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光影の剣の可能性

「光影の盾を闇の面を内側にして水竜を包み込んでしまうと、水竜の魔力が奪われて……」

 “……やめてくれ!儂を消滅させる気か!”

 水竜のお爺ちゃんは精霊言語で教皇の発言を制止した。

「消滅させる検証は封印されている邪神の欠片でしましょうか?」

 穏便なぼくの提案に、それがよかろう、と教皇も賛同したので見学者たちを覆っていた盾を中華鍋の大きさまで小さくした。

「手元から離しても自在に操れるんだね」

 ウィルがしげしげと闇の面が正面になった光影の盾を見ると、興味津々のみんなも代わる代わる見に来た。

「短針銃に変身すると針は手元から飛び出すので、盾も手元から離して巨大化してしまえば無敵の盾になるかなと、想像したらできちゃった。手元で盾をイメージするのは変わらないよ」

 盾というよりあれは要塞だった、とマテルが呟くと、全員が頷いた。

「これを広げて邪神の欠片を封印する魔術具ごとくるんでしまったら、手っ取り早いわね」

 デイジーはサッサと研究所内の邪神の欠片を消滅させることを提案した。

「封印の魔術具ごと消滅させてしまってもかまわないなら、残りの全部を一気に消滅できますよ」

「古代魔術具の上から封印している魔術具だから消滅させてしまってかまわない。古代魔術具は扱いが難しい上、今後、悪用されないために、ここで消滅させてしまった方がいい」

 古くから受け受け継ぐべき物と消滅させなければならない物は区別すべきだ、と教皇が強く言うとワイルド上級精霊と月白さんは頷いた。

 一族で魔術具を受け継いでいる辺境伯領主一族なら門外不出を守れるが、集団で管理している教会では不正を防ぎきれず、世界中に影響を及ぼすことになるから、邪神の欠片を封じる魔術具をここに残してはいけない、ということなのだろうか?

 封印の魔術具を破壊して、光影の剣のような邪神の欠片を消滅させる新たな魔術具の開発を期待しているのだろうか?

 ぼくの考えにフフっと笑ったワイルド上級精霊の軽い反応は、今すぐにではなくても近い未来に製作すればいい、ということなのだろう。

「外側は古代魔術具ではないのでしたら一刀両断で全部を消滅させてしまうのはもったいないですよね」

 教会の貴重な魔術具が消滅してしまうのを嘆いたマルコに、任せておけ、と言うかのように触手で胸を叩いたぼくのスライムは教皇の掌に飛び乗って何やら囁いた。

 教皇はぼくのスライムの囁きを熱心に聞き入ると何度も頷いた。

「ふむ。光影の盾で覆った状態で、邪神の欠片が封印されている魔術具を並べて消滅の仕方を順に検証しても危険がない、ということだな」

 ぼくのスライムは教皇の掌の上で何度も頷いた。

「短針銃を使用すれば、封印の中心の邪神の欠片だけ消滅させられるでしょう。光影の針には闇の消滅の力だけではなく光の癒しの力もあるはずだから、光影の針であけた穴を光の力で修復できないかな?」

 目の付け所が一味違うケインが提案すると、邪神の欠片の魔術具を使用していたディミトリーが邪神の欠片を封印した後、廃人のようになってしまったことを、ぼくは思い出した。

 邪神の欠片の影響力を消滅させると同時に、邪神の欠片の影響で傷ついてしまった肉体や精神を少しでも癒すことができたら、現在も苦痛に苛まれているかもしれない二色の髪の子どもを救うことができるのではないだろうか。

 邪神の欠片がかかわることは精霊たちも予測ができないので、ワイルド上級精霊も月白さんもマナさんもケインの言葉に片眉を上げて反応しただけだった。

「できることなら何でも検証してみたいです。もし、邪神の欠片を消滅させると同時にダメージを修復することができるようになれば、瘴気で正気を失った人たちの回復に光影の剣が有効だと実証することになりませんか?」

