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詠唱魔法の評判

 談話室の帝都の模型で上映会を再現すると、ハントは小型化した映写機の魔術具に興味津々ながらもアドニスの三次元映像の魔法の再現であることを一番喜んだ。

「詠唱魔法で立体的な映像を作ると、日によって映像の出来に差があるのでこうして再現する魔術具を作製してもらい、一番できのよい映像を当日使用しました」

 まだまだ修行が足りません、とアドニスが恥ずかしそうに説明すると、ハントは目を細めて頷いた。

「アドニスの立体映像の魔法はとても高度な複合魔法で、魔術具で再現できるのはガンガイル王国寮に優秀な人材が多いからだ。通常では再現さえできない」

 ハントの言葉に、そうだろう、とハルトおじさんが頷いた。

「上級魔導士と仕事をする事が少ないので詠唱魔法の凄さを知らなかったよ。アドニスはたいしたものだよ。軍に所属していると、上級魔導士に仕事を依頼することは死霊系魔獣対策に失敗している、と考えられてしまうので依頼することもないんだ」

 アドニスを褒めつつポロリとハントが内情を漏らすと、にんまりとした笑顔でハルトおじさんが頷いた。

「国防上、死霊系魔獣に苦慮しているとは漏らしがたいですからね。地方領地では領政の安定のために教会に依頼することはままありますよ」

 ガンガイル王国では死霊系魔獣対応だけでなく瘴気の浄化を騎士団と共に行うために上級魔導士の派遣を教会に依頼することは珍しくないらしい。

「教区と領地で護りの結界の範囲がズレていますから、そういった二重結界の隙間に死霊系魔獣や瘴気が潜みがちです。教区内の魔力の歪みを解消することも上級魔導士の仕事ですから、教会も積極的に上級魔導士を派遣していたのですが、そこで派遣されていた上級魔導士の中に秘密組織の手先がいて、上級魔導士が子どもたちを唆し親から引き離す事例がありました」

 従者ワイルドがディーとフエの例を仄めかすと、渋い表情になったハルトおじさんが頷いた。

「ガンガイル王国も相当数の子どもたちを秘密組織に連れ去られてしまいました。あれはね、教会ばかりを責めてはいけない問題です。高位貴族の目に届くところは、綺麗な庭のように柴刈りされたところばかり案内されるものなのです。視察しても目に入らないし、書類上の数字さえ綺麗に取り繕うこともままあります。それでも、(ひずみ)は視察した現場にも書類上にも確実に残っていますね」

 ハルトおじさんがニヤリと笑うと、ハントも微笑み返した。

 身分を隠して好き勝手に行動することの多いおじさん二人を見比べた寮生たちの脳内に、同類か?という疑問符が浮かんでいるように見えた。

「ええ、そうですね。私は自分がハントになるまで曇った眼鏡をかけ続けていたような気がします。肩書のない状態で世界を歩いてみると見える視界がまるで違いました」

 ハントは帝都の模型を見ながら、下町にある水と風の神の広場を指さした。

「そうそう。下町が近い水の神や風の神の祠の広場から見ても主人公の少年が回転しながら悪役と立ち位置が入れ変わるからよく見える映像になっているのがよかったよ」

 ハルトおじさんとの会話よりアドニスとの貴重な時間を優先させたハントは目尻を下げて話を戻した。

「せっかくの立体映像だからいろんな角度から見えた方がいい、ということでカイルさんが映写機の魔術具で再現する時に回転させてくれました」

 ぼくの手柄だ、とアドニスがハントに説明しても、そうか、とハントはにこにこと笑みを浮かべたままアドニスを見ていた。

「うん。カイルの発想と技術は凄いよね。私も一緒に旅をして本当に勉強になった。アドニスもそうだろう?」

 はい、と頷くアドニスと共通する話題があったことに満足そうに頷いたハントは、映像制作で気をつけた点などをアドニスに質問して、親子の時間を楽しんだ。

「詠唱魔法といえば、オムライス祭りが楽しみですね」

「私と寮長は貴賓席に呼ばれているから間近で見られないのが残念だ」

 ジェイ叔父さんとハルトおじさんは、寄宿舎生たちが巨大フライパンを詠唱魔法で操作するオムライス作りに話題が移った。

 “……ハルトおじさんは誓約済みなんだから、作る側に回ればいいじゃない。どうせ、何回もオムライスを作ることになるわよ”

