お買い物ごっこ
遊び部屋の庭に本格的な屋台車が並んでいる。
向かい側に飲食スペースを広めにとり、その奥に天蓋を五つも張ったので、必然的に真ん中が上座になった。
上座が決まると、第一師団がやって来て警備の配置を決めていった。
ハルトおじさんとキャロお嬢様が、始終うちに来ているから感覚が麻痺していたが、領のとても偉い人だったんだと実感する。
メイ伯母さんの送別会なんだから上座に行かなきゃダメなのに、旦那さんがずっと首を横に振り続けている。
メイ伯母さんはマナさんのそばに居るせいで、そこのところの感覚がおかしくなってしまっている。
「実際にお会いしてお世話になった方々に、ご挨拶する機会をいただいたと思えばいいのよ。あなたも騎士の方々に随分とお世話になったでしょう」
「ああ、そうなんだけど、商業関係の方々ではなくお貴族様だらけなので緊張するよ」
「王都での販売の利権が絡んでいるので、ご挨拶が必要な方々が……」
メイ伯母さんは、商売が絡むと本当に生き生きしてくる。
お婆は、今日はジュンナさんになっているけど大丈夫なのだろうか?
「心配しなくても、もうあの従者は来ませんよ。ラインハルト様が片付けてくださいましたから」
片付けて……。
ぼくの心配を顔色から察してくれた、エミリアさんが結末を想像したくない言い方をした。
「大丈夫です。本人も納得して王都に急いで行かれましたから。ジュンナさんは王都にはお帰りにならないので、これからは安心して暮らせるようになります」
気持ち悪い人だったけれど、物理的に消されていなくて良かった。
「遊び部屋に子どもたち用の更衣室を作りましたから、どうぞ着替えてきてください」
さあ、楽しいお買い物ごっこの始まりだ。
キャロライン嬢が他の女の子と同じ衣装を着ている。
それだけでも、非日常感がでる。
髪型もおそろいのツインテールにして、全員同じヘッドドレスをしている。
全員可愛い。
男の子は蝶ネクタイが襟元のボタンにつけられた。
首に巻いていないので動きやすい。
髪型は全員七三分けにされた。
いつもと違う格好にみんなはしゃいでいる。
お客さんは自分たちの保護者だが、本格的に大人の真似ができるので、テンションが上がっている。
子どもたちの配置とローテーションも、打ち合わせ済みで練習もたくさんした。
綿菓子はキャロお嬢様とマークたち数人、ケインはミーアたちとみたらし団子、ボリスと検算君たちはどら焼き担当で、ぼくも数人の子どもたちとクレープ担当になった。
大人にはお酒の試飲会も兼ねていることから、ラーメンと焼き鳥、お好み焼きの屋台を第三師団の有志が出店している。
おままごとゾーンと、少し離れたところにお酒の屋台もあって、イシマールさんが担当している。
お酒はともかくとして、甘いものとしょっぱいものを交互に食べれる食の天国になってしまった。
準備万端で最初のお客様が現れた。
過剰な警備が敷かれているわけだ。
キャロお嬢様のじいじが、綿あめ屋さんでデレデレしている。
こうならないように、キャロライン嬢にお土産を沢山持たせたのにな。
キャロお嬢様のじいじが買い物を済ませると、たくさんのお客さんが買い物に来た。
クレープは甘露煮にした果物に、甘さ控えめな生クリームを添えて完全に包み込んだ、オムクレープにした。
食べ過ぎを気にする女性のために半分にカットしたものも売り出したので、売り子の子どもたちがお金の確認にあたふたしている。
「ハーフサイズは100円なのでおつりは…400円!」
屋台後方に黒板をおいて、お釣りのパターンを図解説明で大きく書かれており、見ればわかるようにした。
同じ作業を続けていけば三ケタの計算も楽にできるようになるはずだ。
可愛らしいフリルの首輪をつけた、みぃちゃんとみゃぁちゃんは行列の少ない屋台に顔をだし、専用の椅子に座ってしっぽを振っているだけで、客寄せになっている。
スライムたちは蝶ネクタイをして、子どもたちがお釣りを間違えそうになると、触手でポンと叩いて知らせることで、訂正させている。
こうして均等に人が流れたことで、全員が同じ頃合いに目標分を売り切ることができた。
