表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
760/809

不穏当な動静

 カテリーナ妃の火竜は巨大化しなければ本人不在で遠くまで視察できないということなので、スライムたちがカテリーナ妃に分裂のことを伝授し始めた。

 分裂しても両方の火竜が生きている状態をイメージして、とスライムたちに助言されても、カテリーナ妃は火竜を分裂させると分裂した方の火竜を操作できず、ほどなくして消滅してしまうのだった。

「完全に分離させるのではなく、まずは双頭の火竜を出現させて、双頭の火竜に別々なことをさせてみたらどうでしょう?」

 ぼくの提案に、それならできそうだ、とカテリーナ妃は目を輝かせた。

 カテリーナ妃は双頭の火竜を出現させて別々の魔法を出す練習を数回すると、分裂させても両方の飛竜を操れるようになった。

「両方出さないと操作できない欠点があるけれど、何とかなりそうですわ」

 そうはいっても、ぼくのスライムの分身と火竜の分身がともに調査のために北の森に赴いている間、カテリーナ妃は火竜の本体を出し続けなくてはならないので魔力の無駄遣いになってしまう。

 回復薬を差し入れして、打ち合わせを済ませると、亜空間から出るときの注意点を両殿下に伝えた。

 それでも、スライムたちの、大聖堂島へ行こう!のゲーム中の現実に戻ると両殿下は不自然にキョロキョロした。

 つい先ほどまで亜空間にいたのにゲームに戻ったスライムたちが何事もなかったかのようにボリスやミーアのスライムたちを蹴落とす姿を両殿下は驚愕の眼差しで見ていた。

「ラインハルト殿下のスライムは絶好調ですね。この様子ですと、ガンガイル王国まで今日中に往路なら確実に飛行できそうですよ」

 ノア先生の言葉にハルトおじさんが頷いた。

「飛行魔法学講座のみなさんのお部屋の用意ができていますから、今日はゆっくり離宮に滞在してください」

 打ち合わせ通りのアルベルト殿下の言葉に、ぼくたちが頷くとノア先生は、お世話になります、と返答した。


 ガンガイル王国に向けて飛行を開始したハルトおじさんのスライムと水竜のお爺ちゃんに乗ったハルトおじさんを見送ると、カテリーナ妃は女の子たちをお風呂に誘った。

 カテリーナ妃の作戦は火竜を出し続けていても問題ない環境にしておこう!という作戦だった。

 火竜を二頭出現させないと遠隔操作のできないカテリーナ妃は、サウナの熱風を火竜で微調整したり、水風呂を沸かしたり、プールを温水にしたりする間に、北の森の調査を終わらせる作戦なのだ。

 ぼくたちの作戦は、カテリーナ妃の火竜の分身を安定させるため、という名目でキュアとぼくのスライムの分身が言い出しっぺのカテリーナ妃の妖精を連れて北の森に赴き、妖精が行ったことのある場所として記憶させることで、今後の巡回を妖精自身にさせるのだ。

 精霊や妖精がたくさんいたキリシア公国出身のカテリーナ妃の妖精は、自分で太陽柱の映像から本当に必要な映像を探すのが下手なようで、デイジーの過去を見た素振りもなく、存在感を消しているデイジーの妖精が潜んでいることさえ見抜けていなかった。

 シロとデイジーの妖精は上級精霊と接する機会が多いから気配を隠す技術が向上しているのか、それとも、カテリーナ妃の妖精がポンコツなのか審議が問われるところだ。

 上級精霊の月白さんも興味のないことは太陽柱で確認していなかったから、妖精の元来の性格のせいなのかもしれない。

 北の森の調査の見送り役のアルベルト殿下にキュアとぼくのスライムの分身を預けて、ぼくたちも男湯に向かった。


 こんな時に呑気に大浴場に行くのは、そこまで広い国ではないドグール王国に入国してから光影の魔法を使用しなければならないような切迫感が全くなかったからだ。

 むしろ、国境付近のカテリーナ妃と自警軍の折衝や鉱山の土から白砂を採取できた興奮の方が勝っていて、そこまで逼迫した状況ではないような気がしてしまうのだ。

 露天風呂にぷかぷか浮かんでいるぼくのスライムの本体は、分身がハルトおじさんたちの後追いの形になったことで、追いつくかどうかのスピード勝負の様子を精霊言語で伝えてきた。

