同情の余地
前話(603話)の一部の内容に筆者の齟齬があり訂正しましたが、本篇に影響はありません。
*イザークと魔獣たちの関係に間違いがありましたので一部削除、訂正をしました。
おまけはしばらくお休みします。
「カイル君たちは寝ないで勉強していると思っていたんだけど、とんでもない隠し部屋があったんだね」
冷静になったイザークがボソッと呟くと、ぼくたちは頷いた。
研究時間が人より多く取れるから短期間で魔術具を制作しているようにみられることが、ちょっと狡い自覚はある。
「正直、あんなにしごかれると思っていなかったよ。ジュエルさんとジーンさんの基準がカイル君やケイン君なんだもん。魔力量が多いと言っても凡人にはきつかった」
家族同様の扱いに興奮した状態でなければ音を上げていたよ、とイザークは苦笑した。
戻ってきたイザークが散髪したことを嘆いたのは案の定クレメント氏で、育毛剤とイザークの体質との相性であれほど髪が伸びたのかもしれない、という荒っぽい説明では納得しなかった。
増毛ではなく髪を伸ばす用の育毛剤がある、と説明すると、購入したい、とクレメント氏は喜んで即座に申し出た。
予想通りの反応に母さんは、まだ一般販売していないので量がないから他人に勧めないように、と忠告して一瓶譲った。
イザークは宿に戻ることなく、護衛の一人が宿に荷物を取りに行き、ぼくたちの宿舎のベッドを繋げて雑魚寝をすることになった。
合宿気分は続いたけれど、さすがに枕投げはなしで就寝した。
夜明け前に起床すると静かに宿舎を出ようとしたのに全員起床してしまい、みんなを引き連れて身体強化で祠巡りを敢行することにした。
亜空間で実験している間に体がなまっていたので走りたい気分だったところを、留学生一行までつきあってくれた。
「市電もいいけれど、走ると街の空気を肌で感じられて気持ちいいね」
ぼくたちが就寝してから振舞われたお酒をたらふく飲んだはずなのに、ぼくたちが宿舎を出ると、どこに行くの?と身支度を終えたハントに声を掛けられ、散歩だよ、と言うと、ハントばかりかイーサンまで護衛を引き連れて身体強化で街を猛ダッシュする祠巡りにつきあっている。
薄暗い街ではまだ足元の警告灯が光っており、目覚め始めた市民たちが活動をし始める音がしていた。
二つ目の祠に向かっていると、三つ子たちと不死鳥の貴公子が猛烈な速度で追いかけてくる気配がしたので、ぼくたちは足を止めて苦笑した。
「なんで一声かけてくれないのですか!」
不死鳥の貴公子が涙目で訴えたが、昨日保護された子どもたちと同室の三つ子や不死鳥の貴公子に声を掛けにくかったのだ。
「ギリギリまで寝かせてあげようと配慮したんだよ」
「飛竜の里で魔力奉納をするだろうから誘わなかったんだよ」
物は言いようでぼくとケインが置いて言った理由を説明すると、二回祠巡りをするつもりだった、と不死鳥の貴公子はヤンチャな発言をした。
「急がないと早朝礼拝の時間に観覧車に乗れないから、話は後で聞きますよ」
キャロルはそう言うと走り出した。
負けず嫌いなちびっ子たちはキャロルの素っ気ない態度に火がついたのか足の身体強化を強めて遅れまいと走り出した。
ガンガイル王国の子どもたちは恐ろしい、とぼやいたハントも置いていかれないように猛ダッシュをかけた。
魔術具の鳩が飛んできて、観覧車に近い風の神の祠で居残りした子どもたちと合流しよう、とエミリアさんから提案された。
ぼくたちは早朝礼拝のために噴水広場に市民たちが集まり始める前に光と闇の神の祠巡りを先に済ませてしまうことにした。
いつもと魔力奉納をする順番を変えたのにもかかわらず、光と闇の神の祠での魔力奉納のポイントが後から奉納した水の神の祠より多かった。
どういう基準で魔力奉納のポイントが決まるのか謎だったが、七大神の中での序列なのかもしれないので気にしないことにした。
風の神の祠に集合した子どもたちは体格から五歳と判断された子どもたちだけが、教皇の特別措置による仮市民カードを使用して魔力奉納をしていた。
「君たちのささやかな魔力がこの世界を安定させる力になるよ。だから、よりよい未来になるために頑張ろうね」
