幸せのわらしべ長者
おまけあります。
いつものことですが、誤字脱字があるかもしれません。
ぼくたちが風呂から上がると父さんとみぃちゃんとみゃぁちゃんが脱衣所の片隅で子どもたちと魔獣カードで遊んでいた。
みぃちゃんとみゃぁちゃんチームと父さんのチームに分かれて三つ巴で対戦する魔獣カードに参加した子どもたちは自然と笑みを浮かべていた。
子どものように遊んで子どもを手懐けてしまうところが父さんらしい。
ぼくたちが着替えていると、サウナを堪能した辺境伯領主たちも上がってきて服を着る前にフルーツ牛乳の瓶に手を伸ばすと、順番が違う!と不死鳥の貴公子が一喝した。
着替えを終えたぼくたちが腰に手を当ててフルーツ牛乳を一気飲みすると、本当に正式な作法だったのか、と子どもたちは目を丸くしてぼくたちを見た。
どうやらみんなで同じポーズをすることを強いられたようで、父さんに担がれているのでは?と子どもたちは疑っていたらしい。
着替えを終えてから辺境伯領主はハントとイーサンにも腰に手を当ててフルーツ牛乳を一気飲みするように勧めると、おじさんたちが並んで牛乳を飲むだけの行為に子どもたちは笑った。
笑った子どもたちに不死鳥の貴公子が安堵したように微笑むと、恵まれた環境にいた学習館の子どもたちには孤児たちの裸体の刺激が強すぎたので風呂場に一時退避していたことを理解していた父さんは頷いた。
これは旨いな、と唸るハントもサウナで厳しい話し合いがあったのかいつもより落ち着いた口調だった。
「女の子たちも上がったころだろうから、早めの夕食にしよう」
マルクさんが子どもたちに声を掛けると学習館の子どもたちが、はい、と元気に返事をした。
釣られるように保護された子どもたちが返事をすると、行こうよ、行こうよ、と学習館の子どもたちが保護された子どもたちに手を差し出した。
目を見開いた保護された子どもたちに、騎士団のラーメンは美味しいんだよ!と晩のメニューはラーメンだと思い込んでいるクロイが話しかけた。
「ちょっといいかな」
辺境伯領主に声を掛けられたぼくは、どうやら居残りで大人の話に交ざることになりそうだ。
「魔法陣の話でしたら参加したいです!」
ウィルが希望すると、辺境伯領主は頷いた。
結局、ぼくとケインとウィルとイザークは会議室のような部屋に通された。
大人の参加者はハントとイーサンとその護衛たちと辺境伯領主と領主の護衛たちと父さんだった。
「お二人とサウナで少し話したのだが、帝国をこれ以上援助したくないが、町の状態を知ってしまった今、そんな危険な結界を放置しておくことができない、と儂は判断した」
どこまで影響力のある天罰が起こるかわからないのに他国だからといって放置できない、と辺境伯領主が言うと筆頭護衛の第一師団長が頷いた。
「だからといって儂が直接乗り込むと外交上角が立つ。うちの長男を派遣するか、今回もまたハロハロが乗り込むか、というところだが、そこはガンガイル王国内で調整しなければならない懸案だ」
ハロハロ?ハロハロ?とハントが呟くと、ハロルド王太子殿下ですね、とイーサンは眉を顰めた。
「ああ、そうなんだ。ハロハロは昨年帝国で活躍しすぎたから、今年もハロハロがでしゃしゃり出ると帝国貴族の反感を買うだろう?助け舟を出して恨まれるなんて、ごめんだよ」
辺境伯領主の言葉に申し訳ない、とイーサンは項垂れた。
「正直、私にはあの結界に手を出す勇気がないのです。キャロル殿の御父上に何かあっては、と考えますと、簡単にお願いいたしますとは言えません」
ハントが真面目な顔で言うと、イーサンも頷いた。
「絶対安全だとは言い切れないけれど、王家の秘宝に対応できる魔術具がないわけではないのだ」
あると言い切れないのは使用する場面が極端に少ないから、古文書以外に使用した文献がないのだろう。
“……廃鉱の時に使用した魔術具のように大きな魔術具があるぞ”
魔本が精霊言語でそう言うとぼくとケインは顔を見合わせた。
どうしたの?とぼくたちに目で訴えたウィルに、大きいやつ、と声を出さずに口を動かすと、ああ、と思い出したのかウィルも声を出さずに頷いた。
