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ガンガイル家の二つ目の使命

 薄明の時間にぼくとケインが身支度を済ませて部屋を出ると、客間に泊まっていたイザークとマナさんも支度を済ませて一階に降りてきた。

 母さんと父さんとお婆は朝食用にお握りをたくさん用意してくれていた。

 まだ寝ている三つ子たちには出発することを告げなかったのは申し訳ないが、まだ幼い三つ子たちにはゆっくり寝ていてほしい。

 教会まで走るつもりだったのに父さんが車を出してくれることになった。

 くれぐれも亜空間で長時間研究に没頭しないように、と母さんから注意を受け、危険なことには首を突っ込む前によく考えなさい、とお婆に釘を刺された。

「「「兄ちゃんたち!もう行っちゃうの?」」」

 寝間着のまま一階に降りてきた三つ子たちに、怒っている人がいるから早めに戻らないといけないんだ、と冗談っぽく告げると、三つ子たちはやっぱりねと言いたげな表情で顔を見合わせた。

「「「ウィルさんを城に置いてきたんだね!」」」

 ぼくとケインとイザークは苦笑しながら頷いた。

「教皇猊下と精霊神に魔力奉納をした後、ちょっと寄る所があったからウィルと別行動になったんだけど、用事を済ませたらウィルと合流しないで家に帰ってきたんだよね」

 一時帰国にウィルさんがいないはずがないと思ったんだよ、とクロイが言うとアリサとアオイも頷いた。

「まあ、ぼくたちは教皇猊下のお供で一時帰国したのに、夕方礼拝をさぼってしまったから早朝礼拝に間に合わせたいんだよ」

 ケインがもっともらしい言い訳をすると三つ子たちも納得した。

「神学を学んでいるのに教会の祈りに参加しないなんて不謹慎だよね」

 アリサの言葉にぼくたちは頷いた。

「神様たちはね、人間の細かいところまで目が届かないと思うかもしれないけれど、人間のどんなところを神様がご覧になっているかは人間にはわからないから、結局、できる限り真摯に生きるのが一番いいんだよ。ぼくは大きな過ちを幾つもして生きてきたけれど、過ちときちんと向き合うことでぼくは人生が変わったんだ」

 初対面でぼくを罵倒したのに家族同然になったイザークの言葉にぼくとケインは頷いた。

「そうだね。後ろめたいことがない人間なんてそうそういる物じゃない。だけど、できる限り誠実であろうとする姿は神様じゃなくても、なんかこう、胸に込み上げてくるものがあるよ」

 犯した過ちと向き合う、というイザークの言葉にディミトリーを思い浮かべた。

 水竜のお爺ちゃんはまだ戻っていなかったので、シロに尋ねなくてもディミトリーに何かあったのだろうと推測した。

 親の仇であっても、自分を陥れた秘密組織に乗り込んだディミトリーが無事であってほしいと願う気持ちに嘘はない。

「さあ、急ごう。名残惜しんでいると夜が明けてしまう」

 父さんの言葉に促されてぼくたちは家族に別れを告げると教会へと急いだ。


 教会裏の駐車場に車を止めて正面玄関に回ると、辺境伯領主自らが運転したリムジンバスからウィルとキャロルと辺境伯領主夫人が降りているところだった。

「イザーク先輩はカイルたちの自宅に宿泊したのですよね」

 ウィルはぼくたちと合流すると早々にイザークに絡んだ。

「辺境伯領のお城のお風呂は大きいし、客間も豪華で快適だったでしょう?」

 イザークの切り返しに、そうだろう、と満面の笑みを見せたエドモンドの前ではさすがのウィルも冷笑の貴公子らしい笑顔で、素晴らしいお風呂とおもてなしでした、と言うしかなかった。

 そんなやり取りを横目に見ていると、ぼくの家から一緒にいたかのような振りをした水竜のお爺ちゃんが合流した。

 “……それなりの成果があったからあとで報告するよ”