ここからは付添人の大人と交代して、ぼくたちが買い物をする番になった。
こどもたちは、自分たちが売っていた甘味は練習で食べたことがあったため、煙を出している焼き物に興味津々だ。
ぼくも甘味を見続けていると食べていないのに飽きてしまって、タレをリニューアルした串物を買って、空いている席をさがした。
大人たちは、新しい調味料とお酒が、領の経済活性化の起爆剤になることを確信して、なんとかこのビジネスへ参入しようとしている。
父さんとハルトおじさんが、冬の社交シーズンに王都へ行く貴族にむけて、新製品のプレゼンの場にしてしまっていた。
「カイル!こっちだよ」
呼ばれた方を振り向けば、中央の上座の天幕からだった。
キャロお嬢様のじいじは領主様だ。
壮年の領主様の周りに、お嬢様は美幼女枠、巨乳美女枠にお婆、知的美女枠にマナさん、美貌の秘書枠にエミリアさん、美女アシスタント枠にメイ伯母さん、と妄想してしまう絵面になっている。
実際は天幕の端っこギリギリにメイ伯母さんの旦那さんがいるしケインとボリスもいるんだけどね。
ミーアは母さんと話し込んでいるミレーネさんのところに行っている。
人見知りを発揮して、最上位グループから離脱できたのか。
ぼくもそっちがいいのにな。
「お肉ばかり選んでいるな」
トボトボ歩いていたら、ハルトおじさんに捕まった。
「最後にクレープで〆る予定です」
裏メニューでカスタードクリームも入れられるのだ。
「なんだか美味しそうな顔をしているから、私も〆にはそれにしよう」
そんな話をしながら、天幕に入ると、父さんとマルクさんもいた。
精霊の幻影を流すのだったら、もっとましな映像にすればいいのに。
あれでは、領主様にハーレム趣味があるように見えてしまうよ。
蝶ネクタイの首輪をしたボリスの猫がぼくの足元にやって来た。
「久しぶりだね。大きくなったね」
ぼくはお腹を出して寝っ転がる猫をわしわしと撫でまわした。
子どもたちは天幕の端っこで、スライムたちと火炎魔法で遊んでいる。
大人がたくさん見張っているから、解禁されているようだ。
「カイルはちょっと、こっちへおいで」
領主様直々にお声がかかった。
大人の話に混ざれってことか。
ぼくのスライムを子どもたちと合流させて、仕方なく大人の席に着くことにした。
領主様を囲んで、ハルトおじさん、マナさん、父さんとマルクさんがいた。
そんな中に幼児のぼくが加わっている。
麹の培養はぼくが始めた事だからだ。
「醤油や酒造りのために、領外からも人手を募るということですか」
工場をうちの敷地の近くに建てて、春から規模を拡大させたい、とのことだった。
せっかちなのは、神様や精霊たちだけでなく領主様もなのか。
「素朴な疑問を、いくつか提示してもいいですか?」
「かまわん」
「この領は、農業、林業、鉱山、それに付随する加工産業で成り立っているんですよね」
「うむ、その通りだ」
「鉱山は産出量が決まっていて、農業は一部農村ではぎりぎりの生産量で、領外から人を呼ぶのは、片方では餓死寸前の村があるのに、おかしいでしょう」
「領が豊かになれば税率も抑えられるだろう」
「順番の問題です。餓死しなければ人口は増えます。健康に育てば農村部の次男三男は、仕事を求めて街に出てくるでしょう。農村部の子どもは学校に通っているのですか?」
「冬の間に農村部にも教会のある村に学校が開かれておる。読み書きぐらいは成人するまでにできるようになっておる」
成人年齢は15才。
父方の村の子どもたちも死ななければ、数年で貴重な働き手になっていただろうに…。
「そもそも、努力の方向が明後日の方向に行っています」
ぼくのきつめな口調にマルクさんはぎょっとしている。
「カイルを呼び出すにあたって、好きなように発言してよい、と条件を付けたはずです。この子の出身村では、悲惨な口減らしがあったそうです。言いたいことを言わせてあげてください」
……父さんはぼくが知らないところで戦っていたんだ。
ぼくはここに呼ばれた時点で、遠慮も配慮も思考から抜け落ちていたが、父さんが了解を取っているのなら全力をだそう。
幼児の主張を聞いてくれ!