 カテリーナ妃の妖精が警戒すべき森だ、と伝えた地点でハルトおじさんたちと別れたが、邪神の欠片の気配を感じることができず、近隣の精霊たちに聞き込みをする地道な調査に切り替わった。

 精霊たちは邪悪な気配を纏った男が転移してきたときはパニックを起こしたが、男が去るなり、なんか嫌な感じがする、程度に治まったので、光る苔の洞窟まで避難する必要性を感じなかったらしい。

 ぼくのスライムの報告を露天風呂で両手足を伸ばしながら聞いていたぼくと兄貴とケインとウィルとジェイ叔父さんは、時折、心配そうな表情を浮かべる遅れてやってきたアルベルト殿下に、いいお湯ですね、と声をかけた。

 問題ないことを告げる合言葉だったが、とろんとした茶色い湯が肌に優しい、いいお湯ですね、とノア先生と助手が本気のコメントを返した。

 この素っ裸の状況で何か問題が発覚したらどうするかといえば、ぼくがトイレに籠もるふりをして、シロの亜空間で着替えをしてから現地に行くことになっている。

 状況からしてアリオはすでに逃走しており、何らかの魔術具を北の森に隠しているのだろうと、ぼくたちは推測していた。

 精霊たちの情報から現場を特定すればいい、と考えていたが、現地の精霊たちはアリオの存在感が不気味すぎたのか、あっちにいた、という程度の曖昧な表現しかしなかった。

 北の森で何も見つからないなか、カテリーナ妃の妖精が、何もないけれど何かあるようなざわついた嫌な気配がする!と主張すると、現地のぼくのスライムの分身は妖精を笑ったりからかったりしなかった。

 どんなに未熟な妖精でもその感覚は正しい!とぼくのスライムの分身は強く肯定すると、洗礼式前のぼくが辺境伯領で邪神の欠片を封印した魔術具の経年劣化に精霊たちが警告を発した時の事の顛末を圧縮した精霊言語でカテリーナ妃の妖精に送った。

 辺境伯領の精霊たちは、邪神の欠片が辺境伯領に厳重に保管されていたから、ちょっと嫌な気配の場所を特定できたが、そもそも邪神の欠片を避けたい精霊たちが嫌な気配の正体を探れないのは仕方ないのだ。

 ぼくのスライムから説明を受けた妖精の顔つきが変わった。

 せっかく平和なこの国をアリオのいいようにはさせない、と妖精は呟くと、カテリーナ妃の火竜を連れてずんずんと森の奥へ進み、キュアとぼくのスライムの分身がその後を追った。

 決意をしても妖精は途中で体が震えだし、カテリーナ妃の火竜に抱きつきながら進んだ。

 妖精を可哀想に思い始めたぼくのスライムの分身は、伸ばした二本の触手を地面につけて魔力を流して邪神の欠片の気配を探ろうとした。

 ぼくのスライムに共感したぼくの掌がほんのりと熱くなるような気がすると、ぼくは湯船から立ち上がった。

 やっぱりあったのか!とアルベルト殿下の顔色が変わった時、ぼくと兄貴とケインとウィルとジェイ叔父さんはワイルド上級精霊の亜空間に招待される感覚を覚え、お互いの顔を見合わせた。

 一人で亜空間に行くつもりだったから風呂に入ったが、みんな素っ裸なんて失策だったか!と思った時には、ぼくたちは実習服を着用した状態で、シロの亜空間に招待されていたその時着用していた服を着用したその時の面々が、ワイルド上級精霊の真っ白な亜空間の中にいた。


「これはマズい事態に発展しているかもしれない」

 再集結した面々に自己紹介もないまま、深刻な状態かもしれない、と口にしたワイルド上級精霊の言葉にぼくたちは青ざめた。

 アルベルト殿下やカテリーナ妃は服を着こんだ状態で、見知らぬ高貴な雰囲気の美青年の亜空間に招待された状況が飲み込めなくても、今までわりと悠然としていたハルトおじさんが顔面蒼白で口をパクパクしていることで事の深刻さを理解した。