 ディミトリーほどの精神力を持ち合わせていない、ガンガイル王国の廃鉱で精神障害を起こした騎士は、まだ家族の元の生活に戻れるほど回復していないと聞いている。

 帝都の魔術具暴発事件では死亡者こそいなかったが、教会付属の療養所で邪神の欠片の影響により精神疾患を患ったままの人たちがいる。

 帝都の魔術具暴発事件で奔走したクリスとボリスとウィルは療養所の被害者たちに治癒の魔法を施すボランティア活動に参加していたこともあって、光影の剣の光の効能に興味を示した。

「なるほど。邪神の欠片を消滅させられることは確かなのだから、消滅の規模を最小限にして光の効能も調べてみた方がいいな」

 二色の髪の子どもが今も痛みに苦しんでいる可能性に気付いている教皇は、残り八個の邪神の欠片が封印された魔術具を消滅させながら同時に魔術具の修復を検証することに同意した。

 教皇が奥の壁に手を突っ込んで邪神の欠片を封印した魔術具の箱を取りだしている間に、実験室の中央にぼくのスライムが光の面を外側に、闇の面を内側にしたドーム型の光影の盾を出現させた。

 床にぴったりと接触させずに隙間を開けているので真っ暗になることもなく、自分の魔力が奪われるような感覚もなかった。

 光影の短針銃の魔法効果を高めるため中にいたイザークも、体調に問題はない、と言った。

 眩しくて直視できない、中が見えない、と光影の盾の外にいるウィルやデイジーに文句を言われつつ、イザークの言葉による補助を得ながらぼくのスライムは盾の微調整をした。

 みんなの注文に応じて見えやすいように長テーブルを用意して八個の邪神の欠片が封印された魔術具を並べると、最初の一個目の箱は確実に邪神の欠片を消滅させることを目的として、短針銃で内側の古代魔術具ごと消滅させることにした。

