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噂話と操作網

 寮長も寮生たちも魔法学校内の噂を把握していたが、成り行きを見守っていたらしい。

「毎日ラインハルト殿下が報告書をあげてくれていましたから、パンダに遭遇したり新たな発着場が明らかになったりする報告を寮生たちと一緒に楽しんでいましたよ」

 検証成功のお祝いに寮長のおごりでしゃぶしゃぶ食べ放題になった食堂で、美味しいお肉を堪能しながら、ぼくたちが不在の間の帝都の噂話を聞いた。

「飛行検証にまつわる噂の当初は、小さいオスカー殿下の宮廷内での評価の低さや、第八夫人の弱い後ろ盾としての認識しかなかったジャミーラ領が今回の飛行検証の実習地に選ばれたのは、ノア先生が小さいオスカー殿下を個人的にえこひいきした結果だ、というものが多かったのです。それが変わったのは、ノア先生が泥棒を捕まえたあたりからです」

 ロブの話はハルトおじさんも寮長も知っていたようで、うんうん、と頷いて先を促した。

「ノア先生は新素材を明言していないのに、盗まれそうになったものが白砂だ、という噂が魔法学校内で囁かれると、小さいオスカー殿下がジャミーラ領から持ち帰った土から新素材が発見されたのでは?と推測されたようです」

 まあ、そうなるだろう、とぼくたちはアルベルト殿下からいただいたラム肉をしゃぶしゃぶしながら頷いた。

 ラム肉はポン酢しょうゆに生姜を合わせると美味しい。

 スライムたちは胡麻ダレが好きなのね。

 話に夢中になると手が止まるので待ちきれなくなったスライムたちは、自分たちでお鍋にお肉を追加して好き勝手に楽しみだした。

「ジャミーラ領から大聖堂島への飛行検証が成功した、という一報が流れると、冒険者ギルドに素材として白砂を持ち込む冒険者がいたので笑いましたね。その白砂が新素材かどうか定かでもないのに日に日に高値になるということは購入者がいるからでしょう。飛行検証でスライムたちが予定していた大聖堂島を越えてククール領まで飛行した、と追加の情報が入ると、帝国軍が動いたじゃないですか。そうすると、魔力枯渇の白砂を新素材と誤解したのか、冒険者ギルドの白砂の買取価格が急高騰しました」

 ロブの報告に、そうか、そうか、とハルトおじさんは膝を叩いて爆笑した。

「タイルの発着場がジャミーラ領だけでなくククール領にもあった、と判明してから噂の内容が変わりました。にわかに、大岩伝説がうちの領にもある、といったものが急増しました」

 ロブの話にぼくたちも噴き出した。

 そんな、あからさまに今作った伝説で飛行魔法学の実習先を誘致しようとしたって、そんな付け焼刃な話にノア先生が乗るわけがない。

「その、大岩伝説に興味あるなぁ。どこの領から出たんだい?」

 ハルトおじさんがロブからさらに詳細を聞き出すと、本格的に軍事演習をする予兆あり、と教皇が警告していた情報と一致する領がいくつかあった。

 たとえ、残り二つの発着場がそんな領にあったとしても、うちに来ないなら打ち落とせ、とするような場所にぼくたちが協力するとでも思っているのだろうか?

 そうだとしたら頭が悪すぎる。

「後、二か所ほど判明していない発着場があるはずなんだけど、その噂は流れていなかったかい?」

「まだないですね。スライムたちが五つの教会都市のうち三つの教会都市の上空を飛行したことに注目が集まれば、いずれ噂になるでしょうね」

 ロブの推測に、バレるのも時間の問題だな、とぼくたちは頷いた。

 大聖堂島には世界中の人たちが集まっているから、巡礼者たちが地元に戻れば目撃した話が広がり、より多くの人が状況から推測すれば、おのずと正解に近いものが出てくるだろう。

 “……儂が世界中をうろちょろしたら、残り二つの発着場を探していると誤解されそうだな”