「やっぱりそういう類の魔術具があるのですね。うちの領にも厄介な魔法陣があるので王家とつながりを持つために長年、躍起になっていたのですよ」
三大公爵家としてしのぎを削っていたのは王家の技術が欲しかったからかのようにイザークは言った。
「イザーク君はその魔法陣を使えるから領主代行をしているのだろう?」
辺境伯領主の直球の質問にイザークは苦笑した。
「ええ、まあ、扱えないわけではないです。正直、今のぼくならその町の庁舎の礼拝室の扉を開けることができる自信はあります」
ぶっちゃけたイザークの発言にハントとイーサンはあんぐりと口を開けた。
「ちょっと待った!開けることができても生きている保証はないでしょう?」
慌てて言ったウィルに、絶対的な保証はない、とイザークと辺境伯領主は頷いた。
“……ご主人様。イザークは運命の神のご加護が篤いのでその扉を開けても生きています”
姿を消しているシロが太陽柱で確認した映像をぼくとケインに送った。
ボロボロの庁舎の内部と思われる一室の扉にイザークが手を触れようとするだけで扉が崩れて開いていた。
ぼくとケインは顔を見合わせて頭を抱えた。
「どうした?」
辺境伯領主の問いに、どうしたものかと首を傾げながらぼくは答えた。
「開くかもしれませんが、命の保証がはっきりしないようではイザーク先輩にかかる心理的負担が大きすぎますよ。……なにか、イザーク先輩の代わりになるようなものがあればいいな……」
太陽柱の映像ではイザークが問題なく扉が開けられるのだが、死ぬかもしれないと畏れられている役目を簡単にイザークが引き受けてしまうと、イザークの命が軽んじられているようで嫌悪感が湧いてしまう。
ここで身代わり人形を使用して帝国側に人形遣いの技を披露したくないぼくが悩むと、ないわけではないな、と父さんが呟いた。
「イザーク君の髪や爪を切って集めて練成したら、ほとんどイザーク君と同じ魔力を持つ物体が出来上がるでしょう。その触れてはいけない扉にぶつけてみたらどうでしょう?念のためにイザーク君には回復薬の風呂にでも入っていてもらいましょう!」
父さんの案に会議室の全員が、はあ?!となった。
「回復薬で神罰が防げるとは思えない」
「ほとんどイザーク君の物体を投げつける役割の人も神罰が下るかもしれないじゃないか!」
辺境伯領主と第一師団長は首を横に振った。
「たぶん、としか言えないのですが、死なない気がします。死なない方法を開発したからこうして旅行ができる余裕ができたのです」
古代魔法陣が領地の護りの結界に残っており、領主一族のごく一部しか魔力奉納をできない状態だったイザークは、今まで領地やタウンハウスを離れることは許されなかったのだろう。
こうしてのんびりと旅をしているということは克服したからに違いない。
「公開する気はさらさらないので、お手伝いはしても、やり方はお教えしませんよ」
そうだよな、と辺境伯領主が頷いた。
「全く危険がないわけではないので、ジュエルさんの案も試してみたいですね。ですが、ぼくは爪も髪もそれほど長くないので十分な量が集まるかどうかが問題ですね」
危険な魔法陣をほっとけないから伸びるまで待っていられない、とイザークが嘆いた。
「……毛生え薬」
「……育毛剤」
ふさふさになったハルトおじさんの前髪を思い出したぼくとケインが呟いた。
「ああ、あれなら髪の毛が伸びるのも早かったな!」
パチンと両手を叩いた辺境伯領主が大声で言うと、ハントとイーサンは辺境伯領主の頭頂部を見た。
「儂は使用しておらんが、甥っ子が愛用しているのだ。髪が増えて伸びる以外に副作用はないからイザーク君、試してみないかい?」
イザークが、いいですよ、と返事をする前に、あるよ、と第一師団長が現物の瓶を差し出した。
「お前が愛用していたのか!」
「キャロルのじいじが無茶ばかり言うから円形脱毛症になったので、その治療のためです!」
第一師団長の即答に、すまなかった、と辺境伯領主は謝罪した。
第一師団長から育毛剤の瓶を受取ったイザークが蓋を取ると柑橘系の爽やかな香りがした。
「手に取って頭皮に馴染ませるように塗布するだけでいいので、湯上りの今、使用するといい感じです」