「そうでしょうか。上級精霊様。この程度の不快感は、邪神の欠片が浮かび上がってくる前兆くらいの物で、精霊たちの憩いの場でこのような情報を得ても、後回しにするような案件です」

 ぼくのスライムが震えながら言うと、日頃一緒に光る苔の洞窟で調査している水竜のお爺ちゃんが顔をしかめた。

 “……邪神の欠片は土地の魔力量が減少すると浮かび上がってくるものだ。だから、ここまで土地の魔力が豊富なドグール王国で起こる事案ではない、ということだろう”

 どこもかしこも魔力不足だった帝国では優先順位が低い情報だったが、ドグール王国で話が違う。

「おそらくアリオによって持ち込まれた邪神の欠片の魔術具が死霊系魔獣を集めない程度に封じられている状態だろう」

「今すぐ何かが起こるというわけではないのですよね」

 状況を把握したアルベルト殿下がワイルド上級精霊に質問すると上級精霊は頷いた。

「邪神の欠片にまつわることは、あるともないとも言えない。ただ、それなりに厳重に封じられていることから推測すると、今すぐ暴発することはないだろう」

 帝都の魔術具暴発事件のような切迫した事態に今すぐ陥らない、と推測できるだけで、何かを仕掛けられていることには違いがないのだ。

「場所がマズいですよね」

 ぼくの言葉にワイルド上級精霊が頷くと、真っ白な亜空間にぼくのスライムがシロの亜空間で再現したジャミーラ領の教会の魔法陣がより鮮明にくっきりと光り出した。

「世界中に転移できるアリオが、古い教会の護りの結界に沿って邪神の欠片を封じたなら、世界中に一斉に邪気を発生させることができるかもしれないだろう」

 そんなことが起こったら世界は大混乱に陥ってしまう!

 ワイルド上級精霊の推測にぼくたちは言葉を失った。

「まず、現状を確認するため今回は邪神の欠片を消滅させる前に、古い結界のどの位置にどのようにして邪神の欠片が仕込まれているかを詳細に調べなくてはならない」

 ぼくとぼくのスライムの分身は頷いた。

「邪神の欠片が封印されているような気配はするけれど、あまりにも弱弱しい感覚なので、今回は失敗を避けるためにイザーク先輩にも手伝ってほしいです」

 ぼくの言葉にぼくのスライムも頷いた。

 光影の武器はあまりにも強力かつ、邪神の欠片の消滅を優先させようとする強制力がある。

 邪神の欠片を消滅させずに捕獲する厳格なイメージを保てなければ消滅させてしまう気がしてならない。

 脳裏に失敗するイメージがついてしまった、ぼくにそれを払拭させる力が欲しかった。

 ワイルド上級精霊が頷いた時には、ガンガイル王国の魔法学校の制服を着たイザークが真っ白な亜空間に招待されていた。

「急に呼び出して済まなかったね」

「いえ、かまいません。ちょうどラインハルト殿下のスライムが辺境伯領に飛行してくるのを見学するために辺境伯領に転移するところでした。時間もあるので、ここからドグール王国に転移しても問題ありません」

 何も説明を受けていないのにもかかわらず自分の役割を察したイザークに、アルベルト殿下とカテリーナ妃が驚愕の表情でイザークを見た。

「ヘルムート王子の面影のある両殿下が上級精霊様の亜空間にいらしているということは、ドグール王国で邪神の欠片が発見されたのですよね」

 ぼくたちが無言のままで、自分が注目を浴びている状況に気まずそうにイザークが言うと、ワイルド上級精霊は圧縮した精霊言語をイザークに送り付けて現状を知らせた。

「うわぁ。なんだ、これは!アリオは人類を滅ぼす気なのか!」

 ぼくたちが脳裏によぎっても口にしなかった最悪の事態の予測を、一気に情報を与えられて頭が混乱しているイザークが叫んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