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笑顔の魔法

「第二皇子は現在、軍での地位はそこまでない!」

「もう黙った方がいいよ。第一皇子が更迭されて、開いた地位に誰が入る?そんなことも見通せないようでは……プッ、だからギャンブルに勝てないのか!」

 笑い声を押さえた月白さんの煽りに第三皇子が噴き出した。

「教会関係者に帝国軍の内情がわかって堪るか!」

「いいかい、教会内でも魔力の多いものが高位につく。つまり、上層部は貴族階級が独占しているんだよ。教会内で帝国一強の世界を快く思わない者たちが秘密裏に組織化してしまっていたから、この町の教会の孤児院ができたんだ。敵を弱体化させるには内部で派閥争いを激化させておけばいい、と軍や宮廷の派閥に諍いの種をまいていた。それもこれも、神学に進む次男三男を蔑ろにした帝国貴族の習慣が巻き起こした事態なんだ」

 教皇は諭すような口調で軍高官を宥めるかと思いきや、教会の秘密組織が帝国内の内輪揉めを煽って帝国内の弱体化を図っていたことを暴露した。

 軍高官は口を開いて何か反論しようとしていたが、教皇の発言内容に驚愕して声が出ないのか、月白さんに声を奪われているのか、ただ餌を求める鯉のように口をパクパクさせただけだった。

「成人した六人の皇子全員が軍に所属していながら徒党を組むことなく誰もかれもが反目し合うなんておかしなことだった」

「まあ、そうでしょうね。入隊しただけで高位の地位が約束された皇子たちがそれぞれ軍閥を作れば、指揮系統に齟齬が起こる。帝都の魔術具暴発事件の軍の愚行は、私もどうなっているのかと頭を抱えたよ」

 第三皇子と第五皇子は納得したように頷いた。

 あの時、ぼくたちが教皇を引き連れて帝都に戻らなければ大惨事になり、どさくさに紛れて秘密組織が帝都を制圧するつもりだったのだろうか?

 “……ご主人様。邪神の欠片にまつわる一連の騒動の結果は太陽柱に現れないのでわかりませんが、この世界が終焉する未来への道筋の一つである可能性ではあったでしょう”

「教会内の掃除で人手不足が深刻なのだ。この町にばかりかまけていられないので、町の護りの結界をお願いいたします」

 教皇が領主に頼むと、軍高官の騒動に気を取られていた領主は首を左右に振って、第三皇子と軍高官を見比べた。

「私たちにかまわず続けてください。この男は軍の転移魔法を使用することができないので逃走の恐れはありません」

 第三皇子は不敵な笑みを浮かべると、疑惑の高官を拘束することなく言い放った。

 この町の孤児院に集められていた子どもたちの中に、すり替えられた貴族の子どもたちがいたかもしれない疑惑の責任の追及が自分にも及ぶことに気を揉んでいた領主は、実子がかかわっているかもしれないのに第三皇子がサラッと流したことに驚いて二度見した。

「仮の護りの結界を張る所を見学させてもらえませんか?」

 見当違いの申し出をした第三皇子に驚きつつも領主は首を横に振った。

「申し訳ありません。本当に一日で張れるものではないので、お時間を頂戴するわけにはいきません」

 できないことはできない、と言い切った領主に、怪訝そうな表情をしたキャロルがぼくを見た。

 その視線で、ぼくならできるのか?と二人の皇子が気付いた。

 世界の理と結びつく護りの結界はガンガイル王国王族の飛竜の里の司祭でさえ一朝一夕には構築できなかったが、既存の結界を流動的に引っ張ることならそれほど難しくない。

「既存の領の護りの結界に繋がるように横に広がるように設計すれば領の護りの結界から魔力が流れるので時間短縮になるはずですよ」

 この町に魔力が流れていかないように堰き止めている結界が町の周辺に配置されているのだから、それに繋げばいい、と助言すると、そうでしたね、と糸口がみつかったことに領主は安堵の表情を浮かべた。

