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異例中の異例

 あれから数日後、飛行魔法学講座の面々は二回目の校外実習で大聖堂島に到着すると、巨頭会談の現場にぼくとウィルが立ち会っていた事に驚いた。

「偶々そうなっただけで、ジュードさんに呼ばれて謁見の間に行った時はこんなことになるとは思ってもいなかったんだよ」

 巨頭会談の後に公開された教皇と皇帝の共同声明の内容は、教会の活動に帝国国民は協力し飛行魔法学の検証を妨げないよう協力を求めるものだった。

「ドグール王国への賠償の話を第三皇子殿下が纏めている最中に、飛行魔法学講座の大聖堂島に飛行する検証についての教皇猊下と皇帝陛下の共同声明が発表されたから、非を認めたがらない領主との交渉にも影響し円滑に纏められたとおっしゃっていた。いやはや、それにしても、私が飛行検証をしたい、と希望したらいつでも飛行検証が可能で、かつ、何人たりとも飛行検証を邪魔してはいけないなんて、そんな強力な勅令まで出されるなんて、びっくりしたよ!」

 共同声明の直後に強い文言の皇帝の勅令が下り、ノア先生は自分のさじ加減一つで領主権限を越える強制力を手にしてしまったことを口角から泡を飛ばしてぼくとウィルに話した。

 “……カイルとウィルはお茶を飲んでお菓子を食べて相槌をうっていただけだよ。ほとんどの交渉は儂がやった”

 交渉というよりただ皇帝に忠告をしただけの水竜のお爺ちゃんが、よくやっただろう、と胸を張ると、共同声明が発動される前に相談が欲しかったであろうノア先生は引きつった笑顔で、ありがとう、と言った。

「早急に大聖堂島への飛行ルートを解明するために協力せよ、となっていますが、研究成果を横取りしようとして研究をせかしているのではなく、大聖堂島を中心とした教会の活動を支援するためと謳っているのですから、飛行魔法学講座にとって万々歳の声明ですわ」

 キャロお嬢様の言葉に飛行魔法学の面々は頷いた。

 謁見の間に月白さんとワイルド上級精霊が揃い踏みしていた時点で、話が悪いように進みようがないと踏んでぼくたちは安心しきってお茶を啜っていたのだ。

「まあ、そのお陰でぼくたちも大聖堂島に招待されました。円滑に検証が行えるようになり、研究の美味しいところから参加させていただきます」

 イザークの言葉に、大歓迎です、とノア先生は笑顔で言った。

 常識を無視できるハルトおじさんのスライムがやらかしたせいで増えた経費を越える資金をガンガイル王国から寄贈されたノア先生が、ハルトおじさんもすでに共同研究をしている、と主張し、ガンガイル王国も共同研究に名を連ねることになったのだ。

 ガンガイル王国の魔法学校附属魔法研究所から研究員オレールとシモン(辺境伯領騎士団諜報担当第六師団長)と共同研究生徒としてイザークが大聖堂島に招待された。

 そこで、明日からの飛行検証を前に飛行魔法学講座とガンガイル王国の三人とささやかな交流会を宿泊所で開いた。

 ぼくたちはオレールとの再会を喜び、ノア先生は昨年度の飛行魔法学の研究でオレールの論文を参考にしたことから本人との御対面に感激していた。

 ガンガイル王国の魔法学校でぼくの研究室で過ごした思い出話をイザークとオレールから聞いたノア先生は、初級魔法学校生が研究所に出入りできるなんて、ガンガイル王国の魔法学校の環境が羨ましい!と頭を抱えると、カイルが特殊なだけです、とシモンに突っ込まれていた。

 年齢と立場が全く違うが旧知の仲のオレールとイザークが阿吽の呼吸で会話をしても、ほぼ初対面なのに絶妙に絡んでくるシモンの態度は何の違和感もなく、三人が長く共同研究をしているような雰囲気を醸し出していた。

「オレール研究員のグライダーの魔術具を教会都市の治安警察に提供して、教会都市の空域の安全管理を確立させることにガンガイル王国が協力するのですから名誉なことです」

 飛行魔法学にてんで疎いシモンであったが、教会都市のスーパー銭湯の事業に部下たちを潜入させていたので治安警察の内情に詳しく、今回の話には部下ではなく自ら大聖堂島に潜入したのだ。

 第六師団長本人が大聖堂島まで乗り込んできたのは、ディーが回収した邪神の欠片をぼくが浄化している工程に何らかの問題が生じているのだろうか?

