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準備万端

 製薬所に温室ができたので季節に逆らって、少しだけ米を育ててみたいのだ。

 豊穣の神はせっかちではなさそうなので、長期戦になるだろう。

 緑の一族は米栽培もしているそうなので、カカシの知識がほしいのだ。

 スライムとみぃちゃんとみゃぁちゃんもついて来るけど、バケツで育てる自由研究規模だから、仕事はないよ。

「温度管理に気をつけても、これからの時季は日照時間の問題があるね」

 マナさんは子どもの夢にも容赦がない。

「魔方陣で疑似太陽を範囲指定で小規模にして照らしたら魔力の量を押さえられ、日照時間も確保することができるだろう」

 お婆はいつでも孫の味方だ。可能性を探らなくてはいけないよね。

「まじゅつぐで光らせるんだったら、いちにちに、なんかいも、朝と晩をつくったら、お味噌みたいにはやくできるかも」

 ケインの着眼点は面白い。

 だが、それでは一日当たりの日照時間が足りなくなる。

 ぼくの肘のあたりがそわそわする。

 精霊たちがワクワクしている。

 そうだよね。

 やってみなくては、何が起こるかわからない。

「バケツで作る遊びなんだから、それ、やってみてもいいかな?種もみを無駄にしたら、もったいないかな?」

「いろいろな条件で試してみるのは面白そうね」

「種もみの発芽には時間がかかるから、土づくりと同時に始めようか」

 それから、ぼくたちはバケツでお米を育てる計画書を作成した。

 温室に精霊たちが集まって来ている。

 密集している気配がするんだ。

 なんだか、ぼくもわくわくしてきた。


 母さんに、お店屋さんごっこの衣装の仮縫いに呼び出された。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんもフリルの首輪を作ってもらっている。

 可愛い。

 男の子はベストに前掛けとシンプルな装いだ。

 女の子は、ケインが平均的な三才女児の体型だということで試着のマネキンになった。

 こっちも可愛い。フリフリの白いエプロンに、スカートの裾もフリフリがいっぱいある。

 とても似合うとニヤニヤ見ていたら、ぼくも四才女児の平均体型だった。

 ……女装は生まれて初めてだ。

 フリルがふんだんに使われているので、スカートでも足がすーすーしない。

 フリルの靴下の試着はお断りした。

「王子様の靴下にはフリルがついていたわよ」

 えっ!

 それって必ず着用しなくてはいけないのかな。

 王子様の衣装ってもしかして、かぼちゃパンツにストッキングだったりするのか?

 言い出しっぺなのに、着たくない。

 そんなことを考えていたらスライムたちと目が合った。

 目はないけど、要求しているのはわかるんだな。

 猫たちが首輪を作ってもらうなら、自分たちも何か欲しいんだよね。

 働き者のスライムたちに特別なご褒美をあげたいけれど、実はすごく難しいことなんだ。

 猫たちに名前があるように、スライムたちにも名前をつけてあげようと、父さんに相談したら、注意されたんだ。

 現状、スライムは、最も人気の低級魔獣で、使役師の資格を取るものが増えている。

 スライムは魔力も低く、強引に使役魔獣にさせることも可能だから、名前をつけて気軽に呼べば、悪意ある人に横取りされるかもしれないのだ。

 詳しくは初級魔法学校で習うからと、流されてしまった。

 ただ、上級精霊からの助言なので、名づけても決して声に出して呼ばないこと、ニックネームは付けないこと、を約束させられた。

 家族全員、それぞれのスライムに名前をつけたが、誰もその名を呼ぶことはない。

 スライムたちがそのことを不満に思っていることもわかっているのだが、あまりのスライム人気に、邪なことを考える人もいるのが一定数いるだろうから、用心することに越したことはないのだ。

 ただ、スライムに名前をつけたことで絆が深まったのか、スライムが考えていることが前よりわかるようになったのだ。

 スライムにとって、猫たちはライバルで、精霊たちのことは、以前は何か、わだかまりがあったが、今は認めあっているようだ。

 スライムだってお買い物ごっこがしたい!

 おしゃれもしたい!

 訴えかけてくる内容が具体的だ。

「母さん。スライムも何か欲しいって言って…」

 母さんは蝶ネクタイ用意していた。

 ボディーの真ん中に付けてあげたら喜んでいる。

「あら、似合うじゃない。ここの真ん中にお花をつけてあげましょうか?」

 ぼくのスライムはこくこくと頷いている。

 女の子なのか?