「この町を護りの結界の中に入れてしまうと領主一族が消滅してしまうと、噂になっていたので綿密に計算して周辺の村に魔力を堰き止める結界を張っています。そこに繋げば城壁に先に魔力が届くので城壁の魔力を回復させることができるでしょう!」

 喜ぶ領主に第五皇子が握った拳の親指をこめかみにあてて首を横に振った。

 第五皇子の挙動にビクッとした領主に、違うことを考えていた、と第五皇子は言った。

「いや、その案を否定したいのではなく、帝国各地で問題のある地域を護りの結界から隔離するようなことが流行り出したのはなぜなのだろう、と考えただけだ」

 凶作のための特別減税を利用しようとしてあえて土地の魔力を少なくした地域を作った第五皇子の祖父を思い出したぼくたちは第五皇子の懸念を理解できたが、帝国全土の傾向と捉えた領主は声を潜めて早口で言った。

「死霊系魔獣発生地帯の領主たちに軍から、被害地を領の護りの結界から切り離せ、と指示が出ているのです。そして、私はこの町もそれをしていいのなら、と条件を付けて引き受けさせてもらいました。私は貧乏子爵家の次男でしたが、護りの結界が強い一族の出ということで、第四皇子の御子誕生の記念の褒賞として我が家が賜りましたが、親族に被害が及ばないよう私は独立しました」

 死を覚悟して引き受けた領地を廃墟の町から切り離し、何とか維持していた領主は、放置していた廃墟の町の孤児院に関わっているとは思えない状況だから、第三皇子は領主を問い詰めなかったのかもしれない。

「死霊系魔獣の討伐は第四皇子の管轄だったから、この状況は理解できる。其方は善処を尽くした」

 第三皇子は問題ある土地を押し付けられながらも被害をこの町だけに留めていた領主を労った。

「ガンガイル王国の留学生一行の皆さんは、昨年、死霊系魔獣の発生地帯を猛スピードで移動したようだから、すでにご存じでしょう。隠し立てせず話します。私は村ごと焼き払う第四皇子の解決方法が不満でした。あんな村人の命を軽んずる死霊系魔獣対策しかできない第五夫人派の連中なら、政敵の子どもを殺してでも自分の地位を守ろうとするでしょう」

 軽蔑するように言った第五皇子に実家を非難された軍高官が第五皇子を睨みつけたが、ぼくたちは呆れたように第五夫人派の軍高官を見た。

「第四皇子を支持する第五夫人派は、神々の恩恵である魔力の流れを分断して死霊系魔獣を殲滅しようとしたのですか……それは、初級魔法学校からやり直すべきではありませんか?」

 辛辣な表現をしたキャロルの言葉に教皇は頷いた。

「神々に願い魔力を行使するのに、世界の一部を否定するように切り離せば死を司る闇の神のご加護が得られなくなるだろう。闇の神の魔法陣を使えなければ光の神の魔法陣も機能しない」

「七大神の中心神である光と闇の神の属性を失った状態で魔力奉納をしても土地の魔力が整うわけがない。その中で其方は自領を護っているのだから、よくやっているとしか言いようがないのだ」

 第三皇子は領主に優しく語り掛けると、今までの苦労を認められた領主は瞳を潤ませた。

「今までは古代魔法陣のせいで魔力の空白地帯があった状態だったが、こうして封印されたのだから、なるべく早く護りの結界を張って魔力を循環させないといけない」

 教皇の言葉に頷いた領主はメモパッドの魔法陣を真剣に見つめながら描きこみを始めた。

 不満げな表情でぼくたちを見る軍高官を月白さんがチラッと見ると、次の瞬間、軍高官は体を小刻みに震わせながら失禁した。

「神々が勢ぞろいした礼拝室の廊下で不謹慎な思考をした者の末路だ」

 目の焦点が合わないのにかろうじて立っている軍高官を教皇が清掃魔法をかけた。

 神罰に触れてこうなったように見えるが、月白さんが軍高官に死霊系魔獣殲滅のために生きながら焼かれた村人たちの記憶を追体験させていることを、ぼくとケインは察して顔を見合わせた。

