ガンガイル家の使命
「光影の剣で確実に邪神の欠片を消滅させるためには一撃で確実に仕留めなくてはならないので、まずどのように封じられているか知らなくては光影の剣の形を決められません」
ぼくの説明に、それはそうだ、と月白さんは納得したけれど、それはどうなっているんだ?と父さんは十徳ナイフの全ての刃を見ようとした。
「なるほど。実生活で一本欲しい形のナイフだが、スライムがいれば必要ないんだよな」
父さんの言葉に室内の魔法陣を見えやすくするために光量を抑えていたスライムたちが嬉しそうに体を震わせた。
「形だけ真似ても邪神の欠片を消滅させる光影の剣としての能力はないだろう」
月白さんが胡散臭そうな目でスライムたちを見て言うと、挑発されたと感じたぼくのスライムが怒りに体を震わせた。
落ち着け!ぼくのスライムならきっとできる!
父さんのスライムの誓約が父さんに有効だったように、ぼくの魔力とほぼ同質になっているぼくのスライムならできるかもしれない。
犬型のシロが頷き、月白さんは頭を抱えた。
きっとたった今、太陽柱の映像にぼくのスライムが光影の剣を出現させる映像が現れたのだろう。
シロと月白さんの様子に自信を得たぼくのスライムはぼくの肩の上で闇の神の祝詞を唱え始めた。
「光と闇は表裏一体だけど、世界の始まりは闇の神が先に誕生し、この世界は闇と共にある!」
光量を押さえていたぼくのスライムの触手が真っ白に発光し反対側が漆黒の深い闇になると、ぼくが光影の剣を出現させた時より大きな歓声が上がった。
気をよくしたぼくのスライムは触手を細長いレイピアの刀身に変形させた。
「ほほう。剣に変身するのではなく、触手を剣にすることを選択したのか」
「ご主人様は自分の光影の剣を使用するから、あたいは助太刀できるように自分で飛ぶための羽が必要なのよ」
月白さんの突っ込みにぼくのスライムは本体をキュアの形に変形させると飛び立ち魔法陣の歪みの向こう側へ回り込んだ。
「魔法陣の歪みを正してもかまわないかな?」
エドモンドの言葉に邪神の欠片の位置を特定したぼくたちは頷くいた。
邪神の欠片を封印している箱の下に魔法陣が移動すると、魔法陣に流れる魔力の歪みが消えてしまい邪神の欠片の封印場所がまたしてもわからなくなった。
「邪神の欠片を封じている魔術具の説明の前に、ちょっと昔話をしよう。文字と言葉を失った時代に、魔法を行使することができなくなった人間は精霊使いと魔獣使役師だけが辛うじて魔法を行使することができた。精霊神の誕生の地である我が国も、建国王から数世代を経ると精霊使いであることが国王の資格ではなくなってしまっていた。あの混乱期に国王が精霊使いではなかったことで、ガンガイル王国も他の国々と同様に恐ろしい混乱に陥った。だが、精霊神を信仰する国だったからか美丈夫の精霊様が手助けしてくれたため、使えない文字と神々の記号を早々に特定することができた。それで、他国より神罰の被害が少なかったようだ。混乱期に城内だけで使用した特殊な文字があったようで、近年、解明することができたから判明したのだ。国に災いをもたらした邪神の欠片を圧縮して石にして魔術具の箱に封じてある」
マナさんの忠告で古語の研究に力を入れていたエドモンドは、魔法陣への魔力供給をセオドアとキャロルに任せ、このくらいの大きさだ、と両手を床から離し指で宙をなぞってランドセルくらいの大きさを示した。
「その美丈夫な精霊とやらが、たぶんワイルドだろう。当時の上級精霊たちは契約していなくても、お気に入りの人間の手助けをしていた。ワイルドが北方地域を気にしていたのは当時のガンガイル王国国王がなかなか気概のある男で気に入ったからだろう」
月白さんの当時のガンガイル王の評価に気をよくしたエドモンドは笑みを見せた。
まあ、ワイルド上級精霊はとても優しい精霊だから混乱に陥ったガンガイル王国を放っておけなかったんだろう。
「なんと!子どもたちに付き添ってくださった上級精霊様でしたか!当時、上級精霊様から魔力を遮断する素材を被れば神罰を受けずに魔法陣を行使することができる知恵を授かり、瘴気や死霊系魔獣と対峙した、と記録にありました。土地の護りの結界がなくなった国では死霊系魔獣に乗っ取られる地域があちこちにあり、地中に潜り込んでいた邪神の欠片が浮かび上がってきたようです。瘴気を集める邪神の欠片を封じるためには、完全に魔力を遮断する素材を魔力のない者が紡績した布で封じることが有効でした。現在、飛竜の里の聖女の家系が代々その紡績作業を担っていました。極端に魔力の少ない一族ですが、数世代に一人とても魔力豊富な子どもが生まれ、男児なら聖職者に、女児なら聖女になることが慣例で、他国に流出しないようにガンガイル王家が代々手厚く支援しております」
あっ!