 銃声と共にイザークが成功を保証する声を上げ、邪神の欠片を封印した魔術具の箱に光影の針が刺さったが、箱の外側に変化がなかった。

 やったのか?と見学者たちから疑問の声が上がった。

 光影の盾の中で検証を見守っていた教皇が魔術具の箱に触れると満足そうに頷いて、外側の箱を開けた。

「古代魔術具ごと消滅して白砂になっている!」

 教皇が箱の持ち上げて中を見せると、おおお、と拍手が沸き起こった。

「二つ目の箱は邪神の欠片と古代魔術具の魔法陣だけを消滅させるイメージで撃ちこんでみます」

 二回目の検証も初回の検証と同様に銃声とイザークの声の後、封印の箱の見た目に変化はなかった。

 二つ目の箱の銃痕から邪神の欠片の気配を感じなかった教皇が封印の箱を開けると、中にもう一つ箱が入っていた。

 マトリョーシカのようにいくつも箱を開けて魔法陣の確認をした教皇は、最後の箱の中身が空であることを持ち上げてみんなに見せた。

「全ての箱の魔法陣から古代魔法陣に関わる箇所が消滅しているぞ」

「古代魔法陣に関する箇所が消えても魔法陣として機能しますか?」

 すかさず質問したイザークを見た教皇は首を横に振った。

「残念ながらこれでは魔法効果を発揮できない。これはもはやただの箱でしかない」

 教皇の返答に、自領の古代魔法陣に手を焼いているイザークは、そうですか、と残念そうに項垂れた。

 公爵領の護りの結界から古代魔法陣を消せば、護りの結界として機能しないことになりそうなのでイザークはがっかりしたようだ。

「三つ目の箱は邪神の欠片の消滅と古代魔法陣の消滅と、銃痕をうめて箱を修復できるかを検証してみます」

 先ほどの二つと同様にイザークの援助を得て短針銃を撃ちこむと、封印の箱の銃痕から光が一瞬漏れると穴がふさがり、やったぞ!と見学者たちから歓声が上がった。

「穴がふさがると、邪神の欠片が消滅したかどうか確信が持てないな」

 そう言いつつも先の二つの封印の箱の邪神の欠片が消滅していたので、教皇は躊躇うことなく箱を開けた。

「ふむ。銃痕は完璧に消えている!魔法陣の古代魔法陣に関連する箇所も消えている。これは素晴らしい!」

 教皇は興奮しながら次々と箱を開けて最後の一つを開ける前に手が止まった。

「最後の一つは銃痕が消えていない。この箱は二度と使用するなということなのだろう」

 最後の一つの箱を開けて中が空なことを確認した教皇は、四つ目の封印の箱からは一番奥の箱も消滅するように、とぼくに指示を出した。

 四つ目の箱の検証では邪神の欠片を最初に封印した古代魔術具ごと消滅させることをイメージすると、奥の箱まで白砂にすることができた。

 残り四個の封印の箱で、封印の箱が魔術具として使用できる程度に魔法陣が残ることをイメージしたが、古代魔法陣に関係する箇所を残すことはできなかった。

 研究所で保存されていた全ての邪神の欠片を消滅させると、ぼくの手の中の光影の短針銃が消え去り、光影の盾の変身が解けたぼくのスライムは、実験室の真ん中の空間からポトリとぼくの掌の上におちた。

 ケインと兄貴とマナさんとウィルがぼくに駆け寄り、体に負担がないか、と尋ねたので、大丈夫だ、と即答した。

「絶対消滅させなければならない物は復元することができないのでしょうね」

 魔法陣の一部が消滅した封印の箱を検分しながらイザークが呟くと、ワイルド上級精霊と月白さんは頷いた。

「水竜のお爺ちゃんにぼくのスライムが同行したら、光影の短針銃で邪神の欠片と関係ない古代魔術具も使用不可能にしてしまうかもしれませんが、良いでしょうか?」

 現場で起こりうる事態を想定して教皇に尋ねると、教皇は躊躇なく頷いた。

「古代魔術具の回収より、逃走犯を確実に拘束することを優先してかまわない」

 光影の散弾銃にして命中率を上げたらどうだろう?とキャロルが提案すると、それぞれが考える最強の武器に話が移った。


 ぼくたちはその後、礼拝所で聖典の続きを読んで過ごし、夕飯の支度にとりかかる時間になると、似顔絵を描きに行っていたスライムたちが噴水広場に戻ってきた。

「二色の髪の色の子どもはフランクが見た当時の姿だからもっと成長しているかもしれない、ということだったよ」

 分身を本体と合体させたぼくのスライムはタブレット型に変身すると、五、六歳の少年の姿を映し出した。

 額の中央から左右に髪の色が違う少年は、顔面の右半分は眼帯とガーゼで覆われており、右腕には包帯が巻かれた痛々しい姿だった。

 水竜のお爺ちゃんは涙目で、早く助けてあげたい、と精霊言語で訴えた。

 夕方礼拝を終え、夕食の席で教皇とぼくのスライムと水竜のお爺ちゃんは入念に打合せをした。

 ぼくたちがみぃちゃんのスライムのテントで眠りにつく頃、ぼくのスライムと水竜のお爺ちゃんは転移ができる噴水に行くためテントを出た。


 薄明の時間より早く目が覚めたぼくは胸騒ぎがして飛び起きた。

 ぼくの髪の毛の中に居ついている精霊が、噴水まで様子を見に行くようとに、促すかのようにテントの出入り着地で点滅した。

 ぼくはケインとウィルを起こさないように慎重にテントを出て噴水のそばに来ると、ぼくのスライムと水竜のお爺ちゃんが触手と短い手を握り合って号泣しているし、同行したフランクは地面に伏したまま声を押し殺して泣きながら地面を叩いていた。

「ご主人様!失敗しましたぁ。二色の髪色の少年とゾーイを見つけたのに取り逃がしてしまいました!」

 ぼくのスライムが泣きながらぼくの胸に飛び込んで、残念な結果の報告をした。

 “……ゾーイはその場で転移魔法を使用して逃走したんだ!精霊使いでもないのにそんなことができるやつがいるなんて……儂の見込みが甘すぎた!”

 水竜のお爺ちゃんが悔し泣きをする真下で、あんな痛みを抱えて生きているなんて、と言ったフランクは自分の行いを後悔するかのように地面に額を何度も打ち付けた。

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