そう声を掛けると子どもたちは誇らしげな笑顔になった。
「こんなに小さいのに、もう魔力奉納をさせるのかと思ったら、こうやってガンガイル王国では小さい頃から魔力奉納の重要性を理解させているのか」
感心するイーサンに、子どもたちの表情を見るように、と声を掛けた。
「こんなに小さくても、保護された自分が役に立てることが嬉しいのですよ。ぼくたちはこの笑顔を守るために、食べることや安心して眠れる環境を用意するのは当たり前で、それと同じくらい必要なのが、生きていて良かったと思える環境を作ることです」
魔力奉納を終えた子どもたちに、次は観覧車に行きましょう!とエミリアさんが声を掛けると、うわぁー、と歓声が上がった。
観覧車を仰ぎ見る子どもたちの笑顔は輝いている。
「……そうだね。自分が魔力奉納をした街を上から見ると、娯楽としての喜びと、町に貢献した誇りをもてるだろう。生きる喜びを知ることができるんだな」
「素晴らしい経験になるだろうね」
イーサンとハントはぼくが伝えたかったことを理解したようだ。
嬉しかった、楽しかった経験が生きる力になる。
自分の行いが誰かのために役に立つことから得る喜びを幼い頃から知ってほしいと、このお泊り会は大人たちが配慮してくれた内容になっている。
「さあ、私たちは早朝礼拝に向かいましょう。子どもたちが上から見る教会をキラキラに輝かせましょう!」
マルクさんがハントとイーサンに声を掛けた。
帝国の皇子二人が後方から早朝礼拝に参加するとどうなるのか、ぼくも楽しみだ。
ハントとイーサンが護衛たちを引き連れて噴水広場に戻っていくと、ぼくたちは観覧車に向かう子どもたちの後方に続いた。
観覧車に乗りこむ子どもたちに学習館の子どもたちは、町の説明をしてあげるんだ、と張り切っていた。
次々と子どもたちが乗り込み、ぼくたちの番になると六人乗りの座席の片方にぼくとケインとウィルが座り、向かいにマルコとキャロルとミロが乗ると、子どもだから詰めれば後二人くらい乗れると思ったのに兄貴とイザークの目の前で扉を閉じられた。
青春ですね、と言いたげな世話役の騎士団員たちのにやけた笑顔に見送られながらぼくたちの乗った観覧車はゆっくりと上昇した。
東の山の稜線に朝日が差し込むと残雪が残る西の山の傾斜をほんのりと曙色に染めた。
日の出を告げる鐘が鳴ると教会の建物が黄金色に輝き、朝霧に包まれた礼拝者たちの背中は教会から続く黄金の絨毯のように見えた。
「観覧車から見下ろす町は格段に綺麗ね」
「朝霧のせいでいつもより光量が多いかどうか、わかりにくいよ」
「いつもより綺麗だからいいじゃない」
キャロルとケインのやり取りにミロが突っ込んだ。
「街を一望する余興のために魔力を使用するなんて贅沢だと思ったけれど、さっき魔力奉納をした自分の魔力でこの街の平和が維持されているのかと確認すると、領民じゃないのに誇らしいよ」
しみじみと語るウィルにマルコが頷いた。
「観覧車は観光客だけでなく、市民にも好評で、何度も乗りに来る方がいるそうですよ」
「初デートで観覧車に乗ると破局する、と言う噂を聞いたことがあるよ」
キャロルとミロが観覧車の評判を話すと、マルコとウィルは意外そうな表情になった。
「こんなに素敵な乗り物はとてもロマンティックじゃないですか!」
マルコの質問にキャロルとミロは鈴を転がすように笑った。
「設計した人がロマンティックを理解していなかったから、騎士六人が乗っても大丈夫な頑丈な作りにしたせいで、人気の観覧車はカップルだけで乗れないのですよ」
「いい感じのデートにするためには協力者を用意しなければ、見知らぬ観光客と相乗りになってしまうので友人に頼ると、お目当ての彼女が実は自分の友人を好きだった、という話が若い騎士団員の間に広がったらしいよ」
キャロルとケインが噂の出どころを話すと、カップルじゃなくてただの片思いだったんじゃないか、とぼくたちは笑った。
「景色に見とれてお弁当を食べることを忘れていましたわ」
二十分程度かかる観覧車の中で食べきれるような助六弁当とお茶を用意してもらっていたのに、景色とお喋りに夢中になっていた。