 水竜のお爺ちゃんの精霊言語での発言に、ハルトおじさんは含みのある楽しそうな笑顔になった。

「いいじゃないか。勝手に期待させておけばいいよ」

 アリオにばらまかれた邪神の欠片の捜索に水竜のお爺ちゃんやスライムたちがうろついても現地で歓迎される、とハルトおじさんは踏んだのだろう。

「それだと、魔力枯渇を起こしたことのある土地でしたら白砂が発見されるでしょうから、勘違いに拍車がかかりませんか?」

「地中から白砂が発見されるなんてことは領地で魔力枯渇を起こした恥ずべき歴史の証なのだから、自業自得だろ」

 キャロお嬢様の疑問にハルトおじさんは容赦なく言い捨てた。

 今後、水竜のお爺ちゃんとカテリーナ妃の妖精は光る苔の洞窟で精霊から得た情報をもとにぼくのスライムの分身とで分担して世界中の邪神の欠片を探しだし、水竜のお爺ちゃんと妖精が確定させた場所に月白さんがディーを派遣して魔術具で回収させることになっている。

 ぼくは週末ごとに大聖堂島に赴き、光影の注射器で邪神の欠片を消滅させるだけでいいのだ。

 通常通り魔法学校生活を満喫しながら世界平和のために陰ながら活動する、という言い方をすると学園物のヒーローぽいな。

「ドグール王国との国境でスライムたちが火竜に焼かれた、と言う噂の出どころは、軍属学校からでした」

「火竜出現、との一報を受けて、戦争にしたかった軍関係者が噂を即座に流したのだろう。その後のごたごたを自警軍側が速やかに軍に報告をあげなかったから、噂を打ち消せなかったのだろうな。まあ、皇帝陛下がどういった判断をなさるかが楽しみだな」

 国土を荒廃させない、と約束した皇帝が戦争に踏み切るはずがない、と確信しているハルトおじさんが笑った。

「春を待たずに御家お取潰しで、領主交代くらいはあり得そうですね」

 寮長の言葉にハルトおじさんは頷いた。

「飛行魔法学講座としてはドグール王国と大聖堂島間の飛行検証を継続するために、領主一族が交代してくれるとありがたいですね」

 魔術具でスライムたちを打ち落とそうとするような領地の上空を飛行させたくないウィルの言葉に、ぼくたちは頷いた。

「ああ、スライムたちがラーメンを持ってきた!〆のラーメンは胡麻ダレで食べたい!タレのおかわりをしていいかい?」

 ロブの報告に満足したハルトおじさんはしゃぶしゃぶに意識を切り替えた。


 翌日以降のぼくたちの生活は穏やかな日々が続いた。

 飛行魔法学講座では実習の内容をまとめると、次の検証に向けての課題を洗い出し、週末ごとにジャミーラ領の森の調査に赴いている小さいオスカー殿下の採取した土から本物の白砂を取り出す単調な日々が続いた。

 邪神の欠片もディーが着々と回収しているので、週末ごとに大聖堂島に赴いて黙々と光影の注射器で邪神の欠片だけ消滅させると、兄貴とケインとウィルがカプセルに細工をする流れ作業になった。

 ケインとキャロお嬢様たちは魔獣学の実習でククール領に赴き、聖獣の黒豹を発見したり、競技会にエントリーしたりして、ガンガイル王国寮は注目を浴び続けた。

 競技会にぼくとウィルがエントリーしなかったことでブックメーカーのガンガイル王国留学生チームのオッズが急落したが、キャロお嬢様が劇団さそり座の予告編の映像の少年シーカー役だったことが発覚すると高騰した。

 そのたびにガンガイル王国留学生チームの優勝に一点買いをするばあちゃんが一喜一憂しつつ、ぼくが参加しないことを嘆いた。

 ぼくとウィルが競技会に参加しなかったのは、邪神の欠片の魔術具を回収する場所が教会がなくなっても残っている古い魔法陣のある場所に集中していることから、後手に回って魔術具を回収するだけでなく、先手に回ってアリオを追い詰められるのではないか?と考えたので、そっちに集中することにしたからだった。

 ケインには、初めての競技会を楽しむべきだ、と説得し兄貴をケインのお目付け役で寮に残ってもらい、ぼくとウィルは魔法学校の試験を前倒しで済ませると、聖典研究の名目で大聖堂島に長期滞在することにした。


