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いよいよ掘削!

 現実を受け入れたジャミーラ領の三人はお弁当を食べ終えると、ぼくたちを石垣の中に案内した。

 パンダもついてくるので魔獣たちが立ち入ることも認められた。

 そもそも大岩のそばの土地が聖地じゃなかったことで、ダグ老師のハードルが下がったのだろう。


「山の神の祠ではなく空の神の祠ですか」

 真っ白い大岩の手前に設置されていた祠を見てぼくが呟くと、駄目でしたか?とダグ老師が逆に尋ねてきた。

「いえ、差し出がましいことを言う気はないのですが、時代背景的に大岩が浮かんでいた時代の物ではない、と考えて口にしただけです」

 大聖堂島が墜落してから七大神に昇格した空の神の祠より森の守りならば山の神か大地の神だろうと踏んだだけだ。

「そうです。この祠は割と近代に建立されたもので、奥に山の神の祠があります」

 問題なさそうでよかった、とダグ老師は安堵したように答え、山の神の祠の存在を言い当てたことにドーラさんが感心して、お見逸れしました、頭を下げた。

 カイルは凄いだろう?と我がことのように自慢する小さいオスカー殿下を、まあテキトーに言っただけだよ、と流して、空の神の祠に魔力奉納をした。

「この祠は城下町の祠より規模が小さいというか、うちの滑空場の祠と大差がないようですね」

 魔力奉納を終えたノア先生の感想にダグ老師が頷いた。

「先ほど見抜かれてしまっていますからお話ししますが、大岩の奥に山の神の祠がありその隣に礼拝室があります。守り人と守り人候補しか魔力奉納をしませんから、ジャミーラ領領主様はこちらで魔力奉納をします」

 ダグ老師は杜の領主のような立場で、ジャミーラ領の領主は礼拝室に立ち入らないのだろう。

 万が一にもジャミーラ領城が落城しても杜の城とうたっている限り本当の護りの結界が森の中に隠れされていることに敵は気付かず大岩を渡さない、という体制のようだ。

 空の神の祠の奥に、ドシンと地中に埋もれて一部分だけ突き出ている真っ白な大岩があった。

 ぼくたちが大岩に触れることも魔力を流してみることもダグ老師は快諾してくれた。

 ペタペタと触り魔力を流そうとしても大岩の表面の僅かの隙間で魔力の流れが停滞し、弾かれてしまうのは大聖堂島の湖底の白砂や礫と同様だった。

「ありがたいものを拝見させていただきありがとうございます」

 満面の笑みを見せるノア先生がダグ老師に礼を言うと、つい先ほどここが聖地ではない、と否定されたダグ老師は苦笑した。

「これをご覧になったら、よくぞ保存されていました、と私が感謝する気持ちを理解してもらえますよ」

 ノア先生が自分の収納ポーチから大聖堂島の湖底から採取された白砂の入った小瓶を取り出した。

 いや違う、そっちは不毛の地の白砂だ。

「ノア先生違いますよ。こっちです」

 ぼくが収納ポーチから本物の白砂の入った小瓶を取り出して手渡すと、ノア先生は、うっかりしていた、と自分の額をピシャリと叩いた。

「教室の保管庫に偽物を保管していたんですが、私が教室に籠っていたのに気が付かなかった泥棒が侵入してきたのですよ!泥棒は捕らえましたが、留守にしている間に教室に侵入されるのも嫌だったので、職員室で白砂を持ち出している姿を見せつけて、そのまま持ってきたのを忘れていた」

 ノア先生はケタケタと笑いながら魔法学校関係者が泥棒だったことを臭わせた。

「よくご無事でしたね」

 ハルトおじさんがノア先生に危害が及ばなかったことを気遣うと、ノア先生は得意気に胸を張った。

「職員室から堂々と鍵を持ち出せる立場の人物が犯人だったが、私が教壇の陰で細かい数字とにらめっこをしていたことに気付かないで侵入してきたから、飛行魔法で即座に背後に回り、絞め落としました。これでも学生時代は競技会の選手だったので、腕に覚えがあるんですよ」