 いや、お花の好きな男の子でもいいじゃないか。

 お買い物ごっこの衣装も決まったし、疑似通貨でも作っておこう。

 猫たちはフリルの首輪、ボリスの猫は雄なので蝶ネクタイの首輪で、うちのスライムたちはおそろいで黒い蝶ネクタイ、花をつけるかどうかは個人の自由となった。

 よそのスライム用に色違いの蝶ネクタイも幾つか作ることになったのだが、黒い蝶ネクタイの数がひとつ多い。

「母さん、これもらってもいい?」

「そうね、ひとつ多かったのね。なんでだろう。ちゃんと数えたのに………」

 数え間違いしてくれて良かった。

 ぼくは黒い兄貴の分として、余った蝶ネクタイを子供部屋に持ち帰ることにした。


 猫たちとスライムたちが、客間を掃除する姿を、メイ伯母さんの旦那さんが見て、目をこすっていた。

 大丈夫だよ。

 酔っ払って、幻覚を見ているわけではないからね。

 うちに初めてきた人はだいたいこの姿に驚くよね。


 子供部屋に戻ると、ぼくは玩具箱を整理して空箱を一つ作った。

 これは、黒い兄貴の箱。

 これから、ぼくと、ぼくたち家族と、兄貴とで、一緒に作っていく思い出を入れる箱にするのだ。

 最初の一個は、母さんの手作りの蝶ネクタイ。

 ぼくの自己満足かも知れないけど、兄貴との絆を確認したいんだ。

 実体のない兄貴と触れる何かがほしいんだ。

「兄ちゃん何してるの?」

 ケインから見たら玩具箱をあさっているようにしか見えないよな。

「玩具箱じゃなくて、思い出の箱を作るんだ」

「おもいでのはこ?」

「他の人が見たらガラクタにしか見えなくても、家族とのささやかな記念品を入れておこうと思ってね」

「それが、このネクタイなの?」

「こんな小さなネクタイだったんだって、大きくなったらしみじみするよ」

「そうだね。母さんが作ってくれたものだし、とっておきたいね」

「新品の綺麗なやつをとっておこう」

「ぼくも、思い出になるものを見つけたら入れてもいい?」

「ああ、いいよ。ささやかな思い出をいっぱい集めようね」

 兄貴はきっと、ケインの選んだものなら喜ぶだろう。

 壁の黒板には『ありがとう』と書かれていた。



 綿あめ機が出来上がったので、練習もかねて、遊び部屋で実演することになった。

 父さんは試運転で味見をしていたので、仕事に行っているが、ハルトおじさんがいる。

 本当にいつ働いているんだろう。

 メイ伯母さんの旦那さんと話し込んでいるから、これが仕事なんだろう。

 美味しい仕事だよ。

 子どもたちの体の大きさでは、出来上がった綿あめを巻き取る作業はできないので、メイ伯母さんと、数人の付添人が交代で担当することになった。

 お金を払う練習で、子どもたちが並んでお買い物体験をしてみることにした。

 序列を意識した子どもたちなので、先頭がキャロお嬢様になる。

 500円と100円の木札を作り、綿あめ1個を200円にしてみた。

 子どもたちは綿あめ機から雲のような綿あめが出てくるのを、目をキラキラさせて見つめている。

 はじめてのお買い物に、キャロライン嬢は500円の木札を握りしめて静かに興奮している。

「おひとつ、ください」

「ありがとうございます。200円です」

 お嬢様は木札の金額を数えて、支払う。

 おつりはちゃんともらえるかな?