それで若き日のハロハロが聖女先生を自分の愛人枠だと勘違いして、魔法学校生時代にセクハラをしたのか!
床に手をついて魔力奉納をしたままエドモンドの話を聞いていたキャロルが、いくら若気の至りにしても当時のハロハロは酷すぎる、とぼくと同じことを思い出したようで首を小さく横に振った。
「なんだか、数世代に一人しか生まれてこない魔力持ちなんて、緑の一族の数少ない男子のカイルみたいじゃな」
マナさんはエドモンドの話から、滅多に誕生しないけれど生まれてくる存在、としてぼくを例に挙げた。
「ガンガイル王国には長い歴史で蓄積された独自の対処法があるのですね」
感心する教皇に、それがなかなか大変なのだ、とエドモンドは続けた。
「邪神の欠片の存在を認めたくないので、管理の方法がどうしても一族の秘伝になってしまったのです。その特殊な素材を使って邪神の欠片が膨張しないように布に包んで搾りあげているのがこの箱の魔術具です。箱の内箱の中では魔法ではなく物理的に圧力をかけているので、経年劣化で傷む布を定期的に重ねて補強する必要があるのです」
領主がそんな仕事をしていたのか!と魔力供給を続けていたセオドアとキャロルが驚愕したように目を見開いてエドモンドを見た。
「ああ、危険な仕事だからこそ、次期領主の次の世代が育つまで領主の座を譲れないのだ。まあ、今、儂に何かあればラインハルトがこの任務を一時的に引き継ぐことになる。国が大きくなると、いくらうちが本家とはいえ一辺境伯領が王族と交互に婚姻関係を結んでいると国内の派閥が干渉してくるが、王家がこの任務を放棄しないために続いている側面もあるんだ」
邪神の欠片が危険な物だから王都ではなく辺境伯領で保管し続けているのだろう。
血縁関係が薄れると保管の難しい邪神の欠片の存在を王家が軽く扱うようになって、一方的に押し付けるようになるから、といまだに続く縁談が他人事ではないキャロルは、責任を自覚するように頷いた。
「将来は私が王家に嫁いだら、私がラインハルト叔父様の役割を果たさなければならないのですね」
「ああ、そうだ。邪神の欠片が今日、消滅しても、我が一族は石として封印する技術を失ってはならないのだ」
セオドアとキャロルはエドモンドの言葉に頷いた。
「これだけ魔力供給をすれば一月ほどこの部屋を維持できるだろう。もう手を離してもかまわない」
セオドアとキャロルが身を起こしても魔法陣は薄っすらと輝いていた。
エドモンドはセオドアとキャロルを連れて、ぼくとぼくのスライムが挟み込んでいる見えなくなった邪神の欠片が封印されている箱の前まで来た。
「周囲の魔力に完全に馴染む隠匿の魔法陣を施した布がかけられているんだ」
エドモンドが一見何もない空間に手を伸ばし、ピアノカバーを外すように一枚の布をまくると台座に置かれた箱が見えた。
「この布の魔法陣を真似た布を被ってかくれんぼをして大騒ぎになったことがある。この部屋の外では使わないように」
やりません!とセオドアとキャロルに即座に否定されると、儂だけか、とエドモンドは苦笑した。
「この魔術具の箱は替えがないので穴を開けられると困るのだ。中の布は七年前に取り換えたばかりなのでまだ効力を発揮しているから箱を開けてから布ごと切ってくれないか?」
「「はい!」」