 力こぶを作ってみせたノア先生に、よっ!逞しい!とぼくたちが囃し立てた。

「素材を秘密にしているから気になって仕方ない魔法学の教員が出来心で覗きに来た、というのが事の真相なんですよ」

 盗難目的というより一目見て、触って、使ってみたかった、という供述を引き出したノア先生の助手が補足説明をした。

「採取する量はこんな少しでいいのですか!」

「これは不純物を取り除いたものですから、もう少しまとまった量が欲しいです」

 白砂の小瓶を受取って矯めつ眇めつ眺めたダグ老師の言葉にノア先生が苦笑した。

 ノア先生は白砂はとある地域の泥から精製した素材で、今回もある程度を採取して成分を分析したい、と申し出ると、ダグ老師は頷いた。

 採掘担当のケインがガチョウの卵程度の大きさの掘削の魔術具を取り出すと、ジャミーラ領の三人はその小ささに驚いた。

「大岩からある程度距離があっても大丈夫です。むしろ垂直に下ろしていくので大岩に接触しないように遠い方がいいです。離れた地点から掘削を始め大岩の方向に土が固まる魔法を放ちます。こうすることで、掘削した穴がふさがらない利点と、大岩に魔法が効かないことを利用して地中に埋まっている大岩の形を測定します」

 おおおお!とジャミーラ領の三人がケインの説明に感心した。

「いろいろと頭が固かったようで申し訳ない。これなら大岩が鎮座する地が聖地だったとしても全く問題ない方法です」

 この方法がさも素晴らしいようにダグ老師は言ったが、土地の採取を素直に認めたのは現実を認識したからであって、昼食会でのパンダの断罪とジャミーラ領の魔力不足を説明しなかったら、こうも素直に応じなかっただろう。

 ダグ老師の許可を得た飛行魔法学の面々は五つの班に分かれると、大きく距離を取って大岩を取り囲み魔術具を設置した。

「準備万端です!」

 一つ一つの魔術具の状況の確認をしたケインがノア先生に告げると、ノア先生は掘削開始の笛を吹いた。

 縦におかれた卵型の魔術具がその場で回転したが地中に潜ることがなかったので、魔術具を凝視していたジャミーラ領の三人は、これで掘っているのか?と物足りないような表情になった。

「こっちを見てください!」

 ジェイ叔父さんは画板のような魔術具を見るように、と三人に促した。

「実習生たちが覗き込んでいる小さい板に現在掘削の魔術具が掘り進めている深さと魔力の流れが止まる場所を表示されています。この画面で五つの魔術具の情報が同時に見れるので大岩の形を計測するのに使用します」

 ジェイ叔父さんの示す画面をのぞき込んだジャミーラ領の三人は、はぁ、とよくわからないと言いたげに大きく息を吐いた。

 五分割されている画面には数字ばかり表示されており、どの数字が何を計測したものかわからないジャミーラ領の三人は首を傾げたが、たとえ数字の意味を知っていたとしても、次々と増えていく数字をグラフのようにイメージすることはできないだろう。

 五つの班に分かれているメンバーも手元の操作で他の班の情報が見れるが、理解度に差があるのか地味な作業に興奮の度合いに差が出る表情をしていた。

 パンダと魔獣たちは回転する卵型の掘削の魔術具を飽きることなく眺めていた。

「……平たい立方体のような大岩が斜めに地面に刺さるように埋まっていて、地上で見えている部分は角のところのようですね」

 徐々に解明していく大岩の情報から推測した形状をジェイ叔父さんがメモパッドに描き込むと、こんなに大きいのか!とノア先生とジャミーラ領の三人は興奮で鼻息が荒くなった。

 掘削の魔術具の回転が終わると、終わったのか?とダグ老師が尋ねた。

「大岩の下まで確認できました。地中の状態を知りたいのでもう少し掘削してもいいですか?」

 ノア先生がダグ老師に尋ねると、いいですよ、とダグ老師は即答した。

 ノア先生が笛を吹くと再び掘削の魔術具が回転したが程なくして止まった。

 魔術具が止まった原因の推測ができたぼくたちは、ヤッター!と歓声を上げた。

「大岩の下の地層は白砂の成分を含む土なのか、魔力の流れがまばらです。掘削を進めることも可能ですが、白砂を含む地層を確認することが今回の目的なので、ここまでで十分でしょう」

 ジェイ叔父さんの言葉にジャミーラ領の三人も、おおおおお!と歓声を上げた!

