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招きスライム……?

 山頂に到着すると寒さに弱いのか水竜のお爺ちゃんはぼくのスライムに包まれて火竜に近づいて暖を取っていた。

 “……山越えすることは大丈夫なんだが、停滞飛行すると寒くてかなわない”

 動き回っている時は気温に影響されないが、元来ぬるま湯が好きな水竜のお爺ちゃんには風雪の強い山頂は辛いだろう。

 いや、飛行魔法学講座の実習服のつなぎにフードがついていないので、魔法の絨毯を降りるとぼくたちだって首から上が絶望的に寒い。

「たとえドグール王国から掘削の許可を得たとしても、山が春になるまで待った方が無難でしょうね」

 ガタガタと顎を震わせながら言った助手の言葉にノア先生も震えながら頷いた。

「とりあえずドグール王国側に、いや、もうドグール王国内だけど、下山してカテリーナ妃殿下にご挨拶しましょう」

 ハルトおじさんの提案に火竜は頷きノア先生も賛成した。

 すっかり凍えてしまった水竜のお爺ちゃんは火竜の頭上に乗っかり暖を取りながら下山した。


 キャロお嬢様たちのスライムたちのスライムたちは大聖堂島と反対方向に飛行する消費魔力量の検証をするため変形して飛行を続けた。

 麓が近くなり充分温まった水竜のお爺ちゃんが自力で飛行すると火竜はドグール王国の国境警備兵に囲まれているであろうカテリーナ妃の元に戻った。

 火竜の消えた方向に魔法の絨毯を飛行させると、国境警備隊の分団に囲まれた王太子夫妻の存在を目視できた。

 アルベルト殿下がいたのにあの規模の火竜を出現させたのか!という側面と、アルベルト殿下がいたからあの規模の紅蓮魔法で死者がいなかったのか!という両方の思いがぼくたちの頭に浮かんだ。

 両殿下は満面の笑みでキャロお嬢様たちのスライムたちと魔法の絨毯に乗ったぼくたちを歓迎して両手を振ってくれた。


「今年も間一髪のところを助けていただきました」

 危うく戦争になる所だった、とアルベルト殿下は着陸したぼくたちに感謝して深々と頭を下げた。

 教皇の教会への通達を知ったドグール王国では聳え立つ山脈に囲まれているため通常は大きく迂回するため通過しないが、スライムたちが大聖堂島から北に飛行するならガンガイル王国に向かうだろうと推測し、ドグール王国山脈側の上空を飛行することになる、とあたりをつけて、上を下への大騒ぎになっていたらしい。

 来るならここだ、と信じて国境警備兵が山脈を観測する体制を整えていたらしい。

「私たちは北の果てまで飛行するとは考えていなかったので、もう少し手前で着陸するかと予測していました。ガンガイル王国まで飛行するなんて考えもしませんでしたよ」

 ノア先生は大岩の発着場の考え方の基準がジャミーラ領だったことから、北のルートのスライムたちがここまできたことは飛び過ぎたことを説明した。

「そうでしたか。こっちは全く予備知識がなかったので、飛行予想範囲が広くてもスライムたちならガンガイル王国に向かうと決めてかかっていたので、帝国側の自警軍も山の向こうで待ち構えていたのか、と考えてしまいました」

「いや、それについては帝国側は予想飛行の範囲内のあちこちで自警軍の招集があったことを教皇猊下から伺っています」

「ここでの自警軍の人数が多かったのは、おそらくその飛行魔法の利権がドグール王国へ渡るようなら、検証そのものを確実になかったことにしたかったからでしょうね」

 ノア先生の説明にハルトおじさんが補足すると、奪えないなら壊してしまえということですね、とアルベルト殿下は眉を顰めた。

「スライムたちが通過するのを地上から見上げようと野次馬根性で夫婦そろってきていたのでしたが、国境越えの魔力が多数あり、と父から一報を受けて妻が探りを入れたのです。まあ、……後はご覧の通りすっかりお世話になりました」