 綿あめを受け取ると、甘い匂いに、綿あめに吸い寄せられるように顔が近づく。

 お釣りをもらう前に食べちゃダメだよ。

「300円のお釣りです。お買い上げありがとうございます」

 店員役のメイ伯母さんの声で、お嬢様も正気に戻る。

 そうそう。

 よく我慢できました。

 お嬢様はお釣りをもらって、お金が増えたって喜んでいる。

 違うよ、小銭が増えただけだよ。

 お嬢様の肩に乗ったスライムに首筋をぺしぺし叩かれている。

「おほほほほ、100円札が三枚ですね」

 大丈夫だ、理解できている。

 お嬢様は行列の邪魔にならないように移動し、用意されていたベンチに座ってから食べ始めた。

 満面の笑顔ですね。

「これは、とてもおいしいです。お口で消えてしまいました」

 この様子を見てから、他の子どもたちも買い始めた。

 上位者はお手本になることが多いからこそ、お行儀に気を付けなくてはならないのか。

 キャロお嬢様の苦労が少しだけわかった。

 綿あめは大人にも子どもにも大好評だった。

 お持ち帰りを希望されたけど、時間がたつと潰れてしまうし、衛生的に持ち帰れるポリ袋がない。

「お母様に食べていただきたかった…」

 キャロお嬢様が切ない顔をするので、大きめのガラス瓶に詰めたら見栄えが良かった。

「本日中にお召し上がりください」

 ぼくは注意点を詳しく説明しようとしたら、よそ見をしていたお嬢様の顔が曇った。

 視線の先では、ケインとミーアが仲良く並んでベンチに座って綿あめを食べていた。

 ……これは、小さな恋の物語というやつだろうか。

 ケインはモテるというより、面倒見がいいだけなんだよね。

 ミーアは顔中に綿あめをつけているのか、顔がてかっている。

 付添人が清掃の魔法を使って綺麗にしていた。

 ぼくはエミリアさんに聞いてみた。

「綿あめの美しい食べ方はありますか?」

 お嬢様もそっちに興味があったのか、エミリアさんを見つめている。

「そうですね。お茶会のお菓子とは違って、屋台のお菓子ですから座って食べこぼさなければ十分でしょう。ただ、お顔につくと見苦しいので、あまりお顔を近づけすぎなければよろしいでしょう。事前にこうして練習ができて良かったですよ」

「今日の失敗は必要な失敗なのですね」

 あれは小さな恋の物語ではなく、反面教師として見ていたのか。

 お嬢様が声に出して、今日の失敗は練習だからいい、と言ったことで、ミーアは面目を保つことになる。

 お嬢様は上に立つ者の配慮ができている。


 エミリアさんの後方では、検算君とマークが売り上げの疑似通貨を数えている。

 マークはわかりやすいように500円札は5枚、100円札は10枚で集めて、数えようとしているのを、検算君が500円札を10枚に重ねている。

 当日は売り上げが多いから、できるだけ簡単に場所を取らずにまとめるべきだと主張している。

「売り上げの集計は、後回しにして、お釣りになる100円札を手前に用意しようよ」

「「そうだね」」

 当日はきっと忙しい。

 お金を数えている暇はないと思うよ。


 その後も日にちをまたいで、何回も練習して。本番を迎えることになった。

おまけ ~恋に破れて~

 寝ても覚めても、俺の瞼の裏にピンクブロンドの君がいます。

 俺に向かって微笑んでくれています。

 バラの花の季節は過ぎましたが、バラの香りの香水を買い求めてしまいました。

 枕にたらせば、ピンクブロンドの君と眠っている気がするので、枕を頭の下におくことはできません。

 ああ、あのみたらし団子の串は捨てられてしまったのでしょうか。

 持ち帰ることができたなら、あの串に…あぁぁっぁ……。

 ……。

 ピンクブロンドの君が触れたものが欲しいのです。

 お嬢様がお出かけになるときに、俺には別の仕事が入るようになりました。

 猛烈に抗議したいのですが、頭の中で警告が起こるのです

 ………イチドシンデミルカ……。

 しっしっしぃぃぃ死にたくない…この思いを遂げるまでは、死ねないのです!

 恋心は、誰にも止められないのです。

 心は自由であるべきなのです。

 …ピンクブロンドの君に会いたいです。

 ……。

 今、何と言いましたか。

 ジュエル家の美人の客人の旦那が、悪魔のような形相で迎えに来ただとぉぉぉぉぉ!!

 王都から不眠不休で馬車をとばしてきただとぉぉぉぉぉ!!!

 ピンクブロンドの君は…ひ・と・づ・ま……。

 ぐわぁぁぁっぁ。

 巨乳美女は人妻。

 あ゛あ゛あ゛……。

 そうだよなぁ。

 あんなに素敵な人が独り身なわけがない。

 ああそうだ。

 ラインハルト様に呼び出されていた。

 何の用だか知らないが、この間、鞄をぶつけられた恨みは忘れていない。

 とは言っても、相手が雲の上の偉い人だ。

 文句なんかありません。

 えっ。

 王都の上級学校で、上級執事試験を受験して合格したら、王都の邸宅で雇ってくださるのですか!

 王都はピンクブロンドの君が帰る場所です。

 俺が王都に行けるのなら、ピンクブロンドの君が王都で吐く息を、俺も吸うことができるのです!!

 喜んで受験してまいります。

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