第一師団長の説明を聞いたイザークは躊躇いもせず手に取って頭皮マッサージを始めると、ハントとイーサンは本気なのか!と青ざめた。
「そんな、命を懸けていただかなくても……」
他国のことなのに命を懸けるのか!とイーサンが立ち上がり慌てて止めに入ろうとすると、イザークは顔を顰めた。
「世界の破綻を止める一助となるためにする事であって、帝国のためではない!強いて言えば辺境伯領の優しさへの恩返しをするためであって、ぼくの行いから起こるいかなる利もガンガイル王国に属するものであり、それを蔑ろにするようでは、ぼくの今日の行いは錬金術の実験でしかない!」
帝国への施しではなく、交渉の上位に立っているのは自分だ、とイザークは宣言した。
「はて、優しさへの恩返しとは一体何だい?」
辺境伯領主の質問にイザークは微笑みながら言った。
「不死鳥の貴公子はとてもいい子に育っていますね。同年代をまとめるリーダーとしての自覚を持ちながら、感情的になる場面を避けることができる。それでいて、予定通りの振る舞いができなかった自身について内省ができるなんて、洗礼式前の子どもとはとても思えませんよ」
サウナにいた辺境伯領主たちは知らない逸話を持ち出したのに、孫が褒められたことに気をよくした辺境伯領主は、そうだろう、とホクホクの笑みになった。
「不死鳥の貴公子が健やかにお育ちなのは、彼を取り巻く人たちがとても温かく優しさに満ちているからです。ぼくが魔法学校でカイル君をはじめとした辺境伯領出身の方々にどれだけよくしてもらったかを語ったら一晩かけても終わらないほど話が尽きないでしょう」
イザークはぼくの目を見て、ありがとう、とあらたまって言った。
イザークとは初対面の印象は最悪だったが、イザークを小馬鹿にする他の生徒会の面々の方に腹が立ったので、イザークの本質を見ようとした覚えがある。
ぼくへの暴言の謝罪に、王都で一番おいしいお菓子だ、と言ってイザークがジャニス叔母さんの焼き菓子を選んでくれたことですっかり気をよくしたぼくはちょろい奴だった。
「イザーク先輩のお陰で魔獣カード大会が成功したのだから、ぼくたちもお世話になりました」
「ほら、こうなんだ。結局、魔獣カード大会の成功はぼくの大きな実績になりました。カイル君の優しさは循環する優しさなのです。カイル君は過度に褒められることも好まないのです。それなら、ぼくはこの恩をどうするのかといえば、カイル君を優しく育ててくれた辺境伯領のためになることをして、優しさを循環させたいのです。不死鳥の貴公子の父上が危険に晒されることなく、あの町のために割く時間を親子団欒のひと時にしてくださるのなら、今回の件でぼくが張り切る意義があります」
イザークの力説にぼくは頷いた。
不死鳥の貴公子が立派な人格者に育てば辺境伯領の領民が幸せになれる。
それで、ぼくの家族も幸せになるのだから、イザークの判断は立派だ。
ちょっとした親切のバトンがリレーとして手渡されていくうちに、恩義が大きく膨らんで形を変えて還ってくるなんて、幸せのわらしべ長者みたいでとてもいい。
「恩を次世代に繋いでいく、ということなのですね」
衝撃を受けたかのようにイーサンが声を震わせて言うと、イザークは頷いた。
「ぼくの立場でできることをするだけです。ぼくは好む好まずも関係なく、ガンガイル王国でそれなりに大きな領地の領主になることが内定しています。ぼくの一挙手一投足に領民たちの命がかかっています。勝てない戦いに挑むつもりはありません。だからといってぼくは自分の魔力を無駄に消費するつもりもありません。ぼくが動くだけの利を示せないのでしたら、ぼくは辺境伯領を観光して帰るだけです」
辺境伯領に恩義を還し、ガンガイル王国にもたらす利を自領に活かす、と言い切ったイザークの発言に帝国第三皇子として考え込んだハントはグッと奥歯を噛みしめた。
おまけ 祝600話!~次期公爵のお忍び旅行 其の1~
ぼくはついに古代魔法陣を封印する魔法陣の開発に成功した!
これで役立たずで金食い虫の異母兄弟たちにも領地を守る魔法陣に魔力供給ができるようになった!
今までより魔力奉納をするようになった分の報酬をよこせ、なんてふざけたことを抜かすのなら領の財政から横領した金額を一括請求するぞ!