「おおらかである事と、大雑把は違います。開墾しても収穫量を伸ばすために、農民たちに何か提供しましたか?寒さに強い、収穫量の多い、品質が高く現金化した時に同じ収穫量でも高収入になるように品種、そういった種苗を開発しましたか?そもそも、産地別に農産物を管理していない。小麦の種類が少なすぎる。同一品種を広大な面積に植えて、麦の病気が広がったら飢饉が起こる事、待ったなしですよ」
一気にまくしたてると、マナさんが笑い出した。
「そうとう鬱憤がたまっていたんだね」
「種苗の研究をしている部門はありますか?」
ハルトおじさんが答える。
「個人で研究して自領で栽培するので、情報は一般公開されていない」
「新たに開墾を進めるためにはその土地にあった作物を開発すべきだったのに、それができていないという事か」
領主様はまじめに聞いてくれた。
「品種改良は年数がかかります。でも、現場で偶然見つかることもあるのです。穂の数が多い麦、実のつまりが良いものを、育てている人が収穫時に見つけるのです。だからこそ、農村部に専門家や専門知識の学びの場が必要なんです」
収穫量が多いな、良かったな、で終わるのではなく、なんでだろうと、考える人が必要なんだ。
「カイルは米を育てるんだろう?」
ハルトおじさんがちょび髭を撫でながら、話題を変えた。
「種もみを入手したので試してみるだけです。バケツに少し植えるだけですよ」
「城でも育ててみたいから、分けてもらえるかな?」
精霊が多いからか、話題の転換で急に気持ちが落ち着いてくる。
そうなると、好奇心がむくむく湧いてくる。
なんだか、ぼくはちょろいやつだ。
「うちと同じ条件で育てるものと、条件を変えて育てるものとに、分けてくれますか?」
「それは面白そうだ。場所によって生育の違いを見るのかい?」
「お城には精霊神の祠があるので、なにか違いがあるかもしれません。でも、うちにはマナさんが滞在しているから精霊が多いはずですから、差が出ないかもしれません」
「「自宅で育ててみよう」」
ハルトおじさんとマルクさんも立候補した。
サンプルは多い方がいい。
「それでは、まだ本格的な自領での作付けは無理なのか……」
領主様は現実を知ったようだ。
そんなに簡単に米の大量生産はできないよ。
「日本酒の製造は当面は買い付けた米で醸造しましょう」
運搬費が高価だよね。
しばらくは高級品でいいじゃないか。
自分が飲まないぼくには他人事だ。
「お酒の仕込みは、雑菌が繁殖しにくい冬が向いています。今年は今ある分だけ仕込めばいいでしょう」
「そうなのか、それでは、鉱山が閉鎖している期間の人夫の仕事にできるのか?」
「除雪の作業員が足りなくなります」
ハルトおじさんとマルクさんが協議している。
除雪の人数を減らせばいいじゃないか。
ぼくは父さんをじっと見た。
「厩舎で使っている新しい牽引の車を改造したら、雪をいっぱい運べるかな?」
「ああ、あれか。町中の除雪に必要な魔力量を計算してみよう」
父さんは前向きに検討してくれるようだ。
「騎士団での優先除雪地域の開示を検討しよう」
「実現可能か、めどが立ってから酒造りの計画を進めてくださいね」
ぼくは先走りそうな領主様に釘を刺しておいた。
おまけ ~僕はここに居る~
言葉を覚えたから自我が生まれたのか、自我があったのに気がつかなかったのか、僕にはわからない。
精霊たちには、存在しないはずのもの、と言われたが、僕はここに居る。
カイルがこの家に来てから、僕は初めて人に認められた。
文字を覚えて、本を読んだ。
でも、僕の存在に近いものは何もなかった。
悠久の時間を過ごす精霊でもわからないのに、人間の書物に記載されているわけない。
……だけど僕はここに居る。
カイルはそれでいいと言ってくれた。
家族の一員だと言ってくれた。
……認められると自分が存在している実感が湧く。
これは、僕の箱。
家族との思い出を詰めていく箱。
見えない僕のための、……僕の蝶ネクタイ。
僕がここに居る意味なんて知らない。
でも、僕はここにずっと居たい。