 従者ワイルドをお供に大聖堂島に来たぼくたちは、教皇がイザークのために押さえている宿泊施設を拠点として、祠巡りと定時礼拝以外は古代魔術具研究所で回収した邪神の欠片を消滅させつつ、アリオを追い詰める具体的な方法を検討していた。

 教皇の(月白さんの)見立てでは、教会のない古い魔法陣を利用して転移した方がアリオが教会の捜査網から逃れられると踏んで転移しているのではないか、ということだった。

 邪神の欠片の魔術具が北方地域での発見が多発しているのはガンガイル王国から移動したからともいえるし、本格的な冬を前に北方地域から先に魔術具をばらまき、冬は南部に潜伏するのでは?と推測した。

「南方諸国は気候こそ穏やかですが、長く続いた戦争の影響で土地の魔力が少なく自然が回復していないので潜伏生活をするには食糧確保が難しいのではないでしょうか?」

 ウィルの疑問に教皇はうーんと唸った。

「世界中すべての教会に似顔絵付きの手配書が回っているから、教会がある町に近寄るのは避けるだろうな」

「それでも上級魔導士ですから、認識阻害の魔法を使って地方の町に潜伏している可能性がありますよ。人のつながりが深い地方でも、難民のふりをすれば流れ者でも目立たずに潜伏できるでしょう?」

 生活スキルの低い教会出身者でも、戦渦に巻き込まれるまでは育ちがよかったふりをすれば難民として不自然じゃない。

「うーん。そうだな。アリオの経歴から考えても、その可能性は高いな。アリオの両親は貴族出身だったが家督を継ぐ立場ではなく、幼少期から運動能力がそれほど高くない子どもだったアリオを洗礼式後すぐに軍属学校ではなく教会に送り込んだ。温暖な南国の森でも生き延びる体力も知力もないだろう。ガンガイル王国で逃走後のアリオの目撃情報から察すると、あいつは調理されていない食材に直接齧りつくことしかできないような生活力しかないようだ」

 教皇はアリオのサバイバル能力が低いことを認めて考えを改めた。

「よそ者への警戒が強い小さな農村より、そこそこ人の出入りのあるそれなりの規模の町で、復興事業の作業員として難民を雇い入れているような町が潜伏しやすいでしょうね」

 貴族出身の難民を装うにしても村社会では潜伏しにくい、とウィルが指摘した。

「南方地域なら現在カカシが各地を回っている。心当たりがないか聞いてみよう」

 ワイルド上級精霊はマナさんの精霊に呼びかけたのか、ほどなくしてマナさんが転移してきた。

「話の流れは理解しました。南部の復興を急ぐ町では魔力持ちの難民は重宝されています。貴族階級出身者で難民になるということは脱走兵の可能性がありますね。彼らは不名誉のため地元に戻れず身元を隠して日雇いで働く傾向があります。彼らを雇う側に魔法行使の痕跡を見抜ける能力がなければ、認識阻害の魔法程度で潜り込めるでしょうね」

 マナさんの見解に、ぼくはちょっぴりがっかりした。

「ひょっとしたら復興を急ぐドルジさんの領に潜伏しているのではないかな、なんて脳裏をよぎったのですけれど、そんなこっちの都合のいいところに潜伏しているはずはないよね」

 ドルジさんが認識阻害を見抜けないとも思えず嘆くと、ドルジさんの領にいたらいいなとチラッと考えた、とウィルも魔獣たちも残念がった。

「まあ、ないとは言い切れないね。ドルジは領主として忙しくなり、いちいちすべての現場に立ち会わない。現場の代理人を誤魔化せれば、潜伏できるだろう。現場には魔術具の導入も多いし、難民でも現場で長時間魔術具を稼働させれば高収入を得られる。市民カードを偽造でもしていなければ、現金か現物で報酬が支払われているはずだから、そういった支払いを求める作業員がいないか少し探ってみよう」

 マナさんがアリオの捜索に協力してくれることになったけれど、まだ、邪神の欠片を消滅させてもアリオが教会の護りの魔法陣から転移して逃走することを防ぐ手立てを考えついていなかった。

 ぼくが溜息をつくと、ワイルド上級精霊がぼくの肩をポンと叩いた。

「焦るな、カイル。悪くない流れに乗っている」

 一朝一夕にはいかないが、やるべきことがわからなかった時より状況は進展しているのだ。

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