 “……そっか。あたいたちが補助に回れば失敗しないよ”

 みぃちゃんが精霊言語でハルトおじさんに提案すると、ぼくのスライムまでハルトおじさんを唆した。

 みぃちゃんやスライムたちを見て不敵な笑みを浮かべたハルトおじさんに、また何か思いついたのか!と寮長が苦笑した。

「みんなは先に教会に行ったらいい。来賓が早めに行くと先方に迷惑をかけるから、私たちは後から行くよ」

 寮長はぼくたちに下ごしらえの手伝いに行くように、と声を掛けると、もう行ってしまうのか!とアドニスと話し足りなかったらしいハントの首が伸びた。

「私はハントとして会場には行けないが、第二皇子の代理として、いや、譲ってくれなくても会場に行くよ」

 ハントの言葉に、それは非常識なのでは?とアドニスが眉を顰めた。

「いや、第六皇子を牽制するのに私が顔を出した方がいいんだ。昨晩の鎮魂の儀式の成功で、教会の威光が増しているからこそ、何としてもオムライス祭りに介入しようとするだろうからね」

 向こう見ずな行動ではない、とハントが言うと、アドニスはホッとしたようなはにかんだ笑顔を見せた。

 気遣いなのか、自己中心的な行動をしているのか、ハントの行動原理がわからないのは毎度のことなので、魔獣たちはジト目でハントを見た。

「貴賓として参加なさる皇族が増えるのですね」

 寮長が確認するようにハントに尋ねると、ハントは頷いた。

「第六皇子は小さいオスカーが不在の間に帝都の中央教会に影響力を持ちたいようで、オムライス祭りの食材卸業者に第六皇子の関係者が圧を掛けたらしい。帝都で孤児たちを引き取る準備をしている第五皇子夫人が気付いて手を回してくれていたらしい」

 “……ご主人様。孤児たちのために安全な食材を安定して確保するために長期契約できる業者を探していた第五皇子夫人が、第六皇子の関係者が、第七夫人の実家の領で生産された食材を仕入れるように、と教会ご用達の業者に強要していたことを突き止めました”