ぼくとぼくのスライムが声を揃えて返事をすると、頷いたエドモンドは箱の鍵を腰につけた収納ポーチから取り出した。
箱の表面を順に撫でるエドモンドの指先をセオドアとキャロルは凝視した。
手順を踏むと鍵穴が現れる仕組みのようで、箱の真上に現れた鍵穴に鍵を差し入れかちりと回すと、エドモンドは手袋をはめた。
「箱の内側の箱を開けるのには魔力は使用しない。ここから先は手袋をはめて邪神の欠片に少しでも魔力を渡さないように慎重に作業しなければならない」
エドモンドはそう言うと、収納ポーチから風呂敷サイズの白い布を取り出して広げると片腕に掛けた。
「開けるぞ」
エドモンドが両手で慎重に箱のふたを開けると、箱の内側にも白い布が張られており、一回り小さい箱がぴったりと収まっていた。
「この箱の開錠には魔力を使用しない。順番通りに飾りボタンを押せば箱が開く仕組みになっている。箱が開くとこの布を被せ、箱の中のフックに引っ掛けて、二つの箱の蓋を閉じれば外側の箱に仕掛けられたゼンマイで巻き上げる仕組みになっている。ああ、そうだよ。外側の箱は二重構造になっている」
「そうですか。でしたら、領主様が内箱の蓋を開けてから布ごと光影の剣を刺すようにしましょうか?」
ぼくの掌の中の光影の剣の十徳ナイフが短針銃に変化すると、おおおおお、と初見の面々から声が上がった。
「箱を貫通せずに邪神の欠片の石の中心で針が止まるイメージで撃ちます」
「あたいは念のために盾に変化してみようかな」
ぼくのスライムはそう言うと全身を光と影に分かれた球体に変化させ、キュアに似た羽を生やすと、箱の真上に飛行した。
「通常は内箱の蓋を開けると即座にこの布をかけるのだが、今回は開けたらすぐ光影の短針銃を撃ってくれ」
「「了解です!」」
エドモンドはセオドアに目配せをしてセオドアとキャロルを下がらせた。
「いくぞ!三、二、一!」
エドモンドが声に合わせて内箱を開くと、キャンディーのように白い布に包まれた邪神の欠片に向かってぼくは引き金を引いた。
パン、という音と同時にぼくのスライムが闇の面を内側にした球体になって箱をつつみこんだ。
光り輝くぼくのスライムが室内を明るく照らすと、ぼくの掌の熱が冷めて光影の短針銃が消えた。
ぼくのスライムの光が収まり元の緑色に戻ると歓声が上がった。
「……やったのか!」
「やりました!」
エドモンドの言葉にぼくのスライムが答えると、元の姿に形を戻してぼくの掌の中に飛び込んだ。
「よくやったよ!」
ご褒美の魔力をあげながらぼくのスライムに言うと、ぼくのスライムは嬉しそうに体を震わせた。
「ご主人様の一撃で邪気を漏らすことなく邪神の欠片が消滅したから、あたいは仕事をしていないも同然だったよ」
エドモンドは邪神の欠片を包んでいた布を箱から取り出し、反対側まで貫通していない!と喜んだ。
「大成功だよ!スライムの盾は今回は必要なかったかもしれないが、瘴気を集め始めた邪神の欠片には光影の盾が有効なはずだ。光影の剣と光影の盾を使用できるなんて完璧な装備ではないか!」
体の前で広げた両手を何度も振りながら教皇は興奮してまくしたてた。
「スライムは凄いな。私の予測をいつも超えてくる」
月白さんに褒められたぼくのスライムは、うんうん、と嬉しそうに何度も頷いた。