「いえ、そもそも飛行魔法学講座の検証でこんな大騒ぎになってしまったのです」

 お騒がせしました、とノア先生と一緒にぼくたちはアルベルト殿下とカテリーナ妃に頭を下げた。

「そうはいっても、隣接する帝国の領地がドグールに渡るくらいな撃ち落としてしまえ!となるほどの利権が飛んできたのですから、ありがたい話です」

 満面の笑みを見せるアルベルト殿下に、それが……、とノア先生は大岩の発着場が山頂だと素材の採取も難しいことを伝えた。

「なるほど。わかりました。ジャミーラ領のように簡単には採掘できない、ということですね。父と相談しなければなりませんが、掘れないなら現在掘っている場所、鉱山の土を少量なら提供できるかもしれません。王都の離宮で相談しませんか?」

 ウチくる?と気軽に王太子殿下から招待を受けたことにノア先生と助手が、ええ!と顎を引いた。

 ジャミーラ領での身分別に取り次ぎがあったまどろっこしい交渉を熟した後に、気さくなドグール王国の王族の対応が信じられないのだろう。

 カテリーナ妃は反対するどころか、ヘルムートが喜ぶわ、と大歓迎している。

「行きましょうよ。ノア先生。急いで大聖堂島に戻らなくてもいいんですから」

 ハルトおじさんの言葉に、ノア先生は、王族同士だから恐縮しないよなぁ、という視線をハルトおじさんに向けた。

「今回の自警軍との衝突に小さいオスカー殿下は配慮される必要はありませんわ。皇族とはいえ、まだ未成年の魔法学校生ですし、何より所属派閥が全く違うでしょう?ご遠慮なさらないでください」

 小さいオスカー殿下の立場も配慮したアルベルト殿下の強い誘いにノア先生も頷いた。

 山脈の向こうで追い払った自警軍の一部の軍人の治療に当たっていたキュアが合流すると、カテリーナ妃はキュアを抱きしめて、いい小芝居で収めてくれた、と感謝した。

 魔法の絨毯に躊躇いもせず乗り込む両殿下と見送る国境警備兵たちを見たノア先生と助手が、不思議そうな表情をすると、昨年、何度も乗ったことがある、とアルベルト殿下が笑った。

 ぼくたちが予想以上に仲がいいと知ったノア先生と助手は、感覚がおかしくなる、と呟いた。

「形式ばらなければならないところでは体裁を整えるが、うちの妻より強い部隊はそうそうないと自負しているから、護衛を置いていっても問題ないのですよ」

 アルベルト殿下の軽い言い方に簡単に、山脈を越えられる火竜を出現させるカテリーナ妃の実力を目の当たりにしたばかりのぼくたちは、そうですね、と笑った。

「鉄は熱いうちに打てというではなりませんか、大岩の発着場が山頂という不便な所にあっても、それを打破できる技術を持つガンガイル王国の王族がいらしているのですから、一気に話をつけてしまいましょう」

 アルベルト殿下は、素材採取が容易ではない場所だからこそ盗掘の被害に遭うこともなく、人間が寄り付かない場所だからこそ行える取引がある、と話を切り出した。

「なるほど。ガンガイル王国から飛竜便を山頂に送り、山頂には荷物を受け渡すだけの魔術具を設置しておけば、大聖堂島に少ない魔力で荷物を運べる、とお考えなのですね」

「ええ、うちは特産品を輸出できるほど大きな国ではないので、我が国からの荷はそれほどないでしょう。ですが、ガンガイル王国は違います。うちが経由地点になることで、地理的鎖国状態なのにもかかわらず、ガンガイル王国から最先端の魔術具を輸入できる恩恵にあずかれるのです。大聖堂島に送る荷物に人間を使用しなければ貴重な魔術具の紛失を防げます。帰りに飛竜の魔術具が王都に立ち寄ってくだされば、輸入する分だけの荷物しか人目に触れることがないのです」