 ぼくとケインと父さんにだけ精霊言語で告げると水竜のお爺ちゃんは涼しい顔でキュアと並んでぼくの背後を飛行した。

「おはようございます」

 教会のエントランスにはクリスとボリスとミロたちが待っていた。

「教皇猊下が取り仕切る早朝礼拝に参列する許可をいただいたので夫婦で来ることにしたんだ。礼拝所内がよく見えるから領主夫妻と言う立場ではなく最後尾から参拝するよ」

 出迎えてくれた教会関係者に、気を使わなくてよい、と気さくに話しかけたエドモンドは案内されるがまま礼拝所にむかう教会関係者たちの最後尾に並んだ。


 早朝礼拝では誓約を済ませていない領主夫妻と護衛たちには祝詞がはっきりと聞こえないようで、神妙な表情で跪いて魔力奉納を始めた。

 魔法陣が光り出した礼拝所内に精霊たちがたくさん出現すると、蹲って魔力奉納をしている教会関係者たちから、ほう、と思わず息が漏れ出たような声がした。

 教皇が執り行う早朝礼拝にいつもよりたくさんの精霊たちが出現すると格式高い演出になったからだろう。

 床や壁や天井に現れた魔法陣が大聖堂島の魔法陣と繋がっているのに、北の端の大きな教会らしく護りの結界の終点があることに見とれていた。

 魔法陣の輝きが薄くなり参拝者たちが立ち上がると、礼拝所内の魔法陣に興奮したぼくたちの瞳が好奇心で輝いていることに気付いた領主夫妻が笑みを見せた。

「大聖堂の礼拝所の魔法陣と違いがあったんだね」

 教皇が退出するのを見守りながら小声でエドモンドが尋ねるとキャロルが小さく頷いた。

 退出間際に教会関係者に声を掛けられたぼくたちは応接間に案内された。

「朝食を持参してきたのでここで食べてもいいですか?」

 弁当持参で来たことを案内してくれた教会職員に尋ねると、間もなく教皇猊下が見えられるので……と言葉を濁された。

 ぼくたちは教皇が来るまで礼拝所内の魔法陣についてそれぞれの見解を話し合った。

「なるほど。大聖堂島では世界中に広がる護りの魔法陣が礼拝所内に広がったが、この教会ではガンガイル王国北方の護りの結界だけだったようだ、と言うことか」

 ぼくたちの見解にエドモンドも興味を示した。

「天井にあった魔法陣が北の終点で深淵の森の辺りではないかと考えたのです」

「闇の神の魔法陣がその先に繋がっていませんでしたね」

 ケインとウィルは魔法陣の終点だと考えた理由を説明すると、エドモンドは膝を叩いた。

「まさしく深淵の森がガンガイル王国の北の終点だ。深淵の森の手前に祠があり、我々は便宜上、北の砦と呼んでいる。実際は深淵の森の奥に本物の北の砦があると伝承にはあるが、永久凍土で人間が足を踏み入れられる場所ではない」

 エドモンドの説明を聞きながら礼拝所内の魔法陣を思い浮かべると魔法陣に若干の歪みがあったところが深淵の森で、その奥に終点があったようにも思えた。

 本物の北の砦は世界の端っこにあるのだろう。

「永久凍土ですか。留学中によくガンガイル王国を揶揄する言葉として言われたのですが、本当に国土に永久凍土があるのですね」

 父さんがフフっと笑うと、エドモンドはワハハっと大声で笑った。

「北の砦を護るという意味では永久凍土も国土なのかもしれないが、実効的支配をしていない」

 エドモンドの言葉にキャロルが首を傾げた。

「深淵の森の手前の祠に魔力供給をしているのでしたら、ガンガイル家の土地ではありませんか?」

 キャロルの言葉にウィルも頷いた。

「ああ、儂もそう考えていた時期があったが、神々の力を拝借して魔法を行使する人間の代表として北の砦に魔力奉納をしているだけで、深淵の森の奥を我が国の領土と言うのは間違っている、と古文書を読み解いて気付いたのだ」

 エドモンドの言葉にマナさんが頷いた。

「緑の一族は土地の魔力を整えるが土地の権利を主張しないのと同じじゃよ」

「我が一族は北の砦を護るから、上級精霊様に目をかけていただいていると考えれば、人間が立ち入ることのできない深淵の森を領土と主張するなんて馬鹿げたことだろう?」

 エドモンドの言葉にマナさんと領主夫人が頷いた。

「東西南北の砦で唯一古代から同じ一族だけで砦を護っているのだから、ワイルド上級精霊様が気にかけてくださっているのだろう」

 マナさんの言葉にぼくたちは合点がいった。

「……それにしても辺境伯領は、邪神の欠片の封印や北の砦の魔力奉納など、ずいぶんと負担の多い仕事をされているのですね」

 ウィルの言葉にイザークも頷いた。

「うむ。どちらも重大な仕事で、一族の誇りを持って継承してきた。大々的に功績を口にできないのは、どちらの使命も権力者たちには何か特別な力が手に入る魅力的な言葉に聞こえるから、無用な争いを避けるために他言無用としているのだ。君たちと砦の話をこうしてできるのも、教会の魔法陣からすでに砦の存在に気付いているようだから、誤解のないように説明したんだ」