ぼくたちの観覧車が頂上に到達すると、あそこがぼくたちの自宅だよ、とマルコに紹介したり、街の中の所々に出現する精霊たちを探したりしながら和やかにお弁当も堪能した。
観覧車を降りた子どもたちは好奇心もお腹も満たされて満足な笑顔だった。
騎士団の寄宿舎にぼくたちが戻ると、ハントとイーサンたちもすでに戻っており、精霊たちがいたるところで少しずつ出現する早朝の街に感動していた。
「さあ、みんなで飛竜の里に向かいますよ。大きな絨毯に乗りましょう!」
エミリアさんが声を掛けると、初乗りの学習館の子どもたちが歓声を上げた。
どうやら話に聞くだけの憧れの乗り物になっていたらしい。
「大きいお兄さんたちはこれに乗って毎日魔法学校に通っているんだよ」
「魔法学校に行くためには毎日祠巡りを頑張らなくてはいけないんだよ」
学習館の子どもたちは保護された子どもたちに、大きくなったら帝国の魔法学校でまた会えるようにお互い魔力を高める努力をしよう、と合言葉のように何度も口にした。
「……昨晩、キャロルのじいじから聞いたよ。あの子どもたちは特殊なんだとね」
ここがいい、と景色を堪能するためにはしゃいで魔法の絨毯の端に座ったハントが小声で言った。
ぼくは子どもたちに聞こえないようにぼくたちの周りに内緒話の結界を張ると、外された三つ子たちと不死鳥の貴公子の目が不満そうに険しくなったが、母さんとエミリアさんが宥めた。
猫たちとキュアが子どもたちの方へ行くと、四人はすっかり気が逸れて魔獣たちとの戯れに参加した。
この隙にぼくのスライムが魔法の絨毯を上昇させると、子どもたちは歓声をあげながら、ありがとうございました!と見送ってくれる騎士たちに大声で挨拶をした。
「「行儀の良い子どもたちだな」」
ハントとイーサンが声を揃えると自分たちも起立して見送る騎士たちに敬礼をした。
「お行儀の勉強を強化した成果が着実に出ているようですね」
うちの妹も頑張っているかな?とウィルが心配するとマルコも頷いた。
「我が子の躾にそこまで気を配っていなかったことに、猛烈に反省しているよ」
「長兄たちに子どもができる前に妻が妊娠すると気を使うことが多くて、私たちの子どもたちはまだ洗礼式前の年齢なのだ」
イーサンの告白にハントが補足した。
第一皇子に気を使う生活は家族計画にも影響を及ぼしていたようだ。
「三歳児登録までは子どもがいることをひた隠しにしなければ露骨に暗殺の対象にされてしまうからね。うちは正直、それで三人の子を亡くした」
ハントの子どものことはイーサンも知らなかったようで驚いた表情でハントを見た。
「三歳児登録をされてから亡くなったのは、お一人だけですよね」
イーサンの言葉にハントは無表情で頷いた。
「死産と一歳を目前に亡くなった子がいる。ただ、その二人は隠された子どもたちだったから火葬場まで一晩付き添えたが、登録後に亡くなった子は教会の霊安室に一晩おかれてしまったんだ。もし、仮死状態だったなら、あの子たちのようにどこかの孤児院に攫われて虐待を受けていたのかもしれないと思うと、……切ないな」
ハントは昨晩、辺境伯領主から孤児院の子どもたちは魔力の多さに目を付けられて誘拐された子どもたちだと聞いたようだ。
「ああ、……それは切ないな。うちは流産が続いて諦めた時に授かった子が一人いるが、どうしても過保護になってしまうので子育ての自信を失っていたところだった」
それは大事に育てろ、と力なくハントは言った。
“……ご主人様。帝国ではお茶会や晩餐会で流産を促す食材が混入されることが多発していた時期があります”
シロの精霊言語での説明に兄貴が気の毒そうに頷いた。
のほほんとしたボンクラ皇子だと考えていたハントの告白に、楽しみに没頭しなければ心が病みそうになる人生の陰を見て、気の毒に思った。
“……ご主人様。こいつは子どもたちを亡くす前から魔術具にばかりしか興味がなく、帝国皇子でありながら国土の荒廃を見過ごしていた下衆です”
同情しそうになったぼくにシロは容赦なく過去のハントの醜態を映像付きで見せた。
うん、同情の余地は……ないかもしれない。