 高価で貴重なガンガイル王国製の魔術具を盗難の恐れなく経由させ少量だけ国内に流通させられればいい、とアルベルト殿下が言うと、ハルトおじさんは頷いた。

「そうなると、飛行パネルの製作を急ぎたいところですが、うまいこと新素材が鉱山から発見されればいいのですがね」

 ノア先生の言葉にアルベルト殿下が曖昧な表情で笑った。

「察しています、我が国の鉱山もあちこちから少量ずつ採掘していますから、いろんなところの地層のサンプルがたくさんあるのですよね」

 アルベルト殿下が出所を内緒にしたくて口を閉ざしているのに、ハルトおじさんがペラペラと推測で話し出すと、カテリーナ妃が笑った。

「そうですね。おそらくご存じのように、どこから採取したものかを公表できませんが、サンプルの数だけならたくさんありますよ」

 王都の離宮に向かっているのはサンプルの保管場所が王都にあるからだ、と気付いたノア先生は満面の笑みになった。


 王都に着くと話は早かった。

 ぼくたちがヘルムート王子と昼食を一緒に取っている間に、鉱山の土を飛行魔法学講座に提供してくれる話が正式にまとまっており、はやくもいくつかの土が離宮に持ち込まれていた。

 どこから採取したものかは秘密だったが、ぼくたちがジャミーラ領の地層から推測した欲しい地層の状況を話すと、研究員が該当するサンプルを選んでくれた。

 いくつかのサンプルを篩にかけると白砂や白い礫が採取できた。

「ああ、本当に魔法が効きませんね」

 研究員が耳かき一杯程度の量の白砂に魔法が全く効かないことを確認すると、こんな素材があったのか?と首を傾げた。

「魔法の効かない素材から魔術具を作る発想が信じられません!」

 研究員はぼくたちの発想力を絶賛したが、素材の保管のラベルを間違えただけだ、というと、ありがちです、と笑った。

「これなら私たちでも探し出せます。お任せください!」

 ドグール王国での素材採取が過酷なものになると考えていたのに、全部他人任せにできることに気をよくしたノア先生は笑顔で研究員と固い握手を交わした。

「このくらいの量ではまったく足りないでしょう?」

「スライムの分身一つ分のタイルなら制作できます。ぼくのスライムは重たいので、この小瓶一つくらい必要です」

 親指一つ分ほどの大きさの小瓶を示すと、その量の違いに研究員はぼくのスライムを二度見した。

 ぼくのスライムが二本の触手を胸の前で握りしめ体をプルプル震わせた。

「ごめんね。乙女の体重を暴露しちゃったね。水竜のお爺ちゃんより軽いかな?」

 実際には水竜のお爺ちゃんと大差ない重さなのに誤魔化すと、スライムに性別があるのか!と研究員はそっちに驚いてスライムたちを見た。

「性別というより、属性のようなものです。ぼくのスライムは可愛い物が大好きで、性格が乙女なのですよ」

 乙女属性のスライムたちがぼくの言葉に頷くと、ハァ、と研究員は素っ頓狂な声をあげた。

「それでしたら、お手伝いしてくれたお礼に綺麗な魔石をあげますね。ドグール王国では珍しいものではないのですけれど、帝国に留学した時には見かけない昆虫の魔石ですから、たぶん貴重だと思います」

 玉虫色の小さな魔石をジャラジャラと袋から取り出した研究員を見たスライムたちは、喜びの万歳をした。

 ヘルムート王子の遊び相手を頼んでいるみゃぁちゃんとみゃぁちゃんにも何かご褒美をあげないと可哀想だな。

「こんなにたくさんの魔石をいただいてもいいのですか?」

「ふんだんにご褒美を与えてスライムたちと仲良くなるようにと、妃殿下からお達しを受けています。ドグール王国に幸運を運んできてくれた魔獣たちですからね。他の魔獣たちにも妃殿下が何かご用意していましたよ」

 幸運を運んできた魔獣と呼ばれたスライムたちは誇らしげに胸を張った。

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