魔力負担が増えたことに文句を言うだろう親族に請求する金額をはじき出そうとしていたら、執事から一枚のチケットを手渡された。
「前領主様からです」
それはイシマールさんの飛竜の搭乗券で、心労で痩せた父が衣装を新調せず若いころの服を着て節約したお金では買える金額のチケットではなかった。
「私も、外貨を稼いだので、いくばくかの金額を出しました」
ぼくの表情を読み取った執事は内情を暴露した。
カイル君ご用達の商会を通じて帝国のブックメーカーで競技会のガンカイル王国チーム優勝の一点買いをしてもらい配当を受け取った、とのことだった。
「これで、辺境伯領都へ視察という名目で観光に行ってください。その間に我々が借金完済までの魔力奉納の時間を算出いたします。その為にはイザーク様が魔力奉納をしない方がいいのです」
そうなのだ。
ぼくが毎日領の護りの結界を維持するために魔力奉納をしているから奴らは楽をしているのだ。
ぼくが魔力奉納をしなければ親族一同の魔力を必死で搔き集めなくてはならないだろう。
「うん。旅をして見分を広げることはいいことだね」
ぼくの返答に執事は笑顔になった。
飛竜のチャーターは高額なので護衛たちには現地に一足先に向かってもらい、帝都の騎士団でイシマールさんの飛竜と合流すると、もう一匹の飛竜からラインハルト殿下が降りるところだった。
最近のラインハルト殿下は国際関係の調整に世界中を飛び回っている、という噂を聞いたことがある。
「辺境伯領に行くんだってね。楽しい旅になるといいね」
「はい、とても楽しみにしています!」
居住地を辺境伯領にしているラインハルト殿下は国の護りの魔法陣に魔力奉納をするためによく王都にいらっしゃる。
気さくな方で魔法学校の生徒会長のぼくにも会うたびに一言声を掛けてくださるのだ。
ぼくに手を振って王城の方にラインハルト殿下が去ると、飛竜に騎乗する騎士が敬礼を解いたので出発することができた。
空を飛ぶということはなかなか体に負担がかかるが、爽快感があり、地上の緑の濃さも良く見え、とても得難い経験になった。
護衛たちと待ち合わせしていた辺境伯領都南門では荷物の検査からすでに驚くことばかりだった。
観覧車と呼ばれる大きな水車のようなものを呆けた顔で見ていると、護衛たちは自分たちもそうなった、と笑った。
「宿に荷物を預けて市中を散策いたしましょう。体験するのが一番です」
先に市中を見物したらしい護衛たちに促されて門を出ると、カイル君たちの馬車より大きい車両が何両も連なって走る貨物列車、と呼ばれる車両に度肝を抜いた。
「おや、辺境伯領都には始めていらしたのですか?あれは貨物専用ですから、今の時間帯なら地内中心部に向かうならバスに乗る方がいいですよ」
ぼくの荷物検査を終えた係員が乗り場を丁寧に教えてくれた。
バスとは何かわからなかったが、教えられた場所に向かうと、ちょっとした長屋のような乗り物に人々が乗りこんでいた。
「お客さんたちは三名ですか?魔法学校生と護衛の方でしたら、こちらの魔力を提供してチケットを買う列に並んだ方がお得です」
乗車券は提供する魔力の量に合わせて金額に差があり、ぼくたちは『バス市電地下鉄乗り放題』のチケット購入を勧められた。
全ての乗り物に乗りたいぼくは三日間分の乗り放題のチケットを購入した。
「こんなに魔力を提供していただけたので、お連れの方も三日間無料券を発行できます!ご協力ありがとうございます」
窓口の係員はぼくが提供した魔力量の多さに満面の笑みになった。
おまけです、と言って係員はカイルの猫がモデルになっている木彫りの猫をくれた。
何でも辺境伯領では木彫りの魔獣が流行っているらしいが、中でも幸運を招く猫としてカイル君の猫が手を上げている物は人気があるらしい。
ぼくは小さな木彫りの猫をポケットにしまうと、係員に礼を言って市内中心部に向かう馬が引かない大型馬車のバスに乗った。
車道と歩道が完全に分離されており、バスは滑らかに市内中心部に向かった。
市電と交差する道での踏切や、すれ違う他のバスに目を奪われてしまうが、何よりも印象に残ったのが街行く人々がみんな笑顔で幸せそうだったことだ。
中央広場と思しき場所でバスを降り、宿屋に荷物を預けると、さっそく光と闇の神の祠に魔力奉納をした。
そのまま祠巡りを続けたかったが、市に立ち並ぶ屋台の匂いの誘惑に負けて肉まんを購入してしまった。
毒見を兼ねて護衛の分も購入したので、先に護衛が肉まんを口にすると満面の笑みになった。
ぼくも大きな口を開けて頬張ると人々の視線がおかしいと、違和感に気付いた。
なんとなくみんな教会の方に注意が向いているのに、なぜか誰も教会の方を向かないのだ。
教会の正面玄関を見上げると、帝国に行ってしまったはずのカイル君たちがいた!
しくじった。
気がつけばぼくは護衛たちから分断され辺境伯領騎士団員たちに取り囲まれていた。
悪意がないと心の声が聞こえないから全くもって油断していた!