 軍高官を一瞥した第三皇子は魔法陣と格闘する領主に声を掛けた。

「護りの結界を施す前なら礼拝室に入ってもいいかい?カイル君の飛竜の絵を見てみたいんだ」

 好奇心の赴くままに発言する第三皇子に、いいですよ、と領主が快諾すると第三皇子は笑顔になった。

「気分屋のように振舞う兄君に賛同するのは何ですが、礼拝室の光る飛竜の幼体の絵は気になりますね」

 第五皇子の発言にぼくたちも魔獣たちも頷いた。


 ぼくたちが喧々諤々していた間にスライムたちは扉の瓦礫を片付けたので、礼拝室は古びているけれど綺麗になっていた。

 どれどれ、と言いながら第三皇子が壁に手を触れ魔力を流すと、四面の壁や天井に様々なポーズをしたキュアの絵が光り輝いた。

 絵を見たぼくたち全員が噴き出した。

 ラグビーボールに蝙蝠のような羽がついたキュアの絵は、かろうじて飛竜の幼体だと判断できる……いや、キュアがモデルだから飛竜の幼体と判断できるだけで、知らなければ蝙蝠にしか、いや、蝙蝠にも見えない代物だった。

「ハハハハハ。ちょっとこれはどう言ったらいいのだ!カイル君の飛竜の幼体の絵で間違いないのだよな!」

 第三皇子はお腹を抱えて爆笑しながらイザークに尋ねた。

「廊下の猫たちはカイル君のお母様が仕上げてくれた魔術具のお陰で素晴らしいものになったのですが、真似をしたのにぼくには致命的に絵心がなかったのです」

 恥ずかしそうにイザークが笑うと、これはこれで可愛らしいです、とマリアが慰めた。

「これを見るのは領主と新町長だけなのだから、気にすることはない」

 第五皇子がそう言うと、イザークは苦笑した。

「これから赴任することになる新町長はきっと初回の魔力奉納に緊張なさるでしょうから、魔力を流してこの絵が現れたら、笑顔になること間違いなしですよ」

 キャロルの言葉にぼくたちは頷いた。

 廊下で神々の記号を描き終えた教会関係者たちがぼくたちと入れ替わりで礼拝室に入ると、案の定、爆笑が巻き起こった。

 魔法陣の構築を終えた領主が爆笑に包まれる礼拝所内に入ると笑顔になった。

「ああ、神童のように完璧だと思った少年にも苦手なことがあったことに、正直、ホッとしました。この大きなマルハナバチのような飛竜の幼体の絵を見るたびに笑顔になって緊張することなく魔力奉納をすることができるなら、この礼拝室はまるで笑顔の魔法がかかったような部屋になるでしょう。ありがとうございます」

 なくなった扉付近で領主の反応を見守っていたイザークに領主は頭を下げた。

「この光が薄れる時は封印が解ける合図だから、この部屋で笑みがこぼれなくなると危険だ、ということか」

 教皇の言葉にぼくたちは頷いた。

「護りの結界に私が祝福の祝詞を唱えて後押ししよう」

「ありがとうございます!」

 結界を繋いでも時間がかかるだろうと踏んでいた領主は教皇の手助けを受けることに満面の笑みを見せて喜んだ。

 礼拝室に教皇と領主を残してぼくたちは下がると、視線を泳がせている軍高官の肩を第三皇子が叩いた。

「さあ、庁舎を出よう!そうしたら貴官の尋問が始まるよ!」

 笑顔の第三皇子は軍高官の手を引いて廊下を歩きだした。

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