 “……ご主人様。ディーが回収した邪神の欠片とご主人様が消滅させている邪神の欠片とは全く同数で齟齬はありません。シモンは単に現場に出たいからこの場にいるのでしょう”

 シロの指摘に兄貴が頷いた。

 シモンはデスクワークより現場に立つことを好む性格のようだ。

 ガンガイル王国が治安警察に提供したグライダーの魔術具の使用方法の指導に三人は大聖堂島に招待されたが、実際にその仕事を主にするのはオレールで、シモンは諜報活動に、イザークは上級魔導士試験を受けるために大聖堂島に来たのだ。

 イザークが大聖堂島に招待されたのはオレールの助手としてではなくイザークの試験が本題なのだが、上級魔導士試験を受けることは公表されていない。

 オリジナルの呪文を作り出すことが上級魔導士の条件だから、無詠唱で光影の魔法を使用できるぼくはもちろんのこと、入学式で使用した祝詞から偶々、幻影魔法の呪文を編み出してしまったケインと、声に魔力を載せて言葉で魔法を強化できる唯一無二の魔法を行使するイザークはすでに上級魔導士の資格条件を満たしているのだ。

 ぼくたちの魔法が今までの詠唱魔法の常識とかけ離れているので、特殊上級魔導士、と言う規格外の試験を実施することになり非公開となったらしい。

 ぼくの隣に並び立ちたいウィルは必死になってオリジナルの呪文を開発し、イザークが大聖堂島に到着するまでに間に合わせた。

 ウィルの頑張りは物凄く役に立った。

 上級魔導士とは、という常識がない状態だったのが功を奏し、現場で必要だと感じたから習得したウィルの魔法はこれまた個性的だった。

 ぼくとウィルはスライムの変身した烏賊の着ぐるみを着てキャッキャとはしゃぎながら大聖堂島の湖の湖底をさらっていただけでなく、瘴気の発生源あり、と一報を受けると現地に赴くぼくについていっても何もできないウィルが悔しくて編み出した呪文だった。

 今回の飛行検証の間にぼくたちは内密に試験を受けることになっている。

 検証の内容は小さいオスカー殿下がジャミーラ領の森の土から採取した白砂で作ったタイルの飛行検証と、ぼくたちが湖底から採取した白砂を使用したタイルの飛行検証だ。

 ジャミーラ領で小さいオスカー殿下が待ち受けているので検証はスライムたちだけで行い、新たな発着地点を目指すスライムたちには水竜のお爺ちゃんが上空から見守るので、こっちも一見スライムたちに任せるかのように偽装することになっている。

 検証中は帝国国内を自由に飛行できるようになったが、新たな発着地点をめぐる騒動が起こることには違いないので、当面の間目立たないように検証しよう、ということになったのだ。

 小さなタイルが飛行しても地上から目視できないだろうし、着陸先が人目につくところなら黙って引き返すことにするのだ。

 大聖堂島を拠点にして移動しない受講生が多いので、上級魔導士試験はカプセル型の魔術具が破損した邪神の欠片の回収と同時にしてしまおうという魂胆だ。

 今回の実習の間に競技会の予選も始まっているので、出番があれば帝都に帰る受講生もいるからぼくたちが抜けても不自然じゃない状況だった。

 光る苔の洞窟で精霊たちから得た情報と、皇帝が出した勅令で帝国の各領地から瘴気や死霊系魔獣の情報が教会に集まっており、精霊たちからの情報にはシロの転移魔法で直接現地に行くが、帝国から教会にもたらされた情報には現場の最寄りの教会に転移魔法で転移してから走って現地に移動していた。