「地層の確認にスライムたちを穴に潜り込ませてもいいでしょうか?」

 ノア先生の言葉に、いいですよ、とダグ老師は満面の笑みで言った。

 小瓶の白砂の採取地は伏せているが、大聖堂島の湖だと予想できているダグ老師は、大聖堂島の湖底の白砂と同じ砂が発見されれば、伝説が史実だった証拠の一つとなるので、大興奮している。

 卵型の掘削の魔術具の上部をスライムたちが開けると中に入り込み触手で蓋を閉じた。

「この中に本当に穴が開いているのですか?」

 半信半疑で尋ねるラグルさんにノア先生は笑って答えた。

「ええ、収納の魔術具を兼ねているので掘った分の土は現在収納されており、垂直に穴が開いています。必要な分の土だけ採取して後は埋め戻します」

「五つの穴の内一つは掘った分の土を全部いただきたいのですが、いいでしょうか?」

 別な場所を掘削する時の参考にするためにです、とダグ老師に申し出ると、パンダがダグ老師を睨んだ。

 “……それぐらいあげても、問題ないよ”

「ああ、魔術具を外す時に、今、固めてある横の土をほぐすので穴は埋まります」

 ケインがすかさず補足説明をすると、ダグ老師は首を縦に振った。

「いままでカイル君の魔力をいただいて大岩を守っていたのだから、そのくらいでしたらかまいませんよ」

「ありがとうございます!ダグ老師!地層の研究は私がケイン君と担当する予定なのです。大地震の影響がなかった領ですが、土砂崩れや森林火災など土への影響を調べることで森の歴史から地層の年代を特定するつもりです!」

 ダグ老師が全面的に許可を出してくれたことに大喜びする小さいオスカー殿下を見たジャミーラ領の三人は、小さいオスカー殿下が公子としてお飾りの実習生になったわけではなく本当に上級魔法学校の研究をしていることに驚きの表情を見せた。

「長年教職についていますが、今年の飛行魔法学の受講生たちは本当に優秀です。足りない知識があれば積極的に学び、好奇心が赴くことはとことん追求します。……そして、息抜きがとても上手なのですよ」

 掘削の魔術具からスライムたちが出てくると、ご褒美に飛行するタイルを収納ポーチから取り出したぼくを見てノア先生が言った。

「ノア先生!ダグ老師!魔術具を片付けている間に、スライムたちを遊ばせてもいいでしょうか?」

 ぼくが手にしている真っ白なタイルを見たジャミーラ領の三人は、それが飛行するタイルか!と実物を見れることを喜んだ。

「ええ、実は私もスライムがタイルに乗って飛行するところを見たかったのですよ」

 ダグ老師が快諾すると、ぼくはタイルを宙に放った。

 魔力供給のされていないタイルは放物線を描いて地面に落ちていくが、スライムたちが飛び乗るとフワっと浮かび上がり大聖堂島の方向に流された。

 うわぁ、と声をあげたジャミーラ領の三人は、空を見上げ、かつて大岩が飛んでいた時代に思いを馳せるように目を細めた。

 ぼくたちが片付けを終える頃にはスライムたちは流され過ぎないように舵を切って戻ってきていた。

 みぃちゃんとみゃぁちゃん用に座布団サイズのタイルを出すとダグ老師は頷いた。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんも空を飛び、キュアと水竜のお爺ちゃんとスライムたちは大岩の上空で輪になって飛ぶと精霊たちが集まってきた。

 パンダが羨ましそうに地上から眺めているので、飛びたいの?と尋ねると可愛らしい表情で頷いた。

 ここで、パンダの分のタイルを作ってしまおうか、と考えると、ぼくのスライムが触手を伸ばしてパンダを一本釣りのように釣り上げた。

 おおおおお!とみんなが歓声を上げる中、小さいオスカー殿下が呟いた。

「あれ、やられた方は心臓に負担がかかるんだよ」

 殿下は経験があるのか!とジャミーラ領の三人は、スライムの触手でひっぱりあげられたパンダが空中に放り投げられてはキュアや水竜のお爺ちゃんにキャッチされる様子を見て、小さいオスカー殿下を二度見した。

「六人の兄上が似たようなことを経験して、人格が変わった兄上が感想を話してくれました」

 小さいオスカー殿下の表現では、まるでスライムに一本釣りされたから皇子たちの人格が変わったかのように聞こえ、ぼくたちは吹き出した。

 違う、そうじゃない。

 みんなそれぞれいろいろ経験をして、考え方をあらためたのだ。

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