 将来ガンガイル王国の重鎮になるであろうウィルとイザークに隠しておく方がよくないとエドモンドは判断したようだ。

「そうですね。豊富な鉱石を活用して発展したように見える辺境伯領が深淵の森の資源に手を付けている、と勘繰る輩もいそうですね」

 イザークがそう言うと、ウィルは眉を顰めた。

「領地に開発できない土地を持つ領主でなければそういった発想になるでしょうね。うちの領は活火山の麓での鉱物資源の採掘を禁止しています。採掘可能な小山があるのでそこで決められた数量を採掘しています。辺境伯領に習って領外への出荷量の規制を厳しくして将来のために蓄えていますが、本格的な開発に着手すると採掘禁止の山を切り崩したと誤解されかねませんね」

 他人事ではない、とウィルが呟くと、マナさんが頭を抱えた。

「まあ、まだまだずっと先の話じゃが、そういった危険性はかなり高いじゃろう。隣の芝生が青ければ奪ってしまえ、と言う文化を何とかしてくれるとよいんじゃがな」

 マナさんは帝国側の旧ラウンドール王国の付近が将来の火種になりかねないことをウィルに仄めかした。

「まあ、先のことなどわからない、と言うのが事実じゃよ。ウィルのところの大伯父さんが何をしでかすかで大きく未来が変わる。かといって、わしは何も干渉はしないよ。あ奴の行いはそうなるべくして起こることだ。禁じ手の魔法陣はそれ相応の覚悟がなければ使用してはならない。再び彼らが巡り合い何かがあるとすれば、因果があるもんじゃ」

 クレメント氏が皇帝と面会することで世界が変わるきっかけになる、と告げたマナさんの言葉にぼくたちはマナさんを凝視した。

「ああ。儂もクレメント氏を止めようとは思わない。彼は私怨があってもラウンドール公爵に迷惑をかけるような振る舞いをすることはないだろう。それで何かが起こるとしたら帝国側の問題だ」

 エドモンドの言葉にマナさんと領主夫人が頷いた。

「私たちはもう動いています。私の妹のアメリア、第三夫人はもうガンガイル王国と帝国の現状を正しく認識しています。そしてさり気なく反戦を啓蒙する舞台の台本や解説本を取り寄せて読み込んでいることを皇帝も認識しています。アメリアはクレメント氏の存在こそ覚えていないようですが、実際に会えばどういう反応をするのか私にも予想できません。ですが、皇帝はクレメント氏の名前に興味を示しているようなので、この現状で三人揃うとどうなるのか見当もつきませんわ」

 クレメント氏に会う前から第三夫人が変化していることで、溺愛している皇帝にも何らかの影響を与えているだろう。

 クレメント氏が何をするかしないかではなく、もう変化が起きる直前だと、領主夫人は見ているような口ぶりだった。

「お待たせいたしました」

 教皇と月白さんが応接室に来ると、口を噤んだぼくたちを気にすることなく月白さんが扉を閉めたことを確認してから教皇は水竜のお爺ちゃんに詰め寄った。

「逃走者の一人を拘束したとはどういうことなんだ?!」

 “……今頃ちゃんと確保されているはずだよ。大聖堂島の噴水の上に晒してきたもん”

 大聖堂島の噴水の吹き出し口に大きな水の球が浮かんでおりその中に中年の男性が閉じ込められている映像を水竜のお爺ちゃんはみんなの脳裏に送り付けた。

「これって、放置したら酸素が足りなくなって危ないんじゃないでしょうか?」

 ケインの突っ込みに、水竜のお爺ちゃんは笑った。

 “……噴水広場では留学生一行たちがキャンプしているのだから、そのまま放置されるわけないじゃないか!”

 兄貴もデイジーも大聖堂島に残っているのにみすみす放置されるはずがない。

「もう拘束したのか!」

 “……残念ながらあの第六師団長が追っていた男ではないが、攫った子どもたちを孤児院に振り分けていた男だからそれなりに情報を持っているだろう”

 誇らしそうに水竜のお爺ちゃんは胸を張った。

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