 地方の教会に転移するのは上級魔導士を一人引率役として同行しなければならず、ディーを同行していたが、ディーにはカプセルが壊れていない邪神の欠片の魔術具を回収してほしかったので、ぼくたちがさっさと上級魔導士の資格を取ることにしたのだ。

 飛行魔法学や競技会の話で盛り上がっている中、ジュードさんがぼくたちを呼びに来た。

「古文書を解析していてわからないところがあったので、ちょっと見てもらいたいのですが……後日の方がいいでしょうか?」

 ぼくとケインとウィルとイザークは古代言語に精通しているので、親睦会の会場を抜け出しても不自然じゃない誘い方だ。

 行ってきますね、とノア先生に声をかけてぼくたちは宿泊所を後にした。


「いきなり現場で試験を受けるなんて通常ではありえませんよ!」

 試験立会人として現場に同行したジュードさんは、かつて町があったとは考えられないような原野に足を踏み入れて愚痴をこぼした。

「教皇猊下直々に初級中級上級魔導士の試験を執り行ってもらうことの方が、あり得ない気がしますよ」

「存在自体があり得ない上級魔導士の誕生の瞬間に立ち会えるなんて光栄です」

 ウィルの突っ込みにジュードさんは恐怖に震える足を叩いて引きつった笑顔で言った。

 原野の奥に分け入っていくと掌が熱くなってくる。

 ジュードさんも原野の奥に瘴気が集まっている気配を感じて本能的におびえているのだろう。

 ジュードさんは明るい口調で奮い立たせているが、負の感情は邪神の欠片が好む感情だ。

 ジュードさんはこれ以上邪神の欠片に近づかない方がいいだろう。

「試験を始めましょう!」

 教皇も同じことを考えたようで、ここで試験開始の合図を出した。

 ぼくは邪神の欠片との距離を考えて光影のロケットランチャーを出現させた。

「光影の武器のそばでは邪神の影響が排除される!」

 イザークの言葉にジュードさんの足の震えが止まった。

「カイル、イザーク、合格!」

 早々に上級魔法を発動させたぼくとイザークの合格を教皇が宣言した。

「ミマモルハナフブキ!」

 ケインが呪文を唱えると原野の中に薔薇の花びらの映像が出現した。

「ニゲロセイレイソ!」

 ウィルが呪文を唱えると宙を舞う花吹雪の映像が原野の奥で丸く消失する場所ができた。

「なんですか?これは!」

 ジュードさんが仰け反って原野を凝視しているが、ぼくはかまわず円柱状に花吹雪のない場所の中心に向かって光影のロケットランチャーを放った。

「光影の魔法により大地は浄化され邪神の欠片は消滅するが、仕込まれていた魔術具は現状のまま残る!」

 砲弾が落下すると原野は真っ暗闇に包まれた後、閃光を放ち、ぼくが構えていた光影のロケットランチャーが掌の熱と共に消えた。

「浄化に成功しました!」

「ケイン、ウィル、ともに合格!よくやった。見事な上級魔法だった」

 教皇の言葉にケインとウィルは胸をなでおろした。

「兄さんやイザーク先輩の魔法と比較して、花びらをまき散らす映像だけの呪文なんてしょぼいと思っていたけれど、ウィル君の魔法のお陰で何とか役に立つものになりました!」

「いや、ぼくも目に見えない精霊素を本当に操作したのか全くわからなかったから、可視化されて良かったよ」

 ケインとウィルは固く握手をして互いの背中を叩き、合格を喜び合った。

「何が何だか全くわかりません。解説をよろしくお願いします」

 視力が回復したことを確認するかのように何度も瞬きをしたジュードさんは、ケインとウィルが熱い抱擁を交わしている状況に首を傾げ、誰がどうしたの?とまずそこから説明を求めた。

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