「なるほど、それでも、私たちは知らなかったことにしますよ。ガンガイル王国は次期皇太子について何ら干渉することはない方針を貫くだけです」

 ハルトおじさんの言葉に、理解しています、とハントは頷いた。

 オムライス祭りが恒例化すれば利権に群がる人たちが増えるのは予想していたが、次期皇太子を巡る争いまで関係してくるなんて残念だ。

 ぼくが小さくため息をつくと、気にしなくていい、というかのように従者ワイルドが小さく鼻を鳴らした。

 次期皇太子争いについては、上級精霊たちは放置する方針なのだろう。

「仲良くできない兄弟がいるだけの話だから、深刻にならなくていいよ。オムライス祭りを楽しんでおいで」

 表情が硬くなったアドニスにハントが茶化すように言った。

 ハントの言う、仲良くできない兄弟とはお互いに毒を盛り合う関係なのだが、今日のオムライスに何か混入されなければ気にしなくていい、と日常茶飯事な話のように流した。

「行きましょう!」

 キャロお嬢様に促されると、アドニスは頷いた。

「行ってきます。ハントさん、さようなら」

 アドニスがハントに声を掛けると、また後で、と笑顔でハントは手を振ってぼくたちを見送った。


 教会職員総出でオムライスの材料を仕込んでいるところにぼくたちが手伝いにいったので、大いに喜ばれた。

 第六皇子の関係者の不穏当な行動について出かける前に聞いたスライムたちは、すべての食品の安全点検をした。

 毒物どころか、衛生面でも温度管理から洗浄まで徹底されており、教会側でも警戒していたことが窺い知れた。

 マリアとデイジーとアーロンも手伝いに駆けつけてくれたので、事前準備は予定より早く終わらせることができた。

 時間に余裕が出ると、寄宿舎生たちは焦がさず潰さず巨大オムレツを焼くために集団でイメージトレーニングを始めた。

 詠唱魔法でのオムレツを焼きたい、と初級魔導士試験に合格したメンバーが申し出ると、寄宿舎生たちは快諾してくれた。

 準備した分のオムレツを焼き続けたら夕方礼拝まで魔力が持つかどうか、と危惧していたらしい。

 もしかしたら貴賓席から参加者が増えるかもしれない、とキャロお嬢様がハルトおじさんの存在を臭わせると、寄宿舎生たちは目を白黒させた。

「ガンガイル王国ではもう、王族が神学を学ぶ誓約を済ませているのですか!」

「高位貴族が教会に率先して協力する見本として王族が誓約をした、と言えば聞こえがいいのですが、私の大叔父は純粋に自分が上級魔導士になりたいからいち早く誓約をしたのでしょうね」

 キャロお嬢様の説明に教会関係者たちはさらに驚いた。

「詠唱魔法は発動までに時間がかかる、と貴族の間で魔導士は、割と下に見られていたので意外です」

 寄宿舎生が小声でぼやくと、マリアが首を横に振った。

「詠唱魔法を今までよく知らなかったから軽く見られていただけですわ。昨晩の上映会で魔法学校生たちの間で評価はがらりと変わりました。どこの祠の広場でも、あんなに素晴らしい映像の魔法を行使できるのは詠唱魔法ならではのことだ、と祠巡りをする魔法学校生たちが囁いていましたわ」

 人出が増えてから祠巡りをしたマリアの言葉にアーロンとデイジーが頷いた。

「新時代の到来ですわ!これからの魔法は詠唱魔法と魔法陣の魔法を組み合わせることが最強だと常識になるはずです!」

 自分の精霊から未来の映像を見たデイジーが高らかに宣告すると、そんな大げさな、と寄宿舎生たちは笑った。

「オムライス祭りの準備が忙しくて教会の外側の反応を知らないからねぇ」

 アーロンがボソッと呟いた。


 昨日に引き続きオムライス祭りの開会の儀式を教皇が執り行った。

 昨晩が鎮魂の儀式で、今日は子どもたちの健やかな成長を願うお祭りなので、生と死を二日間に分けて祀るお祭りになった。

 来賓席のガンガイル王国の席には寮長夫妻とハルトおじさんとオーレンハイム卿夫妻がいた。

 オーレンハイム卿夫妻は昨晩の宵宮の功労者として招待された。

 皇族席には神学校設立に力を入れている第二皇子と、多忙な中でも初級魔導士の資格を取得した第三皇子、地方教会への物流を円滑にした功績のある第五皇子、これといって教会に貢献していないのに押し掛けてきた第六皇子が臨席していた。

 こうして皇子たちの功績を比べててみると、第六皇子が教会のご用達の業者に圧力をかけてでも功績を出す必要があったことが明白だった。

 小さいオスカー殿下は元気かな?と孤児たちから小さな囁き声が起こるほど慕われている小さいオスカー殿下がいないことが不自然だった。

 小さいオスカー殿下の不在に作為はなく、ただ単に時期が悪かっただけだ。

 開会の儀式が終わり、巨大フライパンを加熱するために寄宿舎生たちがフライパンを取り囲むと、念のために、とスライムたちが寄宿舎生たち一人ずつに付き添った。

 キュアと水竜のお爺ちゃんが上空から見守る中、寄宿舎生代表が一声をあげた。

「フライパン加熱開始!」

 聖典の火の神の章を寄宿舎生たちは暗唱し始めた。

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