮して領地を手放したけれど、自分たちの一族なしには護りの結界が維持できないように画策したのですね」

 状況から推測したジェイ叔父さんの言葉にワイルド上級精霊は頷いた。

「元研究員の父親は現領主に魔力を売ることで生計を立てていた。だが、現領主は、元研究員が自力で歩行できない状態でも生きのこったことで、いちいち父親から魔力を買うのではなく、男を礼拝室に幽閉して生きている間魔力を搾り取ることにしたのでしょうかね」

 シモンの推測はえげつないが、オレンジの友情のハンスが裏領主だったり、人形遣いのユゴーさんが裏王家だったりしたように、確かな知識と実力のない領主一族が姑息な手段に出ることは帝国では珍しくない。

「土地が魔力枯渇になるくらいなら、邪神の欠片の魔力が混ざった魔力でも護りの魔法陣に使用できるのでしょうか?」

 ウィルの疑問に、できなくはないと思う、とイザークが歯切れの悪い言い方をした。

「古い護りの結界の上に強引に護りの結界を張るように、邪神の欠片の魔力を抑えて元研究員の魔力だけを流すようにすることはできるかもしれません」

「邪神の欠片を閉じ込めるカプセル型の魔術具を制作しているのだから、あり得ますね」

 ジェイ叔父さんの言葉に、ぼくたちは頷いた。

「現状を把握するために現領主に揺さぶりをかけることは教皇猊下に任せ……ハハハハハ。シモンはなかなか愉快な発想をするな」

 突如笑い出したワイルド上級精霊に、何を考えたのだろう?とぼくたちの視線がシモンに向いた。

「いえ、領城内のことは教会関係者が強硬手段に出ることは難しいので、前前世の皇帝陛下の躾の悪さが尾を引いているのですから、責任を取るべき方に取っていただけたらいいな、と考えただけです」

 シモンの発言にぼくたちはギョッとした。

「うーん。前前世の記憶のある皇帝なら子孫の護りの魔法陣の解読はできるから、封印を解いて礼拝所内に立ち入れる、ということですか」

 イザークの推測にシモンが頷いたが、ワイルド上級精霊は首を横に振った。

「皇帝は自身の行い次第で、来世で妻と再会できないことを持ち出せば、どんな理由をつけてでも視察に行くだろう。問題は、領城内の礼拝所の封印を解いた時に起こる事態への対策が必要になることだ。そもそも、皇帝は邪神の欠片に親和性が高い人物だから、案としては面白いが、実行することは勧められない」

 扉を開けるなり皇帝が邪神の欠片に思考誘導をされかねない危険性をワイルド上級精霊に指摘され、駄目か、とシモンが唸ったが、それほど残念そうに見えないのは、思い付きを口にしただけだからだろう。

「封印された部屋を開ける時が危険だと認識できたのですから、発案としては悪くないですわね」

 お婆の言葉に、さすが、発想が柔軟なエントーレ家の親族!とシモンは喜んだ。

「封じられた部屋を開ける時に光影の魔法を使用できれば……。カイルのスライムの分身が必ず立ち会う状況にしたら、邪神の欠片を封じながら消滅させることができるかもしれませんよね?四肢欠損で引き籠っている男を自主的に外に出たくなる状況を作りつつ、外に出る時に必ずスライムがいる状況ならできそうですよ」

 ジェイ叔父さんの言葉に心当たりのあるぼくとケインが声を揃えた。

「「義手、義足の装着不可能な男でも使用できるスライムが緩衝材になる義手義足!」」

「残っている筋肉と神経に反応して本当の自分の手足のように動く義手義足を、教会が傷痍退役者に提供する、という方向に話を持っていけますわね」

 お婆の案に、エントーレ家の発想力が凄い、と叫ぶシモンは頭部の血流が一気に上がったのか頭を掻いた。

「今年度は競技会で遠慮なくスライムたちが活躍しているから、信憑性が格段に上がっています。我々も引退騎士を領に派遣して諜報活動をしましょう。帝都でしばらくおっちゃんのラーメンが食べられなくなりますよ」

 ニヤリと笑ったシモンに、ワイルド上級精霊が頷いた。

「競技会でスライムたちが活躍することを神々も楽しみにされている。ケイン。楽しんで挑戦しなさい」

 ワイルド上級精霊の言葉にケインは頷き、任せてください!とケインのスライムは胸を張った。

 光影の魔法を行使できるぼくのスライムは、まだしばらくアリオのばらまいた邪神の欠片の対応があるので競技会には出ないけれど、応援するわ!と張り切っている。

 見通しが立ったところでぼくたちは古代魔術具研究所の実験室に戻った。


 実験室の中で花火や煙幕が次々にあがり、それを払う風魔法を駆使するスライムたちを見ながら、ケインはニヤリと笑った。

「今年の競技会は負ける気がしないね」

 参戦しないウィルの言葉に、おほほほほほほ、とデイジーが高笑いをした。

「スライムたちへの対策は立ててありますわ!日頃お世話になっていますけれど、手を抜くつもりは微塵もありませんのよ!」

 デイジーの宣言にマリアとアーロンが頷いた。

「うちも予選突破までケインを温存していますから、負けませんわ!ですが、できれば決勝で対戦したいですわね」

 キャロお嬢様の言葉にデイジーも頷いた。

 昨年の抽選でも精霊たちが何かした気配がするから、今年も決勝まで両チームが対戦しないだろうと、ぼくとケインと兄貴は考えていた。

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